表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
外譚2
63/93

外譚 極北の理想郷

 1


 叔父さんは筆まめな男だった。

 帝国内での住居でも、任務地となる国外でも、暇を見つけては何かしら書いていた。

 本家への報告書や繋がりのある家々同士への手紙、国外で伝手を得た人々への連絡。

 そして、魔法式の研究論文。


「叔父さん、眠くならねー?」

「何がだい?」

「書面と睨めっこしているとだよ」


 俺はどうも文章を書くのが苦手だ。読むのはいいが、書いていると何も頭に思い浮かばず手が動かず、そして睡魔との格闘戦の方が本領となる。

 いつものように書斎で机に向かってせかせかペンを動かしていた叔父さんに、そうした睡魔との激闘の果てに勝ち取った報告書を片手に俺は問いかけたことがある。

 叔父さんは手を止めず、俺の方を向きもせずに答えた。


「ヘルマートは、どうして魔法式の理解と構築は速いのに書類仕事が苦手なんだろうね。私にはそちらの方がわからないよ」

「だから眠くなるんだって」

「なぜ?」

「退屈だからじゃねーの」

「なぜ?」

「……どうせこんなもん、どれだけ書いたって誰も真面目に読みゃしねーよ」


 俺は自分で書いた報告書を乱暴に叩いてみせた。

 魔法を学び扱える帝国人であったとしても、爵位を持つ魔人と角を持たない末端とでは扱いも考え方もまるで違う。

 末端が命を懸けて任務をこなしたとしても、魔人サマ方は成功も失敗もさして気に留めない。それより優先すべき内地政務や魔法技術の研鑽、家々ごととの交流の方が重要なのだ。

 結局、外の情報や行使した作戦結果が魔人たちの中で優先順位がかなり低いのは、帝国内部だけで喰うに困らないからだろう。

 俺はそういうことを叔父さんに言ってみた。


「ちゃんと口にはできるじゃないか。それをなぜ書面に起こせないのか、考えてみたことはあるかい?」

()ーよ。時間の無駄だ。勉強も魔法の修行もしなくちゃいけないし、仕事もあるんだぜ? ンなことしてられっかよ」

「ヘルマートは自分の意思がちゃんと言語化できている。合理性を考えて、文章に残す必要性が薄いと答えを出した。つまりはこういうことだね?」

「そういうことだな」

「ならそれを覚えておきなさい。自分にできることと、できないこと。やりたいこととやりたくないこと。ヘルマートは合理的に物事を考えることができるというのなら、それらを区分けして優先順位をつけなさい」

「わーったよ。つまり叔父さんにとって、そうやってペンを取って書面に残すってーのは、やりたいことで自分にできることってーわけなんだな」

「違うな。これしか結局私に残せるものは無いだけだ」


 叔父さんは、そこで始めてペンを置いて振り返った。

 眼鏡の向こうで、熱源魔法のカンテラの明かりに揺られた叔父さんの目が俺をまっすぐに見ている。


「私はヘルマートをこの十年育ててきたが、結論としてヘルマートにはあって、私にはないものがあると判断した。いやお前を引き取る前から、私はもう魔法使いとしての自分に限界を感じていた。どちらかというと、学者の方が向いているのだろう」

「どっちかってーと教師じゃねー?」


 叔父さんの魔法の教え方は上手い。俺以外にも貴族の嫡子以外に魔法を教える仕事を請け負っていることが多く、評判が良いらしい。

 おかげさまで、弟子の俺まで教師の仕事が回って来るようになってしまった。


「でも叔父さんの研究した独自の魔法式、使いこなせる奴ロクにいねーよ。アレ、学者や教師としてどう思っているんだ?」


 俺は最初に魔法を教えられたのが叔父さん独自の魔法式によるもので、まっさらな紙に絵を描くようにすぐ覚えられた。

 だが半端に既存の魔法式を習得した者はこれを理解し難い。簡単な魔法なら魔法式丸暗記で発動できるが、目的に応じて調整するとなると一気に難易度が上がる……らしいのだ。少なくとも、俺が教えてきた生徒の中で、叔父さんの魔法式を使いこなせたのはたった一人だけである。

 そういう経験を踏まえて俺は叔父さんに問いかけたら、唇が綻んだ。


「そういうところだ、ヘルマート。お前の才覚は」

「あ? 何が?」

「今はまだ理解するにはお前も幼い。そうだな、私の魔法式は……確かに、失敗作だ。限られた者しか使えぬ魔法という技術の中で、さらに一握りの者にしか扱いきれないような代物など、技術体系として破綻している」

「でも論文書くの止めねーんだな。叔父さんも暇じゃねーってのによ」

「そうさ。ヘルマート。お前にだけは教えておこう。……私の書いている論文は、とても危険なものだ」

「うえぇ」


 たまに叔父さんは、まだ十代そこそこの俺にこうして重荷を背負わせることがあった。

 今ならたぶんと推測できるのだが、信頼できる身内が俺だけだったのだろう。

 学者向きと自己評価しつつも、なんだかんだで国外で諜報と工作をし続けて二十年は生き残ったのが叔父さんだ。猜疑心も警戒心も人一倍強く、だから信頼できるのは三つ四つぐらいの時から育ててきた俺くらいしかいなかったのは、仕方ないのかもしれない。


