第九章 3:ハゲタカの弟子たちの交流会
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とにかく、船上にいつまでも病人のドロテアを置いておくのは良くない。
後ろ盾としては弱いと言っても、この島の住民にして冒険者であるハウドたちと合流したのをいいことに、ぼくとソーニャはドロテアを連れて、ツェズリ島の中央都へと運河を使って移動し、そしてクラリッサやジラルドたちとは別れることにした。
「じゃあ今度会う時も友達であることを祈っているわ。羊の魔王様」
「うん、帝国は観光施設も何も用意していない退屈な所かもしれないけど、楽しんできてよ。クラリッサ」
ぼくたちはそう言って別れ、大変に不本意だけどフード付きの肩外套を被って、クラリッサが事前に予約してくれていた拠点となるホテルまで移動した。
なおぼくは体力が衰えているドロテアの運搬には、魔法を使うことを提案したのだけれど、普通に車椅子を用意された。振動が身体に悪いじゃんというぼくのもっともな意見はソーニャにも「目立ちすぎる」と言われたので、取り消した。
現実としては、どんなに外面を取り繕ったところで霊脈が視える人間に見つかってしまえば、ぼくは魔人だとバレてしまう。それなら何もやましいことも後ろ暗いことも無いぼくは堂々としたいのだけれど、ソーニャに「ちょっとだけの我慢。後でいくらでも見返してやればいい」と言われたので我慢した。
ともあれ、そんな屈辱の道行きを経てホテルのベッドにドロテアを放り出した後は、互いの情報交換会である。
ドロテアの発言は補則程度に済ませ、ぼくらはハゲタカ――とこの島では呼ばれていたお兄ちゃんの来歴と目的をハウドたちに説明し、その過程でドロテアが樹人の呪術を受けたところまで話し終えた。
大変長くて話すだけでは退屈だったので、お茶菓子を作る片手間に説明していたのだけれど、魔法を使った調理風景はどうやら刺激的だったらしくハウドたちは話に驚いているのかぼくの魔法に驚いているのかもう判別がつかなかった。まぁどうでもいい。
「……あのさードロテアさん。キュルルに紹介してほしいってさー、お願いされたけどさ。あたし、ドロテアさんをこんなことにするために紹介したわけじゃないんだけど。先輩にどんな顔合わせりゃいいの?」
「気にしなくていいよ、クリスちゃん」
「するっつーの。ってかキュルルたち入れてもたった三~四人で世界全部に喧嘩売ろうとか正気じゃねーって」
クリスの不機嫌で乱暴な言葉遣いによる発言は、他の三人の意見も代弁しているようだった。
ぼくも同意するところではある。ソーニャを守るというぼくの個人的な目的も一致したので仕方なくお兄ちゃんには協力しているけど、お兄ちゃんやドロテアをぼくはまだ許そうという気にはなれない。
「君たちがどれくらいお兄ちゃんとドロテアのことを知っているかは、今から聞かせてもらうけど。はっきり言って、この夫婦は完全に狂っているよ。理性を持ったまま狂っているからものすごくタチが悪い。自分の命を道具にしか思ってないし、お互い同意の上でそれをやっているんだよ。ぼくには理解不可能だよ」
全員が頷く中、カラスだけは床に座り込んで壁にもたれかかり、左手首に右手をしゅっと横切る動作をした。
「承知」
「……もしかして、お兄ちゃん、左手首切る流血魔術使ったの? この島でも?」
「師匠の薬が無かったら今頃先輩の左手は動いてなかったと思います。もしかしたら命まで失っていたかもしれません」
「我、血の爆発喰らった。ハゲタカ、恐怖」
グラームとカラスの証言に、ぼくは思わずドロテアを睨んだ。この女はやっぱりいつものように困った笑顔で小首を傾げる程度だ。
「あの一件は、わたしが改めて結婚して所長さんを支えなきゃと決断させた依頼でした」
「……支えるっていうんなら、止める方にしてよ。頭おかしい人間に言っても仕方ないけどさ」
「手前、言う資格無し。島の征服。狂気沙汰」
カラスはどうも連邦王国語が下手なくせに口達者なようである。
どう見ても東方の拳法家――それもとんでもない達人なのだろうから対人戦においての心理戦も長けているはずだ。意外ではない。
「でもこの島腐っているし。お兄ちゃんやドロテアから聞いた話、この島で採れる資源でたくさん魔法具の武器造られているらしいじゃないか。それも冒険者志願の人間の命と引き換えにタダ同然でわんさか採ってさ。ここ、一応連邦王国領土らしいし、ぼくってあの国大っ嫌いなんだよね。料理不味いし。やり返してやらなきゃ気が済まない」
