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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第二章 すくいとれるモノの数
8/93

第二章 3:友達の友達は友達

 3


 指定されたホテルへの行き道は、地図と地元住民の案内を参考にすれば港から徒歩で無理のない距離だった。

 そもそも、ポール都の港に到着する日時に合わせてくれたのは向こう側である。俺たちと会合するために先方は数日以上この街に滞在していると思われ、到着からすぐ会えるよう設定してくれたのだろう。

 さてはて、これは気遣いができる善人の配慮なのか、相手の思考から選択肢を除き主導権を握るために用意された策略家の謀りなのか。あるいはその両方なのか。

 会ってわかるとは限らないが、会わなければ何もわからない。


 そんな心持ちで俺はホテルの入り口までやってきて、周囲の建物よりやや古めかしい建築様式と広い玄関口の前で待つ、身なりの良い吠人(バイト)を見て足を止めた。

 男ものの黒い使用人服に、白い被毛のコントラストが目に映えるやや鼻先が短い吠人(バイト)は、鎖付きの眼鏡をかけた頭を一礼して俺たちに向かって声をかけた。


「お待ちしておりました。……ハゲタカ様とドロテア様でございますね?」

「はい。……あとハゲタカというあだ名は、もう島に置いてきました。すみません、きちんとお伝えできず」

「いえ、お気になさらず。(わたくし)めはセッテフィウミ家に仕える使用人が一人、ヴォスと申します。クラリッサお嬢様がお待ちですので、ご案内を致します」


 両開きになる玄関ドアの片方を開き、先方の使用人たるヴォスは俺たちをホテルに招き入れる姿勢を取った。

 ここまで来て逃げ出すつもりも無い。ドロテアさんが俺の腕に体を寄せ、二人でホテルへの階段を登り玄関口を抜ける。

 そして目に飛び込んだエントランスホールを見て、俺は少し戸惑った。


 ホテルのエントランスホールは受付まで距離があり、広けた間取りにしているものだ。状況次第ではダンスホールとしても使われるためでもあり、多くの人間が出入りして待ち合わせをするための場所だからである。

 そしてここもその例外では無かった。無かったのだが、視界の右端に大きなテーブルが用意され、そこに()()()()文化と格式を重んじる場所に似つかわしくない人種が床に直座りしているのを見て、ほんの少しの間動きが止まってしまったのだ。


 鱗人(リト)だ。その名の通り、身体中のほとんどの表皮が鱗で覆われ蜥蜴のような頭をしており、何よりとにかく巨躯(デカ)い。胴体の横幅は酒樽一個半程度にはあり、座っていてもなお俺と水平に視線が合うくらいの上半身の背丈を誇る。エントランスホールは天井も高く造られているので大丈夫だが、直立すれば大抵の家屋に入れないのが鱗人(リト)という人種だ。


「ツェズリ島からはるばるようこそいらっしゃいました。わたくし、クリステラ・キュイーヴルの文友、クラリッサ・セッテフィウミと申しますわ。クリステラの魔法指導の師と成っていただいたご恩、友に代わって僭越ながらお礼申し上げます」


 場にそぐわぬ鱗人(リト)の存在で視界から漏れていたが、そこには女物の上等な旅衣装に身を包んだ小さな平人(ヒト)の少女が優雅な正式礼をして俺たちに挨拶していた。

 衣装の高価さの割に肌は少し焼けており、黒髪は少し癖っ毛でどこか親しみやすさを覚える令嬢であり――計算尽くの恰好かもしれない。

 ともあれ俺も慌てて腰と胸元に腕を当て、頭を下げて正式礼を返した。

 その間にテーブルまで小走りでヴォスは主人のクラリッサ嬢の下まで向かい、牙が見えるほどに焦った様子で口を開き、吠人(バイト)としては小声で話しかけている。


「お嬢様、何を勝手に不意討ちジャブを食らわしているんですか!?」

「あら? 先方に礼があるのはこちらなのよ? なら先に名乗るのはわたくしからが礼儀です。ああ、ギィは好きな時に気が向いたら挨拶するだけでいいから。こんなの所詮平人(ヒト)同士のつまらない暗黙の決まり事だもの」