「この魔法式で初めて魔法を知った、平人(ヒト)並みの魔力しか持たないヘルマートなら実感できるはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そう、もしこの論文を理解でき国外の何も知らない人間に教えることができる人間がいるとすれば――その者は、既存の魔法使いより速く燃費の良い魔法を扱える集団を作ることができる」

「ンなやべーもん書面に残すなよ……」

「私もそう思っているんだが、もっと未来を想定してね。だからヘルマート、まだ子どものお前に教えておく。私より先の未来を生きられるはずのお前に託したい」

「遠慮してーなぁ」

「なら、お前が不要と判断したなら焼却でもすればいいさ」


 論文を書くために寝る暇も惜しんでいることを知っている、息子同然の弟子によくもまぁそんな酷なことを言えるものだ。


「私は思うんだが、計算機に算盤というものがあるだろう? 神聖皇国では太古の時代に歯車を組み合わせた計算機械があったそうだ。昨今技術はみるみる進歩し、いつかより高度な自立型計算機械が発明されるかもしれない」

「……その計算機に魔法式の構築を代替させようってのか? 無理だろ。というか、その程度なら魔法珠に直接魔法式を組み込んだ魔法杖ってのが、既に出回っちまっている。まぁ確かに腕の良い魔法具職人が叔父さんの論文読んで応用したらとんでもない魔法具ができちまうけど……どうせ、あんなもん数は作れない。大したことならねーよ」

「ヘルマート。魔法具の要となる材料の法珠は貴重だ。でも自立型計算機械の材料がもし大量生産できるものだったとしたら、どうする? どうなる?」


 俺は絶句した。

 確実に、間違いなく、本当に恐ろしいことになる。

 既存調整された魔法しか撃てないとはいえ、極論誰でも魔法が使えるようになる世界。

 光学系魔法や電気操作魔法で観測し、銃を撃つのと同じ感覚で水蒸気爆発や指向性放電が飛び交い、超音速の電磁投射大砲が戦場を蹂躙する、そんな世界。

 その頃にはもっと科学理論が進み、より破壊力の高い魔法も開発されているかもしれない。


「叔父さんの誇大妄想に俺を付き合わせるんじゃねーよ……」

「顔色が悪いな、ヘルマート。私はこれで、人々がより豊かに暮らせる世界を夢見て論文を書いているんだ。誰でも【路電(リニ・ラウル)】で高速移動できる乗り物を利用し、誰でも【鏡影(ミ・レイ)】と電話を組み合わせて何処に居ても顔を合わせてお喋りできるかもしれない、そんな世界。石炭鉱で危険を冒して働く必要はなくなって魔法で発電した電気を使った道具が一般的になるだろうし、寒さや熱さに悩まされることもない。あらゆる病や怪我も治療がたやすくなるだろう」

「世界中全部を帝国と同じにしようってのか?」


 今叔父さんが口にしたことは、そういうことだ。

 平民たちが皆魔法の恩恵を受けているわけではない。しかし現実として【路電(リニ・ラウル)】で浮かせた車両を走らせる路線が帝国にはあるし、その車両を造っているのは鉱物干渉属性の魔法使いたちだ。

 寄生干渉属性の魔法使いたちも人員に限りがあり個人ごとの腕も知識も違うため、全ての民たちを病や怪我から救えるわけでもないが、しかしそうした交通網や移動手段を使って民たちは病院を利用しやすくなっている。

 魔法帝国は、そういう意味では確かに理想郷だと俺も思う。その恩恵全てを魔人が与えているため、帝国は維持されている。


「そんなことになっちまったら、帝国はそれはそれで滅びちまうぞ」

「……誰もが豊かに暮らせるなら、もう魔人は平人(ヒト)に戻っても良いのではないのかな?」


 叔父さんは祖国と陛下に対して大変に不敬なことを微笑んでのたまった。

 だが俺は反論もできなかった。

 魔人たちは魔力継承のために天命を全うする前に死ぬ。親族などに食い殺される。

 魔法帝国の繁栄は、平民たちの安寧は、その実、魔人たちが犠牲の鎖の環を繋ぎ続けることで実現されており、だから国外での事故死を恐れて外へ行こうとする魔人たちも少ない。首輪を繋がれた犬のように。

