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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第九章 Starless And Bible Black
56/93

第九章 5:戦いは準備段階で終わっている

 5


 ホテルにはドロテアを休ませた隣室をさらに借りることにして、彼女の診療はトンビに任せた。

 もちろん信用できない女なので、監視役を誰か置く必要があったのだけれど、トンビに対して牽制できるだけの実力を持ちつつドロテアの身体を診るわけなので、同性でなければいけないということから、監視役はソーニャが自分から名乗り出てくれた。

 一応、幼いソーニャだけでは不安ということからアトラの事務所の女性職員さんも付いてきてくれている。


 ぼくが帝国に出発する前のソーニャはドロテアに対して他の人間同様――いやそれ以上に敵意を剥き出しにしていたのだけれど、自分を庇って死に瀕している相手に負い目を抱いているのは一目瞭然である。

 ソーニャの主人として、ぼく個人として現状は好ましくない。ドロテアはまだソーニャを庇ってくれたから功罪を帳尻合わせして目をつむってやるが、そもそも殺し合いを仕掛けてきた寝人(ネト)の殺し屋とそいつを雇った奴が悪いのだ。ソーニャが気に病む必要はどこにもない。


 でも、寝人(ネト)を殺したことについてすらソーニャは罪悪感を抱いている。クラリッサも殺し屋の寝人(ネト)とどういうわけか知り合いだったらしく、遺体はあの娘がディアーガと協力して北海同盟の地で弔った。

 今はまだ、ソーニャの傷が深くて詳しく聞いちゃいけない。ドロテアも長く話すのが体調に良くないので聞き出せない。

 だからぼくは、ぼくができることに集中した。


「おいらが潜ったことのある最深部は五十階までだ」

「だから地図は五十階までのものしかないのか」


 具体的に言うと、隣室で地図や魔物の生態や姿を描いた図鑑みたいな資料を広げて、迷宮攻略についての計画を建てていた。

 アトラが連絡して連れて来てくれた職員さんはそういった諸々の資料を持ってきてくれたし、ぼくの協力者で一番迷宮に長く深く潜っている実力者はアトラだそうなので、ぼくはこのお兄ちゃんの親友と顔を付き合わせて相談している。


「トンビの話だと、あの女は五十九階まで到達した経験があるそうじゃないか。少なくとも五十八階までの地図は引き出させよう」

「深い所ほど、潜ったことのある奴が少ねーから粗が多いのが困ったとこなんだよう」

「でもアトラは五十階までは行けたんだろう?」

「二年ほど前にな。でもありゃめちゃんこキツかった。あのメンバーでもう一回同じことやれって言われたらおいらやらねーよう。鷹の字だって同じこともっと悪態ついて言う」

「お兄ちゃんも同行していたの?」

「『荷物持ち』だけどな」


 アトラは冒険者たちの間では蔑称とされているらしい呼び名をむしろ誇らしげにニヤついて口にした。


「鷹の字がいなかったら、最悪全員未帰還だったぜぃ。それが重傷者多数たぁーいえ、一人も死人無しで帰って来れたんだから、もちっと鷹の字の名が売れても良かったんだけどみんな全無視。おいらァだからあの時組んだ連中とはもう二度と仕事しないって決めてんだよう」

「何があったの?」

「鷹の字とおいらが二人だけで『もう限界。引き返せ』って言い続けて、やっと聞いてくれたのが五十階ってだけ。ホント、四十五階の時点で引き返してりゃ、まだあの時に組んだ連中の何人かは現役でいられたんだろうによう。おいらたちもあそこまで深く潜っちまえば見捨てて二人だけで引き返すの無理だったからなぁ。あの時は真実(マジ)死ぬかと思った」

「――引き返させる時にお兄ちゃんがした()()、ぼく予想つくよ。当ててみようか?」

「へぇ」


 ものすごく嬉しそうにアトラはぼくを見下ろしている。


「自分の首にナイフ押しつけて荷物の前で『自爆する』って言った。違う?」

「当たりだぜぃ。やっぱお嬢ちゃんは鷹の字の弟子だ」


 ぼくとしては当たってしまったことがかえって悲しい。周りでぼくたちの会話を聞いていたハウドたちや、アトラの連れてきた事務所の職員さんたちも恐怖で凍りついている。カラスだけは無表情だったけれど。

