第六章 3:決闘という名の見世物
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決闘は申し込んでからの翌朝となった。
立会人としてマリー様が呼びつけたユニカ伯爵家の皆様が、数年ぶりに帰ってきた家出していた長子との再会しか頭に無く、子爵ラガーフォイア邸は伯爵ユニカ家に乗っ取られた形になったからである。
当たり前だが家出娘を叱りつけるのは貴族であろうと平民だろうと変わりない。オマケに古今東西からよくある例で、生家から別環境に放り出されたお坊ちゃんお嬢様にありがちな、すっかり俗世じみた外観になられたことについてはもう聞き飽きるくらいに言及されていた。
ユニカ家の髪は青白く直毛、瞳も瑠璃色と伝統的に定められている。角に至っては寄生干渉の属性家系は額の一本角と魔人の中でいつのまにか決まり事になっており、マリー様はそのいずれも全て破ってしまわれたのだから、叱られるのも致し方ない。
マリー様の外観の主体となった、羊の良し悪しの議論にまで発展したあたりは逆に面白くなって聞いていた。ちょっと口出しすらしたくなった。藪蛇なので黙っていたが。
ただこれまたよくある例で、叱るのはご両親ばかりで妹のメルセリーナ様はひたすらマリー様に抱きついていた。額の一本角がやたら危険なくせに、どうもこの一家はすぐに抱擁したがる。メルセリーナ様は見た目通り姉の盾となって、両親からの叱責を留める役割を果たした形になったと言える。
なお、なぜ部外者の俺が伯爵ユニカ一家の再会の場面にいたのかというと、理由は簡単だ。
「全部お前が悪いのだろう!」
全くもってその通りであり、お怒りごもっともである。
ユニカ家ご当主様――マリー様のお父上は俺を拘束して逃がさなかった。あとで尋問する気で客室の隅にほっぱらかして、延々喧々諤々と一家揃って言い合いして、結局夜も遅くなったので解散。
俺の処遇と尋問は決闘の後ということになり、なんのために家族喧嘩を見させられたのやら。
羨ましいと思うばかりの時間であった。マリー様は叱られてばかりだったが、やられてばかりでもなく言い返してはご両親もアレやコレやとうんぬんかんぬん。
そのうえお互い、誰かが喋っている間は口を挟まないしきちんと意見を聞く。家族全員がそれぞれを尊重なされているようで、喧嘩できるほど仲の良い一家なのである。
俺は、帰ってきたとはいえこのラガーフォイア家が自分の家族なのだという実感が無い。三つ、四つの頃に叔父に預けられて、主君家と分家家臣であるという区分けがハッキリされていたので、流れている血が同じだということは意識していなかった。
あの、北海同盟での融和工作にヒリアス次期ご当主様が出張ってくるまでは。
叔父さんも当時困ったように教えてくれたが、当主を引き継ぐにあたって一つくらい功績が欲しかったのだそうだ。ヒリアスの得意分野はもっぱら書類仕事と、内政管理の二つだけであり魔法に関しての腕前は今一つだったのを、他の貴族たちからは揶揄されていたのを気にしたようで。
結果、北海同盟という島国がどういうものなのか、あの国の主な住民種族である凍人と樹人と吠人がどういう能力を持つ種族なのか、知りも調べもせずに火山を魔法で自然災害に見せかけて噴火させてしまった。
自作自演で向かわせた救援作戦部隊は、怒り狂った凍人と吠人の連合軍を、全貌を知る樹人が補佐するという形で攻撃されて壊走。功績どころか恥晒しとなった。
この事件で俺は帝国と生家を見限った。そして、同時に今までただ主君と傅いていた同じ血を引く本家の人間たちは、想像よりもはるかに愚かで俺と大差のない馬鹿なのだと思い知った。
