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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第二章 すくいとれるモノの数
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第二章 2:観光都市でのスイカ割り

 2


 北方諸島連邦王国。【西の覇者】の二つ名を持つ、現在世界で五本指に入る列強国の一角を占める、伝統と血みどろの歴史を持つ恐ろしい大国だ。

 本土と呼べるのは大陸とは呼べない程度に、しかし諸島と区分するには大きな『大いなるエリー』と呼ばれる島ではある。

 だがいくつもの海峡を分けた諸島群が『大いなるエリー』の東海側に広がり(くに)として一定以上の自治権を持ちつつ協力あるいは騙し合いの末に大国家として機能している。


 王権を戴いているのも、シンボルとして国民同士の結束を高める意義が強く絶対的な政治発言力を保有しているわけでもない。

 千年以上、諸島群同士で侵略と殺し合いを続けながら同時に大陸側からの侵略も跳ね除け、逆に大陸への侵略をすることで国家結束を固めるなど、頭が痛くなるくらいに戦と争いに明け暮れた挙句に内政と外交能力と軍事力と工業力が高水準でまとまってしまったのが、現代の連邦王国の姿だ。


「魔法帝国出身のあなたから見たら、わたしの故郷はそう見えるんですね」


 連邦王国では大陸に近い南側に位置するポーラー島の、ポール港湾都市に降り立って俺から見たこの国の印象を傍らにいる伴侶に語ったら、長い黒髪を潮風に晒すドロテアさんは苦笑いを浮かべていた。


「わたしはこんなに栄えている港街の出身じゃなくて、小さな漁村生まれですから。国としては故郷ですけど、ポーラー島に来たのは今日が初めてです。ここも色んな人種の方々がいらっしゃいますね」

「王国と大陸とを結ぶ観光港ですからね。俺も海水浴なんて娯楽は、今生まれて初めて目にしていますよ」


 船が並ぶ港から距離を隔てているものの、遠目には波が絶え間なく浚い続ける砂浜を、太陽の明るい光の下で薄着……というかほとんど裸同然の姿ではしゃぎ回っている人々の姿が見える。

 通りを行く人々も、俺たちのような平人(ヒト)だけでなく吠人(バイト)寝人(ネト)が目立つ。一方で船からの荷揚げ作業をする水夫たちは屈強な鱗人(リト)牙人(ガトー)ばかりだ。

 いくつもの角がある通りは活気が満ち溢れ、珍妙な代物を置いた観光土産物や荷揚げしたばかりの酒や茶葉などを売る専門店などが並んでおり、瑞々しい果物を露天で売っている者もいる。


「ドロテアさん。ちょっとあの果物屋、見ていいですか?」

「あなたのご自由に」


 海の向こうからやってきた珍しい果物は、最近菓子作りを勉強している俺としては興味が湧いてしまう。

 商売人としては素材は安定供給できるものを扱わなければならないのは百も承知なのだが、それとこれとは別なのだ。


「はいらっしゃいお二人さん。お熱いねぇ」


 全身を被毛で覆い犬に似た頭部を持つ人種、吠人(バイト)の店主のおっちゃんは、俺たち二人を見るなり軽口でからかってきた。一方でドロテアさんは余裕ある微笑みをたたえている。


「うふふ、でもウチの(ひと)ったらわたしよりお店の物の方が興味いっぱいみたいで。子どもみたいでごめんなさいね」

「なんだいあんちゃん、こんな美人さん捕まえといてウチのに目移りして浮気ってわけかい。色気より食い気だねぇ」

「これならシャーベットに……でも冷凍したら間違いなく組織が壊れるからどうやっても長保ちできねーか。イチジクは砂糖煮したら……でもこれだけ新鮮なのわざわざもったいない……。あ、すみません。今すぐ食べられるのってあります? ちょいと喉渇いて小腹も空いていて」