「キュルル、相手は、困ってイルようダガ。見てノ通リ、鱗人(リト)のギィジャルガだ。コチらのキュルルとハ、親友(とも)ダ」


 立ち上がると威圧感が在る、ということを理解しているらしくギィジャルガと名乗った鱗人(リト)は座ったまま腕を挙げ、頭を下げて挨拶してきた。俺は完全に相手に会話の主導権を握られていることを理解しつつ、ギィジャルガには頭を下げる程度の簡易な挨拶で済ませておく。

 おまけに、どう切り口を開いたものかと一瞬迷っている隙に、傍らにいるドロテアさんが小首を傾げて純朴な声色で、相手の三人いずれにも視線を合わせず話しかけてしまった。


「珍しいですね。鱗人(リト)がホテルとはいえ平人(ヒト)の建物に入るなんて。体重がありすぎて、大抵床が抜けちゃうから鱗人(リト)は入店制限されていることが多いのに」


 言っちゃったよこの(ひと)

 クラリッサは親友を侮辱するような一言にも機嫌を損ねた様子はなく、むしろ誇らしげに自分の胸に手を当てて大きなよく通る声で返してきた。


「セッテフィウミ海運の名と相応の支払いの下に、我が親友(とも)はこの席に招き入れました。それに、ギィはまだ子どもですから成人鱗人(リト)よりは軽いです」

「……貴女方が型破りなのはよくわかりました。さすが商家のご令嬢ですね、貴族の格式は理解しつつもそれに縛られない」

(ぼか)ぁお嬢様にはちょっとは考えてもらいたいですよぉ……」


 初対面で挨拶した時の堂々とした振る舞いはどこへやら、ヴォスは泣き言をぐちぐちと垂れて頭を抱えていた。うん、もうわかった。このクラリッサ嬢、絶対ワガママお嬢様だわ。それに振り回される使用人は苦労が多いのだろう。胸中察する。

 しかしそれはそれとして、俺もきちんと自己紹介を返さなければならない。


「魔法帝国から逃亡した魔法使いの端くれ、ヘルマートです。分家に預けられたため本来家名を名乗ることは許されていませんが、熱量操作家系たる子爵家ラガーフォイアの末弟です」

「わたしはヘルマートの妻、ドロテアです。法式札について少々齧っております」

「――あえて失礼を存じておたずねしますわ。ハゲタカ様、家名と真名、あるいは俗名どちらでお呼びするのがよろしいのですか?」

「真名のヘルマートでお願いします。俺は現在、ただの木っ端魔法使いの一人にすぎません。ただ、略歴を包み隠さず開示することが礼節と判断しただけのことです」

「承知致しましたわ。ご無礼をお許しください。ヘルマート様」


 改めてここ数年名乗っていなかった本名を呼ばれると、如何とも言い難い違和感と覚悟を突きつけられる気分になる。

 だがこれがドロテアさんと一緒に決めた俺の道だ。そのために、今まで築いてきた人脈も貸しも何もかも総動員して戦うと決めたのだ。

 俺はテーブルの席につき、気流調整魔法を起動した。今から話す会話をテーブルの外に漏れないようにするためである。


「それでは改めて、世界に名立たるセッテフィウミ海運との会合の場を設けていただいたことに感謝の意を申し上げます。――何より、帝国の世界征服などという児戯めいた妄想を止める同志としてご協力いただけることを。ありがとうございます」

「わたくしの家業はただの運び屋に過ぎません。こちらからあちらへ。どちら様からそちらへ。戦争が始まり、武器を運ぶ足として我が社の船を使わてしまえば、撃沈される事態も多いでしょう。書類上の保証など体裁だけ。踏み倒されて損失ばかり山積するのは目に見えていますわ。ただの利害の一致と、お考え頂きたく存じます」

「……なるほど、文面に違わぬ才女ですね。クリステラとは正反対だ……」


 冒険者の島、ツェズリ島で面倒を見てやった冒険者の一人、クリステラの文通友達が目の前にいるクラリッサ嬢だ。俺はそんなことを知らなかったのだが、ドロテアさんがどういう経緯だか二人の関係を承知しており、計画に巻き込んでしまっていた。