 貴族階級が共食いを繰り返し魔力継承することで維持されるような理想郷は、理想郷とは言えない。


「だが、おそらくヘルマートの懸念の方が正しいのだろう。私はどうも楽観的すぎるきらいがあると、友人から注意されたこともあるからね」

「じゃあもうそれ書くのやめろよ」

「悪いが、それは聞けない。これは私なりの祖国に対する奉仕であり復讐でもあるんだ」


 そう言って叔父さんは机の書面に向き直った。

 温厚な態度のくせに、本質的には頑固で自分勝手でお人好しなおっさんだった。

 俺は叔父さんを尊敬しているし育ててくれたことも感謝しているが、けれどああいう大人になってはいけないと反面教師にもしている。


 俺の荷物は俺だけのモノだ。

 唯一人、一緒に持ってくれると誓ってくれたドロテアさんにだけは預けるけれど、覚悟も定まっていないガキに飴玉でも投げ渡すように背負わせていいものじゃない。

 だからあの論文は、俺が丸暗記して頭の中に収めたまま、もうこの世にはない。

 俺が帝国から逃げ出した日に熱量操作魔法で灰にした。


「はじめましてご機嫌よう。魔人の伯爵総領娘様。わたくし、神聖皇国に本社を置いています貿易商の末娘、クラリッサ・セッテフィウミと申します。こちらは親友のギィジャルガ」

「こちらこそはじめまして。遠路はるばるようこそ帝国にいらっしゃいましたこと、歓迎致しますわ。平人(ヒト)の子のクラリッサ様に、鱗人(リト)の子のギィジャルガ様。何もない太陽すらも狂う極北の地ですが、どうぞごゆるりとくつろぎ、気を楽にして滞在なさってくださいませ」


 共に堂々とした振る舞いで、二人のご令嬢がユニカ家の客室で礼を交わし合う、もしかすると歴史的な光景に俺は立ち会っていた。立ち会わされていた。

 純白のドレスに身を纏い不自然な青白い髪に額の鋭く尖った一本角を持つメルセリーナ様と、旅装用の質素なドレスを着て少し肌が焼けた黒髪のクラリッサ令嬢は見た目も性格も正反対である。

 俺は一応メルセリーナ様の後ろに立ち、ギィジャルガはクラリッサの横であぐらをかいて座り、かわいそうに使用人のヴォスは紹介もされずに緊張で身をガチガチに固めている。


「マリーお嬢様から連絡は来ていたけど、マジで来たかよ帝国に。いくらジラルド子爵がいるからってよ」

「ギィとの約束だったのよ。この帝国に一緒に観光旅行に行こうっていうことは」

「……帝国をなんだと思っているんだよ。一応、移民船団で世界各国に圧力かけまくっている鎖国した謎の魔法帝国だぞ」

「謎ってウキウキワクワクしない?」


 クラリッサの目は本当に輝いていた。メルセリーナ様は少し困惑したように小首を傾げていらっしゃる。

 ギィジャルガはユニカ家の玄関を振り返り、改めてメルセリーナ様を見下ろす。


「暖かいナ、この国ハ」

「ええ。熱量操作魔法を扱う侯爵家や公爵家の方々がこの環境を維持してくれているのです」

「……北海同盟ハ、寒かッタ。ギィジャルガは、あの地デこの帝国と、鱗人(リト)の弱さヲ知っタ。ギィジャルガは己の弱さニ向き合うタメに、帝国の地ヲこの足デ踏みシメてみたかッタ」

鱗人(リト)は寒さに弱いと聞きますが……。この帝国では、鱗人(リト)の身で耐えられぬほどの寒さは訪れないはずです」

「すまン。そういうコトではナイ。……わかってイタ。ここマデの、キュルルとノ旅路。そしてこれカラの、為すべきコト。それコソが、ギィジャルガの弱サに向き合うコトだ。ここはマダ、途中ダ」


 ギィジャルガにしては珍しく、求道者たる鱗人(リト)らしい言葉だった。もっとも、鱗人(リト)はより強くなることを口にしたがる者ばかりなのに対し、ギィジャルガは弱さを見極めることが目的のようなのだが。

 いずれにせよ、鱗人(リト)のこいつが話の本筋をいつだって見極めている。


「そうだな。既にマリーお嬢様との通信魔法で知っているだろうが、こちらのメルセリーナ・リオナルド・ユニカ様は帝国の世界侵攻を止めるため協力することに同意してくれているお方だ。クラリッサやギィジャルガも、俺も同じ志だ。正直、豪商のご令嬢であるクラリッサ嬢が来てくれたことは、めちゃくちゃ助かる」

「その様子じゃ、そっちの活動は芳しくなかったようね?」

「残念ながら――まぁ何もしないよりはずっとマシだ。マリーお嬢様との通信魔法じゃきちんとした話し合いもしにくかったわけだし、情報交換会と行くか」


 メルセリーナ様はテーブルの席につき、左手を掲げた。

 途端にメルセリーナ様の寄生干渉魔法により、左手が肉体構造変化し、帝国領の簡易な地図となる。

 右手の指を細く伸ばして指示棒のようにし、メルセリーナ様は地図を指差しながら話し始めた。


「こちらがわたくしユニカ家の治める領地となり、このあたり一帯がユニカ家に属する子爵領や男爵領になります。男爵は領地を持たぬ家がほとんどですが、ヘルマート様と一緒に話し合いをした結果、芳しい答えが返ってきたのは主に男爵家の方々でした」

