第十章 2:大人の責任
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会議室の、この場の、この島の中心人物となったマリーちゃんは片手を床に垂らしたまま、もう片方の手でポケットの中から取り出した、小型望遠鏡のような、写真機のような機械をテーブルに置き、レンズを天井に向けた。
一方でソーニャちゃんはラジオのような機械を床から持ち上げ、脇に置く。
「メルセリーナ? 五感を繋いでもいいかな? ああそれと、今回からぼくが使えない光学系魔法を補助する魔法具を使って、みんなと合同会議しやすくしてみたんだ。だからメルセリーナが見聞きしている感覚も、ぼくの方に送って」
『――――これでいいのですか?』
横笛のようなか細い女の子の声が、ラジオの音響発生機から漏れた。
同時にカメラのような機械から光学魔法式が展開され、テーブルの上にどこかのお屋敷の廊下らしき風景が映る。
そこには、こちらを注視するヘルマートさんにクラリッサちゃんとギィジャルガさん――あと従者の吠人さんがいた。
ヘルマートさんが問いかけてくる。
『メルセリーナ様。マリーお嬢様はなんと?』
『待ってくださいヘルマート様。姉様? 光学系魔法の補助? ――わたくしが見聞きしている情報を、そちらで再現しているというのですか?』
「うん。今そっちに詳細を教えるけど、中継魔法に使った魔法具の応用でね。いやこりゃ便利だ。まぁ造ってくれたトンビには別に感謝してないけど。ようするにぼくを実験体にしているだけだからね」
やはりトンビさんのせいか。
中継魔法で、本来なら聞こえないはずの音声まで伝達されていたことからわたしはもう直感していた。
「混乱しないように先に原理を教えておくよ。ぼくとメルセリーナは姉妹だからか、寄生干渉魔法で互いの五感共有ができる。これを遠距離でもできるから、通信魔法として機能していた。
ただ、ぼくとメルセリーナの間だけでしか五感共有ができないのがどうも不便だったからね。視覚で得た情報はこのカメラ型の魔法具で光学情報に変換して、大気をスクリーンとして投射再生する【鏡影】と同じ原理の魔法を発動してくれる。本来ぼくの適正属性じゃない光学魔法を使うわけだから、ちょっと魔力燃費悪いけど生活に支障が出るほど消費するわけじゃないかな?
で、こっちのラジオだけど、これはまんま見た通りにラジオで、メルセリーナから受け取った音声情報を電気信号にぼくが魔法で変換して流して音響再生している。実はこっちはぼくがもう既に思いついていた道具を介した電気操作通信魔法だ。ソーニャと離れた時に連絡を取るためにがんばって開発した。もうあんなことは起こしたくないからね。
ドロテアはその顔だと気づいているみたいだね。うん、中継魔法で音声再生したのはこの魔法の応用。【鏡影】の受信投射側の魔法使いに、音響発生機を置いてもらって、ぼくが各地の現場で気流制御魔法を使って音響拡大した。いや七箇所もいっぺんにこの通信魔法を併用起動しながら演説するのは結構疲れたよ。メルセリーナとの通信魔法はすんごい楽だ」
マリーちゃんは現状でももう十分強いのに、まだ魔法使いとして成長する余地を残しているみたいだ。
この様子なら情報戦という概念まで覚えつつある。この娘の可能性も底無しだ。
「お兄ちゃんたちは事情を知らないから、今から教えるよ。
まずは、改めて。ぼくたちはツェズリ島の征服に――迷宮踏破という無血の方法で成功した。この島はもう実質ユニカ伯爵領の飛び地だ。
で、今言った通信系魔法を、ジラルドに命令して連邦王国各地の光学系魔法使いと協力してもらうことで、連邦王国の五つの都市とピーソーク男爵殿ご本人めがけて、ピーソーク家がぼくとソーニャを殺そうとした事実をぶっちゃけて、世界各地の魔法使いがツェズリ島と帝国本土に逃げることを許可した。ユニカ家の名前使っちゃったから、事後報告で本当に悪いけど、メルセリーナ、父上と母上、信じるよ。彼らの世話をよろしく」
『――元々は帝国から亡命した魔法使いです。帝国に帰ってきたのなら、亡命行為を完全に不問とはしませんが悪いようには致しません』
『それよりお嬢様! 自分が何をなさったのかご理解なさっているのですか!? マリーお嬢様のなさったことは、世界中に争いの火種を撒き散らしたも同然です!』
ヘルマートさんは恐慌した様子でわたしと同じ懸念を発言していた。
――この様子から見るに、どうやら帝国で通信魔法を使っているマリーちゃんの妹であるメルセリーナ嬢は、もう既に姉から教えてもらった魔法を応用してあちらで音声再生魔法を駆使しているようだ。
おそらく、ソーニャちゃんがわたしの法式札を身体に流して即座に魔法を習得した原理と同じだ。姉の使っている魔法式が身体に流れてくるので、それをもうさして意識もせず模倣してしまったのだろう。
一方でマリーちゃんは、冷たく光る金色の瞳で天井を見上げた。
「お兄ちゃんも、ドロテアもさ。志は立派だけど、ぼくはやっぱり二人の考えには同調できないよ。世界中に争いの火種を撒いた? 違うね。どうせぼくらが何をしようとしまいと、人間は勝手に争い合って殺し合って奪い合って憎しみ合って、無関係な人間すら巻き込むんだ。じゃあ勝手に死んじゃえ」
改めてわたしを見つめて、マリーちゃんは続ける。
