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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第八章 それは銀の弾丸かヤドリギの矢か
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第八章 4:魔女たちの決闘

 4


「ソーニャちゃん、その格好は(にゃん)にゃの?」


 天幕(テント)の周囲は荒涼たる枯れ草の草原で、わたしとドロテア、そしてビシニアは冷たい風に吹き晒されながら対峙し、彼女は失笑を堪えきれない様子だった。

 私が本気で魔法を撃つと周囲への被害が大きいため、ドロテアは天幕(テント)からかなり離れた場所にビシニアを呼び寄せたわけだが、天幕(テント)を出てからやった行為は、自分でも大変奇妙で珍妙だという自覚はある。


 暖かいファーが付いた、頭をすっぽり覆える円筒状の防寒帽を脱いで、愛用の三角帽子を被って風で飛ばないように紐でくくりつけて顎で結んでいるのだから、正直今の自分の格好を鏡で見たら変だと思う。コートもブーツも防寒用のままだし、着膨れしているので全然似合っていないのは百も承知だ。

 右手に拳銃型の魔法杖を握り、左手で風に揺れまくる三角帽子を抑えながら、私は言った。


「私は魔女。マリー・リー・ユニカの栄えあるペットの魔女としてここにいる。だからこの帽子だけは譲れない」

「みゃっ、ウチはソーニャちゃんよりずっと滑稽にゃんだから笑っちゃ失礼だったか。ウチは失敗(しくじ)った殺し屋として、仕事人としてここにいるんだから」

「ちなみに私はヘルマートさんの妻としてここにいます。夫の育てた大事な生徒を殺そうなんていう人間は、遠慮なくぶっ殺します」


 ドロテアは両手の平を合わせて、小首を傾げて満面の曇りなき笑顔で、私たちの中で誰よりも殺意の込もった発言をしてのけた。


「ビシニアさんがマリーちゃんを殺す準備をきっとちゃんと整えているように、わたしもビシニアさんを殺すためだけの準備を整えてきましたから」

「あんにゃにセッテフィウミのおうちでは(にゃか)良くしてくれたのに、おっかにゃい奥様だにゃ」

「わたしの旦那様を傷つけた罪はそれだけ重いということです。あの一件にわたしたち夫婦を噛ませるべきではありませんでしたね」


 ドロテアの笑顔が消えて、完全に無表情になり法式札の束をいくつも鞄の中から取り出した。


 昼前だからか、白夜の名残がある空はようやく少し青さが強くなってきた。太陽の位置も少し高めだ。

 太陽も狂うような島にやってきた他所者の私たちも、みんなどこか狂っているのだろう。

 別に差し迫って必要に迫られてもいない殺し合いを、今から私たちは始める。

 三者三様、互いにこの殺し合いに参加する理由を理解していないはずだ。少なくとも私はドロテアもビシニアもわざわざなぜこんな馬鹿な真似をするのか、未だに納得できていない。


 でも、他人のことなどどうだっていい。

 大切で大好きなマリーを傷つけたり殺そうとする奴は皆殺しだ。


「じゃ、約束通り、そっちから攻撃しにゃい限りウチは(にゃに)もしにゃい。先制攻撃権はそっちにある」


 ビシニアが腕を広げてそう言った瞬間が、このくだらない殺し合いの始まりの合図となった。

 ドロテアの霊脈が活性化し、地面から広大な魔法式が広がり、即座に魔力点火が行われた。


 枯れ草に霜が走り、地面が凍結し、風が身を切るような冷たさを帯び、肺を凍てつかせる。

 ヘルマートがポール都で使ったのと同じ、広範囲の大気を極低温まで下げる大規模熱量操作魔法だ。

 私は前もってドロテアに渡されていた、法式札に魔力を込めて自分の周囲の空気を常温に戻す。

 霊脈最大励起。あらかじめ脳内構築していた恒常魔法を五つまで並列起動。さらに三つの魔法式を構築状態にして、私は横に倒れるように動いた。


 極低温度下でも、ビシニアはドロテアが予想していたとおり、何の障害も無いかのように目にも止まらぬ速さという言葉通りに、私の喉めがけて爪を振るって走り抜けたのだ。

 すると私の脇で魔法式が突如発動し、地面が爆発を起こし土砂を垂直に噴き上げる。


「ふー、危にゃい危にゃい。法式札使いに呼びつけられたんだから、あちこち(わにゃ)だらけってわかってたけど、ドロテアちゃん仕込みすぎじゃにゃいかにゃ?」

「昨夜、お花を摘むついでに、ディアーガさんにも手伝っていただきましたから」


 やっぱりそうだったか。

 おそらく、この極低温魔法は法珠という魔力を込められる道具を使ってドロテアが法式札に込められる限界以上の魔力を使った奥の手で、札は地面に埋められていると見た。

 一方でビシニアはビシニアで、同じ法珠を使って肉体強化魔法をさらに強化し、低温魔法による動きの鈍化を阻止しているのだろう。

 そして会話をしている間にも次々とビシニアの足下の地面が爆発しているのだが、これは地面に含まれた水分を一瞬で超高熱にまで引き上げ水蒸気爆発を起こす札をあらかじめ埋めていた、二重の罠だ。


 ビシニアの姿は肉眼では吹き上がる土砂のせいで見えないが、霊脈と観測魔法【走電(ライダー)】と【索電(レイダー)】で位置は把握できる。

 私は魔法杖を前に突き出し、視界いっぱい全ての範囲へと魔法式を展開。即座に魔力点火を行う。


 【閃雷(センライ)】による放電で、青白い閃光と轟音が凍てつく草原を灼いた、が、外した!

