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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第八章 それは銀の弾丸かヤドリギの矢か
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第八章 2:猫の食卓

 2


「あの、ディアーガさん……お恥ずかしいのですが、お花を摘みに行きたいのですが……案内お願いできませんでしょうか」


 私に対してアレコレ言うのは一段落としたのか、ドロテアは何か道具の手入れをしているらしいディアーガに声をかけに行った。

 凍人(トド)という人種は今日初めてみたばかりだけれど、あぐらをかいて座り込んでもなおドロテアをわずかに見下ろす巨体のディアーガが困惑している様子なのはわかった。

 寝人(ネト)のビシニアが焚き火の前で丸まったまま、片目を開けて一言呟く。


「便所にゃ」

「ああ、それならそうと言え。平人(ヒト)ってのは遠回しな物言いが好きだな……」

「ごめんあそばせ」


 ドロテアを一応わたしは見送る。天幕(テント)が開かれて見えた空は、もうとっくに夜の時間になっているはずなのに、なんとも言えない赤っぽいような紫のような半端な色で不気味に見えた。

 マリーがこの前教えてくれた、太陽が沈まない白夜は北海同盟でも起きる現象なのだそうだ。正確には今頃の季節になると深夜には陽が沈むらしいけれど、大陸ほど夜は長くないのだという。


 この国に来てまだ数時間程度だけれど、出会った人間は私自身驚くくらいに嫌いになる相手がいない。

 ディアーガは見た目は迫力があるけれど気持ちの良い正直者だし、老いた凍人(トド)夫妻は穏やかながらも何か一本芯が通った所があって尊敬できる。

 ビシニアですら、マリーを殺すのを撤回してくれたのなら私は殺し合いなんてしたくないと思っている。


 人間はこのように良い感じなのだが、夏とは思えないほど寒いし太陽の動きは気持ちが悪い。土地として好きかと問われたのなら、住むのはごめんこうむる。

 寒いのもひもじいのも慣れているけど、それでも熱量操作魔法を使えないことが口惜しい。魔人の先祖たちがこの島で魔法を捨てられなかった気持ちは十分わかるくらいに、この島は平人(ヒト)には厳しい土地だ。


「ソーニャちゃん。いいかにゃ?」

「連邦王国語は聞き取れるけど、喋るの、苦手」


 ドロテアがいないのがチャンスとばかりに、ビシニアが私に話しかけてきた。

 私はとくに是も否も無く正直に自分のことだけ前置きに返しておいた。

 本当は、あまり話したくはない。

 寝人(ネト)は猫に似ているけど人間だ。そうはわかっていても、私は猫が好きだ。ビシニアも別に個人としては嫌いじゃない。


「ウチは、樹人(ジュト)の【森】で育った寝人(ネト)にゃんだ」

「――樹人(ジュト)が?」


 私が生まれ育った村は樹人(ジュト)の【森】に近かったから、知っている。奴らはとんでもなく排他的で、自分たちを至高の人種だと思い込んでいる(ゴミ)みたいな連中だ。

 樹人(ジュト)の【森】は木材や薪になる木がたくさんあるし、獣も多く、ようするに豊かだ。【森】の中だけで自給自足しているのだから当然なのだろうけれど。

 でも私たち平人(ヒト)がどれだけ困窮しても、手助けなんかしてくれなかった。一方で【森】を侵せばキノコに埋め尽くされたり、全身を蔓で縛られてバラバラになった凄惨な死体が見せしめに村の傍に置かれたものだ。たとえ、何も知らない子どもであったとしても、例外は無かった。


 そんな連中が、他人種と【森】で共存できるものなのか?