「……まぁ、ボクもこの島はそろそろなんとかしないといけないとは思います。マリーさんが正々堂々、冒険者の流儀に倣って征服してもらえるなら、正直助かります。あの魔人のお兄さんの話が本当なら、ソーニャさん一人でこの街を滅ぼせる。そのうえマリーさんがもっと強いなら……自制心が強い方だと、ボクは思います。尊敬します」
「ふうん。言うじゃないかグラーム。ま、ここらへんでちょっと小休憩して、ぼくの方のお話は止めにしよう」
怯えが混じった目で卑屈にぼくを見上げるグラームの態度はあまり気に入らないのだけれど、言っていることだけを取り上げれば気に入るものだった。
ぼくは電気操作魔法で宙に浮かせたブリキのケーキ型にかけ続けていた熱量操作魔法を解き、話しながら用意していた紅茶を人数分のティーカップに注いだ。
ケーキを型に入れたまま、指先を刃状に肉体構造変化させてやっぱり人数分に切り分け、ティーソーサーの上に沿える。
ソーニャは何も言わずにティーソーサーを載せたトレイを持ち、それぞれにお茶とケーキを渡していった。
「……髪の毛がボウルになったりヘラになったり泡立て器になったり、指をナイフにして切った割りに、普通に普通のケーキだな」
「蜂蜜のいい匂いがする」
「甘い」
吠人の二人が戸惑う中、カラスだけが真っ先にケーキを手づかみでかぶりついていて極端な感想を述べた。まぁ食べてくれるだけいいや。
運び終えたソーニャはぼくの傍に寄り添って、大切に一口ずつゆっくり味わって蜂蜜ケーキを食べている。ぼくはその仕草が愛おしくて、頭を撫でてあげた。
「……調理過程の見た目はエグいけど、味は一級品だわコレ」
「平人は度胸あるなぁ……」
「鼻で偏見ならぬ偏嗅あるんじゃないの? はーくん。見た目は素っ気ねーけど、このケーキ、素材に金の糸目つけてない。口に運んだ時の食感と味と香りのバランスも計算されている。こんなのそうそう口に出来るもんじゃねーわ」
クリスがケーキを頬張りながらべた褒めするのを、ソーニャが少し嬉しそうにしている。実に愛らしい。
一口ケーキを味わって食べたクリスは、ぼくの顔を見つめた。
「迷宮の最深部はさー。まだ何階かわかってねーの。五十九階までいったのが最高記録で、そこまで遠出するとなると迷宮の中でメシ喰ったり寝たりしねーといけねーわけよ」
「ちょっとした旅だね」
「作っている時の見た目は本当エグいけど、マリーは滅茶凄絶に強いらしいし料理も上手い。交代制で休憩取って行かないと疲れて死ぬし、魔物や地形も先に知っておかねーとやっぱ死ぬ」
「中々面白そうじゃないか」
「あたしはこの四人の中で、後ろで一撃必殺の魔法を撃つのが担当だった。でもぶっちゃけマリーとソーニャがいるんだったら、あたしは足手まとい。先輩がさんざんあたしをドヤした理由がわかったわ。本場の本物の魔法使いと比べたら、あたしは魔法使いを名乗れない。――警戒と荷物持ちに徹する」
何かクリスの中で大きな決断と覚悟を以って、発言したのは顔を見ればわかる。隣にいる吠人の二人が呆気に取られている様子だからなおわかる。
でも、ぼくにはその理由がさっぱりわからない。
「ありがとうクリス。補助や後方支援は重要だ。君がそうしてくれたならぼくは存分に暴れられるし、観測魔法の多重恒常起動を休める時間も取れるのは本当に助かる。……でもなんでそんな真面目なお顔しているの? 君の役割は立派じゃないか」
「……はぁーっ。あたしがバカみたいだわコレー」
ため息をついてお茶を飲み、ケーキを食べ出したクリスに替わり、グラームが挙手した。
「えーと、ですね。冒険者たちの間では『荷物持ち』っていうのは、一種の悪口なんです」
「え? なんで? 旅みたいなもんなんでしょ? 魔物っていうたくさん危ない動物がわんさかいる所で旅するわけなんだよね? 荷物無いと死ぬじゃん」
「ああ、はい。そうなんです。そうなんですけど、そこまで深く潜れる冒険者なんて一握りだけなんです」
「いやぼくには話がさっぱりわからない」
「……つまり、浅いところをうろちょろすることしかできない能無しのザコがやっかみで、強豪組の後方支援担当を『荷物持ち』って嘲るってことです」
最後にはハウドが不機嫌そうに言いながら、ケーキにかぶりついた。その瞬間、目が輝いた。ほうらどうだ参ったか。
そして話が呑み込めたら、どこに行っても世界というものは変わらないものなのだということが理解できた。