 グラームは魔物図鑑をめくりながら、忌々しそうに呟く。


「先輩の名が売れないのは当然だよ。魔物や罠や環境に屈して引き返して全員生還は名誉だ。でも、本職の強豪冒険者たちが【回収屋】一人に、荷物持ち一人に負けて逃げ帰ったも同然なんだから。オマケにそれを証言する強豪冒険者の一人が先輩の元相棒のアトラさんなら、嘘ついて見栄を張ることもできない。五十階到達なんて英雄的成果なのに、なんで伝わってないのか不思議だったけど今のでわかった」

「まぁでもおかげで五十階までは、おいらも多少は地理も魔物も知っているぜぃ。自分の目で視て鼻で嗅いだ危険(ヤバ)さと怖さは、一回目と二回目じゃ全然違うからよう」

「と、いうことは五十階までは割とサクッとパパッと行けるかな? そこからは一階一階慎重に進んでいくことにしよっか」


 地図を頭の中に叩き込みながら言った一言に誰も返してこない。ぼくは仕方ないので続けた。


「だって迷宮の深部で足踏みするのは危険じゃないか。それくらいは行ったことのないぼくでも、話を聞いただけでわかるよ?」

「理屈ではそーだけど、実際やれたら誰も苦労しねーっての」

「誤解しないでもらいたいけど、ぼくと君たちとじゃ強さの次元が違うんだよ。アトラとカラスは一点だけにおいてぼくらと互角かそれ以上の実力があるように見える。でも限られた状況だけだ。ぼくは現実的に考えて、全員の余力を残して『竜』と戦いたい。とくにアトラとソーニャは切り札になるはずだ」

「ずいぶんおいらを買ってくれるじゃんかよう」

「お兄ちゃんの親友で相棒なんでしょ? 合衆国の狩人については、ぼくは暇潰しに見に行ったことがあるけど、()()がお兄ちゃんが認めるほどに腕を上げたなら、魔人だって殺せるよ」


 弓矢が発明され、銃が射撃武器の基本となった今現在をもってなお槍を投げる狩猟方法に拘り続ける一族が合衆国にいる狩人たちだった。

 アレは魔人とはまた違う、閉ざされた土地で独自の技を子々孫々に錬磨し伝え続けて神業に至ってしまった者たちだ。東方大陸の拳法なども同じで、極東の島国の剣士たちも話が誇張ではなく真実なのだとしたら、この世界は魔人を殺せるただの人間が案外ゴロゴロしている。

 【魔人殺しの矢】など、氷山の一角に過ぎないのかもしれない。


「じゃあ、迷宮に潜るメンバーとそれぞれの役割をきちんと決めておこうぜ」


 砕けた言葉遣いになってきたハウドが地図を片手に挙手した。ぼくも有意義な意見だと思ったので素直に頷く。

 アトラは試すように黙ったままハウドに視線を送り、彼は言葉を続けた。


「まずメンバー全員の確認。マリー、ソーニャ、アトラさん、オレことハウド、グラーム、クリス、カラス。

 正直オレとグラームとクリスはもう戦闘じゃ役に立たない。死ぬ気で斥候、警戒、荷物運搬の支援をそれぞれ担う。幸い、オレとグラームは鼻で、クリスは魔法で斥候と警戒、地形把握は得意分野だ。

 アトラさんは持っていける槍の数に限りがあるから『竜』との戦いまでオレたちの監督、指揮、警戒をするのが適当だと思う。

 カラスはオレたち運搬班の護衛が基本。でも場合によってはカラスの自己判断で勝手に動いてくれ。信頼している。

 マリーとソーニャはもうオレたちの理解の範疇を越えている。突出しないでくれとしか言いようがない。ただ、疲れてきたら早めに言ってくれ。休憩場所の確保や計画を現場で立てるのが迷宮の基本だ。

 あとは、師匠が帰ってきたら『番人』リィズズグさんに最深層での戦力としての依頼を頼もうと思う。これでどうだろ?」

「おいらとしては、お前さんらの師匠のズゥクジャーンも戦力になってもらいてーんだけどよう」

「たぶん、無理です。リィズズグさんも五十八階までが限度で『竜』との戦いに参加してくれないかと」

「どうして?」


 聞いた事の無い名前が途中で戦力参加することも解せないが、その人物がよりによって最強の敵との戦いに協力してくれないのはもっと解せない。

 グラームが指を交差させて×印にした。


「ボクらの師匠も、リィズズグさんも鱗人(リト)なんです。竜と戦うなんて、鱗人(リト)はできないかと」

「あー」


 鱗人(リト)の神話では、部族ごとに細部は違えどこの星は巨大な竜の死骸だとされていて、鱗人(リト)は竜の直系の子孫だと信じられている。

 いくら本質的には好戦的な種族とはいえ、迷宮に潜む『竜』が創世竜ではないとはいえ、たぶん『竜』を目にしただけで動きが鈍る。彼らにしてみれば神に牙を剥くも同然だろうから。


