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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第十章 ベガもコカブもエライもポラリスも皆墜ちろ
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第十章 3:マッチポンプは自分のために

 3


「さて。わたし、ドロテアの意見を結論から先に言います。わたしは、マリーちゃんとソーニャちゃんのやりたいことを自由にやらせてあげたいです」


 他人を責め続けるのも卑怯なので、わたしは会議場で自分自身の意見も述べることにした。


「彼女たちは力が強いだけで、中身は普通の――普通の女の子です。お料理とお友達が大好きな、どこにでもいるありふれた女の子にしか過ぎません。マリーちゃんは自分を殺そうとした相手ですら見逃し、逃げ場所を与えるくらいに寛大です。なら、わたしは二人の良心を信じます」


 ソーニャちゃんをペットだと公言してはばからず、人目も気にせず抱擁し口づけする女の子を普通と言っていいのか、わたし自身迷ってしまったけれど、そこはあえて目をつむることにした。

 光学魔法で投影された映像から、わたしの旦那様、ヘルマートさんが挙手する。


『ドロテアさん。俺も本心ではそうしたいです。でも、良心ってなんですか? ――帝国で魔人令嬢として育ったマリーお嬢様と、連邦王国の漁村で育ったというドロテアさん。あなた方二人の良心や常識というものは、著しくズレています』

「馬鹿」


 夫の不甲斐無さに苦労する妻とはこういう心境なのだろう。ヘルマートさんは投影された映像の向こうで絶句している。


「ソーニャちゃんがいるじゃないですか。マリーちゃんのズレた良心や常識は、ソーニャちゃんが指摘してくれています。だから二人のやりたいこと、なんです」

『ドロテアの意見にわたしは賛成するわ』

「キュルル、虚実(マジ)?」


 初めて、クリスちゃんが発言した。

 クリスちゃんとクラリッサちゃんは友達同士だという。それでも、意見は違えることはある。

 でもそういうことを話し合う場こそが、今この場所だ。


「あたしはこの二人の――本物の魔法使いの実力を見ている。先輩(パイセン)もさ、やっぱ本物の魔法使いだから目が曇って――ごめん、違う、そういうわけじゃない。とにかくさ。半端に魔法が使えるあたしは、本音ぶっちゃけると――ソーニャも含めて、化け物に見える」

『クリス。ありがとう。貴女の勇気に感謝するわ』

「勇気? あたしゃ怖いって言っちゃいけねーこと言っちゃったつもりなんだけど」

『怖いと思える相手を目の前にして、その怖さをちゃんと伝えることができるのは、間違いなく勇気ある行動よ』


 クラリッサちゃんの言葉に、クリスちゃんはぼそりと「キュルルは煙に巻くのが上手い」と零し、それ以上何も言わなかった。

 友人を褒め称えて魔人と魔女の二人を牽制したクラリッサちゃんは、今度は投影された映像のカメラレンズを見つめるような視線になった。


『メルセリーナの意見は言うまでもなく、でしょ?』

『……わたくしは、もう少し、姉様がわたくしに構ってくださったのなら、が条件に付きますが大意としてはお二人が自由になさることに賛成です。――そもそも、やはり、姉様を殺そうとした者が全面的に悪いのです。その事実を明かすことのどこに問題があるのか。世界は大火に燃え盛っても、帝国は磐石。知ったことではありません』


 この通信魔法の帝国側の担い手であるメルセリーナ嬢も、魔人らしく過激な意見の持ち主らしい。

 ただ、わたしはこれに反論できる。


「でもそこにマリーちゃんとソーニャちゃんの幸せはありませんよ」

『そうなのですか? どうなのですか。姉様』

「え? どーなんだろ。どう思うソーニャ?」


 この会議が始まってからほとんど発言していなかったソーニャちゃんは、話題を振られて、視線を床に落とした。


「私は」


 その姿勢のままはっきりとした声で言った。


「私はマリーの作ってくれるお菓子や料理が好き。クラリッサが材料の商談をした時、マリーはとても悩んで条件を飲んだ。クリステラは素材に妥協していないって言っていた。その通り。マリーはいつだって料理に対して真剣。……世界中の人々が争い合えば、材料なんて手に入らなくなる。マリーは料理に対して我慢しなくちゃいけなくなる。そんなの――私は嫌だ」