寝人(ネト)樹人(ジュト)にとって、ちょっとだけ特別にゃんだ。食べられたり掘り起こされたら困る場所を荒らすイノシシ退治をウチらがやったげたり、他の【森】との連絡役も(みゃか)された」

寝人(ネト)は群れぬから、か?」


 ゾグお爺ちゃんが細い目を眼光鋭くして会話に割り込んできた。


「夏になると、お主に限らず寝人(ネト)がこの島に訪れ【森】へと向かうことは知っておる。多くて三人程度。樹人(ジュト)たちに問い詰めても、儂らには関係無いと拒む。今までの寝人(ネト)は観光客ゆえ手出しできなんだが、ビシニア、お前は例外だ。――何をしておる?」

樹人(ジュト)だって人間にゃんだ。遠い血縁の【森】の樹人(ジュト)が困った時はお互い様。――あと、ウチも(にゃに)を情報交換しているんだか、知らにゃいんだ。これは本当。樹人(ジュト)樹人(ジュト)にしか解けない術をかけた木の枝とか渡して来いって言うだけ。ウチらは本当にただの運び屋にゃの」

「そうか。そうだな」


 樹人(ジュト)平人(ヒト)吠人(バイト)を信用せず、寝人(ネト)とは共存関係を結べる理由が会話を聞いていると理解できた。

 現状、大陸の人種人口は平人(ヒト)吠人(バイト)の数が多い。群れて暮らすことに適応しやすい性格の連中が多く、平人(ヒト)吠人(バイト)は共存関係を営み都市では平等に暮らしているからだ。


 そんな連中に、一度でも甘い態度を取れば【森】は喰い尽くされる。

 私は『お前は魔女だから樹人(ジュト)と交渉してこい』と【森】に送り出され、当の樹人(ジュト)にそう告げられたことがあるから知っている。それを伝えるために無傷で帰ってきたら、翌日からより村人たちからの私への扱いは酷くなったので本当によく覚えている。やっぱりあの【森】は【砲雷(ハウ・ラウル)】で鉄筋を五十発ほど撃ち込んで焼き払っておいた方がいい気がしてきた。


 それはそれとして寝人(ネト)は、多くとも五十人を越える集落は作らない少数部族ばかりで、気に食わないことがあると、部族に執着せずフラッと出ていく者なのだと、それこそ私の出身村で数ヶ月ほど暮らしていた一人の寝人(ネト)が教えてくれたことがある。

 今思えば彼も【森】と【森】の連絡役だったのかもしれない。


「みゃっ、コレを寝人(ネト)樹人(ジュト)以外の種族にバラすと、信用されにゃくにゃっちゃうんだけど。でもウチはもうにゃんもかんも(にゃ)いしたぶん明日死ぬから、アンタたちにゃ教えておく」

「ビシニアは」

「にゃに?」


 私は、連邦王国語で自分の言いたいことをなんとかこうにか、言葉にしてみた。


「ヘルマートに頼った方が、いいと思う」

「――ヘルマート君に手出ししたら、ドロテアちゃんに結局殺されちゃうにゃ」


 まぁ、それもそうか。

 ヘルマートは頭がおかしいからか、私が大勢の人間を殺したと知っているくせに匿うことを決めた。何かよくわからないが、あの男は常識に捉われず、救う相手を選ぶようだ。

 なら、駄目で元々頼ってみても良いのではないかと私は思ったのだが、他の女に浮気するような真似は確かにドロテアが許さないだろう。

 いや、ドロテアがビシニアを殺す気満々なのは、つまりそういうことなのではなかろうか。

 私だって、マリーがヘルマートに特別な感情を持っている事実に、殺意を抱いているので気持ちはわかる。


「ウチは、小さい時から狩りが上手かった」

「うん」

「人間も動物なのに、狩っちゃいけないって言われても意味わかんにゃかった」

「うん」

「でもそれはそれで使えるって言われて、何人か言われた奴(バラ)した」

「うん」

「ウチはそっから、歯止めが利かなくなっちゃった。命令されてもいにゃい奴を気に食わにゃいからとか、本人に頼まれてとか、お金が欲しいからとかで、(バラ)すのが止められなくにゃった」