「でも、リィズズグさんはこの島で最強の戦士だ。未知の五十八階まで付いてきてくれるだけ助かるし、最深部に挑戦する者には応えてくれるのがリィズズグさんだ。オレとしては、今すぐ準備ができたら潜るんじゃなくて、リィズズグさんと連絡を取り合うまでの間いっぱい使って準備するのが最善だと思う」

「うん。おいらも賛成。っかし、鷹の字がいりゃあ連絡役パパーッと済ませてくれたんだけどなぁ」

「まぁお兄ちゃんは今別件で忙しくて命懸けだから仕方ないよ。ぼくは迷宮のことに詳しくないからハウドの計画に全面的に賛成するし、連絡するまでの間があまり長すぎないならドロテアの様子が見れるからかえって好都合だ」


 早いところ目的は済ませたいという気持ちはあるけれど、焦る必要は無い。そもそも、この島を絶対に征服しなければいけない理由なんてどこにもなくて、単にぼくの憂さ晴らしにしか過ぎないのだから。

 迷宮踏破は一応ドロテアの治療の交換条件になってしまったけれど、当のドロテアにおかしなことをされても困る。ぼくらの得意分野について話し合って連携を取りやすくした方がいいだろうし、ハウドの「ちょっと待った」は文句無しの提案だ。


「あの、マリーさん」


 そこで挙手したのはグラームだ。何か物憂げな表情で、ぼくのことを怯えるような目で見ている。こういう態度を取られるのは嫌いだけど、今まで言葉を交わした限りグラームはただの臆病者ではない。


「迷宮踏破ができるとも限らないのに、こういうこと考えるのもなんなんですけど。……マリーさんは、この島を征服したらどうするつもりなんですか」

「ん? うーん、そうだなぁ。無責任極まりないけど、ぼく政治とか軍事とかはあんまり勉強してないんだよね。基本的に連邦王国本国に嫌がらせしてやるのが目的だから、魔法具の武器の輸出禁止くらいしか考えてない」


 商業に詳しいクラリッサと離れたのが少し痛い。帝国に到着さえしてしまえば、メルセリーナとの通信魔法で間接的にお話ができるのだけれど、今この瞬間は無理だ。

 グラームは少し眉根を寄せて、低めの声色で言った。


「……その程度じゃ、商品名を変えるだけで色々ごまかして結局輸出は止まりません。そして、実際本当に止めたら、確実に連邦王国は軍でこの島を脅してきます。だから都議会はマリーさんの意見を絶対に聞かない」

「そういうものなんだ」

「そういうものなんです。どうします?」

「軍は怖くないかな。船で来るなら射撃魔法で撃沈できるし、手加減して動力機関だけ狙撃してやってもいい。でも、もっとこう、ぼくとソーニャに手出ししたことを心の底から後悔させてやりたい」

「……じゃあ、ボクはその案をまとめておきます。最悪迷宮で死んでもいいように書面に起こしますから、心配しないでください」

「助かるよ。あと君のことは本気で気に入った。絶対死なせない」


 グラームの暗い目と声色をした提案は、どうやら仲間たちにも意外だったらしい。クリスがちょっと怯えた様子で、垂れ耳に囁きかけている。


「どしたんぐーちゃん? ぐーちゃんって、そういう奴だったっけ?」

「……クリス。ボクもね。ボクらを敵に回したことを地獄の底で吠え面かかせたい奴らが、いるんだよ」

「ええ……」

「ちなみにオレもグラームと一緒だ。というかグラームが付き合ってくれているんだ」

「うわぁ、はーくんもやべー奴だったのかよ。あたしもウチがこれでトドメ刺されたらざまぁって思っているけどさー。やべー連中ばっかじゃんあたしら。常識とか世界平和とかどこ行った?」


 そういうクリスも笑顔である。口はともかく止める気などさらさらないらしい。


「アハハッ! 最初っからそんなもの無いんだよ! ぼくら魔人と魔女を迫害してきたこと、この島を都合のいいゴミ溜めにしてきたこと、そのツケを世界は支払わなくっちゃいけないんだよ!」

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