 【索電(レイダー)】と神経系強化魔法の二つを並列起動していて良かった。視界全てに【閃雷(センライ)】を私は撃ったが、前後左右に逃げ場所は無くても、()()()()()()()()()()


 ビシニアの俊敏さは目で追えるようなものではない。上にジャンプして避けられたのなら、目の前から消えて一瞬虚を突かれ、その間に殺されていただろう。

 私は左腕を振り抜いて、今度は高出力の【閃雷(センライ)】を撃った。

 だが、ビシニアに命中する前に、なぜか私が撃った放電魔法は半端な位置の空中で弾けてしまった。

 なんだ?


「誘導体!」


 ドロテアに、強引に腕を引かれながら叱責の言葉を受けた。しまった、自信を持って撃った必殺の一撃の失敗に動揺して一瞬呆けていた。

 限りなく対象に近い位置で直接発動する魔法式の精密射撃を行うには、私の腕だと魔法杖の補助が必要だ。どうせ空中なら動きが取れないと油断して腕先からまっすぐビシニアめがけて放電ルートを通す魔法式で撃ったのが間違いだったのだ。

 先読みして、電撃が誘導されるよう調整された魔法具の鉄片だかなんだかを投げつけられて囮にされた。


 ビシニアは着地寸前に私めがけて腕を振るい下ろしてきたが、ドロテアに腕を引かれたことで避けられた。

 でも距離が近い。ビシニアの間合いだ。とんでもなく動きが速いビシニアは、一度着地してしまえば、私が反応する前に次の一撃で私は殺される。

 なら、踏み出す!


「にゃ?」


 ドロテアに腕を引かれて不安定な体勢を、無理矢理地面と私の靴裏を繋ぐ【歩電(ディーポ)】で引き寄せて元に戻し、その勢いのまま全身の筋肉を断裂させ、骨格を軋ませる肉体制限を解除した拳をビシニアの胴体めがけて叩き込む。

 自分自身の指と手首の骨が折れる感覚と、ビシニアの肋骨を叩き折る感触が同時に伝わった。


 私の軽い体重ではビシニアに大した一撃は与えられていないが、着地体勢を崩すことには成功した。

 でも、ビシニアが体勢を立て直す前に【閃雷(センライ)】で精密照準するほどの余裕はない。【砲雷(ハウ・ラウル)】は魔法式を物理世界に投射してから魔力点火するまでに時間がかかりすぎる。【歩電(ディーポ)】や【反電(バウンド)】は、ビシニアの魔力抵抗があるせいで効きが悪いはずだ。

 ちくしょう。何もやらないよりはマシだ。魔法杖で地面を照準し【歩電(ディーポ)】でビシニアの身体とを繋ぎ、地面に叩きつけた。


「あ――とね」


 私の後ろにいたはずのドロテアの言葉はほとんど耳に入らず、地面が爆発する音で掻き消された一部分しか聞こえなかった。

 どうやら、ビシニアが叩きつけられた地点にも水蒸気爆発を起こすための法式札を埋めていたらしい。


 私の前に踏み出たドロテアはいつのまにか左手に握っていた小石のようなものを複数、片足のくるぶしあたりが抉れているビシニアに容赦なく投げつけた。

 逆立ちするように手を地面に着けて後転したビシニアだったが、【歩電(ディーポ)】と極低温魔法の二重阻害で動きが明らかに鈍化している。

 小石のようなものが爆発し、土煙の向こうに見えるビシニアの霊脈の光に、徐々に翳りが見えてきた。


「まだ避けますか」

「はぁ……うにゃあ……っ。いやいや、もう……限界かにゃ?」


 致命傷は避けたのだろうが、ビシニアの身体のあちこちから血が滲み出ており、左腕は妙な方向に折れてぷらぷらとして、自己申告通りもう立っているのがやっとの有り様にしか見えない。そもそも、片足の肉が抉れているのに直立していること自体が異常だ。

 私はビシニアと地面を繋ぎ止める【歩電(ディーポ)】を魔法杖で恒常起動しながら、肉体制限解除の反動で自壊した自分自身の身体の治癒魔法を起動する。でも、これ、指や手首の骨はマリーに治してもらわないとちゃんとくっつかないかも。


