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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第七章 北の果てに魔女は往く
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第七章 2:必然と望まずの再会

 2


 客観的にわたしたち四人の状態を考えた結果、連邦王国からの出発はポール都で会った夜から丸一日休んでからという話に落ち着いた。

 マリーちゃんを殺し損ねた、去年わたしたちも交戦した魔法兵部隊――実験第一魔法小隊には、その名の通り第二、第三と複数部隊があると、ヘルマートさんはわたしたちに教えてくれた。なんでも、帝国にいた時から既に実験魔法小隊については調べていたことだそうだ。

 ともあれ、中でも第二小隊は第一小隊隊長の息子さんが隊長を務めているらしく、親の七光りでもなんでもなく本人の実力で勝ち取った地位らしいので連邦王国に長居することは危険だ。


 しかし、わたしたち四人の状態も悪い。


 まずヘルマートさんは、流血魔術の長時間行使によって魔力と体力を失っている。血液や左手の指はマリーちゃんの治療魔法で補ったものの、継続して行動できる余裕が無い。

 当のマリーちゃんも心臓付近を刺され、背中から至近距離で銃撃を受けた出血と治療魔法の行使でやっぱり体力と魔力を失っている。オマケに聞けば昨日からまともに食事を摂っていない状態なので、回復しようにも栄養が足りない。

 ソーニャちゃんは空腹でも耐えられ、魔力にも体力にも余裕がある素振りだったけれど、彼女を匿うのが今のわたしたちの最優先目的だ。


 よって、唯一まともに動ける状態のわたしが朝から、食糧の買い出しに向かうことになった。

 持参していた背嚢いっぱいにおイモを入れて、背負い帯に腕を通すわたしを見て、心配そうに平人(ヒト)のお爺さんは呆れ声を上げた。


「そんなにたくさんおいも買って、運べるんかいね姉ちゃん」


 やはり去年の因縁をなぞるかのように、わたしは三燕(ミツバメ)山の麓にある村で食糧を分けてもらうことにした。

 去年、この村の村民たちにわたしたち夫婦は顔を明かしていない。クラリッサちゃんがこき使――派遣したセッテフィウミ海運の平人(ヒト)の社員さんとギィジャルガさんが、一時的に小屋を借りて当時の拠点にしていたそうである。

 あのままポール都付近にいるのは良くないということから、移動先は距離的にも樹人(ジュト)の【森】が近くにあるという条件からも、三燕(ミツバメ)山は脛に傷ある者の潜伏先に選ぶことになってしまった。


 でも、それはそれとして背負ってみた背嚢は予想以上に重い。


「なん……とか、がんばれます」


 わたしは笑顔を作る自分の表情筋が揺れていることに自覚していた。

 確かに、これは肩に背負い帯が食い込んで痛いし支える腰にも負担がかかる。でも四人分の食糧となれば相応の量になってしまうのは仕方ない。

 本来は肉体労働より机に向かうのがわたしの得意分野だ。簡易な肉体強化魔法を起動して補っているけれど、地力や体格が貧弱なわたしでは、法式札の強化無しではあまり無茶ができない。


「村の入り口まで手押し車で運んでやるけぇ」

「あ、ありがとうございます。お願いします」


 お爺さんはおイモを入れていた小屋の中から、手押し車を持ってきて背嚢を乗せろと手で仕草した。わたしはもう遠慮せずにご好意に甘えることにする。

 せめて自分で車を押そうとしたけれど


「姉ちゃんじゃあひっくり返しちまうじゃろ」


 と返されてはその通りだとうなずくばかりである。わたしが最後に手押し車など使ったのは、生家の漁村から出て以来なので……十年近くは触っていない。止めた方が無難だ。

 ともあれ、村の入り口には後で連れが受け取りに来るという話を、お爺さんは親切に純朴に信じておイモを運んでくれた。


 ソーニャちゃんも、こういう素朴で見返りをとくに求めないお人好しな人間と触れ合う機会が増えたのなら、もう少しあの頑なな態度も和らぐのかもしれない。

 でも彼女自身が、他人の親切さや優しさを信用していないのを表に出してしまっているので、常人からは距離を置かれてしまう。悪循環である。

 わたしはソーニャちゃんについて、あまりよく知らない。調べる時間も無く、マリーちゃんの従者でいつも外出時には魔女のような三角帽子を被っている、主人と仕事時以外には無愛想極まりない小娘という噂くらいしか拾えなかった。

