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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第七章 北の果てに魔女は往く
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第七章 北の果てに魔女は往く

 1


 夫のヘルマートさんとマリーちゃんたちが帝国へと旅立つ前に、ソーニャちゃんを大人しく隠れさせる場所と手段は揉めた。

 わたしたちはお別れの挨拶をしたばかりのマリーちゃんとソーニャちゃんたちの雰囲気をぶち壊す現実的な話をするしかなかったのだけれど、マリーちゃんはちゃんとそれを受け入れて自分から意見を真っ先に言った。


「ぼくはソーニャも土地勘のある共和国にいったん戻った方がいいと思うな。共和国の樹人(ジュト)の【森】にでも隠れておけばいいんじゃない?」

平人(ヒト)が自分たちの棲み処の【森】に潜入した時点で樹人(ジュト)はキレますよ。ご冗談はよしてくださいマリーお嬢様」

「そうかなぁ。ソーニャが本気を出せば【森】を一撃で半壊くらいはさせられるわけだから、それを知ったら樹人(ジュト)だって大人しくするし、共和国の樹人(ジュト)が連邦王国側のアレコレに関わるのは嫌がると思うから悪くないと思うんだけど」

「マリーお嬢様、ソーニャ様の今後を考えれば無駄に敵を増やす選択肢は避けた方がいいです」


 マリーちゃんは、ヘルマートさんのその一言で「むぅ」と唸って黙った。話題の中心であるソーニャちゃん本人はただ事態を見守って黙っている。

 今度はわたしが挙手して、自分の意見を述べた。


「ツェズリ島――冒険者の島ならどうでしょう? 事実上自治権を得ているあの島でなら、連邦王国だけでなく色々な国は手を出しにくいですし、氏素性を問わないのが基本です。それに、去年まではわたしもあの島に住んでいましたし――ハゲタカの身内だとすれば、匿うのに協力的になってくれそうな人間はたくさんいます」

「俺もドロテアさんの意見に賛成ですね。それこそ同じ樹人(ジュト)ならあそこの樹人(ジュト)の方がマシですし」

「あー、ごめん。たぶんそれ駄目」

「うん私も駄目だと思う」


 マリーちゃんとソーニャちゃんは互いにうなずき合っていた。

 ……何か嫌な予感がする。


「昨日の今日で、ちょっとツェズリ島に行ってきて、ギルド本部で……なんというか、その、お話しやすくするために……ね?」

「みんなマリーを怖がるから放電魔法で脅迫して黙らせた」


 魔力点火するつもりのない魔法式が一瞬、ソーニャちゃんの右手から展開された。


 若い子たちの行動力は高い。そこに魔法が加わればもう歯止めが利かない。

 そして、ツェズリ島に二人が行った理由はもう言わずとも察することができたので、わたしはため息を殺してなんとか笑顔を保つことにした。

 それほど派手に暴れて、おそらくハゲタカ――ヘルマートさんの聞き込みをしたのなら、もう二人はあの島で取り返しがつかないほどの有名人だろう。


 マリーちゃんは、ヘルマートさんの顔色が明らかに悪くなったのに気づいたのか慌てたように話題を取り繕った。


「え、えと、お兄ちゃんのお友達っていうアトラって平人(ヒト)に会ったけど、バカそのものに元気だったよ」

「あ、はい。あのバカはそういうバカなんで知ってます。あいつの言う俺のことは話半分くらいで聞いておいてください」

「友達は大事にしようよお兄ちゃん」

「これが俺とアトラの仲なんで。しかしあのバカはバカだから駄目だし、ズゥクジャーン師は……血の臭いでたぶんソーニャ様を信用しないな。樹人(ジュト)もズゥクジャーン師が信用しない人間は信用しないだろうし……うわぁ詰んじゃった」


 夫がこんな態度を取る時は、本当は他に策を用意している時だ。自分より良い案を誰か持っていないか――わたしあたりに期待してふざけた口ぶりをする。

 仕方ない(ひと)