 マリーちゃんが、口も目も丸くして固まった。

 何秒ぐらいそうしていたかと思うと、唐突に雲みたいなふわっふわな髪の毛に自分の腕を突っ込んでわしゃわしゃとやり始めた。


「そうだ! そうだった! ど、どうしよう!? いや連邦王国の料理は不味いからいい――ああ全然よくない! 帝国と貿易するなら地理的に足がかりになる港があのあたりに必要だし、共和国のチーズもぼくは好きだし、神聖皇国のトマトやパスタ料理の勉強もぼくはまだしたいのに! 紅茶の本場のガンガーあたりにはまだ行ったことすらないんだよ!? まずいまずいまずいうわぁやっちゃった! どどどどどうしよう?」


 中継魔法では魔王のように振る舞っていたマリーちゃんが、今はもう完全に慌てふためき、落ち着きなく会場にいるそれぞれの顔を見て、悔いと混乱で涙目になっている。

 だから彼女は子どもで、それにそぐわない力を持っていて、周りだけでなく本人自身すらも不幸にするのだ。

 ソーニャちゃんはそんなマリーちゃんの服の袖を掴み、髪の毛に顔を埋める。


「マリー。ごめんなさい。私はマリーが準備している時に、もうこのことに気づいていた。でも、言わなかった。私も憎かったから。殺したい人間は殺させてくれなくて、殺したくない人間を殺させる、そんな連中は死んでしまえって思っている方が勝った。……でも、そう思っているっていうことも含めて、言わなきゃいけなかったのに、黙っていた。ごめんなさい」

「ソーニャは悪くない! やっぱり悪いのはぼくたちを殺そうとしてきた奴らだ! でもあれだけやられて、ソーニャを泣かせて、それでただで済ませられるはずがなくって、でもそうしたらぼくとソーニャの夢は消えちゃって――ええ? 何コレ? なんでこんなに上手くいかないの? あ、あ、あ――」


 マリーちゃんは、レンズと、私と、アトラさんを見つめて、今にも涙を零しそうな表情で問いかけてきた。


「ごめん。これ。どうしたらいいの?」

「どうするもこうするも()ーよう。お嬢ちゃんが撒いた火種だ。自分でなんとかするのが筋ってーもんだろうがよう」

「そうだけど! そうなんだけど! ぼくはそういうの考えるのが苦手で、教えてほしいんだよ! やっちゃったのをなんとかする方法を! ぼくなら大抵のことはやれる! やってみせる!!」

『マリーお嬢様』


 アトラさんの冷たい叱責に続き、ヘルマートさんが、本気で怒った時の目が据わった表情で見据えて、やっぱり冷たい声色で言った。


『お教えしますが、一つだけ条件があります』

「ソーニャはぼくのものだから絶対にあげないかんね!」

『そういうことではありません。――今後何かやらかす時は、俺たち大人を頼ってください。

 確かに俺は角無しの出戻りクズ教師で、アトラはバカだしドロテアさんはおっかないですが。頼りない、信用ならないと思われても仕方ないかもしれませんが。

 悪いことしているという自覚があったから黙っていたのでしょう!? このクラリッサ嬢ですら悪企みする時は俺たち夫婦に話通しますよ!?』

「いいから何すればいいか教えてよ!」

『条件の復唱!!』


 マリーちゃんは、顔をくしゃくしゃに歪めて、肩を震わせて嗚咽混じりに呟いた。


「これからは、何か大きいことやる時は、ちゃんと大人に相談します」

『よろしい。……ああ、メルセリーナ様、クラリッサ嬢、睨まないでください。別に他意は無いのです。では、お嬢様たちが何をすればいいのかですが。それは、ドロテアさんの方が説明が上手いです』


