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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第八章 それは銀の弾丸かヤドリギの矢か
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第八章 終:The Invader


 マリーは片手で私を抱えたまま、もう片方の手で天幕(テント)に露出した地面に指を突き刺した。

 見たことのない魔法式がうかがえ、ドロテアは横になっていた状態から身体を起こし、目を瞑っているマリーに念を押すように頭を下げている。


「あの、マリーちゃん。本当に、ヘルマートさんには、わたしの今の状態は、伏せてください」

「うるさい。今メルセリーナを呼んでいて集中しているの。病人は建設的な意見を言う時以外は黙って寝ていろ」

「……そうします」


 強がっていても、ドロテアは身体と共に心も少し弱くなったように思えた。

 以前なら、マリーにもう少し砕けた態度を取っていて素直に言うことを聞くような女じゃなかったはずだ。

 どうやら私たち三人はみんな、今、結構参っている状態らしい。


 マリーが目を開いた。


「繋がった。メルセリーナ。出ていって当日で悪いけど、もう緊急案件が起きた。そっちはぼくらと話ができる状態? ……うん、ありがとう。まず最初にお願いするんだけど、メルセリーナ。隣にいるお兄ちゃんには、今から話すことは伏せて」


 どうやらマリーはドロテアの懇願を聞く気ではあったらしい。


「ドロテアが――お兄ちゃんの奥さんが、負傷した。樹人(ジュト)の呪術を喰らって、ぼくの見立てだと無対策で放置していたら後数ヶ月で死ぬ。これが緊急案件内容。……え? お兄ちゃん、やっぱり勘がいいなぁ。姉妹同士の仲に入ってくるなって叱っておいたらいいよ。あとメルセリーナも移動して、お兄ちゃんの見えない所でお話して。その間にぼくは今からこの場にいるみんなとお話する」


 マリーには妹がいると何度も聞いていたけど、遠距離で電話のように会話できる魔法を持っていたなんて知らなかった。

 ……たぶん、ツェズリ島から帰ってきてすぐに夜の散歩に出かけたのは、姉妹同士で話をしたかったのだろう。魔人の姉妹同士、価値観が似通っているので逆にあれほど精神的に追い詰められたのかもしれない。

 そう思うと複雑な心境なのだけれど、マリーは妹のメルセリーナという少女を私と同じくらい大切にして、ある意味マリー自身以上に信頼しているように思える。写真で見せてもらった限りでは聡明な人間なようにも思える。


 そんなマリーは私たちを見回して、改めて口を開いた。


「聞いての通りだ。この一件をお兄ちゃんに漏らすかどうかは、メルセリーナの一存にかける。でもそうした方がいいくらい、メルセリーナには事の次第を隠さずに話した方がいい。ぼくの妹は、ぼくよりずっと魔人として貴族としてしっかりしている。治療魔法の腕もぼくより上だ。

 で、ぼくはもう今回のドロテアの治療方法というか、対処療法案を思いついている。それを今から話すけど、凍人(トド)のお兄さんは、冷静になって聞いてほしい」

「おう」

「ドロテアに魔力補充を……魔力継承の儀――平人(ヒト)を食べさせる」


 ディアーガの顔が驚愕に歪み、ドロテアはやっぱり困ったように微笑むだけで、私は、戸惑った。

 誰も何も言わないので、私はマリーに縋りついたまま主人に問いかける。


「……いいの? 愛の無い魔力継承は……ただの平人(ヒト)喰いで、相手の人権や尊厳を踏み躙る行為だって……マリー自身が言っていたのに」

「うん、だからこれはぼくの、ユニカ家の、魔人としての誇りと道徳を無視する案だ。でも、効き目は絶対にある。魔力が失われて死ぬ状態なのなら、補充してやればいい。それだけの、単純な話」

「待て」


 ディアーガが大きな手を広げて、片方の手は頭を抱えていたけど、とにかくマリーの案に意見を述べた。


「その、平人(ヒト)平人(ヒト)を喰うという行為自体は、もう、この際、脇に置いておく。だが【矢】の呪術を忘れてないか? その魔力継承とやらで、魔力が補充されすぎると霊脈への自壊の呪いが大きくなる。逆効果になるってことは、無いのか?」