「帝国もさー。環境維持や食糧生産を維持する熱量操作魔法や寄生干渉魔法の家系はありがたがられるんだけどさ。日々使う道具やエネルギー生産をしてくれている鉱物干渉や電気操作は、侮られがちなんだよね。平民はまだ学が無いから仕方ないけど貴族ですら軽んじている奴がたびたびいてぼくはあの態度を解せない。光学操作に至っては攻撃力と観測能力が高度に備わった恐ろしい属性系等なのに、日々の生活で必要が薄いせいか家系そのものが少ない。なんとなく言いたいことはわかる」
「オレたちはマリーの言っていることの方が全然意味がわかんないですけど」
「ようするに、必要としているくせにその役割を負った者を軽んじるのがぼくはいけ好かないって話。人間皆平等とはぼくは欠片も思ってないけど、世話になっておいて感謝しないのは、ええと、ソーニャ、お願い」
こういう時の辛辣な意見はぼくよりソーニャの方が上手い。
「『自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ』。でも人間は基本的に自分が可哀想なだけで愛を知らないから誰も愛せない。『招かれる者は多いが選ばれる者は少ない』。依って天国への道は人間が自ら狭く険しくし、牛が針の穴を通る方が楽なくらい」
お茶を飲んで一息ついたソーニャは、ぼくを見て微笑んだ。
「今日も美味しいケーキを作ってくれて、ありがとう。マリー」
「うん、ソーニャはいい子だ」
多弁を振る舞う時のソーニャは母国語の共和国語でしか喋られないので、目の前にいる四人にどれほど通じたかはわからない。ただ、呆気に取られた表情の中でクリスだけが渋面を浮かべていた。
「魔女のアンタが聖句を口にするって時点で笑えないんだけどさー」
「何?」
「『汝の隣人を愛せよ』の前に大切な言葉をアンタは省略している」
この場にいる全員――ドロテア以外――がクリスを注視した。
共和国語が理解できているうえに、どうやら聖句を暗記しているらしい。
さっきのケーキの味を誰よりも先に分析したあたりからして、この娘、言葉遣いをわざと乱暴にしているだけでおそらく育ちはいい。クラリッサと仲良さげだったのも証拠の一つだ。
「『心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい』。それを忘れていたらそりゃあ自分も誰も愛せないっての。十字教の聖句を唱えるなら、魔女のアンタは神であり主をどう思ってんの?」
「私の主はマリー」
「そういうことじゃなくて、創造主にして主たる御方のこと」
「魔女の私は人間じゃない。関係が無い」
「ハッ。笑わせてくれんじゃん。魔女だかなんだか言ってもアンタも人間から生まれたんでしょ? じゃあ父にして主との繋がりはあるはず。そんな言い逃れできると思ってんなら、あたしも舐められたもんね」
「神は」
ここまでソーニャと十字教における論戦を繰り広げられる相手は見たことがなかった。
ソーニャはどことなく嬉しそうにクリスとのやりとりをして、今までぼくが気にもしてこなかった神とかいうモノの自己定義を口にした。
「人間を愛している」
「……意外」
ドロテアがぼそりと呟いた。クリスは次の言葉を促すように指を振った。
ソーニャは澱みなく続ける。
「でも人間は神の愛を実感できない。実感したと錯覚しているだけ。聖句は全て、ただの妄想」
「ちょっと待てぃ。アンタ他人の妄想で自分のこと語って、それでいいっての?」
「妄想だろうがなんだろうが、二千年くらい語り継がれてきたモノには意味がある」
「お、おう」
「だから神の愛はあるかもしれないけど、実感は全て錯覚。錯覚して大抵の人間は神の愛を石にして他人にぶつける。たまに違う人間もいるとは思う。――いずれ魔女の私は人間じゃないから、神の愛を受け取る資格が無い」
……妬けちゃうなぁ。ぼくもちゃんと十字教について勉強しておくべきだった。
まさか、こんなにソーニャがしっかりと自分の中で十字教の教えについて結論を出したうえで聖句とやらを諳んじているとは思っていなかったから。
それを引き出させたクリスは、面白い娘だ。メルセリーナに家族候補としてぜひ紹介してみたい。
「うーっす! やっとよう、鷹の字がおいらを頼ってくれたようじゃんかよう!」
感慨を打ち破るような聞き覚えのある大声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
ぼくは、ソーニャとドロテアと顔を合わせて、頷く。
「そうだよアトラ! お兄ちゃんの弟子のよしみで、君の力を貸してくれ!」