 白い息はビシニアと私が共に荒く吐き続けている。

 いや、ビシニアの方は徐々に息の白さが薄くなり、体温が低下しつつあることが目に見えた。


()めない?」

()めにゃい」


 私の提案に応えるビシニアの声はもう小さい。

 ドロテアは腰に差していたナイフを抜き、刀身に法式札を何枚も巻き始めていた。

 私は、連邦王国語をまだちゃんと喋ることができない。長く、意味のある言葉は、共和国語が通じるドロテアにしかわかってもらえない。

 それでも、私は心の中にある想いを口にすることを止められなかった。


()めよう。ビシニアの体力も魔力も削った。法珠に溜めていた魔力もたぶん、もう底を尽く。マリーの気配は、私の観測魔法で把握できる範囲にはまだいない。()めてくれないなら、頭でも殴って、気絶させて、それでいいじゃない。……私はビシニアを殺したくない」


 なんでだ。私は人間が大っ嫌いな魔女のはずだ。全ての人間に生きている価値なんかない。生まれた瞬間から既に罪を背負っている業の深い生き物だ。みんな死ねばいい。

 そう思うのと同時に、傷つき満身創痍のビシニアにトドメを刺す必要が、まるで感じられない。

 ずた袋の中に閉じ込めた仔猫たちの鳴き声と、それを水に沈める思い出が頭の中を過ぎる。


「極東の言葉にはこうあります。相手を騙す時の仕草をして――猫を被る、と」


 ドロテアは、法式札を何重にも巻きつけたナイフをビシニアに投げつけた。

 ナイフが爆発した瞬間、私はドロテアの言葉が正しいことを思い知らされた。

 翳りが見えていたはずのビシニアの霊脈が突然輝き、【歩電(ディーポ)】の阻害を力ずくでひきちぎり、抉れた足から血を噴出し、爆発をまっすぐに突っ切って私に向かってくるビシニアを見て、思い知らされた。


 いつのまにか、攻撃用魔法式を一つも脳内構築していないことに気づいた。今すぐ零から魔法式を構築し、物理世界に投射して、魔力点火を行う? 遅すぎる。

 ビシニアの右手には、いつの間にか取り出した木の枝のようなものが握られていた。


 一撃目は、ビシニアの身体の動きが鈍っていたので避けられた。

 でもそれは囮だったみたいで、私の足に衝撃が走り、体勢が崩れる。足払いが本命だったのか。

 翻った二撃目も、【反電(バウンド)】で私は自分自身の身体を吹き飛ばさせてなんとか避ける。

 でも身体が倒れてごろごろ転がってしまった。【走電(ライダー)】と【索電(レイダー)】は恒常起動し続けている。ビシニアの動きは鈍い。どこにいるのか把握している。体勢を立て直すより、私は魔法を撃つ方が速い。

 今なら【閃雷(センライ)】でビシニアの姿を見もせずに、適当な放電を当てることができる。殺すことができる。

 ――なぜか、私はそれでも【閃雷(センライ)】ではなく、【反電(バウンド)】を使って逃げる方を選んでいた。


「終わり」


 ビシニアの声が聞こえて、木の枝をまっすぐ矢のように私へ投げつけてくるのが見えた。

 動きが、読まれていた。

 いや待て、たかが木の枝だ。腕で身体を守って、それから、それから、いくらでも、まだ、なんとかできるんじゃないのか。


「ぐっ!」


 そんな考えをして呆けていた私の前に、ドロテアが腕を伸ばして木の枝の矢から庇ってくれた。

 馬鹿な女だ。なんで他人の魔女の私なんかを、なんでこんな小さな木の枝なんかから――


「ソーニャちゃん!」


 顔から血の気が一気に引いていき、霊脈の光が急速に翳るドロテアは、それでも私の名前を叫んだ。

 ビシニアは、ドロテアの手の平に突き刺さった木の枝を回収しようというのか、走り寄り、彼女の手首めがけて爪を振り下ろそうとしていた。


 ドロテアの法式札は、彼女のセンスだけでなく繊細な指先の動きあってこそ実現できるものだ。

 腕を切り落とされたり、神経を傷つけられてしまえば、もう、二度と、あんな芸術品のような札を打てなくなる。

 ビシニアは、そんな可能性を、断とうとしている。


 ばぢぃっ! という轟音と焦げた臭いと閃光が、私の五感を貫いた。

 私は、いつの間にか魔法杖をビシニアに照準していた。

 毛皮が黒くちぢれ、口や目から煙を噴くビシニアは、膝をつき、うなだれて、そして倒れた。


 ――私は、いつ【閃雷(センライ)】を撃っていた?

 ドロテアは、いつものような笑顔を浮かべて、呟いた。


「ごめんね。わたしが、ちゃんとしなかった……から」


 そう言い終えるか否か、ドロテアも倒れた。

 駆け寄った。

 呼吸が浅い。

 心拍数がどんどん弱まっていく。

 何が起こっている?


 私は、何をしていた?

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