「それは伯爵家の圧力に屈してのことなのかしら」

「心拍数や目の動きを見る限り、わたくしは本心のように思いましたが。説得内容については、詳しくはヘルマート様にお聞きください。わたくしはあくまで後ろ盾。交渉そのものはヘルマート様の仕事なのです」


 俺は腕組みをして、どこから話したものかと考える。クラリッサたちはジラルドのおかげで帝国の内情に詳しいため、ある程度の前置きは省いて良いからだ。


「男爵は国外への任務を任されたり、領地も持たず魔力量が低いために仕事らしい仕事が無くて国内で燻っている連中も多い。だからまぁ、弱者同士で意気投合しやすくってな。帝国の弱点をわかっているからか、とりあえず『このまま無策で侵攻を仕掛けるとまずい』って点だけは納得してくれた。それ以上は、現状あえて協力も強制も何もしていない。お互いの意思を確認し合っただけだ」

「力で無理に従わせると、結局これまでと何も変わらないって印象を与えるから?」

「まぁそうなんだが。もっと単純な話で、伯爵家がやっと末端の話に聞く耳持つ姿勢を見せて、召集じゃなくて跡継ぎのメルセリーナ様御自ら来られることは大きな信用になるんだよ。『帝国は泥舟じゃない』ってな。……俺自身の話になるが、ちょっといいか?」


 久々に里帰りして――まぁ五日ほどは延々とユニカ家の皆様方に外出も許されずみっちり絞られたが――俺は、祖国が決して嫌いではないことを自覚してしまった。

 気に食わないのは単に兄貴がしでかしてしまったことや魔力継承というイカれた伝統であって、やはり帝国は豊かで穏やかな良い国だ。鎖国しているために無いものはたくさんあるが、少なくとも民たちのほとんどは現状の生活に強い不満を抱いておらず、笑顔が多い。


「なんだかんだ言って、帝国で魔法を学ばさせられる貴族階級やその末端は、不満を抱いていても結束も愛国心も強いんだよ。魔法という国外より圧倒的に研究と洗練がされた特別な力で民たちに慕われるのは気持ち良いもんだし、国外で飢えたり居場所がない民たちを移民船に乗せることで自国の民にしたわけだから優越感もある。

 だから、ちゃんと上が自分たちを評価してくれたのなら下は案外ちょろい。後はもう、国外へ散らばらせた末端魔法使いたちにも祖国がやっと自分たち下の者に応えてくれる姿勢を見せたって伝えたら、それだけでもうかなり事態は改善される」


 まぁ国外で活動している魔法使いたちは簡単に信用しないだろうが、それでも多少は心揺さぶられるはずだ。

 とくに俺のように若く、所帯という足枷を持たない魔法使いたちへの効果は大きいだろう。

 ――ビシニアが殺したような若造などには、てきめんだろう。

 そして長く国外で暮らしている帝国からの亡命魔法使いたちも、それはそれで意義がある。


「俺は帝国の世界征服なんて馬鹿げた野望は止めたいが、それは絶対に帝国が負けるし、負け戦になったら現実を認められなくなった帝国が暴走してものすごい戦火が世界中に広がるのを危惧しているからだ。

 ……この極北の帝国は流氷ぷかぷかしている極寒の海に守られて、そのうえ災害級魔法や遠距離射撃魔法に観測魔法も使える連中がゴロゴロしている国だ。現実的に考えて、専守防衛したら絶対に負けない。極端すぎるなこの国」


 この『侵略即ち亡国、防衛即ち必勝』は俺と同じ末端魔法使いたちの共通観念である。

 帝国は侵略するのは苦手だが、守りは大の得意なのだ。上層貴族たちはだから強みしか目に見えておらず、慢心と増長と先祖から受け継いだ復讐心で、自ら弱点を晒す愚かな侵略戦争を始めたいわけなのである。

 だが国外での尖兵となる男爵や末端魔法使いが結束して断固として動かないという姿勢を見せれば、侵略戦争を始めたくてもできなくなってしまう。

 そして他国側が帝国を恐れて勝手に喧嘩を売ってきたら、帝国は一蹴できるので帝国を裏切った元末端魔法使いたちですら、第二の祖国と決めた地で帝国への攻撃を止めるよう行動してくれる可能性が高い。


「もちろん、ユニカ家一つだけが保証してくれたって小さいのはわかっている。いずれ各子爵、伯爵家との会合で現実を理解させなければ意味がない。そこで心強い味方が、クラリッサ嬢ってわけだ」

「わたしが国外の情報や物品を運んで説明すればいいわけね? でも帝国語はさすがにわたしだって喋れないわ。……ヘルマート、通訳としてあなたは必要よ」

「まぁそのつもりだ。ギィジャルガは強いし、メルセリーナ様が付き添っていればそうそう手出しもしないし、したって制圧できるだろう。俺もまぁ、舐めくさっているなら伯爵家の魔人なら出し抜けるしな」

