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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第六章 太陽も狂う帝国で
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第六章 2:兄弟喧嘩

 2


 いくつかの集落や村を周ってラガーフォイア子爵領領主の評判を聞いたが、やはり何も問題は無かった。誰に聞いても褒めちぎるばかりである。

 帝国の魔人たちはもはや平民たちからは崇拝に近い存在として扱われている。移民して何代も重ねてきた人間はとくにそうだ。ただ、崇拝とは畏敬であり、恐れあってこそなのだ。

 その点、現ご領主殿は畏敬されつつも必要以上に恐怖を撒き散らしていない。逆に舐められてもいない。いやはや俺と同じ両親から生まれたとは思えない良き統治者っぷりだ。


「聞いた限り、平人(ヒト)の召し抱え頻度もそれほど大したものじゃありませんね。厳選しているんでしょうかね」

「さぁ? ぼくもお兄ちゃんも帝国に帰ってきたばかりだし、直接聞けばいいんじゃない?」


 いつまでたっても半端な明かりだか翳りだかが天蓋を覆う帝国の空の下、マリー様は大変不機嫌な様子だ。俺は何度も「統治が良いに越したことはない」と説得しても、聞く耳を持ってくれない。

 しかし、俺はマリー様の霊脈を――子爵家当主級の魔力量ともなればもはや完全な人型となるのだが、それを見て再会した時から聞こうと思っていたことを、ラガーフォイア邸が見えてきた今、聞いておこうと思った。


「マリーお嬢様は、召し抱えた平人(ヒト)や旅先で平人(ヒト)を食べたりしましたか?」

「してないよ。ぼくの舌と目はうるさいんだ。好きでもなんでもない平人(ヒト)を殺して食べるなんて、そんなの豚や鶏と同じ扱いだ。人間の尊厳を踏み躙っている」

「俺が言うのもなんですけど、マリーお嬢様は魔人の理想を高潔に実行しすぎてやしませんか」

「父上も母上も(メルセリーナ)もそうしている。ユニカ家はそういう家なの」

 

 魔人としては偏食家として表現しても良いのだが、俺は安心した。

 マリー様の魔力保有量は、幼いあの頃のまま全く成長していない。平人(ヒト)を食べて魔力継承し、魔力を増やしたわけではないのだろうということは察していた。

 よくこれでユニカ家は伯爵位認定魔力を保てるものだとも思うのだが、それこそ選り好みして魔力継承効率が良い関係を築いた上で、殺して食べているのだろう。それはそれで狂気の沙汰なのだが。


「魔人の家に召し抱えられた平民の平人(ヒト)は、食べる目的で召し上げられているってこと、相変わらず伏せているんですね」

「当たり前だよ。平人(ヒト)を手当たり次第に貪り食う野蛮な種族だって勘違いされたくないもん。ぼくらは高潔な貴族にして魔人で、料理して食べるのは愛情の証なんだって、簡単にわかってもらえないんだってわかっている。悲しいよね」


 マリー様の声は憂いを帯びていた。

 俺が見るに、マリー様は国外に飛び出したおかげでずいぶんと世間擦れなされた。魔人が異人で狂った種族だと客観視しているところがある。

 俺はため息をついた。


「俺はこの前、遠縁のアールベルク家総領殿に恐れ多くも『自分が若死にしたら魔力継承するつもりはないか』って問われましたよ」

「え? お兄ちゃんとその……跡継ぎ、そんなに仲良かったの?」

「初対面で一方的ですよ。俺を買い被りすぎなんです」


 マリー様はどうも乙女心が強すぎる。魔力継承を提案された仲であれば、それほど懇意なのだと理想が先走って現実が後から付いてくるのだろう。

 そう思う俺の顔を覗きこんで、マリー様はむくれた表情をしていた。


「じゃあそれを機会に仲良くしなくちゃだめじゃんか」

「いずれ喰うのが前提で仲良くするとか狂気の所業ですよ」

「別に食べるためじゃないよ。ぼくはソーニャを殺せるかどうか自信が無い。でも仲良くなったことに後悔は無い。それほどお兄ちゃんを良く思ってくれた跡継ぎサマがいるなら、なんで友達になろうと思わなかったの?」

「……なんででしょうね。言われてみれば、そういう選択肢もありました。やっぱり、マリーお嬢様は俺より聡い」


 そう言いつつも、俺はジラルドとどうも友人になれる気はしなかった。

 俺の唯一といって良い友人は冒険者時代の相棒だったアトラだが、奴は底抜けのバカだったのでかえって馬が合った。その点、ジラルドと俺は別方向で小賢しく愚かという点で共通している。歪んだ鏡を見ている気分になるだろう。