だから、奇妙な話だが俺は家と故郷から飛び出してから、ヒリアスは兄なのだと認識を改め、怨み憎み呪って今まで生きてきた。
それも、いい加減終わらせよう。
※
ヒリアス・ラガーフォイアは不機嫌だった。
思い返せばこの所何一つ吉報や朗報など無かった気もするが、昨日突然現れたユニカ家のせいで予定は何もかも滅茶苦茶になった。
弟――などと認めたくはないが、血縁上は間違いない愚弟との決闘は、邸宅の前の草原で行われることになった。
立会人はユニカ伯爵家の四人全員に、ヒリアスの妻子である。
今年で九つになった息子のホルムは、あろうことか父であるヒリアスを心配するような焦燥混じりの目で見つめている。
この嫡男の軟弱な性格を、ヒリアスはどうにか改善できないかと頭を悩ませている。何事にも腰が引けて臆病であり、人見知りが激しく文献を漁りペットの犬と戯れている時くらいしか笑顔を見せない。
その点、魔力量は物足りないが今年で六つになったハイダの方がまだ性格的に跡継ぎとしての素質がある。物怖じしない性格で魔法の扱いも、既にホルムに追いつき追い越しそうだ。
最悪の場合は、嫡子権をハイダに変更しホルムを魔力継承させることも考えるべきかもしれない。
「おい兄貴。気もそぞろだな。寂しいじゃねぇかこうして兄弟喧嘩するのなんて初めてなのに、俺に構ってくれねぇなんてよォ」
出来損ないにふさわしいみすぼらしい外套を羽織ったヘルマートは、貴族の血を引いていると信じたくないくらいに汚い言葉遣いでヒリアスに話しかけてきた。
もうこの男に話すことなど無い。決闘開始と同時に灰にする。
脳内で魔法式は既に構築し終わっている。ただし物理世界に展開するのは、決闘開始の合図の後でなければいけない。
「それでは。双方用意はいいですか?」
ユニカ家次期当主であるメルセリーナがヒリアスとヘルマートの顔をそれぞれ見比べた。
ヒリアスは頷き、ヘルマートは口を拭うように腕を振ってから、中指を立てて突きつけてきた。どこまでも下品な男である。貴族の誇りをかけた決闘をなんだと思っているのか。
「よろしい。――それでは、始め!」
メルセリーナが手を振り上げた瞬間、ヒリアスは右腕を伸ばし自分の目前までヘルマートの周囲広域を超高温に引き上げる魔法式を物理世界に展開した。
「――?」
だが、右腕の先にはヘルマートがいつのまにかいなくなっていた。
どういうことだ。
その思考を最後に、ヒリアスの意識は暗転した。
※
「……勝者、ヘルマート」
整った面立ちを呆けさせたメルセリーナ様の声を聞きながら、俺は空中から体重を乗せて兄貴の頭をぶん殴った拳を指差すように変え、立会人であり治療魔法の専門家たるユニカ家の皆様の方に向き直った。
「申し訳ありませんが、治療をお願いします」
しかし、ユニカ家の皆様は何が起こったのか理解できていないらしく、気絶して伸びているヒリアス子爵様を信じられないという目つきで眺めていた。
結局俺の勝利を確信していたマリー様が真っ先に動き、うなじと頭部に手を当てて視線で妹のメルセリーナ様に合図した。
すると、メルセリーナ様が白いドレス姿のまま駆け寄ってきて、同時に俺の甥である――名前なんだっけ? ――少年が、父であるヒリアスに駆け寄った。
「父上、大丈夫ですか!?」
「姉様、わたくしにお手伝いすることが?」
「手伝うっていうか、ぼくこいつ嫌いだから治療したくない。たぶん大丈夫だと思うしメルセリーナの方が上手だから、治療はお願い」
あまりにもあんまりなマリー様の態度に、甥の少年は涙目でメルセリーナ様に縋りつく。
「お願い致します、メルセリーナ様。父上を……」
「姉様が大丈夫だと言ったのならメルセリーナは大丈夫にしてみせます」
……メルセリーナ様、幼少期よりさらに姉への愛が偏執的になっていないか?