「……まずいわね。それはそれで」

「さすがだな、お嬢」


 その舐めくさったジラルドを不意討ちで倒したというクラリッサとギィジャルガの二人は、俺の懸念も言わずとも理解してくれたらしい。

 手の肉体構造変化を解いたメルセリーナ様は、俺たちが勝手に理解しあっていることを当然わからないようで首を傾げていらっしゃる。

 説明役は俺がやるしかない。


「クラリッサ嬢がやろうとしていることは、つまるところ帝国の鎖国を解き貿易の扉を開かせることです」

「わたくしとしましては、それは歓迎です。やはり国外でなければ手に入らないものが多いですし、勉学も学びやすくなります。帝国はより豊かになるでしょう」

「まぁそうなんですが。貿易すると、当然多くの人間が帝国に入り込みます」

「はあ」

「ところで、俺が冒険者の島、ツェズリ島にいた時には肉体強化魔法を無意識に使えたり、魔法具で使ったりする連中がいました。……そしてドロテアさんも危惧していうることですが、一回限り、死ぬことと引き換えに、法式札で肉体強化した特攻兵を無防備で油断している魔人に襲い掛からせたならば。魔人は死にます」

「――そこまで世界はわたくしたちを恐れているのですか?」


 メルセリーナ様は俺を睨むように見上げてきた。驚かないあたり、マリー様との通信魔法である程度世界の現状を知っているからだろう。

 当の、メルセリーナ様が敬愛する姉のマリー様の話なのだが、やはり例として出すのが適例だろう。

 ……怒るだろうなぁ、メルセリーナ様。言いたくないけど、言わなきゃいけないよなぁ。


「実は、既に同じようなやり口でマリーお嬢様が暗殺されかかったのです」

「どこの誰ですかどこの国ですか灰にします根絶やしにします実行した者は死を熱望するほどに切り刻んで再生してすり潰して再生して豚のエサにして再生して芋虫のように――」


 ほら見たことか霊脈がどす黒い励起反応を見せて、角が螺子くれて凶悪な形状に変化し青い眼が純粋な殺意に染まっている。


「落ち着いてくださいメルセリーナ様。これは一度やれば、正に今のメルセリーナ様自身が証明するように、帝国を暴走させやはり魔人を国外へおびき寄せ報復戦争を行うきっかけに成り得るのです。そうなれば、やっぱり帝国は滅びます。世界にものすごい傷痕を残して、誰一人勝者なき滅びを迎えます」

「……マリーとは既に密輸の商談を取り付けたわ。ウチの社員が馬鹿な真似をやらかすなんて信じたくないけど、長く何度も続ければ絶対は無いとは言い切れないし」

「――そんな愚かな世界など。滅んでしまえばいい」


 やっぱこうなるんだよな。

 話のわかるメルセリーナ様ですらこうなのだ。確かにユニカ家の皆様は家族愛が強いためこうまで過剰反応になるのだろうが、どの道魔人たちは下等人種と見下す者たちが、魔人を――その身に継承してきた祖先からの魔力を散華させる事態にさせてしまえば、怒り狂って我を忘れる。

 クラリッサは物怖じせず呆れた視線を俺に投げつけてきた。


「魔人ってみんなこうなの? 殺されかけたマリー本人も、もう世界を滅ぼす魔王になってやるとか言っていたわよ。……どちらかというと、ソーニャを傷つけたことの方に怒っているみたいだけど」

「ユニカ家の皆様はちょっと魔人の極例だ。……っていうか、マリーお嬢様がそんなことを言っているのか? まずいぞ。お嬢様は本気になったら冗談抜きでそれやれるんだよ。ソーニャ様が付いていたらもう手のつけようがない」

「具体的にどうすればいいかわからないらしいから今の所は大丈夫よ。それにマリーはソーニャが嫌がれば絶対に止めるわ」

「そのソーニャ様が二言目には『(ゴミ)(ゴミ)に。灰は灰に。土は土に』って言うくらい人間嫌いでブチギレてんだよ。俺といた時にはマリーお嬢様はそこまでキレてなかったんだけどな……」

「……ソーニャはそういう娘じゃないわ。あの娘、口だけよ。本当は誰にでも気遣いができる娘。なんで魔女なんて名乗っているのかしら」


 クラリッサの目は確かだ。同年代の少女同士ということもあるので、俺の見方よりきっと正しいだろう。というかそうでないと困る。本当に困る。魔法使いとしてのマリー様を育てた俺が言うのもなんだが、ピーソーク中佐が無茶な暗殺を決意したくなった理由がわかるくらいお嬢様は常識埒外(ムチャクチャ)に強い。

 侯爵級以上の魔人の方が魔力量の点でマリー様より強いのだが、機動力が高く魔法の効果的な使い方をよく知っているため、破壊活動に適しすぎているのだ。世間慣れもしているため、あともう少し政治を勉強してしまえば、誰をどのように殺せば世界に混乱と不和と滅びをもたらせるか理解できてしまう。

 もっとも当のルックンマルク侯爵家の嫡子と決闘して勝利してしまった事件が、政治的判断が出来ない証にもなってしまっているのだが。爵位が格上の相手に勝ってしまって以来、ユニカ家はルックンマルク家の抱える派閥からは少々疎んじられているらしく、伯爵やメルセリーナ様のご苦労が偲ばれる。


