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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第七章 北の果てに魔女は往く
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第七章 終:死亡遊戯

 5


 薄暗い天幕(テント)の中で、ビシニアさんを見つめる視線は冷たいものだった。

 ただ、彼女が口にした不穏な言葉の内容と裏腹に「つまらない冗談で場が白けた」とか「頭が残念な子」を見つめるのと同じような、そういう性質(モノ)だったけれども。

 誰も本気になど、していないのだろう。


「……自分が殺し屋だと名乗る殺し屋がどこの世界にいる」

「ここにいますよ。ビシニアさんは本気です。そうでしょう?」


 呆れた様子のディアーガさんの言葉はわたしとビシニアさん以外の皆さんの意見を代表していたのだろうけれど、わたしは当の本人に代わって肯定してあげた。

 ビシニアさんは両腕を大きく広げて無邪気な笑みを浮かべた。


「さっすがドロテアちゃんは話が早い! でもにゃんでドロテアちゃんはウチが本気で仕事をしに来たってわかるのかにゃ?」

「仕事の内容が馬鹿馬鹿しくてやってられないからじゃないですか? でも仕事人として依頼を受諾したからにはやらないわけにはいかない。なので、効率とか定石とか無視して、ビシニアさんのやりたいように仕事をすることに決めた」

「ふみゅーん。ウチの情報漏れてたかにゃ?」

「いえ。わたしの旦那様は冒険者時代、そういう仕事の仕方しかできなかった男性(ひと)なので。社会人として最低なのに、妙に仕事人として矜持はあるんですよね。面倒くさいです」


 事務員として仕事をしていた時は本当に面倒だった。

 あの男性(ひと)がわたしを自慢の出来る事務員だと褒めてくれるのは嬉しかったけれど、赤字覚悟、契約書内容完全無視の私情だけで仕事をされるものだから、帳尻を合わせて収益を出すためにどれだけ苦労したか。


 そして前の冬の始まり頃、ビシニアさんに仕事を手伝わされた時、殺害対象に彼女は彼女なりの情けをかけてあげていた。

 ヘルマートさんとは意見が対立していたけど、立場が違うだけで二人は――わたしたちはどこか通じるところがある。


 ビシニアさんはわたしの代弁に納得してくれたのか、うんうんと頷いて腕組みしながら片足立ちでふらふらと不安定な姿勢のまま話し始めた。


「そうにゃんだよ。依頼人は連邦王国第二実験魔法小隊隊長ピーソーク大尉」

「ピーソーク中佐――先日、マリーちゃんを暗殺しようとした軍人さんの息子さんでしょうか?」

「まーさーにーその通り。なんかもう依頼される時、口癖みたいに『自分は父上とは違う』『父上はああでこうで』とうるさいのにゃんの。ウチの持論にゃんだけど、人間を殺してゴリ押ししたら色々後々ひょこひょこわけわかんにゃいコト起きやすくにゃるんだよね。自分で殺す分にゃー自己責任だからいいけど、殺し屋雇って主義主張とか言われても、呆れ返るしかにゃい」

「お気持ちお察しします」

「ウチとしては、殺すんにゃらお父さんのやった通りマリーちゃんを狙った方が――」


 ばぢぃっ! と薄暗い天幕(テント)の中で閃光と轟音が弾け飛んだ。

 横に座っていたソーニャちゃんがビシニアさんめがけて電撃攻撃魔法を放ったのだ。魔法式を視認する間もないくらいの速度だった。

 ただ、まだソーニャちゃんは視線に魔法式を乗せて魔法を撃つことができないらしい。腕を振るう動作で先読みされたのか、超音速の【閃雷(センライ)】はあっさりと避けられてしまい、ソーニャちゃんは鞄の中から、拳銃型の魔法杖を出して次の照準を合わせようとしている。


「ソーニャちゃん、殺るなら屋外の方が有利だよ。ここで相手の挑発に乗っちゃ駄目」

「――マリーを殺そうとする奴は絶対殺す。ドロテア、任せた」


 ソーニャちゃんは物分りがいい。

 ビシニアさんは、ゾグさんの奥様の背中に隠れて頭だけ出している。盾にされた奥様の方は、なんとも言えない困ったなぁ程度に眉を下げる程度で、お茶をゆっくり飲んでいる始末だ。

 ここでは、ビシニアさんはいくらでも巻き添えの盾を用意できる。盾となる凍人(トド)さんたちも無抵抗ではなく達人なのだろうけれど、ソーニャちゃんは魔法攻撃による流れ弾や誤射を気にせず戦闘するはずで、匿ってもらわなければいけないわたしたちとしては有利とは言い難い。