凍人(トド)のお兄さん、名前は?」

「ディアーガ」

「覚えておく。君は下等人種扱いしない。賢人だ。ディアーガの懸念は正しい。だからぼくも慎重を期して、対処療法の計画はちゃんと建てている」

「それは安心した。どんなものだ?」

平人(ヒト)並みの魔力しか持たず、ドロテアと関係の無い人間を殺して、そうだな。魔力が適度に多い心臓以外の臓器から食べてもらおうかな? そこから少しずつ様子を見て魔力補充にちょうどいい部位や素材を探して――」

「もういい。すまんが聞きたくない。とにかく、大勢の平人(ヒト)がドロテアのお姉ちゃんたった一人のために、殺されるという認識でいいんだな?」

「その通り」

「わかった。是非はともかく、わかった」


 ディアーガは反対したいのだろうが、相手が怒らせればこの島を滅ぼせるくらいに強い魔人のマリーだということを理解しているのだろう。とにかく事実確認のみに留めてくれた。

 一方でドロテア本人も会話に参加し始めた。


「あのう、魔力継承って、後天的に保有魔力量を増やす手段ですよね?」

「そうだよ」

「でも魔力回復によく効く食べ物って、ありますよね? それこそ動物の臓器類が多いんですけど……あれで対処療法は、間に合わないんですか?」

「最初はそれでやってみようって、今メルセリーナが言った。うん、安全だしね。でも、ぼくの見立てだと本当に対処療法にしかならないよ。それだけでずっと生き続けられるなんて甘い考えは、捨てるべきだ」

「わかりました。覚悟の検討はしておきます」

「できるのか……」


 ディアーガが呆気に取られたような顔で、呟いていた。

 ただ、マリーの性格を考えると、ドロテアが拒否しようと容赦なく平人(ヒト)肉料理を無理矢理食べさせるだけなので、それを踏まえたうえでの態度と覚悟なのだろう。

 

「後で、メルセリーナが屋敷に帰ってから魔力回復や後天的に伸ばすのに良いとされている食材を改めて調べてくれるみたいだ。帝国は魔力量の高い平人(ヒト)を育てる研究をしているから、資料はたくさんあるんだよ」

「すまん、お嬢ちゃん。平人(ヒト)を食材として見る発言は……その、控えてくれ」

「ディアーガ。そっちこそ場を弁えてもらいたいな。ぼくだってやりたくないことを、私情を殺して真剣に検討して提案しているだけなんだ。気持ちが悪くっても我慢して」

「……わかった。こちらこそ申し訳ない」

「いいよ。取り乱して暴れたりしないだけディアーガは賢人だ」


 私をペットにして殺して食べるという約束をした時、マリーはこんなに冷静な配慮に富んだ態度ではなかった。完全に恋する乙女のような表情をしていた。

 それほどまでに、ただの魔力補充と家族(ペット)に迎え入れるという意味は違い、マリーはその違いを明確に分けているのだろう。


「で、どうするの? 何度も言うけど、ぼくだってこの案はやりたくない。やりたくないけど、ドロテアの――お兄ちゃんの奥さんの命と見知らぬどうでもいい下等人種の平人(ヒト)の命を天秤にかけたら、ドロテアに傾く。代案があるなら、今すぐ聞かせてもらわないと、ぼくも困る」


 私は黙った。小さな貧しい田舎の村で、ただ聖句くらいしか学ばなかった魔女の私に現実的な医療案など思いつくような経験は、一つも無い。

 ディアーガも苦々しい表情でうなだれていたが、何かを振り払うかのように首を振って一言、口にした。


「その魔力補填に効く食材とやら、手に入るものはおれが手配しよう」

「助かります。……それで、代案についてですが、わたしは、あります」


 ドロテアはディアーガに頭を下げてから、挙手した。


「冒険者の島、ツェズリ島には魔物という遺跡内でしか棲息しない異形の動物がたくさんいます。それらから採れる素材を加工したものが、世界一の性能の魔法具を生み出しています」

「で?」

「その島に、わたしの知人に、魔法具職人がいます。人体実験が大好きな倫理観も道徳も投げ捨てた化け物みたいな女です」

「最悪すぎる」

「でも、今のわたしの状態は、あの方――トンビさんにとっては、格好の研究材料に成り得ます。【矢】も含めて。治療を頼んだら、二つ返事で飛びついてくるのは間違いないでしょう」

「……嫌だなぁ。その女、トンビ? 信用できるの?」

「全く信用できません。でも一周回って信用できないからこそ常に警戒していれば、道理が通じる方でもあります。マリーちゃんがわたしの後ろ盾になってくれるのなら、なおさらです」