「うらやましい」


 ぼそりと、暗い、とても暗い声が、それこそ今苦労を案じたご本人の声が、俺の傍から聞こえてきた。

 ぱぁんっ! というものすごい破裂音と血飛沫と骨の欠片が客室とテーブルと俺の頭に飛び散った。

 メルセリーナ様が、自分で自分の手を拳で叩いたのだ。拳を受けた左手はもう完全に再生している。

 おそらく、家具や調度品に八つ当たりすれば家人に迷惑がかかるという、跡継ぎとしての自制心が、このような行動に至った理由だと思われる。

 ぱぁんっ! ぱぁんっ! ばぁんっ! と何度も凄まじい衝撃と血が飛散した。


「うらましい! うらやましい! うらやましい! なんでなんで姉様はご自分の家族(ペット)ばかり! 確かに! ソーニャというあの魔女は! 本当に、本当に本当に可愛らしいけれど! わたくしも、わたくしだって! うらやましい!!」


 鉄の臭いにうんざりし、べっちゃりとした液体で服が濡れそぼった頃合で、突然メルセリーナ様は真顔になり、角も手も何もかも元の形状に戻して、真っ赤に染まったドレスのまま、クラリッサに頭を下げた。


「お見苦しいところをお見せしました」

「…………そういう所よ。魔人が人間に怖がられるのは」

「わたくしたちとて、恐れられることも人心掌握の手段として使ってはいますが、殺されたくはありません。ましてや、愛する家族であるのならば」


 ……一応、楽観的な意見も言っておこう。


「懸念案を言っておいてなんですが。移民船団の提督は侯爵級の魔人が務めるのが慣例です。それを知っている者であれば、移民船団に潜り込み提督を暗殺する事例があったとしても、おかしくありません。現状無い事例を鑑みれば――」

「姉様が殺されそうになったことは事実なのでしょう? わたくしにとってはそれが全てでありそれだけでもう十分なのです。ただ、先ほど思わず衝動的になってしまったように、わたくしは姉様の家族(ペット)のソーニャにやきもちを焼いて少々冷静さを欠いてしまったようです」

「それは良かった。メルセリーナ様が御聡明な方で本当に良かったです」

「だから姉様を殺そうとした奴の名を告げなさいヘルマート。心配いりません。直接どうのこうのなどわたくしにはできません。わたくしは姉様に替わり、ユニカ家跡継ぎとしてこの身も大切にしなければいけないのですから。ただ憎き者の名を知らねばこの怒り、どこにやればいいのやら」


 目が再び暗い色を宿している。答えなければ、俺の首の上から先は次の瞬間無くなっている。

 いつ命を懸けてもいいとは思っているが、マリー様に恐れ多くも俺は慕われている。妹のメルセリーナ様が衝動的に俺を殺しちゃった♪ なんて事態はせっかくの姉妹仲に皹を入れる。

 なので俺はためらいなく即座に返答した。


「ピーソーク男爵です。大分以前に亡命されたようですね。一応言っておきますが! あの爺さん一人が悪いんであって、ピーソーク家の親類縁者皆殺しとか駄目ですよ!?」

「そうですね。せっかく男爵家や末端の方々との信用を得始めたばかりなのに、それが水泡に帰すなど。ですが本人は――」

「そいつもマリーお嬢様ご自身が見逃したんですよ! メルセリーナ様が姉上様の意志を尊重するのであれば――」

「わかりました。良いでしょう。不問と致します。その件についてはわたくしと姉様の問題です。話を戻しましょう――」


 メルセリーナ様は泰然とした態度で言ったが、そこから先は沈黙した。コレ完全に頭に血が昇って今までの話を忘れているな。

 ギィジャルガが呟いた。


「貿易と、それニ混じル暗殺者の話だロウ」

「そうでしたわね。ヘルマート、案はありますか?」


 俺の名前を呼び捨てにしているのが変わっていない。表面上隠しているだけで内心まだ根に持っているな。

 というかお互いメルセリーナ様の返り血で真っ赤に塗れたままなので、見た目的にも全然隠しきれていない。


「戦闘慣れした、場慣れした魔法使いを護衛として魔人の傍に置くのが良いでしょう。護衛の役割に適した末端の魔法使いにとっては魔人に認められる名誉ある近衛騎士としての立場を与えることになるので、愛国心も満たされる。もっとも、先ほどのピーソーク男爵のように心底帝国を見限った者を護衛に採用しないよう、注意すべきではありますが」

「そうなった場合は、魔人側の目が曇っていた、貴族として支配者としての器量が足らなかっただけに過ぎません。では――今まで良い印象を覚えた男爵家には、この案を伝えましょう。男爵家同士で団結と情報共有し合い、本家たる子爵家や伯爵家に貿易の有用性と危険性、そして近衛騎士案を伝えきれたならば。帝国の滅亡は防げ、より繁栄し、世界の帝国に対する恐れも薄れると……信じたいものですね」


