第十章 5:後始末とこれから
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「ずいぶんとまぁ、話と違う事態にしてくれたな。伯爵令嬢様」
落ち着いたマリーちゃんたちと一緒に、わたしたちは都議庁の議会室に移動した。
そして入室した途端、待っていた八人の平人たちはそれぞれ異なる思惑を抱いていることがうかがえる表情で、マリーちゃんを注視したのだ。
中でも中年の男性は腕を組んで、マリーちゃんが木材にしてしまったテーブルの破片に腰かけてあからさまな敵意が込められた声色で真っ先に口を開いて出迎えてくださった。
「おい」
「俺が真っ先にマリー・リー・ユニカと会話していいと、さっき俺たち全員で話し合って決めたはずだ。口を挟むな」
八人の内、まだ十代と思しき青年に鋭い視線を飛ばして黙らせる。
他の方々を見ると、本当に色々な年齢の男女が色々とやっている。
壮年の女性は編み物をしているし、お爺さんと少女が破壊された元テーブルの木材を片付けており、わたしと同年代くらいの女性は壁に背中を預けて事態を見守っていたり。
「不満ならちゃんと聞くよ。会議に出席させなかったのは悪かったけど、傍聴席は用意していたんだ。協力してくれた光学系魔法使いの君たちに対する礼節は弁えているつもりだよ、ぼくは」
マリーちゃんは会話の途中で議会室に置かれていたラジオを指差し、彼ら全員を見渡した。
そして腰に手を当てて、背中まで曲げて頭を下げる。
「このとおり。君たちの協力には本心から感謝している」
「ならなぜ会議への出席を許可しなかった。途中から俺はご令嬢に直談判するためここから抜け出そうとして、結局他の連中に止められて仕方なく待っていたがな。そのかわりこうして、真っ先にご令嬢と話す権利を貰ったというわけだ」
「賢明な判断だ。今回の中継魔法作戦で活躍してくれた君たちにぼくは感謝している。でも、それ以上じゃないんだ。君たちはそれぞれの理由でぼくに協力してくれた。だから総意なんてものはないし、ぼくを今から見限ってくれてもいい。そういうわけで、会議に出席させなかったんだよ」
「ご配慮お優しい限りで。誰か一人でも出席したら、ご令嬢に協力した光学系魔法使いの総意と取られることないようにしてくれたわけか。まぁ他の腑抜けた連中はそれで満足しているらしいがな」
中年男性の声の怒気は収まっていない。
彼ら八人の光学系魔法使いは、七人が【鏡影】の送信側として議会室でマリーちゃんたちの演説を観ていた方々である。残り一名はこのツェズリ都で受信役を担っていたそうだ。
そして、マリーちゃんは彼らに会議の音声をラジオを使った魔法で遠隔中継していた。このツェズリ都から遠く離れた連邦王国本土にまで、おそらく寄生干渉魔法の肉体構造変化によってマリーちゃん自身の肉体を配線にして音声情報を送ったのが彼女だ。
同じ建物程度の距離なら彼女にとって負担でもなんでもなく、そして光学系魔法使いは光を操る魔法によっていくらでも自分たちで会議風景を観ることができる。だから『傍聴席』なのだ。
わたしはマリーちゃんに、協力者である彼らの意思を尊重して相談する必要があると言ってここに来たのだけれど、彼女は既に手は打っており、そして内輪揉めが起こっているらしい。
中年男性は拳を手の平に打ち込んだ。
「俺は、連邦王国が亡びるならというつもりでご令嬢に協力した。ところがご令嬢たちは、勝手に連邦王国を助けるという方向で話をまとめた。日和るなら最初っからこんなことをするんじゃない! 平人食いの箱入り娘め」
「言葉は慎めエリアス。ぼくは平人を今まで食べたことは無いし、誓ってこれからも食べない魔人だ。そして、この忠告は君の安全を思ってのことでもある。――ソーニャはぼくを侮辱する輩に対して容赦しない」
「名前を覚えられていただけているとは光栄だ。だがペットの教育がなってないようだな、ご令嬢」