 自由で羨ましい話だ。

 マリーを守るため、という名目があるからこそ撃った魔法で大勢の人間を殺した後から、今まで私を止めていた心の楔のようなモノが抜けてしまっている。

 みんな死ね。生きている価値なんてない。そう心の中で呪い続けてきただけの事を、現実に実行できる力が今の私には備わっているということを、実感してしまった。

 マリーのためじゃなく、私自身の殺意を世界中にばら撒きたい。その衝動は日に日に強くなっている。


「でもウチは依頼を失敗(しくじ)った」


 ビシニアが私の殺意を止めるかのように、一言漏らした。


「相手がめちゃくちゃ強かったってーのもある。けど、たぶん、アレ、東方大陸の男の子かにゃ? 今のソーニャちゃんより、ちょっと上くらいの年かにゃ? そんな平人(ヒト)の子が、ウチが返り討ちされそうににゃるくらい強くて、戦っている時、すごく嬉しそうで――怖くにゃった」

「なんで?」

「あの子、真正面から戦ったらウチより強いにゃ。たかだか十五、六くらいの、めっちゃくちゃ遠い東方大陸の子どもがにゃんで連邦王国までやって来て、にゃんでウチに依頼が来て、にゃんでそこまで強いのか。初めて手こずった相手だからか、不要(いらにゃ)いこと考えちゃった。にゃんで嬉しそうなのか、わかんにゃかった。今も、わかんにゃい。それが怖い」


 私にもわからない。

 だから、視線で話の続きを私はビシニアに促した。

 けれどビシニアは首を横に振った。


「これで話は終わり。ウチは自分より弱い奴を狩っているだけで、本当に本気で危険(ヤバ)い奴にゃたまたま当たらなかっただけにゃんだって、思い知った。さんざん殺しておいて、自分の命は惜しくにゃって、逃げたけど、殺し屋ってーお仕事からは逃げられにゃかった」

「依頼人、殺さない?」


 私はもう一度、ビシニアにそう提案した。

 依頼人を逆に殺して、仕事を投げ捨てて、それこそ帝国にでも逃げればいい。ヘルマートがいる今なら樹人(ジュト)の【森】について詳しく知っているビシニアを利用するために生かす選択肢もあるだろう。

 そもそも、ヘルマートがビシニアに勝てる気がしない。あの男は魔法の起動速度と精密性は化け物だけれど、肉体に関しては普通だ。ビシニアの俊敏さがあれば、いくらでもヘルマートを脅せる。


 そこまで複雑な言葉を、私は連邦王国語で喋ることができなかった。

 だからか、もしくはビシニアの意志が硬いからか、やっぱり彼女は首を横に振った。


「ウチが自分で決めた道にゃんだから、今更(にゃ)しってーこそ(にゃ)しにゃ。ウチは、自分より強い奴を狩って、自分に勝たなくちゃいけにゃいんだ」


 確かにマリーは強いけど、そんな理屈不明の理由で私の大切な主人であるマリーを殺されてはたまったものじゃない。

 やっぱり、どうあっても殺し合うしかないのかな。


「ビシニアさんがしくじった子、わたしたぶん知っていますよ」


 いつからそこにいたのか、天幕(テント)の入り口を開けてドロテアとディアーガが入ってきた。

 盗み聞きしていたのか。やっぱり気色の悪い女だ。


「今は冒険者やっています。クラリッサちゃんの文通友達と一緒に。あの子にだって居場所ができたんだから、まだ諦めるのは早くありませんか?」

「ヘルマート君から聞いた話、冒険者の島はウチの好みじゃにゃい所だから遠慮するにゃ」

「じゃあ、地獄に行ってもらうしかありませんね」


 大人たちは勝手に話を決めてしまう。

 なんで、殺したい奴は殺させてくれなくて、殺したくない人間と殺し合いなんかしなくちゃいけないんだ。

 世界は理不尽だ。聖句にだってそう書いてある。

 今回のサブタイトルは「きくお」氏の「猫の食卓」から借用させていただきました。

 https://www.youtube.com/watch?v=KRSM3WEowJE&t=0s

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