昨夜ずっと泣き腫らしながらマリー様に抱きついていたことから危うく思っていたし、今の無体なマリー様の一言を好意的な部分しか耳に入れていない様子だ。
まぁ実際メルセリーナ様に任せれば大丈夫だろう。幼少期の時点で、俺が冒険者をやっていた時代に何度も世話になった桃ちゃん先生というふざけた名前の魔法医がいたが、奴より腕が良かったので。
「叔父上さま。お聞きしたくぞんじます」
舌足らずな幼女の声に振り向くと、俺が帝国を飛び出した時にはまだ生まれていなかった姪の――名前は教えられていない――幼子が、小さな手を挙手していた。
「どうやって父上に勝ったのですか?」
「ちょっとした手品です。汚い有り様、ご容赦を」
俺はハンカチを取り出して、口の中から肉体強化用の法式札を吐き出した。
さすがに涎まみれのそれを見せるのは問題なので、腰の鞄の中に入れている金属環で連結した法式札の束を立会人の皆様に見えるよう、俺は掲げた。
「この法式札を口に含み、肉体強化魔法を起動させました。口の中も体内である以上、口さえ閉じていれば魔法式の確認はできません。純粋な肉体強化魔法と同じ原理で相手にバレず、魔法起動ができます」
「わかりました。でも父上はいつのまにか叔父上さまに殴られてしまいました。どうやったのですか?」
「人間の死角は背後と頭上です。とくに観測魔法が貧弱な熱量操作魔法使いはこの点を克服し辛い。ようするに、決闘開始の合図と同時に俺は兄上の死角になる位置まで高く跳んで、棒立ちしている兄上を空中から殴っただけです」
兄貴にはさんざん挑発しておいたので、起動の遅い広域高熱魔法で逃げ場のない俺を焼き殺すよう思考誘導しておいた。
大体兄貴の魔法式は無駄が多いので、莫大な魔力量にものを言わせた大技は発動が遅すぎる。一対一の決闘で使ってはいけない。本来は後方から援護射撃として使うための攻撃魔法だ。
「……貴様、魔法は使わないと言ったではないか。騙し討ちで勝利を得るとは、恥ずかしくないのか」
「父上!」
メルセリーナ様の治療魔法ですぐに意識を取り戻したらしい兄貴は、くぐもった声でよろめきながら起き上がり、俺を恨めしそうに睨みつける。
俺は肩をすくめた。
「法式札は厳密には魔法ではありません。魔法具です」
「言葉遊びで誇りをかけた決闘を愚弄するなど……」
「いい加減認めてはいかがですか、ラガーフォイア子爵様」
治療を終えたメルセリーナ様が、笛のような心地良い声で冷たく叱責の言葉を放った。
そして、周囲にいる立会人の姉のマリー様や大人たちに俺も見回し、その細腕を俺に伸ばしてきた。
なんとなくメルセリーナ様の意図を察し、俺は手にしていた法式札を渡す。
「確かにヘルマート様はある種の騙し討ちで勝利しました。しかし、今回の決闘の約定において、魔法具や武器の使用は禁じられておりません。
そしてヘルマート様が失踪していたこの六年の間に肉体強化魔法を自力で使えるようになるまで研鑽していた可能性を考慮していなかったのは、完全にヒリアス様の手落ちと油断です。
むしろ問題は、こうして道具を使えばただの平人でも子爵家当主を打ち破れることが脅威です。魔法を使えぬ下等人種であるはずの平人に、油断すれば我々魔人は敗北する。
その危険性を訴えるための見世物が、姉様とヘルマート様の目論見だったのではないですか?」
メルセリーナ様は、周囲の人間たちに法式札を見せてそうおっしゃられた。
まぁ、実際のところ、肉体強化魔法は個人個人で身体の造りが違うため、法式札で強化することは難しいのだが、このあたりはドロテアさんのおかげである。結婚前に実家への挨拶へついていくと言った俺の奥様の予定が狂ったせめてものお詫びも兼ねたものだ。
正直、魔法が使えたら使えたらで俺は同じことをして普通に勝てた自信がある。そのうえで法式札を使ったのは、正にメルセリーナ様の推測通りだ。
マリー様は、メルセリーナ様に抱きついた。
「うん、よくわかったね! さすがメルセリーナだ。一家みんなを呼んだのはこういう理由なんだけど、自分から気づいてくれる誰かが一人でもいてぼくは今とても安心している。メルセリーナだったのは、最高に嬉しいことだけど!」
「姉様、褒めすぎです。それに、全く喜ぶべき状況ではないことがこれで確信を持てました」
そう言えば、メルセリーナ様もマリー様ほどではないが国外に興味をよく持たれているお方だった。最新の恋愛小説や娯楽雑誌などを入手してきて欲しいと頼まれたことは多く、俺が帝国を出てからもそういったことを続けていたのなら、相当外の世界に詳しくなっているはずである。
「帝国が世界に対して征服支配を行う時、尖兵となるのは子爵と男爵であり、伯爵家は指揮を取る予定です。しかし、子爵が平人と交戦して一対一でこの有り様なら、我々は外の世界への認識を改めなければいけません。
我々魔人は魔力継承によってこれだけの魔力を数百年に渡って積み上げてきた種族です。故に、異郷の地で爵位を持つ魔人の戦死者が出た場合、魔力継承は果たされず我々帝国の戦力は瞬時に磨り減ります。
誤解を恐れずに、ユニカ家次期当主として申し上げましょう。このままでは我らが祖国、帝国は早晩滅びます」