「ぼくの方が教えられることが多い自慢で最高のぼくだけの家族がソーニャだ。脅すつもりはないけど、ちょっと前のソーニャなら今頃君は殺されている。ただ、今でも痛い目を見せるくらいならする」
「うん」
ソーニャちゃんの視線から魔法式が一瞬展開されて、霧散した。
魔女を自称するだけあって、ソーニャちゃんの魔法技術を習得する速度はすごい。ビシニアさんと交戦した時は視線に乗せられないと言われていた魔法式を、今ならもう可能になるまで上達したらしい。
「話はそれで終わりかい? エリアス。なら君の自由にするといい。ぼくは君を留めるつもりも無いし、仮にぼくたちの障害になると決意したとて今この場で君を害するつもりはない。もちろん、不満を持ちながらも協力していただけるならそれはそれで助かる」
こういう時の芝居がかったマリーちゃんの貴族らしい立ち振る舞いは効果的だ。見た目はまるで羊のような愛らしい少女なのだが、明らかに異常な雲のように波打つ白髪と捻れた角は威容を誇示するものへと変貌する。
エリアスという名の中年男性は、苦虫を噛み潰したかのように自分の膝を拳で叩いた。
「俺のような弱小魔法使いにできることなどたかが知れている! ……これからも、令嬢に協力を続けることを約束しよう。どうせ亡びる様を見れそうにないなら、せめて屈辱を味わう様を間近で見たいからな」
「うん。助かるよエリアス。今後ともよろしく。――さて、他の七名はいかがかな?」
「わしらはもう降りる。孫が帝国に行きたいと言っておるから、余生はそこで静かに過ごさせてくれ」
マリーちゃんの質問に真っ先に応えたのは、部屋の片づけをしていたお爺さんだった。傍らにいる少女がお孫さんらしくて、マリーちゃんに気軽な態度で話しかけた。
「伯爵様の許可付きで移民できるんだから、色々と融通してくるよね? あたし、ジラルド様の所で働いてみたいから口利きしておいて!」
「いやいいけど。もし『ジラルドカッコいい!』とか思ってそれ言っているなら、ちょっと考えた方がいいよ。あいつアレでもう婚約者いるし」
「玉の輿は無理かー!」
「無理だよー。まぁあいつ光学系魔法使いの有用さを理解している子爵だから、君の努力次第では重用してもらえるかもしれないけど」
「じゃあそう言っておいて! あたし、がんばって落としてみせる!」
「あ、うん。わかった。まぁ頑張って……」
本当に色々な目的で集まっている方々みたいだ。あ、お爺ちゃんお孫さんの態度に胃が痛そうにしている。
その後も一人一人マリーちゃんは協力してくれた方々の意思を聞き、結局四名が継続協力、二名がこのツェズリ島で暮らしこれからも報酬次第で協力、お爺ちゃんとお孫さんの二名が帝国へ移民という形に落ち着いた。
わたしはマリーちゃんが、そしてその傍らで言葉少なく主人に助言や注意をするソーニャちゃんの様子を見て、決意した。
最後の一人――編み物をしていたご婦人の意見を聞き終えたマリーちゃんにわたしは言った。
「じゃあ今度は連邦王国側――受信役をしてくれた光学魔法使いの皆さんに、同じように一人一人の意見を聞いてもらえるかな? 確か、ジラルドさんがあっち側の魔法使いの保護に立ち回ってもらえるようにしているんだよね?」
「うん。まぁ計画は黙っていたからぶっつけで、ジラルド自身の意志次第だけど、ほぼ確実にあいつはぼくの命令通り動いているはずだよ。グラームとソーニャの意見を聞いておいて正解だったなぁ」
今回のマリーちゃんたちの計画を知らされていなかったジラルドさんは、中継魔法が見える基地近くに潜伏するよう指示されており、中継開始と同時にあらかじめ渡されていた封書を開けと命じられていたらしい。
封書の内容は、連邦王国で受信役として働いた魔法使いの保護だ。
このアイデアはグラーム君とソーニャちゃんのものらしい。結局わたしたちが当初危惧していたよりはるかに、子どもたちは子どもたちなりにこの計画の危険性を理解して予防線を用意していたということになる。