 現実はそう計画通り上手くいかないのは目に見えている。色々想定外の事態が必ず起こる。

 メルセリーナ様はそれがわかっているのだろう。だが何もしないわけにはいかない。


「それで、ユニカ伯爵様には、質問したかったことがあるんだけど」


 会合がある程度まとまってきたところで、クラリッサが真剣な声色で血まみれのメルセリーナ様を物怖じせずに問いかけてきた。


「魔人は人間を食べるという文化を隠したまま、本当に世界と外交し続けられるかしら?」

 3


 メルセリーナ様は指を弾き、魔法式を物理世界に展開した。

 俺の身体や衣服に床や調度品に飛び散っていた血液と骨片がメルセリーナ様の手の平に集中し、皮膜で覆って外に漏れないようにする。

 おかげさまでやっと血だらけの状態から解放された。寄生干渉属性の魔法使いであるメルセリーナ様にとって、まだ自分の魔力が通っている状態で肉体本体から切り離された血液含む身体の一部はある程度自在に操作が可能なのである。


 手にしていた皮膜をテーブルに置き、メルセリーナ様の血液がたっぷり詰まった皮袋が会合の中心に鎮座ましますことになった。これはこれで不気味極まりないな。


「伯爵ユニカ家の跡継ぎたるわたくしの血です。わたくし本人が生きているため十全な魔力継承は行われませんが、この量と新鮮さとわたくしの持つ魔力量を鑑みれば、完飲なさった方は相応の魔力を得ることが可能となるでしょう。どうです? ヘルマート様、クラリッサ様。ご試飲なさいますか?」

「お気持ちだけ有り難く受け取らせていただき、ご遠慮申し上げます」

「ヘルマートに同じくよ」

「ならばスープやシチュー、ソーセージにでも調理致しましょうか? 我が家の調理師の腕を以ってすれば十全な魔力増強が可能となります」

「先ほどと同じくです」

「同じよ」


 メルセリーナ様は純白に戻ったドレス姿で肩をすくめた。


「やはりそうですか。そうでしょうとも。いえ、むしろ拒否するであろうお二人であるからこそ提案したのですが。ごめんあそばせ」

「魔力継承という名の共食い文化が異常で嫌悪と忌避される行為だということに貴女たち魔人が理解しているのは、ジラルドから聞いているので知っているわ。だから魔人たちは帝国民たちには隠しているし、あまりにも現実離れしすぎているから大陸に漏れても、わたしもそういう噂を聞いた時にも、やっかみや悪口の類だとしか思わなかった。悪い冗談ってヤツ」


 普通はそう思うだろう。継承権が無い俺だって、魔力継承の儀というものの実態を知った時は――いや、冗談だと信じたかったというべきか。

 だがドロテアさんが感づいていたように、魔人という常人の数百倍から数万倍以上の――さらにその上すら存在する――異常魔力量を保有する人種がこの世界に突然出現したのはあまりにも不自然すぎる。

 ()()がある。鋭い人間や、この国で生まれ育った人間なら気づいている事実だ。


「そうしなければ国が維持できない現実があることを考えたら――わたしは貴女たち魔人という種族が、貴族が、哀れに思う」

「それが!」


 クラリッサの、おそらく本心からと思われる肺から搾り出すような声に、メルセリーナ様は立ち上がった。

 今度こそ、メルセリーナ様はテーブルを両手で叩いた。反動で皮袋が跳ねた。


「それこそが、そう思われることこそが、わたくしたち魔人にとって最も屈辱なのです! ぬくぬくと恵まれた大地で生まれ育ち、老いさばらえて棺桶に眠ることができる貴女たちには何もわからない! わかってたまるものですか! わたくしたちの誇りと、諦めが!」

「わからないわよ。でも知識としては知っているわ。()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()。帝国が世界征服を望んでしまうのは、そういう理由もあるんだって」

「……なぜ」


 メルセリーナ様の閉じた瞳から、涙が零れる。

 椅子に脱力して座り、上擦った声で誰ともなしに呟かれた。


「なぜ、我々の祖先が虐げられた時代に、この極北の土地にまで追いやられた時代に、貴女のような、クラリッサ様のような賢人が、力ある者たちが、いなかったのでしょう。そんな優しい世界であったなら……」

「……無理よ。たった一人の小娘じゃ。その時代にも貴女たちの理解者はきっといたはず。だからちゃんと国を興せるくらいの民がいたんでしょ? でも、だからこそ、魔法使いたちが怖かったのよ、当時の人たちも。

 例え一国の王が味方についたとしても、民たちは王の意思を理解できない。わたしが身内にでも、信頼できるギィとヴォスにしか魔力継承の事実を伝えていないようにね。わたしは社員たち皆がわたしのような人間ではないと知っている。もし打ち明けたとしたら、それだけでセッテフィウミ海運と神聖皇国はこの世界から消える」