 でもウェイトレスをしていたという話は聞いたので、本気でやろうと思えば猫を被ることだってできないわけじゃないみたいではある。


「んじゃ、ここらでええじゃろ。本当言うと姉ちゃんの連れ見てみたくて運んできたんじゃけども、まだみたいじゃね」

「そうですね。重かったでしょうに、ありがとうございました」

「せっかく買うてくれたもんで身体壊される方が気分悪いかんの。ま、あんまり姉ちゃんに構っていると、うちのばあさんに叱られるでな。ほんじゃ気をつけてな」


 お爺さんはおイモの入った背嚢を地面に降ろすと、手押し車を翻して軽く手を振ってあっさりお別れしてくれた。

 見るからに怪しい他所者の若奥様に対する態度としては、どうなのだろう。口止め料も含めて多めに支払え、という夫の助言が効いたのだろうか。

 それとも、この三燕(ミツバメ)山は去年の一件などから、怪しい人間はあえてあまり深く詮索しない方が安全だという教訓がこの麓の村では染み付いているのだろうか。


「まぁ、とにかく運んじゃいますか」


 状況を考えると、ぐずぐずしているとわたしも危ない。

 わたしの顔も、去年交戦した魔法兵さんがヘルマートさんの顔を見ていたうえで生存していたのなら、既に連邦王国軍に割れている。

 この村の村民たちがわたしを庇う義理など無いので、最悪今晩にでも山狩りが行われる可能性だってあるし、わたしは今もどこからか誰かに狙われているかもしれない。

 そう思いながら、とにかく重い背嚢を背負って山側の方へと迂回する道を歩いていると、向こうから一人の女性が歩いて来るのが見えた。


 わたしは足を止めて、背嚢を降ろした。

 その女性の霊脈からうかがえる魔力量は、平人(ヒト)並みより高い。

 何より、とてもフレームが太くて大きい眼鏡と、その奥にある鳶色の瞳に見覚えがあったから。

 枯れ草のような薄い茶色の髪をぼさぼさに伸ばした、三十代にも四十代にも見えるその女性は、軽く山歩きでもするかのような女性らしからぬ服装で、ニヤリと笑った。


「あらまぁ偶然ですこと。お久しぶりですわね、ドロテアさん」

「そうですね。まさか、工房どころかツェズリ島から出てくるほど意外と足が軽いだなんて知りませんでしたよ――トンビ姐様」


 わたしは夫が言いそうな言葉を選び、知人との思わぬ再会を笑顔で迎えることにした。

 トンビ――というのは当然あだ名なのだけれども、彼女は口寂しそうに何かを摘むような動作で指を振って、やはり笑顔で応えてくれる。


「ハゲタカさんとのご結婚、一年越しになりますが心より祝福致しますわ。でもハゲタカさんの姿が見えませんわね? もう別れてしまわれたのかしら?」

「夫とは今、別行動で。それより、万年工房から出てこないで研究と魔法具造りにしか興味がないトンビ姐様が、なぜこのような所に?」

「口の悪さが旦那様に似てきたようで」


 ニコリとお互いに笑って見せ合う。


 トンビ魔法具技師。冒険者の島、ツェズリ島で竜還(ドラゴンバック)魔法具工務店を営んでいる女性である。

 夫は以前、彼女をこのように評価していた。

『実力の底が見えない』『平気で人体実験ができる、倫理観が無い化け物』『研究にしか興味がない引きこもり』『魔法具技師としては――とくに飛行系魔法具に関しては天才にして異才』。

 わたしも彼女に魔法具技師の端くれとして多少師事してもらったことはあるけれど、同感だ。

 なら、どう考えても、今、この場での再会は、偶然であるはずがない。


「二日前――ツェズリ島に魔人が現れまして」

「ええ、知っています」

「さすがですわね。相も変わらず世俗に聡いお嬢さんですこと。わたくし、一度魔人――といいますか、魔人並の魔力量を持った者にしか扱えない魔法具を実験してもらいたかったのですが、アトラ様にキツく止められまして。それで、島から出て行った後に追いかけに来た次第なのです」


 夫の親友であるアトラさんは自他共に認めるバカだけれども、やるべきことを見定める目と速さに関しては常人離れしている。

 そんな彼でも、さすがに島から飛び出す彼女を止めることはできなかったようだ。殺すつもりで槍を()っていたのなら止められたのかもしれないけれども、トンビさんはアトラさんの本気の投擲ですら避けうる底知れなさがある。


「たった二日であの島からここまで来れるなんて……どんな魔法具を使ったんですか?」

「うふふ。企業秘密ですわ。それで、あの山に二人――魔人のお嬢さんたちがいらっしゃるんですわね?」

「霊的観測すれば一目瞭然ですからね。トンビ姐様こそ、相変わらず観測魔法具の扱いが達者なようで」

「ドロテアさんとハゲタカさんご夫婦は、匿っていらっしゃるのですわね?」


 何もかもお見通しらしい。

 さて、どうしようかしら。


 一つ、今すぐこの場でトンビさんを殺す。

 でもそんなことはできたら苦労はしない。彼女の底知れなさは、わたしより魔法観測に詳しい夫の保証付きだ。わたしがたった一人で敵う相手ではない。


 二つ、とぼける。

 無理がありすぎる。マリーちゃんはハゲタカのことを聞き回っていたそうなのだから、彼の妻であるわたしが今この場にいることが彼女たちと関わっていることの証左だ。


 三つ、正直に答える。

 何もかもバレているのだからこれはトンビさんにとって、確認作業にしかならない。けれど、会話の主導権は確実に握られる。


 わたしは腰の鞄から金属環(リング)で連結した法式札の束を取り出した。


「そうですね、だからトンビ姐様を生かして帰すわけにはいかなくなりました」

「あらあらまあまあ。そんなはしたない真似をしてはいけませんわ。わたくしが今この場にいることが、魔人の怒りに触れたくない、命が惜しいということだと受け取っていただけませんこと?」