……それにしても、ヘルマートさんが『帝国では上下関係が絶対』と言っていたことは事実みたいだ。自分よりも年下の伯爵令嬢に子爵家跡継ぎともあろうジラルドさんは便利にコキ使われすぎている。
「じゃあ二人とも。信じて帰りを待っているから。連邦王国もかなり混乱しているはずだけど、会議で決めた通り、魔法使いがもし不当な理由で攻撃されていたりしたら、協力者じゃなくても助けてあげて。誰も殺さずに。そうすれば、どんなに王国が公に情報操作したところで、マリーちゃんたちの方が正しいって信じてくれる人間が、きっと出てくるはず」
「ドロテア、私はそう思えない。『あなた方は聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。民の心は鈍くなり、目も耳も心も閉ざし悔い改めることがないためである』。私は動くことは動くけど、上手くいくとも思えない」
ソーニャちゃんの人間嫌いは変わっていない。絶滅的発言は少なくなったけれど、憎悪や嫌悪が無くなっていたとすれば、本人が言うようにマリーちゃんの計画を止めていただろう。
でも、だからこそわたしはこの二人を二人だけで送り出せる。大人がついていた方がいいのは事実なのだけれど、魔人と魔女の長距離移動手段の前では誰でも足手まといになってしまう現実の方が勝る。
「ソーニャちゃんはそれでいい。マリーちゃんは、今まで様子を見た限り、ジラルドさんには厳しいのにここにいる協力してくれた魔法使いの皆さんには敬意を払っている。マリーちゃんは自覚が無いかもしれないけど、貴族つまり為政者は、無辜の民を守ることが義務で弱者にこそ優しくあろうとしている。
そこがマリーちゃんの弱点の一つ。弱者を侮っていて、甘くて、つけこまれる。――ポール都では、ただの通りすがりの老紳士に化けたピーソークさんに不意討ちで刺されたんだよね? それがいい証拠」
「なんでそれソーニャに言うのさ。ぼくが気をつけたらいいだけのことなんじゃないの」
「駄目だよ。マリーちゃんはそのままの方がいい。魔人であり貴族以外になれない、ただのお料理好きの女の子。わたし自身弱いからわかるけど、そういう人間の方が親しみやすくて縋りやすいのが人間」
「……塵」
ソーニャちゃんは忌々しそうに吐き捨てた。
だから任せられるのだ。
「ソーニャちゃんの役目はそういった人間からご主人様のマリーちゃんの心も命も守ってあげること。それだけしか考えなくてもいい。無理せず、マリーちゃんの妹様と介した通信魔法でわたしの旦那様に頼ってくれてもいいから」
「ご忠告痛み入るけどその『わたしの』って言い方やめてくれる? ぼくの方がお兄ちゃんとは古い付き合いなのにさ」
マリーちゃんが頬を膨らませてそうは言ってもヘルマートさんはわたしを選んだのだ。この立場ばかりは譲る気は一切、無い。
そんなわたしを睨みつけるように見上げていたマリーちゃんは、胸に留めていたブローチを外し、私に投げつけてきた。
あの迷宮踏破が成された日、空に浮かび上がった――そして迷宮の一階【石の広間】のあらゆる石に刻まれた、雄獅子の頭に蛇の胴体を持つ形をしたブローチ。
「ドロテア。お前にそれを預ける。迷宮踏破の証――つまりこの島の最高権力者の証だ。フォレスは政治代行で、ドロテアはぼくの意思の代行者として、ぼくが不在の間、諸々の面倒事はそれごと全部お前に投げつける。ユニカ伯爵領飛び地の代行者として恥ずべき行為は許さない」
「うん、わかった。任せて。安心していってらっしゃい」
「……確か前にもこんなことした記憶があるけど、あの時みたいにぼくのいない間に勝手に死にかけたら今度こそぼくは怒るからね! ソーニャを守ってくれたことには感謝しているけど!」
マリーちゃんはわたしを指差して、捨て台詞のように謝意を述べてから部屋から出て行った。
ソーニャちゃんも主人に黙って付いて行くけれど、退出間際に帽子の鍔を上げて少しだけ目配せしてくれたことは、有り難く思う。
さて。