「そう、だからこんな人類はことごとく滅ぶべきか、わたくしたちの支配下に置かれるべきなのです」


 メルセリーナ様は指で涙を払い、顔を上げた。


「わたくしの本心を打ち明けると、未だその想いは変わりありません。ですが現実としてそれは不可能であることも理解しています。わたくしは魔人としての誇りと義務に、姉様を慕い敬う心と嫉妬に、凶暴な野望と冷静な現実の間に立ち、ずっと悩み続けているのです。……これ以上は限界です。わたくしは、わたくしたちは、今一度再び世界がわたくしたち魔人を拒否するといいうのなら」

「わかった。もういいわ。わたしが性急すぎたわ。ごめんなさい」


 メルセリーナ様の言葉の続きは言わずとも理解したのであろうクラリッサは、手で制した。

 そう、理性でどう取り繕ったとしても、きっと魔人たちは祖先が受けた嫌悪と屈辱を再び自分たちが受けたのなら、帝国が滅びたとしても世界に大きく爪痕を残す心中の道を選ぶ。


 本当、どうすればいいんだろうな。叔父さん。

 叔父さんが妄想したような未来は訪れるかどうかもわからない夢物語だ。現実現在の問題を解決はしてくれない――わけじゃないことを、俺も理解して、板挟みに遭っている。


 俺が丸暗記したままの、叔父さんの論文を文章に書き起こし直したのなら。

 俺がかつての幼かった俺のように、ソーニャ様のように、魔法を知らない無垢な才能ある者たちに俺の使う、叔父さんが考案した魔法式を教授したのなら。

 その子たちがさらに叔父さんの論文を読んで、もっとたくさんの才能ある魔法使いたちを育て上げたのなら、彼ら彼女らの大半は帝国に付くことを選ぶだろう。

 彼らもまた異能であり、帝国だけしか結局居場所がないのだから。そう信じ込ませればいいだけなのだから。


 帝国はそれまでの間、専守防衛して国内で世界を滅ぼし支配する爪と牙を研ぎ続けるだけでいい。

 世界はその間、帝国だけに構ってはいられない。発展する文明で勝手にお互い奪い合いと殺し合いを続け、その間に悪魔の軍勢は育ち、やがて終わりの日がやって来る。

 俺は、祖国を止めるのではなく、その無謀な野望を現実化し得る計画と手段を持っているのだ。


 ――そんな道を選んだら、俺は間違いなく親友(アトラ)相棒(バカ)に殺されるな。


「まずは、世界を知らず、怖くて震えているこの力だけは馬鹿みたいにある幼子みたいな帝国に教えてくれ。クラリッサ嬢、ギィジャルガ、ヴォス」

「――そうね。ヘルマート。わたしは貴女たちを責める前に、わたしがそうあるべきだった。またやらかすところだったわ」


 俺とクラリッサがやっぱり勝手に言外で理解し合ったやりとりに、うなだれていたメルセリーナ様が不思議なものでも見るように俺を見上げていた。


「どういう、ことですか?」


 ――立場としてはメルセリーナ様の方が上なのだが、年齢としては俺はもうとっくに成人済みで、オマケに所帯持ちだ。まだ十五歳であるのに家督に祖国に世界の未来という重荷を小さな双肩に乗せるメルセリーナ様やマリー様たちがたまには縋ってくるのを、支えるのも大人というものだろう。

 ()()()()()()()()()()


「国外を見て、色々な人間と知り合って、俺は知りました。どうしようもないクズもいれば、何もしないできないと思い込んだ連中もたくさんです。でも、クラリッサ嬢たちがそうであるように、俺の親友(ダチ)や妻がそうであるように、たまには――こんな俺たちにも手を差し伸べてくれる人間だっています」

「帝国に、世界はそんなに怖くないって教えてあげるわよ。マリーとは友達でいたいもの。良ければメルセリーナ。貴女とも」


 メルセリーナ様は険のある視線でクラリッサを睨みつけていたが、貿易商令嬢は身じろぎ一つしなかった。

 先に目を逸らしたのは、メルセリーナ様の方だった。


「そうですね。ご教授いただきたいものです。クラリッサ様とは、良い関係を築きたく存じます」

「ええ、こちらこそ。わたしはそういうメルセリーナの無理ができる所、嫌いじゃないわよ」


 余裕の笑みを浮かべている。クラリッサのこの自信はいったいどこから出てくるんだろうな。


「それなら、お近づきの印に……」

「ん? 何かしら」


 頬を紅潮させ、手を組み、目を伏せて、メルセリーナ様は零れるように言葉を紡ぎ出した。


「性格は、明るくて素直。年齢は、六つ頃から十二ほど。そんな平人(ヒト)の女の子を何人か紹介していただければ……」

「ちょっと待てぃ。ウチをなんだと思っているの」

「貿易商なら……伝手がありませんか?」

「無いわよ人身売買とか! ってか何そのまさか」

「姉様のようにわたくしも家族(ペット)を……」


 メルセリーナ様のような美少女に恥ずかしげに言われてもコレ恐怖しか()ーな。

 魔人の感覚はズレている。そりゃ恐れられもする。根が深い。深すぎる。

 前途は多難だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