 セッテフィウミ海運と言えば、北は北海同盟から東はガンガーに西は合衆国まで多くの商船で交易を支えている、神聖皇国の大手貿易会社である。

 クラリッサ嬢はそのセッテフィウミ家の末娘なのだそうだ。


 色々と調べてみたのだが、彼女はここ一年ほどであちこちを飛び回って好き勝手やらかしたようで、共和国で出版会社を興したり、この連邦王国で奴隷解放を掲げて蜂起した牙人(ガトー)の戦闘集団を鎮圧したり、挙句の果てに北海同盟で魔法帝国の子爵家総領と交戦して勝利したとかなんとか。化け物かよ。

 もちろん、いくら資産家の令嬢とはいえ平人(ヒト)の子であるクラリッサ嬢に戦闘能力は無いのだろう。霊脈を見ても俺と同程度のごく普通の魔力量しか保持していない。

 実際に戦闘関連の功績を挙げたのは床座りしたままの鱗人(リト)、ギィジャルガの方なのだろう。それにしたって子爵家総領に勝つというのは信じられない話だが、調べた限りどこをどうひっくり返しても事実だから仕方ない。


 そんな怪物めいた令嬢と接点を持てたのは大変な幸運だが、俺は手紙での連絡で『帝国対世界戦争』については一切触れていない。

 あくまで、クリステラの友人として、魔法の師としてお話をしたいという文面だけしか交わしていなかったのだが、俺はクラリッサ嬢の略歴を調べたうえである種の共犯者として手を組めると確信を持って今日この場にやって来た。

 この歓待ぶりを鑑みれば、彼女も同じであったのだろう。


「わたくしはただの小賢しい小娘に過ぎませんわ。ただ少し、生まれた家に恵まれただけのこと。わたくしとしましては、同志となっていただけるヘルマート様の動機を聞かせていただきたく存じます」

「ご令嬢とほとんど同じですよ。少し、生まれた家に恵まれただけのことです。ただ俺は馬鹿で臆病者の利己主義者なので、今更になって故郷に吠え面かかせてやりたいだけです」

「たったそれだけのために命を懸けるのですか?」

「俺たち夫婦は、残念ながらクラリッサ様ほど世界にとって重要な人間ではないんです。だから自分の命を賭け札にして馬鹿がやれるだけのことですよ」

「うらやましい」


 年齢相応の率直な感想を素直に頬を膨れさせて、クラリッサ嬢は述べた。この娘も大概頭イカレてるな。

 共犯者としてはある意味最高ではあるのだが、少し機嫌を直してもらうのと一緒に俺自身の能力も明かしておくべきだろう。


「ああ、それと遅れて申し訳ないのですが、こちらをお近づきの進呈に」


 持っていた紙袋の中から、俺は先ほど買ったばかりの桃を三つ取り出した。適当な個数を買っただけなのだが、幸い相手側は三人いるので一個ずつ分けられる形になった。

 脳内で魔法式を構築。手にした桃の果皮と果肉の温度を調整。気流操作魔法をテーブルの上に投射し、旋回させて桃をクラリッサ嬢に向けて放り投げる。

 ところで、この瞬間ドロテアさんの肘が俺の脇腹をつついた。


「あら、可愛らしい桃ですわね」

「お、お嬢様、まさか食べるつもりなんですか?」

「ヴォス、おとぎ話じゃあるまいし、果物に薬物を仕込む魔法使いなんて……いたらそれはそれで面白いじゃない。ねぇギィ?」

「そうカ? ……そうカモナ。それニ、確かニ魔法は掛ケらレてイル」


 さすが鱗人(リト)だ。俺が使った魔法式を読み取れたのかどうかはともかくとして、霊脈を眼球神経に絡ませて()えてはいたらしい。

 俺はギィジャルガとヴォスの方にも同じ魔法を仕込んだ桃を投げておいた。気流操作魔法によって相手がどれだけ受け取るのが下手でも、手の平に収まるよう操作しているので問題はない。