「寄生干渉魔法って、顔や髪の毛まで変えられますよね?」

「嫌だ。ぼくはぼくのソーニャは弄りたくない」

「私も嫌。私は私。ちびでそばかす魔女のソーニャ」


 うーん、年頃の女の子らしくとても純潔。頑として聞く耳を持たない態度だ。

 時と状況を選び虚実を使い分け続けて自分が何者かわからなくなってしまったわたしにとっては、少し羨ましくも恨めしくもある。

 ともあれ、わたしも寄生干渉魔法の身体構造変化による整形に危険性や弊害が無いかまでは、詳しく知らない。ヘルマートさんの方が詳しいのだろうけれど、顔を覗くとこの方面での説得を諦めたように見える。


「では、あまり気乗りしない提案なのですが――北海同盟に一時身を寄せるのはいかがでしょうか」


 ヘルマートさんは言葉通りに意気込みの無い表情で提案をした。わたしは()()()()()()即座に反論する。


「わたしたち二人とも、北海同盟の言葉を喋れませんよ?」

「連邦王国とは一応交易や外交しているので王国語を喋られる奴は多いです。ドロテアさんがいればなんとかなるでしょう」

「私は北海同盟って国、全然知らない」


 ソーニャちゃんは正直に今言ってもらって助かることを言ってくれた。

 世界各国の歴史や情勢に、わたしたち四人の中で一番詳しいのはたぶんわたしの旦那様だ。マリーちゃんも案外知っているかもしれないけれど、年齢差は大きい。

 わたしとは正反対に、ソーニャちゃんは自分が何者なのかよくわかっている。


 ヘルマートさんはわたしに教えるのと同じように、解説を始めた。


「連邦王国よりさらに北、帝国の南端と同経度あたりの北海の島国です。寒さに強い森林が豊かで、火山活動が活発なので農耕地もなんとか確保でき、不凍港もあり、古より北海を経由して東西を行き来する航海拠点として重要な島で在り続けています。

 ……なーのーで、大陸諸国はこの権益を得るために……とくにこの連邦王国は何度も侵略しようとして、結果的に敗北するわ逆に一族郎党寝返りこかれるわと、まぁ世話になっているくせに目の上のたんこぶに正直思っています。ここだけの話、帝国側としても同じような気持ちです。

 列強国の中でも現状指折りの連邦王国に、魔法帝国ですら手こずらせ自治権維持を認めているのは、北海の凍てついた自然環境を味方にしているのが大きな面もありますが、理由は幾つも重なっています。本土防衛においては世界各国を見てもこれほど磐石で大きな島国は北海同盟と帝国だけでしょう。

 とくに北海同盟の守護者とも言える種族が、北海最強の人種である凍人(トド)です。冬の氷山浮かぶ海をシャチやアザラシと同じ感覚で普通に泳げるうえに、牙人(ガトー)鱗人(リト)と同じくらいに巨躯(でか)くて屈強(つよ)い。船を必要としない海賊であり水軍であり、オマケに陸地に上がってもやっぱり強い。

 これに部族間の連絡や交易を担当する吠人(バイト)の部族に、凍人(トド)吠人(バイト)に守られていることを自覚している樹人(ジュト)たちがニ種族を支えつつ裁定者ともなっており……現状平人(ヒト)がデカい面できない数少ない国の一つです。一応、平人(ヒト)の住民もいますけど少数派ですね。

 長くなりましたが、まとめると王国も帝国も迂闊に手出し出来ない、その点だけ言えば潜伏先には最高の国です」


 わたしも知らないことばかりのお話だった。連邦王国では吠人(バイト)樹人(ジュト)の部族や集落も多いので、寝返りした方々も少なくないのだろう。

 わかりきった質問はわたしの仕事なので、夫にわたしは問いかけた。


「じゃあなんで真っ先に候補に上げなかったんですか?」

「北海同盟の皆さんは魔人が大嫌いなんです。魔人も正直北海同盟が目障りで、歴史的にも因縁があります。世界征服とかいう馬鹿げた妄想を抱かせた原因の一端は、北海同盟への復讐もありますね」

