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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第二章 すくいとれるモノの数
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第二章 すくいとれるモノの数

 1


 月光は見えない。この山林の木々はそれほどまばらではなかった。


 季節が夏というのもあるだろう。枝葉は活発に覆い茂り、夜ともなれば山中の森は深い闇に閉ざされる。

 何も見えない、冷たく湿った空気と腐葉土の匂いに覆われた空間。フクロウや虫の声、風に揺れる木々の音など活発な生命活動の音ばかりが耳に入り、暗に「お前は異物だ。帰れ」という森からの拒否感を覚えてしまう。


 実際、クマやイノシシなどに遭遇すればまず殺される。魔法を使うことができるのなら撃退くらいは可能だが、今は魔法を使ってはいけない。魔法を使えない魔法使いはつまるところただの平人(ヒト)である。

 俺はそんな不安を覚えながらも、前を進む鱗人(リト)の尻尾を掴んで危うい足取りで山林を進んでいた。


「なぁ、ギィジャルガさんよ」

「何ダ?」

「正味な話、俺たち夫婦連れて行くよりアンタ一人で行った方が良かったんじゃないか? 俺たち今完全に足手まといだぜ」

()()そうカモナ」


 足下がおぼつかない中を歩けるのは、ひとえにこの鱗人(リト)、ギィジャルガが先行して先導して腐葉土を踏み固め危険な獣がいるルートは迂回してくれているからである。

 この山の地図を一応俺たちは持たされているが、土地勘が無く空も見えないので方角がわからず、はぐれてしまったら遭難する。

 俺が魔法を使えば遭難を免れることはできるがこの山を監視しているらしい軍の『目』に魔法式を観測され「魔法使い発見」の報が飛び、作戦失敗となる。


 ギィジャルガの尻尾に掴まり、木の根に何度もけつまずきながら明かり一つ灯さず知らぬ夜間登山という無謀を冒す俺たち夫婦は、どう考えても愚かで浅はか、命知らずな馬鹿である。

 負担になっても役立つことはあるのかどうか不安になってきたのだが、ギィジャルガは俺の言葉を否定した。


鱗人(リト)ニは、鱗人(リト)ノ心しかわかラナイ」

「……アンタ、まだ若いらしいのにずいぶん厭世的な考え方しているんだな」

鱗人(リト)ハ、平人(ヒト)が思ウほど強くはナイ。鱗人(リト)以外の人間ノ可能性ヲ、ギィジャルガは見タイ」


 地上最強の人種という二つ名を持つ鱗人(リト)らしからぬ意見を連発する奴だ。そもそもからして、鱗人(リト)は強く在ろうと努めているから強く、強くなければ鱗人(リト)在らずと鱗人(リト)自身が決めている――はずだ。

 軟弱な心と身体を持つ鱗人(リト)は死ね、というのが俺の知っている鱗人(リト)たちの信念であり信仰だ。平人(ヒト)の俺が考えても仕方ないのだが、ギィジャルガは鱗人(リト)の正義に照らし合わせれば制裁されるべき反逆者なのではなかろうか。


 だからこそ、俺は今、ギィジャルガという人間を好ましく思った。

 生まれつき決めつけられた型に嵌まって「かくあれかし」と理想を追求することは良いことだ。そう在りたいと努力する人間も俺には眩しく覚える。

 だが、俺個人としては決められた型も「かくあれかし」もご免被る。型に嵌まるために手足や大切なモノを切り落とすのは真っ平だ。


「あまり期待されても困るが、地上最強の人種にそこまで言われちゃ平人(ヒト)の意地ってのを見せないと恥か」

「……ところで、先ほどから思っていたんですが、ギィジャルガさん、よろしいですか?」


 隣で今まで黙々と歩き続けていた俺の伴侶、ドロテアさんの声が聞こえた。

 暗闇でほとんど見えないが、出立する時の姿はデニムパンツに腰鞄をベルトで固定し、色々必要な装備をポケットに入れたジャケットを羽織りバンダナで髪をまとめた姿だったわけだが、今はかなり土まみれになっているようだ。


「その、わたしたち二人をおぶったり抱き上げて目的地まで連れて行ってもらうということは、できないんですか?」


 ……うん、俺も実はそれ思っていた。でもなんか言い出せなかった。

 俺の言えないことをキッパリと言ってしまうドロテアさんの意見に、ギィジャルガはククッ、と笑ったようだ。そこ笑うところなのか?


平人(ヒト)の可能性ヲ、強さヲ、ギィジャルガは見タイ」

「……あのう、それで無駄に体力消耗して作戦失敗したりしたら全然駄目じゃないですか。非効率で非合理です」

「ギィジャルガは、作戦トカどうでもイイと思ってイル」


 あれ? もしかしてこいつも俺の奥さん並に言っちゃいけないことを言ってしまう奴なのか?


「死にタイ奴は死ねばイイ。生きタイ奴は生きるとイイ。アンタタチ夫婦がどちラカ、このギィジャルガに見せてクレ」

「……今は別に死にたくないから背負ったり抱えたりして運んでほしいかな」

「わたしも同感です」

「わかッタ」


 あっさりとギィジャルガは振り返り、俺たちを鱗に覆われた両腕で抱きかかえた。

 話せばちゃんと会話が通じるのは助かるのだが、何か根本的にズレている気がする。


「それデハ、行くゾ。酔っテ吐いテモ、ギィジャルガは知ラナイ」

「「あ」」


 俺たち夫婦が後悔した時には、もう遅かった。

 思い切り上下感覚が揺さぶられ、脳みそが頭蓋骨の中で攪拌されたような衝撃が走った。

 それを先に言えよ、と言うことすら舌を噛み切る恐れがあるので言えず、真っ暗闇の中を上下左右に揺さぶられる未曾有の体験が襲い掛かってきた。

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