「最悪な女決定戦か何かなの?」

「そうですね。とりあえず【矢】を量産しようとしたらぶっ殺してくれて構いません」

「そうだね。とにかく【矢】のことはそのトンビとかいう女には伏せよう。怖すぎる。樹人(ジュト)の呪術を受けて、こうなって、魔法具で補填する手段が無いか。その話とドロテア本人を持って行けばいいよね?」

「そうですね。わたしもそういうお話でまとめたいところです」


 マリーはそこで、少し眼を瞑ってからドロテアに改めて話しかけた。


「メルセリーナは反対している。お兄ちゃんには今は黙っておいてくれるらしいけど、ドロテアはユニカ家の客人として、ヘルマートの奥方として丁重に扱うと次期当主の立場で約束してくれている。ドロテアは、この提案はどう思う?」

「ごめんなさい。今、わたしがヘルマートさんの傍で足手まといになるわけには、いきませんから」

「だってさ、メルセリーナ。……好きだよねぇ、メルセリーナも。え? いや、ぼくはさ……もっとこうさ……ああ違う、今はそういう話をしている場合じゃない」


 何やら姉妹で仲良く雑談してしまっていたようだ。

 けれど、気を引き締め直すようにぱんっ、と両手を叩いてマリーは議案をまとめた。


「決まった。患者本人の意志を尊重して、ドロテアの案通り、ツェズリ島に向かってトンビとかいう怪しい女にまずは、任せる。それで駄目そうだったり、ドロテアが死ぬような目に遭ったら、ぼくの案の平人(ヒト)喰いだ。ここでドロテアの気が変わったら帝国に身を預けてもいい」

「それで、いいのか?」


 ディアーガは私たちの顔を見つめてたずねてくれた。

 私たち三人は、頷いた。

 

 方針が決まったということで、私はマリーの抱擁から逃れようとした。

 でも、マリーは私を離さなかった。


「ところで、先日ツェズリ島にぼくとソーニャは顔を出してみた。栄えているけど、正直言って、お兄ちゃんがあんな性格になっちゃったのがよくわかる、とっても荒れた島だった」

「まぁ、そうですね……」

「トンビとかいう女も話を聞く限り、信用できない。というかあの島自体、人間も組織も腐っているし、話を聞く限り遺跡とかいうのもどうにもこうにも怪しい」


 そして、マリーの金色の瞳が爛々と輝き、唇の端を吊り上げた。

 羊の角から純粋な魔力が放射され、魔人としてのマリー・リー・ユニカの姿が、そこにはあった。


「でもとっても都合が良いことに、冒険者として――遺跡を潜れば潜るほど、あの島では権限が得られるらしいんだ。そうだよねドロテア?」

「……マリーちゃん、その案、とっても素敵です」

「いいじゃないか、ドロテア。初めて君と気が合ったよ」

「待て、お嬢ちゃん、何をするつもりだ」

「決まっている」


 ディアーガのわかりきった質問に、わかりきった答えを私の敬愛する主人、マリーは笑いながら答えた。


「ツェズリ島を征服して、ぼくの、ユニカ家伯爵領の飛び地にしてやる。手段は暴力じゃなくて、冒険者の島の流儀に則って、正々堂々、遺跡を踏破して、だ。これで文句が出たなら皆殺しだ。ドロテア一人助けるために出る犠牲は最小に抑えられるし、何より、ぼくはもういい加減気に食わないモノを一つ二つぶっ壊してやらなきゃ気が収まらないくらい、ものすんごく機嫌が悪い!」

「マリーちゃん、魔王様みたいですね。とっても、とってもわたし、気に入っちゃいました」

「アハハッ。陛下に例えるなんて不遜だってメルセリーナが怒っているよ。でもまぁなんだかぼくも不遜だけど悪い気がしない!」


 そこまで宣言してから、マリーは私にギラついた笑顔を向けて、いつものように額に口づけをした。


「さあソーニャ。ぼくの可愛い小さな魔女ソーニャ。一緒に行こう。本当の魔というものを、恐れられて疎まれた魔人と魔女のぼくたちで一緒に世界に叩きつけてやろう! もちろん、拒否権なんかないよ。だってソーニャは――」

「うん、私は、マリーの――」

「「家族(ペット)だから」」


 マリーとなら、どこへでも行ける。

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