第十章 4:そうあれかし
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その後の会議で、具体的なわたしたち個々の取るべき行動が決定された。
まずわたしことドロテアは、マリーちゃんとソーニャちゃんの監視――相談役。
アトラさんは、迷宮踏破したメンバーの中で元々有名な強豪冒険者であったことから、ツェズリ都の民衆の信頼を得ている。だから民衆を落ち着かせ、治安維持の役目を担ってもらった。
ハウド君たち四人は状況に応じてアトラさんの手伝いをさせることにした。
問題はトンビさんだったけれど、彼女はもう保身手段を用意したうえでこの会議に出頭していたらしく、手出しができなかった。
「わたくしはこのツェズリ島で行われている数々の不正や汚職の証拠を握っていますの。それを今、混乱している民衆の前で暴露してしまえば、どうなるかおわかりですわよね?」
彼女を会議場から逃さず殺してしまえば良いというものでもない。トンビさんの死を引き金に発動する魔法具があるかもしれないし、何よりマリーちゃんたちに『不都合な相手は殺して始末する』なんて選択を、大人が見せてはいけない。
トンビさんは危険すぎるので、結局鱗人の戦士にしてハウド君たちの師匠であるズゥクジャーン師に監視してもらうことになり、彼――彼女かもしれない――が来るまではマリーちゃんが見張るという話で決着がついた。
ようするに、会議終了直後はわたしと、トンビさんと、マリーちゃんとソーニャちゃんの四人は一緒に行動し、そしてその行動選択権は魔人と魔女の二人に握らせることにしたのである。
「……そう決まったのに、なんでグラーム君はみんなと一緒に帰らなかったの?」
心配そうにするハウド君たち他の三人の仲間を無理に帰らせ、グラーム君は会議場にまだ残っていた。
マリーちゃんは『メルセリーナにも仕事がある』という一言で通信魔法を切った。
その時、グラーム君はヘルマートさんに声をかけようとしたけれど、あちらに視界情報は伝わっていない。結局、グラーム君は中途半端に手を伸ばしたまま、椅子に座ってうなだれていた。
「ボクを、信用していいんですか」
「なんの話をしてるんだい? グラーム」
マリーちゃんが不思議そうに首を傾げて、問いかけ直した。
「会議の邪魔になるからあえて聞かなかったんだけど。グラーム。ここに来てから、ずっと心拍数も呼吸も平常じゃない。具合が悪いならぼくが診てあげるから、こっち来なよ」
「ボクが! ボクがマリーさんを使って、ボクの憎しみを連邦王国にぶつけたんだ! ボクはマリーさんを利用したんだ! アトラさんがボクを叱ったのは、なんにも間違ってない!」
会議場全体を震わせるほどの叫び声だった。吠人の声はよく通るから仕方ない。
わたしは事情を大体察していたけれど、あえて聞き出すことにした。
「グラーム君が、連邦王国に中継魔法を流して糾弾するっていう情報撹乱作戦を思いついたの?」
「……ボクは魔法について詳しくは知らないので、最初の案はどうにか真実をぶちまけるという漠然としたものでした」
「魔法を使えばもっと派手に面白いことをやれるから、ああなったのはぼくのせいだよ。トンビの手も借りたし、手段は一切選ばなかった。責任者はぼくだ」
「でも、台詞や演出はボクが考えたものでした。……ボクこそ裁かれるべき卑怯者です。ハウドたちとも、もう一緒にいる資格なんて無い」
面倒くさいなぁ。こういう考え方をするのはヘルマートさんだけでもうお腹いっぱいなのに。
そういう感想が湧いてきて、わたしは疲れていることを自覚した。本来、わたしはもっと感情を抑圧して俯瞰的に物事を見る人間のはずだ。
ヘルマートさんと別行動を取って結構な月日が経過している。自分で想像していた以上に、わたしは夫に依存してドロテアという人間を形成していたらしい。
とにかく、感情なんて不要だ。ただ現実を見たままの事実をグラーム君には告げるだけでいい。
「グラーム君があの台詞を全て考えたの?」
「え? いえ、さすがに大筋だけです。細かいところは、マリーさん本人に任せました」
「新聞燃やしたりするのはぼくの案。カッコ良いと思ってやってみたかった」
マリーちゃんは自由だなぁ。
「じゃあ、マリーちゃんに聞くけど。その脚本に、連邦王国を攻撃するような台詞は入っていたの?」
「無いよ。ぼくを怒らせたらどうなるのかわかっているのか、なんていうのはもうさ。……楽しくなっちゃって。ぼくってさ。自分でも悪い癖だと思っているんだけどさ。ちょっとカッコつけると悪ノリしちゃう癖……あるんだよね」