 問題があるとすればドロテアさんが「いい加減にしろ」と言外に俺の肋骨と肋骨の間に指先をねじ込んできた方が辛い。人体急所突いてきているぞ俺の奥さん。


「お嬢様、せめてお皿を……」

「わたし、丸齧りする方が好き」

「あ、皮は簡単に剥けますよ。そういう魔法です」

「あ、ホントだ。すごい」


 クラリッサ嬢が爪の先を桃の果皮にかけると、つるりと皮が剥けて白く瑞々しい果肉が露わになった。

 慌てた様子の使用人であるヴォスも無視して、子どもらしい態度でクラリッサ嬢は桃にかぶりつき、目を見開いた。


「冷たっ? え? なんでソルベに?」

「だから、そういう魔法です」

「――わかったわ。もう外面作るのやーめた。お兄さん、さすがクリスの師匠ね。めっちゃくちゃ面白いわ」


 令嬢らしい振る舞いから一転して、先ほどから身内に話しかけていた時の気安さでクラリッサ嬢は俺に話しかけ、椅子の背もたれに体重を預け片手で桃を齧り出す。

 気流操作魔法で投擲中の桃を空中で高速旋回、果皮内部で冷やした果肉を攪拌させて中身をシャーベット状にしておいたのだが、この魔法が彼女はいたくお気に召したらしい。

 ただ、俺は首を振って否定した。


「クリステラに魔法の基礎を教えたのは妻のドロテアさんの方です」

「うん、手紙に書いてあったから知っているわ。でもそれはそれとしてお兄さんは面白い。どう? ウチの社員として奥様と一緒に働かない? お兄さんの魔法はすごいけど、だからこそ死に行くような真似はもったいないわ。わたくしがコキ使ってさしあげますわよ?」

「お気持ちだけありがたく受け取っておきます」

「えー? 貴方わたしのことは持ち上げておいてそれってどうかしているんじゃないのかしら。わたしの目から見たら、お兄さんも大概世界に大きな恩恵を生み出す潜在能力があるって思うんだけど。というか、わたしとウチの会社を利用したらやれると思うんだけど。ねー一緒に悪企みしない?」

「クラリッサ様は、文友のクリステラ様にそのようなことを文面でお伝えできますか? 彼女は今この瞬間死んでもおかしくない場所にいますが」


 クラリッサ嬢は俺の言葉を耳にした瞬間、渋面になった。

 やけになったように、口の中が凍傷を起こすかもしれないのに桃に齧りついて一気に完食し、ヴォスから受け取ったナプキンで口元を拭く。


()な大人。キュルル、お兄さんみたいな男性(ひと)好きだけどだいっきらい」

「交渉決裂ですか?」

「呑むわよ。でも死んでもいいっていうんなら、容赦しないから。わたしだって帝国を止めたい意志は一緒ってわかっていて、手駒になるって示しておいて、その言い方するって所が嫌いなの。ああうらやましい」


 ヴォスの分に渡しておいた方の桃もふんだくり、クラリッサ嬢はガジガジやりだす。お腹壊すぞ。


「ギィ。どう? ヘルマートさん、強いの?」

「弱イ」


 ギィジャルガは即答した。こちらは少しずつ舐めるように桃を食べている。

 だから間を置いて、続きを口にする。


「ダがギィジャルガが勝てルとハ思えナイ」

「どゆこと?」

「奥方と組メバ、ギィジャルガは負ケル。コレは絶対ダ。己ノ弱さヲ自覚し、武器に鍛えタ者は恐ろシイ。キュルルが証明してイル」

「返す言葉も無いわ……」


 ……この二人、親友だとか言っていたが本当にそうか? もっとこう、悪質な何かじゃないのか?

 俺の内心はともかくとして、桃を片手にしたクラリッサ嬢は使用人のヴォスに顎をしゃくった。

 おどおどとした表情の可哀そうな使用人は、手にしていた鞄の中から封筒を取り出して主人に渡す。

 その封筒は、無造作に投げつられてテーブルの上を滑り、俺の前で止まった。


「そこにわたしたちがやってほしいこと、必要な資料、今後の方針は全部書いてあるから。読み終わったら燃やして」

「承りました。まずは俺たちの手並みを拝見したいということですね?」

「好きに受け取ってもらってくださる? 何よ何よ、恋愛結婚してさ、好き勝手に生きられるってすごい幸せじゃない。クリスにぐちぐち書いてやる!」


 再び桃をやけ喰いするクラリッサ嬢を見て、傍らに座るドロテアさんが俺に向かってため息をついた。

 うん、ものすごく悪いことしてしまったのはわかる。もう遅いけど。

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