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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第十章 ベガもコカブもエライもポラリスも皆墜ちろ
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第十章 ベガもコカブもエライもポラリスも皆墜ちろ

 1


 マリーちゃんとソーニャちゃんは、連邦王国本土ではともかくとして、冒険者の島、ツェズリ島では英雄になった。


 その日、わたしの身体を蝕み続けていたなんとも言い難い重苦しさと、背中をちりちり焼くような感覚が突然、消え去った。

 体調はなんの前触れも無く万全に戻り、トンビさんの怪しい実験に付き合う手を振り払い、状況確認のためギルド本部へと行こうとホテルから出た時、既に事は起こっていた。


 空に浮かぶ、雄獅子の頭に蛇がとぐろを巻く紋章。

 どこからともなく響く、男とも女とも子どもとも老人ともつかない声が告げた。


『遺跡は踏破された。

 マリー・リー・ユニカ。ソーニャ。アトラ。ハウド。グラーム。クリステラ。カラス。そして彼らを引き合わせたハゲタカ。

 この者たちの足により、遺跡は踏破された。

 証を残す』


 街は騒然となり、多くの人々がギルド本部に押し寄せたためにわたしは行くことを諦めた。

 ホテルの部屋に戻ると、トンビさんはわたしを見て微笑んでいた。


「結局、トンビのわたくしが、ドロテアさんの旦那様のハゲタカさんに獲物を横からかっさらわれてしまいましたわ」

「わたしの夫はもう、ハゲタカじゃありません」


 いくらこの島ではそちらの名前でしか知られていないとしても、わたしはあの男性(ひと)をハゲタカだなんて呼びたくない。

 ともあれ、マリーちゃんたちはやり遂げたらしい。

 なぜかわたしの身体も健康に戻った。これでソーニャちゃんが少しでも楽になってくれたらいいんだけれど。


 そんな呑気なことを考えていたからか、英雄扱いされるマリーちゃんとソーニャちゃんを、ヘルマートさんが気にかけたヒヨコちゃんたちを世間の好奇から守るために、あれこれと働き回っていたからか。

 わたしはマリーちゃんが何を企んでいるのか、見抜けなかった。

 冬が見え始め冷える日々が続いてきた今日、ツェズリ都の空に光学投影魔法が投射される瞬間まで。

「アーハッハッハ! なんとも気分爽快だよ。これが復讐か! いったいどうなることやら楽しみでワクワクしてたまらない!」


 都議庁の、いくつもある会議室の一つを乗っ取って、適当な椅子の上に踏ん反り返って座るマリーちゃんは本当に満面のやってやったと顔に大きく書いてある笑みで、この部屋に呼び出した人々を出迎えた。

 ほとんどは見知った顔だ。それこそ、迷宮を踏破したメンバーは全員揃っており、ヘルマートさんの妻でしかないわたしやトンビさんも招かれている。


 知らない顔――いや、新聞やポスターなどで見たことのある壮年の男性は、紹介されなくてもわかった。

 冒険王フォレス。ツェズリ都都議会議長――だった男。

 マリーちゃんに、確かに彼は議長の座を譲った。けれど幼く政治を知らないマリーちゃんはフォレスに『代理議長』という役職を与えて、この島の治世は変わらず任せたはずだったのだ。


「なんだいドロテア、アトラ。怖い顔をして。ぼくに言いたいことがあるなら言いなよ。いつもの通り、ぼくは君たち二人の意見や言葉は尊重するつもりだよ」

「マリー嬢ちゃん。なんかやるつもりならよぉ、前もって大人の意見も聞こうぜぃ」

「アトラさんの言う通りです。マリーちゃん――フォレス元議長様も。今の中継魔法、本当に言った通りに連邦王国でも送っていたのなら……どうなるか、わかっていて、やったんですか?」