「知ってる」
「うん、わかっているよ」
恥ずかしげに告白するマリーちゃんを他所に、ソーニャちゃんと私は無感情に頷きあった。
そもそも、伯爵令嬢ともあろうお嬢様が、普段から男の子ような口調で喋っている点で芝居がかっている。ソーニャちゃんへの態度もまるでおとぎ話の王子様か、あるいは絵に描いた優しいお母さんのようで、普段からマリーちゃんは無自覚に格好をつけている。
マリーちゃんなりの魔人として、貴族としての箔をつけるための振る舞いなのだろうとわたしは考えている。
ともあれ、今はグラーム君の話だ。
「じゃあむしろグラーム君に感謝しないと」
「……ごまかすような真似はやめてください、ドロテアさん」
勘が鋭い子はごまかすのが面倒だ。
でも、事実を言えばいいだけだ。ちょっと斜に構えて見て言えばいいだけだ。
「連邦王国は新聞や報道で事実をいつも通り捻じ曲げると思うよ。どこの国でもそうすると思う。でも、あの中継魔法での演説では、マリーちゃんは一切具体的な攻撃目標や発言をしていない。それどころか最後には平和を願う言葉で締めている。グラーム君は、やっぱり、マリーちゃんたちの意志を上手く脚本に起こしただけだよ」
「でも、こんな結果にした原因は、一番悪いのはボクです」
「そんなことないよ。マリーちゃんが怒るのも、それを訴えるのも正統な権利。……やり方は確かに過激だったかもしれないけど、やろうとしたことは何も間違っていない。そして、間違いを正そうっていうお話は、もう終わったの。これからは決めたことをやるべき時間」
「求めよ、さらば与えられん。探せ、さすれば見出す。門を叩け、すると開く」
ソーニャちゃんはずいぶん上手くなってきた連邦王国語でいつものように聖句を諳んじると、三角帽子の鍔を指先で押し上げた。
「私はマリーの幸せが何かわかっていたのに、黙っていた。だからマリーをさっき泣かせた。ペット失格。でも、私はこれからドロテアの言ったようにちゃんとする。パンを求める者に石を与える者に私はもうこれ以上なりたくない」
三角帽子を引き下げて、ソーニャちゃんは続けた。
「グラームも、何を求めて、何を求められているのか。ちゃんと考えて。……しょぼくれている暇なんか、お互いに無い」
「……わかりました。……今はとりあえず、ハウドたちに叱られてきます」
「うん。頼りにしてる」
ソーニャちゃんの言葉を受けて、グラーム君も部屋から退出した。
さて。ここからは嫌われ役の本領だ。
「マリーちゃんが責任者だというのなら聞かせてもらいたいんだけど、あの中継魔法作戦の詳細をわたしに聞かせてもらっていいかな? 事後報告って言えばわかる?」
「……大人に相談してからって約束した権限を、もういきなり『終わった話』に使ってくるのかいドロテアは」
ものすごく嫌そうな顔でテーブルに顎をついてマリーちゃんはわたしを見上げる。
知らなければいけないことなので仕方ない。おそらく、ヘルマートさんは現地にいるわたしを信じてこの役割を託したはずだと思うし。
「たぶんグラーム君だけだよね? マリーちゃんの悪企みに関わっていたのって」
「そうだよ。ハウドやクリスにカラスは関係ない。子どもで言えば、ぼくとグラームだけで建てた計画だ。ソーニャは……少し提案をするだけでほとんど黙っていた。ぼくも主人失格だね。ソーニャは肉体強化魔法が上手くなったから、ぼくに心拍数や呼吸で感情を読まれないように工夫していたんだね」
「うん」
ソーニャちゃんは主人の言葉に頷いた。
マリーちゃんのことをよく知っているソーニャちゃんは、主人の前で平静を装うことくらいはできたのだろう。その原因の一端である、肉体強化魔法の習得はわたしが協力したので責任はわたしにもある。
「ジラルドさんに命令してって言ったけど、あの子爵様はどれくらい計画について知ったうえで関わったの?」
「ジラルドはドロテアの言うように常識人だ。計画を全部言っちゃったら、協力しないと判断した。光学系魔法使いで信用が置ける奴を集めてくれって、通信魔法実験に使うからって言っただけ」
「その光学系魔法使いさんたちとはどうやって連絡を取り合って、この計画に協力させたの?」
「ドロテアも常識人だね」
マリーちゃんはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「ぼくが本気を出せば一人でもツェズリ島と連邦王国本土の往復は昼食からお茶の時間までに済ませられる。ソーニャと組めば、片道一分もかからない」