「おう、じゃあこのスイカとかどうだい」

「でけーよ」


 頭ほどもある緑と黒の縞模様の果実をおっちゃんは差し出してきたので、思わず素の口調でツッコミを入れてしまった。

 冗談だったのか笑いながらおっちゃんは二人で食べるのに手頃な大きさの、長細いスイカを取り出してくる。


「こいつならどうだい?」

「ありがとうございます。あとこう、お上品なご令嬢に渡すのにそつのないヤツとか……あ、いや、この桃三つください。通貨は、これで良いですよね?」


 俺たちは連邦王国領土内ではあるが、海洋を隔てたツェズリ島からやって来たばかりの観光客だ。あの島で使われている通貨はそのままこのポーラー島でも使えるはずだが、一応確認はしてみる。

 果物屋のおっちゃんは愛想良くカラッと笑って俺の差し出した紙幣を受け取り、かわりに紙袋に包んだ商品を手渡してきた。


「問題ないよ。なんだいお二人さん、連邦王国語も上手いのに外国人さんだったのかい?」

「あー……。いや、ツェズリ島に長くいましてね。あそこは栄えているけど、空気が合わなくなっちまって」

「おうおう、あの島かい。いやぁウチの息子もなぁ。冒険者になって一稼ぎするとか言って、まともに店の手伝いもしねーのよ。実際、あの島そんなに悪いとこなのかい?」


 困ったように耳をパタパタしながら、おっちゃんは釣り銭を俺に手渡してくる。


「冒険者を目指さずに入植するには悪くないと思いますよ。でも、迷宮に勇み挑んで、帰って来なかった人間は数えきれません。知っている人間がバタバタくたばるの見るのは疲れてしまって」

「はぁ。ウチの息子がこの場にいたらぜひ聞かせてやりたい一言だねぇ」

「生鮮食品を売買する吠人(バイト)は信用できます。生まれ持った才能を生かさないのはもったいないと、平人(ヒト)からの意見として小耳にでも挟んでおいてください。それではどうも」

「あいよ、また来なよ!」


 威勢のいい声を張り上げながら、歩き去る俺たちを肉球付きの手を振って店主のおっちゃんは見送ってくれた。

 さて、俺は紙袋の中から両手の平に収まるほどの大きさのスイカを取り出した。

 当たり前だが、果皮が頑丈で分厚くてこのままでは食べられない。ドロテアさんも困惑したような、呆れ返るような様子で俺を見ている。


「それ、どうやって食べるつもりなんですか」

「ちょっと待ってくださいね。ここは海辺なので湿気が高めの場所なので……」


 脳内で魔法式を構築。霊脈を活性化させて右手を広げ、親指と人差し指から空気を暖める式を出力し、薬指と小指から空気を冷やす式を出力する。


 俺の適正である熱量操作属性魔法は、物理世界に影響を与える分には単純に「モノを暖めると冷やす」しかできない。

 ただ、空気は暖めると上昇し逆に冷やすと下降する。この性質を利用して空気の動き――気流を自在に制御(コントロール)できるよう気温調整し続けるのが、俺の得意分野だ。

 冒険者をやっていた頃には、無学な連中たちに「風使い」と勘違いされていたこともある。


 ともあれ、俺の指から出力された魔法はある一帯の空気を暖め、ある一点の空気を冷やし、気流に乱れを生じさせた。

 魔法式を――特定範囲の気温を調整し続けることで気流の乱れを思い通りの流れに沿うよう操作する。

 気流を渦巻かせ、周囲の大気中水分をかき集める。

 手ぶらにしていた左手の指から渦の中で、気温を一気に低下させる式を投射。急激に冷やされた空気は集めた水分を凍結させ、氷の塊に変化させた。


 重力に従って落下してきた氷塊は、調整した気流と凍結手順式に則って刃のような形状になっていた。

 俺はスイカを両手で挟んで氷刃の落ちる軌道上に割り込ませる。

 シャッ、と氷刃が果皮と果肉と果皮を通過する感触が手に伝わった。果汁で赤くなった氷刃は、石畳に落ちて砕け散る。

 俺の手の中で、スイカは真っ二つに割れていた。


「……え? あなた、今何をなさったんですか?」

「何って、見たまんまですよ。ドロテアさん魔法式見れるでしょ? 熱量操作魔法で氷の刃作って切っただけですよ」

「いえいえ、スイカみたいな頑丈な果物を水の氷みたいな脆い刃で切れるはずがありません。不可解です。どんな手品を使ったんですか」

「紙で指切ることありますよね? 刃ってのはつまるところあれと同じで、非常に狭く鋭い面積を持つ物質に力を加えて、対象物を切断するための道具です。なので、加える力が重力だけで事足りるほど刃を鋭く研ぎ澄ませばいいだけの話です」