「怖いのなら、追ってくる必要はありませんよね? 油断や隙をうかがっているのなら、やっぱりここでわたしがトンビ姐様を殺します」


 わたしが一人でいる所を接触された時点で、もう相手に主導権は握られていたのだ。

 なら、わたしができることは残り少ない。交戦するように見せかけて、連絡用の法式札を起動してヘルマートさんに軍ではない、別件の脅威が近づいていることを知らせる。これをわたしの命と引き換えにやるのが精一杯だ。

 わたしはその意図をトンビさんに悟られないよう、無謀で献身的で狂った奥様を演じなければいけない。


「ドロテアさんは、わたくしの弟子として今も期待している逸材なのですわ。このような所で命を投げ出すような真似は、わたくしとしても本意でないことをおわかりいただけませんこと?」

「なら、わたしの顔と腕に免じて今すぐこの国から出てってツェズリ島に帰ってください」

「はい、そうしましょう」


 意外にもあっさりとトンビさんは両手を挙げて降参の意志を見せた。

 わたしは警戒心を解かず、法式札を手にしたままだ。

 トンビさんは大仰に首を横に振って、わざとらしくため息をつく。


「アトラ様といい、ドロテアさんといい。ハゲタカさんのためにこうも必死になる方がいるなんて。これはもう完全に想定外ですわ。わたくしは一介の技術屋に過ぎませんのに、交渉や荒事は苦手ですのに、なぜこうも警戒されてしまうのでしょうか?」

「人体実験を止めたり、裏社会の方々との取引を控えればもう少し信用が得られるかと」

「研究にわたくし妥協はしない主義ですので。では、またいずれごきげんよう、ドロテアさん」


 トンビさんは、何もしないままわたしの傍を通り過ぎてとぼとぼ道を歩いて行く。

 これは、本当に()()()()()何もしないで帰るつもりなのだろう。


 彼女は何が目的だったのか。

 少し考えた結果、これはわたし個人に対する揺さぶりなのだと判断した。

 確かにいくら消耗しているとはいえ、今も勝手に山の中でイノシシでも狩って料理しているかもしれないマリーちゃんを怒らせてしまえば、トンビさんでも命は無いだろう。

 ソーニャちゃんですら危ない。彼女も極めて高度な殺傷力のある魔法を精密に操ることができる魔法使いである。


 わたしたち四人の中で最も弱いのはわたしだ。

 接触の危険性がトンビさんにとっても低い相手であり、ドロテアという人間は人間の心が無いあたりも含めて、協力と脅しがしやすかったのだろう。


「さて、どうしようかな」


 おイモでいっぱいの背嚢を背負い、再び歩きながらわたしは考えた。

 とりあえず、夫のヘルマートさんには黙っておこう。あの男性(ひと)は今の出来事を知ってしまえば予定を翻して、ソーニャちゃんを守るために戦力を全投入することを選ぶ。

 でもわたしは、ヘルマートさんが一度ご実家に帰ってやらなければいけないことを後押ししたい。


 なら、わたしはたった一人で様々な人間の悪意と思惑が渦巻く中で、ソーニャちゃんを絶対に守りきらなければいけない。

 わたしは弱い。ヘルマートさんほど情報通でも無い。ただ、目前にした人間の考えていることはなんとなく大体、妙に自信を持って読める根拠無き確信がある。


「なんだか、楽しくなってきましたね」


 すごく重い。

 一歩間違えれば、何もかもお終いだ。それほど、マリーちゃんという魔人にソーニャちゃんという魔女は危険なのだ。

 それを理解して、トンビさんはどうやら自分の研究とやらがしたいらしい。

 わたしも彼女たちの恐ろしさを理解して、ソーニャちゃんと仲良くしなければ自分の命どころでは済まされない事態になるのが、なぜだか楽しくて仕方ない。


「やっぱり、あなたを選んで良かった。あなたがわたしを選んでくれて、本当に良かった」


 さあ、数え切れないほどの命を懸けた、楽しい楽しい子守りの始まりだ。

 こんな最高の、生き生きと死ぬことができそうな人生をくれるから、わたしの旦那様は素敵なのだ。

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