 せめて遮蔽物の無い屋外の方が、戦いやすい。その理屈をわかって、わたしに状況を任せてくれたソーニャちゃんの期待にも応えなければいけない。


「ビシニアさんが北海同盟で待っていたのは、依頼人のピーソーク大尉はお父上の中佐の第一小隊のマリーちゃん暗殺計画を知っておきながら、協力はせず、失敗することを読んで貴女にソーニャちゃんだけを狙う依頼を任せた、ということですね?」

「そうにゃんだよ。ウチを雇うなら、いっそあのおっかにゃいお爺ちゃんと協力した方がいいって何度も言ったんだけど、聞かにゃくて。どーもありゃー父親の失敗を期待していて、手柄を総取りする腹にゃんだろうね」

「……父子ゆえの確執か。不毛極まりないな」


 ゾグさんは嘆くように目を閉じてわたしたちの話を聞いている。もちろん、何かあればいつでも動けるように気を張ってはいるのだろう。


「セッテフィウミとの関連から、ソーニャちゃんが北海同盟に潜伏するにゃー大尉は読んでいた。だからウチはこんな寒い島国で待ってたわけで。ドロテアちゃんたちがセッテフィウミ邸出て行ってから、ウチも直ぐに北海同盟までまっすぐ向かって、残念にゃことに予想通りの結果ににゃっちゃったってわけ。で、中佐のお爺ちゃんはどんな感じで負けたのかにゃ?」


 北海同盟にまで詳しい情報は流れていないのだろう。ソーニャちゃんは魔法杖を構えたままビシニアさんを睨みつける。


「脊髄貫く一歩手前まで一人でやった」

「ははーん。んで、反撃喰らって街は廃墟に。こりゃ実際に街を攻撃したにゃーマリーちゃんだけど、反撃覚悟で作戦決行した中佐に、協力できるくせに(にゃん)もしにゃかったピーソーク親子の仲の悪さに一般市民の(みにゃ)さん殺されたも同然だにゃ」

「ラジオや新聞で、もう北海同盟(ここ)までポール都の惨劇は知られているんですね」

「ウチもホントは仕事にゃんかほっぽって、あったかいセッテフィウミのおうちでゴロゴロしていたかったから、ちゃんと調べてた。新聞取ってあるけど読む?」

「お願いします」


 逃げるのに必死で、連邦王国の公式発表をきちんと調べる暇が無かったのでここで知られたのは幸いだ。

 ビシニアさん私物と思しき鞄から引っ張り出された、連邦王国の新聞に目を通し、予想通りの事態になっていることを確認できた。

 ソーニャちゃんに、わたしは視線をやる。


「ソーニャちゃん、落ち着いて、怒らないで聞いてね」

「うん」

「世間的には、マリーちゃんとソーニャちゃんがポール都で暴れて、第一実験魔法小隊が命懸けで食い止めて追い払ったってことになっているの」

「そんなことだろうと思ってた」


 わたしの前置きなど必要なかったようで、ソーニャちゃんは無表情だった。


「これで魔法帝国に対する一般市民の皆さんの印象は悪くなった。帝国の移民船団は、国としては目障りだったけど、一般市民の皆さんにとってはある意味希望でもあったからね。その世論を、この事件を幸いに引っくり返そうというわけなの」

「実際攻撃したにゃー魔人ってーのが言い訳できにゃい所にゃのが痛いとこだにゃ」

「違う。街を壊してたくさん人間を殺したのは魔女の私」


 わたしは現場を見ていないけれど、ソーニャちゃんが【砲雷(ハウ・ラウル)】を十発同時発射するという神業で魔法兵たちを迎撃し、結果的に射線上にあるモノ全てが破壊されたのは三人が認めていることだ。

 ソーニャちゃんは、口の端を吊り上げ、共和国語で高揚したように声を上げる。


「天使は香炉を取り、祭壇の火を灯して地に投げつけた。すると、多くの雷鳴と、稲妻と地震とが起こった。『嗚呼、災いだ災いだ。地に住む人々は災いだ』。――死ね、滅べ。この世にいる人間は生きる価値なんてない。私は災いの魔女。今更言われるまでもない」

「ソーニャちゃん、人間を殺したのはあの事件が始めてかにゃ?」

「うん――こんなに簡単に人間は殺せるんだって、今は、とても、嬉しい。私に魔法を教えてくれたマリーに感謝している」


 霊脈をぎらついた励起反応で輝かせ、ソーニャちゃんはありとあらゆる攻撃魔法式を展開した。巻き添えなんて全く気にしていない。魔力点火さえすれば、わたしもビシニアさんも凍人(トド)さんたちも例外なく死ぬだろう。