「ぼくは極端な話、ソーニャと、メルセリーナと父上と母上、お兄ちゃんとドロテアが安全平穏幸せに暮らせるならそれでいい。それ以外どうなっても構いやしない。クラリッサ。悪いけどぼくはもう君の敵になっちゃったよ」
『勝手に決めないでよ。その程度でわたしが、このキュルルとギィが絶望するとでも思った? わたしはマリーと違って諦めが悪くて欲しがりで我儘で傲慢なの。マリーがこのくらいやるなんて、とっくのとうにわたしは覚悟を決めていたわ』
「いいね。これが友か。じゃあ遠慮なく、ぼくはこれからも思う存分暴れさせてもらう」
『お好きにどうぞ。ああ、でも、一つマリー。言わせてもらうわ』
映像の中でクラリッサちゃんは屹然とした態度を全く崩さなかった。
若い子たちは強かだ。
『自分も大切にしなさい。貴女の言う安全平穏幸せに暮らせる人間の中に、ちゃんと自分も入れなさい。ソーニャだけでも幸せにしてやれって言ったこと、忘れたの?』
「ああ――うん。君は本当に、いい友だ。クラリッサ、大好きだよ」
『どう致しまして。じゃあ会議を続けて』
「ん、お気遣いありがたいけど……ぼくがみんなに伝えたいことは、もうこれで大体済んじゃったかな? 他のみんな、言いたいことある?」
気楽な態度でマリーちゃんは片手を払ってわたしたちの発言を促した。
ヘルマートさんが挙手する。
『アトラ』
「おう」
『任せた』
「おう」
『ドロテアさん』
「はい」
『すみません』
「今、わたしはとてもヘルマートさんのほっぺたをひっぱたきたい気分です」
『そうですか。言葉で言われただけでも結構辛いなコレ』
むしろ実際にはたかられるより辛いだろう。わたしの旦那様はそういう人間だ。
話がややこしくなるので言うのは我慢したけれど、大体先に声をかけるのはアトラさんより伴侶のわたしじゃないのだろうか。
とにかく、混乱していた頭も大分落ち着いてきた。今度はわたしの番だ。
「今、この会議に参加している中で大人であるのは、ドロテアことわたしと、その夫であるヘルマートさんと、ヘルマートさんの親友であるアトラさん。そして、実質的に現在もツェズリ島の最高権力者であることに変わりないフォレスさんと、彼の元冒険者仲間であった魔法具技師トンビさんです。クラリッサちゃんの従者さんは、あえて省きます」
「お酷いですわね。それで、ドロテアさん? 大人であるわたくしたちを点呼して、何が言いたいんですの?」
「大人の責任は大人が取りましょう。まずは、港の整理です。今頃大混乱になっています。フォレスさんはもう退出して、治安維持と民衆を安心させるために働いてください。必要事項は後で伝えますから。――貴方にしかできないことです。この島を拓いた責任は取ってください」
かつて英雄と呼ばれた男は、よろめきながらもわたしの言葉で椅子から立ち上がった。
「わかった。ではお先に失礼させていただこう」
フォレスが会議室から退出するのを確認してから、わたしは次にトンビさんを睨む。
「トンビさんの目的はなんですか。もう貴女の一番の目標である迷宮踏破は成されました」
「そうですわね。次は人間の可能性がどこまであるのか見極めたく存じます。ですから、現在この星においておそらく最強の魔法使いであろうマリー・リー・ユニカ様に、わたくしは協力したい」
「マリーちゃんはこの意志をどう思っていますか?」
「ん? んー……ぼくとしてはもうこの女用済みだし危険人物だからなぁ。ここで殺しても別にいいと思っているんだけど、利用するだけ利用してポイ捨てって、魔人として貴族としての誇りにもとるからね。どっちにしようか迷っている」
「じゃあ殺さないでください。そういう判断は、大人にぶん投げてくれていいんですよ」
「うわー、楽だなー。ありがとう。ソーニャを助けてくれたことでぼくの中でのドロテアの評価はトントンって感じだったけど、今のでものすごく上がった。じゃあこの面倒くさい危険人物はドロテアたち大人に任せる」
マリーちゃんがここまで暴走した原因の一端は、ようするにわたしたち大人の不甲斐無さのせいだ。
この魔人令嬢はとんでもなく強く、本人単独でも出来ることの多様さが常人たちとは比べ物にならない。そのうえ肩書きや権限に脅迫まで使って他人を動かせば、もう出来ないことを探すことの方が難しい。
でも、自分の持つ力にマリーちゃんは振り回されないよう自戒している。中継魔法で血ではなく紅茶を酌み交わしたいと言ったように、今トンビさんを殺せるのに殺さなかったように、いつでも我慢しているのだ。
その、およそわたしたちのような常人には理解し難いありとあらゆる無数の我慢の中から、絶対に我慢しきれない許せないことが、よりによって戦乱の火種を生み出す行為として実行させてしまったのは、マリーちゃんが相談してくれるほど大人たちを信用してくれなかったのは、たかだか十代半ばの女の子にそれほどのまでの力を与えてしまったのは、わたしたちの責任だ。
【矢】を受けて心身共に弱っていたわたしは、マリーちゃんがこの島を無血で征服するという計画を手放しで褒めてしまった。
マリーちゃんの征服行為はただの手段でしかなく、その先で何をしでかすか考えていなかった。
でも、今からでも遅くはない。
大人が背負うべき問題は大人が背負い、マリーちゃんを守らなければいけない。
彼女自身が持て余している力というものから。