「私は魔女だから実質魔人と変わりないようにしか見えないってわけね?」


 ソーニャちゃんは三角帽子を揺らして、ヘルマートさんの意義を理解したと表現していた。


 霊脈を活性化させてマリーちゃんとソーニャちゃんを見れば、この二人の保有魔力量が平人(ヒト)のそれでは無いことは一目瞭然だ。

 魔人のマリーちゃんはもう完全に人型に光り輝いている。以前見たジラルド子爵総領様より魔力量が高い。さすがは格上の伯爵家の娘なのだけれど、これで物足りないというのだから本当の伯爵様ともなればどうなってしまうのだろう。

 一方でソーニャちゃんも、薄い光で作られた人型の霊脈の中に、脊髄が強く輝いている状態だ。わたしはヘルマートさんが『常人の十五倍程度』と評価したアトラさんの霊脈最大励起状態を見たことがあるけれど、あの平人(ヒト)が本気を出してもここまで輝きは強くなかった。


 いずれにせよ、これで霊脈非活性化状態なのだから魔力量で言えば魔人と同じである。角があろうと無かろうと、夫から聞いた話によればそれは根元的には問題ではないのだから。

 魔人を嫌う国に、実質的に魔人にしか見えない少女を匿うのは確かに難題だ。

 でも、わたしの旦那様は子どもにはとても甘い。決して無理ではないから口にした提案なのだろう。


「あなた、ソーニャちゃんを受け入れてもらえるアテがあるんですか?」

「……これは賭けになりますが、正直に言えばいいだけの話です。ヘルマートの妻とその大事な客人であると。諸事情あって、少しの間世話になりたいと。凍人(トド)のゾグ酋長か、樹人(ジュト)のララカナ森の連中あたりに話を通してもらえれば、ほぼ確実に了承してもらえます」


 ヘルマートさんは苦々しいものを噛み締めたような、寂しそうな目つきで焚き火を見つめていた。

 結婚する前に、ヘルマートさんという名も教えられていなかった頃に、この男性(ひと)は『北海同盟で叔父は地元の樹人(ジュト)を守るため溶岩に呑まれて焼け死んだ』と教えてくれたことがある。

 叔父上様が命懸けで繋いでくれた原住民の皆様の信用を、甥の妻が借り受けようというのだ。


 ……うーん、これは確かに恩義とほぼ関係の無い人間だ。わたしも精一杯交渉の努力はするけれど、ソーニャちゃんまで受け入れてもらえるかは怪しい。

 でも、わたしの旦那様がわたしを信じて任せてくれたことなのだ。

 できるかできないかではなく、やらなければいけない。

 ヘルマートさんと結婚したのはこのような場面で妻のわたしが支えるためなのだから。


「ソーニャちゃんは、いい?」

「私はこそこそ隠れるのは嫌い。私は魔女だから嫌われて当然。それならいっそ、お前は嫌いだってちゃんと言ってくる連中の方が、ずっとマシ」

「一応言っておくけどソーニャ。殺しちゃ駄目だよ? 凍人(トド)は正々堂々真正面から襲い掛かってくる連中だから、ソーニャなら殺さずに済ませられるだろうけど、暴力はできるだけ無しで」

「…………努力する」

「うん、いい子だ」


 マリーちゃんはソーニャちゃんを抱きかかえて頭を撫でており、ソーニャちゃんは少し照れ臭そうにしている。

 青春だなー、と感慨深く思いたいのだけれど、この娘たち女の子同士なのに、いいのだろうか?

 夫に目配せすると、何かを諦めたかのような顔つきで首を横に振った。魔人には常識が通じないのか、魔女と意固地に自称する少女は理解不可能と諦めたのか、その両方なのだろうか。


「あなたもたまには、わたしをあれくらい愛してくださると嬉しいんですけど」

「……人前じゃない所でなら、善処の考慮の努力はしてみます」

「仕方のない男性(ひと)


 気がつけば、自然に頬が綻んでわたしは笑っていた。

 ヘルマートさんは、帝国に行けばもう生きて帰ってこないかもしれない。

 だから曖昧にごまかしたのだと、わたしは解釈してあげよう。

 死地に何も言わず見送るのが、きっとわたしの旦那様が望むわたしの在り方なのだろうから。

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