 でも、天幕(テント)の中にいる人間は誰も動揺なんかしていなかった。

 みんな、ソーニャちゃんがその気になれば、こうなるとわかったうえで今この場にいるのだから今更魔法式展開されたところで慌てるのも恐れるのも理由が無い。


「撃ちたいにゃら撃てばいいにゃ」


 ビシニアさんは、俊敏な動きでソーニャちゃんの前に飛び出てきて敵意が無いことを示すかのように両腕を広げた。


「ウチも大概もう疲れた。セッテフィウミのおうちがあるゼナはいい所だった。潮風は気持ちいいし、お日様もぽかぽかして、ゴロゴロしていても誰も文句にゃんか言わにゃい。牙人(ガトー)の子どもたちにも(にゃつ)かれているし、ウチはもうあの街で昼寝三昧のぐーたら生活し続けたい。でも、にゃんでかビシニアじゃなくて新月婦刃(ふじん)としてのウチを必要として嗅ぎつけてくる奴がひょっこり出てくる。逃げ場所にゃんて、この世界のどこにも(にゃ)い」

「そんなに嫌なら、止めればいいじゃない」

「……ウチが仕事しにゃかったら、犠牲になる子もいるもんにゃ」


 展開されていた魔法式が一気に霧散した。

 魔法杖を突きつけたまま、ソーニャちゃんは冷めた声でビシニアさんに語りかけた。


「依頼人、一緒に殺しに行かない?」

「そうやって邪魔な奴、目障りな奴、殺して殺して行くつもりかにゃ? ウチはオススメしにゃい」

「なんで?」

「その末路がウチ」


 二人の間で沈黙が降り、ゾグさんのため息が零れた。


「で、どうするつもりだビシニア。悪いが、お前さんを匿うことはできない。主義主張ではなく、この凍てつく島で寝人(ネト)のお前が生きていられるのは夏の今だけだからだ」

「気持ちだけありがたーく受け取っておく。……お遊戯(ゲーム)、しよっか。ソーニャちゃん?」


 ビシニアさんは、自分の髭を少し爪先で跳ねさせた。


「ウチはソーニャちゃんを殺すと取り返しのつかにゃいことににゃるから、絶対に止せって依頼人にゃー言ったけど聞いてもらえなかった。だから、ウチは根本的解決として、やっぱりマリーちゃんを殺す。現場の判断ってヤツで成功したら依頼人も納得(にゃっとく)する。ハッキリ言って、ソーニャちゃんを狙うにゃー単なるマリーちゃんと父親への嫌がらせにゃ。馬鹿馬鹿しい」

「マリーを殺すなら私はお前を殺す」

「うん、それにゃらいい。ヘルマート君のことだから、マリーちゃんはすぐソーニャちゃんを迎えに行かせる。ウチはその瞬間を狙う。それまで、誰も傷つけにゃい。ウチはウチが納得(にゃっとく)できない殺しはもうしたくにゃい」

「私は、その間に貴女を殺してもいいと?」

「ウチも別に死にたくにゃいから、攻撃されたら反撃する。だからお遊戯(ゲーム)にゃんだ」


 わたしは挙手した。


「乗りましょう。少なくともわたしは乗るつもりです。ビシニアさんも、魔人であるマリーちゃん相手に無策では無いのでしょう。なら貴女の提案と約束とルールをわたしは信じます」


 ビシニアさんは、わたしと対極の人間だけど似ている。目的が違うので絶対に相容れることができないだけだ。

 だからわたしは彼女を信じられるし、殺すことになんら躊躇いも無い。

 ソーニャちゃんは魔法杖を鞄の中に戻し、天幕(テント)の中を見渡した。


「この北海同盟に来てから――嫌いな人間に会っていない」

「ウチを真剣(マジ)に殺すつもりで撃ってきて、そりゃ(にゃ)いにゃ」

「マリーを殺すつもりなら殺す。でも、別にビシニア個人は嫌いじゃない。優先度の問題」


 ……まずいな。わたしはともかくとして、ソーニャちゃんはビシニアさんの情にほだす作戦に引っかかりつつある。

 やっぱり、ソーニャちゃんを戦力として換算してはいけない。

 何より、これ以上この子の手を汚させるのは良くない。ビシニアさんの言う通り、ソーニャちゃんは殺せば殺すほど歯止めが利かなくなり、墜ちるところまで墜ちてしまうだろうから。


「じゃ、これからお遊戯(ゲーム)開始だにゃ。――お互い、帰りたい場所や人間のために、命を懸けて」

「そうですね」

「わかった」


 万が一のために、遺書を用意しておかなくちゃ。

 わたしにどんなことがあっても、ヘルマートさんが、明日に向かって歩き続けられるように。

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