 温厚なアトラさんがここまで目を鋭くして、怒っている姿をわたしは見たことがない。

 去年、夫の元相棒ということから何度か出会ったことのあるアトラさんは気さくでありつつも、ヘルマートさんが親友だと本心では認めているだけあって非常に鋭い観察眼を持つ方で、今もこの二人の関係には挟まることができず、妻としてちょっとだけやきもちを焼いていたりする。

 ようするに、ヘルマートさん並に優しくて甘い人間なのだ。その彼を本気で怒らせるなんてただ事ではない。

 マリーちゃんは映像の中で見せた傲岸不遜な有様のまま、答えた。


「まずはアトラの意見から答えようか。――ごめん。絶対に止められるとわかっていたから、黙ってこっそり準備していた。本心から悪いと思っているよ。でもソーニャを傷つけた落とし前は絶対につけさせなくちゃいけなかったから、そこは理解してほしいかな。

 次にドロテアの質問に答えようか。その通り。連邦王国の五つの都市と一つの基地、そしてこのツェズリ都に中継魔法を送った。で、どうなるかわかっているかって話だけど――まぁ連邦王国は内乱騒ぎになるんじゃないかな? いやぼくは詳しくは知らないんだけど、グラームから案と理屈を聞かされたら実に痛快な話で、もうこれは乗るしかないなって」

「グラーム! やりすぎだ! 魔人サマァ盾にしてやっていいことと悪ィことがあんだろうがよう! 吠えるなら自分の口で吠えろ!!」


 アトラさんが即座にグラーム君の胸倉を掴み、怒声を浴びせかけた。ヘルマートさんが実に言いそうなことで、やっぱりこの二人は親友なのだと思い知らされる。

 グラーム君はいつもの臆病な物腰とは一転して、暗い声でアトラさんに揺さぶられながら答えた。


「じゃあアトラさんは、マリーさんやソーニャさんがこのまま泣き寝入りしていいって思っているの? 殺そうとしてきた奴に、それも無関係な人間を大勢巻き込んででも、たかだか女の子の一人や二人殺そうとする奴らに――情けとか容赦とか必要なんですか?」

「グラーム君、それじゃあ君も同類だよ。連邦王国が内乱騒ぎになるって理解(わか)っていてマリーちゃんっていう魔人の権威を借りたのなら、君も自分の手を汚さずに多くの人間を殺しているも同然なんだよ」


 わたしはそう口にしてから、自分自身の胸が痛んだ。

 わたしも、法式札という道具を使って多くの見ず知らずの人間を殺してきた。最後には自分の意志で、愛しいと思っていた男性(ひと)すら明確な殺意で以って殺した。

 でも、だからこそ、そんな過ちを子どもたちに繰り返して欲しくなんてなかったのに。

 ――なぜもっと、子どもたちのことをちゃんと見ておかなかったのだろう。

 後悔しても遅い。なのに、喉から嘔吐感にも似た自己嫌悪を覚える。


「連邦王国は一枚岩じゃないの。多くの諸島群がそれぞれ自治権を持っていて、睨み合いしつつ協力し合っている、複雑な国。それで亡命魔法使いたちの裏切りを仄めかしてそそのかしたら――あの国に、魔法でもたらされていた恩恵が全て失われて、責任の押し付け合いが始まって……どこまで最悪になるんだろう」


 わたしは想像できる最悪が底無しであることに眩暈がした。

 列強国の中でもとくに強い連邦王国の強さの一つは、帝国からの亡命魔法使いが多いことと、このツェズリ島からの資源あってこそだった。

 もちろん他の部分も隙は無い――とヘルマートさんは教えてくれた。工業、兵器、外交能力。あらゆる面で高い水準を持つからこそ連邦王国は列強国筆頭級に強いのだと。


 でも、それを疎ましく思っている周辺列強国はたくさんある。

 王国の結束力が失われ、ましてや魔人の怒りに触れたことが自業自得であるのなら、その点を突いて諸国は連邦王国に責任問題を突きつけてくるはずだ。

 国力が弱まったのなら、歴史的に因縁深い共和国やライン連邦帝国は武力介入――つまり戦争すら起きる可能性もある。


 さらには、マリーちゃんは魔法使いの保護を約束したけれど、すぐに帝国やこの島まで逃げることができる方々ばかりじゃない。

 連邦王国に残された魔法使いたちは、あの中継魔法のせいで偏見や虐げを受けるかもしれない。

 そしてこの島に多くの魔法使いたちが押し寄せ、そしてあの中継魔法を見て島から逃げ出そうとする人々はもう既に街中で溢れ返っているわけで、港の船や処理能力の限界が越え、暴動も起きるだろう。