「…………連邦王国本土とこの島って、直線距離にしても神聖皇国と同じくらいは、あるのに?」
「種明かししてほしいの? ぼく一人の場合は、呼吸器系を改造した内臓機関を複数作って圧縮空気を噴射して推進力を得て、翼で揚力獲得と姿勢制御しながら高速飛行するんだ。ソーニャと組んだ場合は、鉄骨に乗って【砲雷】でぼくたちごと発射して、ぼくたちが死なないよう吹っ飛ばされないように必死でがんばるだけ。最初やった時よりお互い慣れてきたからどんどん速くなってきている」
さすがに何も言えなくなって眩暈がしたわたしを、トンビさんが何も言わずにニヤニヤ見ていた。魔人の凄まじさをわたしはまだ理解していない。
ヘルマートさんがよく言っていることだけれど、魔法とは単なる技術であり、それをどう活用するかは発想力がものを言う。わたしも同感で、法式札という誰でも魔法が使えるようになる道具の使い方には危惧と自戒の姿勢で向かい合っている。
ただ、所詮わたしたち平人の魔力で実現できる発想と、魔人と魔女の魔力で実現できる発想は種類が違うのだと、今思い知らされた。
わたしたち夫婦は、主に魔法を使って命を弾丸とするような発想を危惧している。弱者は数が多く、消耗品として使えるためだ。
一方で魔人――というよりマリーちゃんとソーニャちゃんは、おそらくまず何ができないか、から発想しているのだと思う。その後にやりたいことを魔法で実現できるか検討する。
魔法に限界はあって、でも人間の倫理観に制限はない。それがわたしたち夫婦の共通認識だ。
マリーちゃんたちにとっての魔法は、たぶん限界が無い。制限をどうやってかいくぐるか、くらいの認識なのだろう。
「魔人は――魔の法に則って生きる種族。ヘルマートさんはそう言っていましたが……」
「その通り。ぼくたちはぼくたちにしか通用しない法に則って生きている。……でも、今みんなに叱られて、ソーニャに諭されて知ったよ。
もうぼくは下等人種という言葉は使わない。世界には面白いものと美味しいものと狂気が溢れ返っている。
それらを作り出しているのは、ぼくたち魔人が下等人種と見下した者たちで、魔の法が支配する帝国では生み出せないものだ。お兄ちゃんたちやクラリッサはそれに気づいていたから、たった数人で世界に喧嘩を売ろうなんて馬鹿な真似をしているんだね。志が立派というより、失うモノの尊さをよく知っているから諦めきれないだけなんだ」
そこまで言って、マリーちゃんはテーブルに頬をついて、角で支えた頭をぐらぐら揺らした。
「まるで呪いだよ。ぼくはこれでも謙虚に生きているつもりだったんだ。ソーニャと一緒に、仲良く楽しく笑って生きていたい。たったそれだけのつもりだったのに、それって全然たったそれだけじゃなかったんだ」
「マリー。不安なのはわかるけど、大丈夫」
ソーニャちゃんはふてくされたように角で頭を揺らすマリーちゃんの頬を両手で挟み、額に口づけをする。
……なんとかならないかなぁ、この二人のこういうところ。
「マリーは、今までだってその不安と一緒に私を愛してくれた」
「そうかな?」
「家族になるというのは、本当はいつかお別れしなくちゃいけないこと。その約束より、私と一緒にいたくなって、不安で私に泣きついてきたのはマリー」
「……ソーニャぁ。そういうのは二人だけの時に言ってほしいなぁ」
「マリーは、自分で思っているよりずっと心が弱い。だから大人に弱みを見せたって――少なくともドロテアとヘルマートには見せたっていいと、私は思う」
「ええ、支えてみせます」
わたしは表情筋を支配して柔らかい笑顔を作った。
ヘルマートさんと違って、わたしは単に現実問題としてマリーちゃんが本気で怒って知恵をつけて大暴れされると困るから支えるだけだ。
だからこそぬけぬけとこういうことが心置きなく気負いも無く言える。
ソーニャちゃんはマリーちゃんに抱きつく。
「マリー、私は太陽が大嫌い」
「うん」
「先が真っ暗で怖いのは私も一緒。でもね。私はマリーと一緒なら、どこへでも行けるって思っている。マリーは違う?」
「……ソーニャがそう言うなら、そうしなくっちゃ。かな?」
「そう。魔女の私にとって、マリーのそれこそが、かくあれかし」
マリーちゃんは、震える腕でソーニャちゃんを抱きしめ返した。
……二人の世界に浸っている所を、どうやって『まだお話は終わってないんだよ』と伝えたらいいんだろう。