 わたしは頷いて、これ以上通信魔法先で説教をするとメルセリーナ嬢という方にヘルマートさんが何をされるのかわからないので夫の意図を伝えた。


「マリーちゃんたちの言い分にも理は確かにあります。例えマリーちゃんがあのような中継魔法で情報撹乱戦を仕掛けなくても、連邦王国は勝手にこの島の扱いを間違えて、他の植民地も上手く抑えこみきれていない状況が続いていることもあって。どの道内乱を起こし、対帝国戦どころではなくなっていた可能性もあります。

 いえそもそも、現状、列強国は帝国を仮想敵とする共有認識で平和が保たれていたところがあります。……わたしたち夫婦の活動はやはり夢物語なんです。血を流さずに、誰も傷つかずあってほしい。そんなの、誰だって同じ想いです。実行しようとしていたわたしたち夫婦が愚かなだけなんです」

「ぼくが聞きたいのはそういう話じゃない!」

「前置きとして必要なんです。つまりですね。……マリーちゃんは、中継魔法で嘘はついていません。全て真実です。脅迫の演出が過激すぎただけです。ポール都で亡くなった方には申し訳ありませんが、それはピーソークさんも含めて今後謝辞と弔辞の場を設けましょう。喪われた命は二度と戻りません。

 では、マリーちゃんは何をすべきか。それはマリーちゃん自身がもう既に言っています。『自分は怖くない魔人だ』と」


 わたしはクリスちゃんに視線をやった。


「傍で見れば見るほど確かにマリーちゃんは怖いかもしれません。魔法を使えばより恐れられるでしょう。でも、極東の文化では怖れとは畏まりであり、畏怖とは敬意でもあると聞きます。怒らせると怖いけど、怒らせない限りは有り難い魔人。それがマリーちゃんの目指すべき魔人です」

「……ぼくは言われなくてもそうしているつもりだったんだよ……」

「世界中の多くの方々はそれを知らないんです。帝国の実情も知らない。知らないモノは怖い。なら、知らしめるしかありません。魔人の恐ろしさを。改めて、別の形で」


 もうこの際、手段は問わない。

 わたしは両腕を広げて、会場にいる全員に語った。


「マリーちゃんが撒いた火種はどうせ元々燻っていたもの。それが発火し争いが起きても、マリーちゃんたちが本気を出せば誰も殺さずに無理矢理争いを止められます。

 まずは連邦王国にだけ、その武力介入は行うことをわたしは提案します。なぜなら国に恨みはあれど、民に罪は無しという恩を売れるからです」

「ドロテアさん? こういう言葉は御存知かしら?」


 黙って笑いながらわたしたちの会話を聞いていたトンビさんは、ポケットから取り出したマッチ箱を擦り、火の点いたマッチ棒を吹き消した。


「自分で放火して、自分で消火する。それをして英雄的行動だと見せかける」

「人間なんて一瞬一瞬で気が変わるものです。わたしなんて好きな男性を三人も乗り換えて、それでも今の旦那様を本気で愛しています。もう一生ヘルマートさんと添い遂げる覚悟です。自作自演だろうと一貫性が無かろうと、意志と行動に偽りが無いのなら、恥じる必要なんてありません」


 喪われた命は取り戻せないけれど、これから失われるかもしれないものを食い止める。

 わたしたちの戦いは、結局ここに帰って来る。


「心の底では死んだってどうでもいいと思っている人間を助けましょう。殺したいほど憎んでいる人間に手を差し伸べましょう。浅ましいと思われるのならそう思われたらいい。自分自身が幸せになるために! 利用できる機会と人間は利用してやればいいのです」

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