「元議長様は、なぜ止めなかったんですか!」


 わたしは、かつて英雄と持て囃された、上品な口髭を生やしすっかり政治家らしくなってしまった男を糾弾した。

 政治家ならば、わたしが考えている以上の最悪をもっと想定しているはずに違いないはずなのに。


「……迷宮を踏破した魔人だ。ご婦人(レディ)、私一人が止められるとお思いかい?」

「無責任すぎます!」

「そうだな。だが私も元は帝国人だ。そして、三十年以上もこの島で迷宮に挑み、政治に挑み、そして――結局は魔人に負けた。なんだったんだろうな、私の人生は。敗北ばかりだ」


 怒りに任せて、わたしはフォレスの頬をはたいた。

 それでも、英雄と呼ばれた男はなんら抵抗もしない。

 場違いな、意地の悪い、くつくつという笑い声が会議場に響いた。


「フォレス。ずいぶんと腑抜けましたわね」

「トルテファーミ――今はトンビか。君も私を見限って、マリー嬢に付くことにしたのだろう? 君は諦めなかった。私は諦めて政治の道を選んだ。その時点で、もう私は敗けていたのさ」

「そう、貴方はもう用済みですわ。わたくしにとって、今もっとも面白いオモチャはマリー様ですもの」

「――カラス」


 アトラさんが、黙って事態を見守っていた子どもたちの一人、東方人の少年であるカラス君に素っ気無く声をかけた。


「今からトンビの姐ちゃん殺す。付き合うか?」

「アトラ。無理。手前知っている」

「……つくづく腹立つなぁ。死臭も薄いしよう。鷹の字がいりゃあ……いや、鷹の字に、合わす顔が()ぇだろうがよう」


 本当に、こんなに怒っているアトラさんなんて話にも聞いたことがない。

 わたしも同じ気持ちだ。ヘルマートさんにマリーちゃんとソーニャちゃんを任されて、この体たらくなんて。

 マリーちゃんはわたしたち二人の様子を見て、少し目を伏せた。


「やっぱりコレ、お兄ちゃんを傷つけることだったのかな?」

「ええ、わたしの旦那様は、自分の生徒がやらかしたことは、自分の責任だと勝手に思い込む面倒くさい男性(ひと)です」

「でもこれがぼくのやりたいことで、譲れなかった。――ああ、メルセリーナと繋がった。じゃあ、今からお兄ちゃんに全部話す。ちゃんとぼくが叱られるよ」

「待って――」


 わたしは手を伸ばしたが、もちろんそんなことでマリーちゃんの使う帝国へと繋がる通信魔法を止められるわけがない。

 後悔なんていくらしても、どんなにしても遅い。

 でも、どうせこんなことになるのなら、せめてわたしはヘルマートさんの傍にいるべきだった。

 あの男性(ひと)が背負いきれない荷物を、わたしが一緒に持つために結婚したというのに。

 わたしは本当は、世界平和だとか帝国の野望を止めるとか、そんなことはどうでも良かったのに。


「ドロテア」


 ソーニャちゃんの声がした。

 彼女はマリーちゃんに目を向けて、呟いた。


「ごめんなさい」


 ――ドロテア。感情を捨てろ。

 お前は人形のはずだ。

 想い人の理想のお人形のはずだ。

 なら、最善策を、感情に流されず、今、この場で、思いつけ。実行しろ。

 わたしはそういう女だ。

 離れていても、ヘルマートさんを支えることくらい、やってみせる。

 今回の「第三部」で本作は完結となります。

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