「……だけ?」


 より詳細を述べるのであれば、刃は鋭くしなければいけないが氷自体の重さによってスイカに加わる力の大きさも変わるので、ただただ薄く鋭い氷を作ればいいというわけでもない。

 接触面の刃は極限まで鋭利にし、ある程度の箇所から刃ではなく質量を持たせて氷を分厚く重く頑丈にする。例えは物騒だが、断頭台の刃に近い。


 この形状になるよう大気中水分を操作しつつ凍結するには、式調整に割とかなり神経を使う。ただ、使うのは集中力だけであって、魔力は無茶な量ではない。

 もちろんこの氷の刃で小さなスイカではなく家を真っ二つにしろ、と言われたら無理だ。それだけの質量を持つ水分を大気中から集められないし、仮に水が近くにあったとしても大きくなれば調整式の操作量も増える。何より俺の魔力的にかなりキツい。


「難しい話よりスイカ食べましょうよドロテアさん。はいこちらあなたの分です」

「そうですね……あなたはそういう男性(ひと)でしたね」


 半分に切ったスイカをドロテアさんに渡し、俺は自分の分にかぶりついた。

 あ、これ顔面果汁で汚れるわ。

 困惑顔のドロテアさんのスイカに向けて俺は人差し指と中指を立てて、そこから魔法式を物理世界に投射。スイカの果皮のごく一点わずかな部分を、凍結させてすぐさま蒸発するまで超高温に引き上げる。それを一気にスイカを縦断するように十連発した。

 ぷすすすすすすっ、と間の抜けた音がドロテアさんに渡したスイカの果皮から聞こえた。


「今ごくごく小規模の水蒸気爆発を皮に起こして穴を開けて組織を脆くしたので、繊維に沿って腕力だけで割れると思います」

「わたしに優しくしてくれるのは嬉しいんですけど、ちょっと常識というものを覚えた方がいいですよ、あなた」

「そうですか? 魔法の見た目自体は目立たないように気をつけたつもりなんですが。魔法式をもし誰かに見られていたら……まぁ迂闊な行動でしたね。反省します」

「いえ、()()もういいです。()()覚悟しておいてください」


 ドロテアさんはさらに二つに割れたスイカを持って笑顔で俺に忠告してきた。

 ……自分で認めるのも情けないが、俺は恐妻家である。

 伴侶の怒りは怖い。やらかしてしまったものは仕方ないが、俺はただドロテアさんにスイカを食べやすくしようと工夫しただけだった、という言い訳を全く受けつけない正論でやりくるめてくるから怖い。

 ぬるいがたっぷりの水分と甘味を持つスイカを齧る俺に、ドロテアさんも果汁で口元を少し赤くしながら相変わらず笑顔で言ってきた。


「これから会いに行くご令嬢にも常識のない行動を取ったりしたら、妻として相応の注意をさせていただきますからね?」

「あ、はい……」

 この第二話は前回連載投稿させていただいた「迷宮遺失物回収業者(スカベンジャー) ハゲタカ」の主人公視点であり、前作のラストからほぼ時間系列的に直結で冒険者たちの島から、今話の舞台となる王国本土まで移動して到着した所から始まっています。


「前作を読んでいなければ何がなんだかわからない」なんてことにはならないよう気をつけたつもりではありますが、最低限知っておいたら理解が楽なことは以下になります。


・語り部は魔力が低いけど腕は一流の魔法使いで新婚ホヤホヤ。恐妻家。

・新婚ホヤホヤの奥様は、目的のためなら手段を選ばない空気無視スキルLv99の持ち主。


 前作は要約すると「この二人が出会ってなぜ結婚するまでに至ったのか」というお話です。

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