 大体、俺は身内を失うのが怖い臆病者だ。これほど俺を想ってくださるマリー様ですら俺の中では最近まで身内の中に入れていなかったので、嫌になってくる。


「まぁでも、悩むのはもうここまでだよお兄ちゃん。ケジメ。つけなくちゃ」


 気がつけば、草原の中に佇む邸宅の門がもう目の前にあった。

 俺は、できれば自分自身の声で帰ってきたことを告げたかった。だが現実として、この世には発言権とか権威とかそういうものがある。

 マリーお嬢様は門の前で腕を組んで堂々と立ち、霊脈を最大励起させて気流制御魔法で邸宅にまで声が届くよう話し始めた。


「ぼくはユニカ伯長子のマリー・リー・ユニカだ。ラガーフォイア子爵に告げる。話がある。今すぐ出て来い。ぼくを待たせるほどぼくの機嫌次第で、使用人や血族が死ぬと思え」


 物騒すぎる。何もここまでやれとは一言も言っていない。やはりマリーお嬢様は完全に俺の兄貴に対して激怒している。

 当たり前だが、家出していたユニカ家長子が唐突になんの予告も無しに来訪するなど誰も想像していないだろう。沈黙というより、呆気に取られたはずだと思うのだが、マリー様は容赦なく天に指先を突き上げた。


 閃光と轟音が鳴り響き、邸宅の尖塔に雷が落ちた。


「聞こえなかったのか? ぼくは今ものすごく頭に来ている。それとも皆殺しがお望みか?」

「お待ちくださいマリー様。どのような要件なのですか」


 出てくる準備を整えているのだろう。記憶よりずいぶんと低く倦んだ声色の兄の反応が、やはり気流制御魔法で帰ってきた。

 もう一発、落雷が落ちた。


「子爵程度がぼくに指図するのか? 愚鈍ならばそれなりに頭を働かせて発言しろ」

「――はい。ただ今、急ぎお出迎え致します」

「最初からそうしろ」


 マリー様の少女らしい甘い声に威厳など何一つ無いというのに、明らかに兄の声には怯えが混じっていた。

 ……まぁラガーフォイア子爵はユニカ伯爵家の領地の一部を治める形になっており、いわば真上の伯爵家なのである。だから俺がマリー様と接点を持ったと言えるし、兄が焦るのも仕方ない。


「やりすぎですよマリーお嬢様」

「ぼくはお兄ちゃんが止めなきゃ今口にしたこと全部本気でやるつもりだ」

「やめてください。協力してもらってなんですが、これはウチの問題です。マリーお嬢様はあくまで立会人なんです」

「立会人……? ふうん。そういう手もあるよね。さすがはお兄ちゃんだ。いい時間潰しにもなりそうだし、出てきたら兄弟ちゃんと仲良くお話するんだよ?」


 マリーお嬢様の霊脈の一部が、地面に潜った。そして、稲妻のような軌跡を描いて一定の方向を目指して走って行く。

 とてつもなく嫌な予感がするのだが、俺はマリー様を止められない。慌てふためいて事態を見守るしかない。


 そうしている間に、ゆっくりと魔法式が邸宅の三階窓から延びてきた。

 気流制御魔法式だが、どうにも構文に無駄が多い。窓から飛び出した牛の角を生やし、口髭をたくわえた灰色髪の男は三十代になったばかりのはずなのだが、実年齢より五~十ほどは老けて見えた。

 庭に降り立った男――ヒリアス・ラガーフォイア当主殿は手ずから家の門を開けて、硬直した。


「頭が高い」


 マリー様の一言と共に気流制御魔法がヒリアスの頭上で炸裂し、爆発じみた下降気流で無理矢理膝をつかせてしまう。

 ……積年の怨みがなぜかこう仇ご本人を目前にすると、あまり胸の内から湧き出て来ず、むしろ同情の念が湧いた。


「兄上、ずいぶん様相が変わっていらっしゃいますが間違いなくマリー・リー・ユニカ様です。この三属性の魔法を自在に高速精密に撃ち出すことが何よりの証明です」

「……そ、そうか。いや、だが、お前は、誰だ? 兄上?」


 ごっ、という鈍い音が響き、肥大化して伸びたマリー様の右腕が俺を見て困惑している兄の顔をぶん殴った。

 鼻血が垂れ、口髭をみっともなく汚すが容赦なく頭蓋を掴み、マリー様は兄の顔を俺と向き合わせる。もういいマリー様に俺も合わせる。


「覚えていらっしゃらないのも無理はありませんか」

「ユニカ家の従者に、貴殿のような者がいたのかどうかまでは……把握していない」

「じゃあこう言いましょうか。マイナード叔父上の弟子、ヘルマート。ヒリアス子爵殿の愚弟、ラガーフォイア家の面汚し、出来損ないの屑ですよ」

「…………なに?」


 ようやく、おぼろげな記憶と目の前にいる人物が誰か繋がったらしく、兄の眉根が跳ね上がった。

 そうして、怒り心頭のマリー様と俺を見比べ、舌打ちをした。


「叔父上のかわりにお前が死ねば良かったのだ。今更育てた弟子の威を借りて復讐のつもりか」

「ンなこた兄貴に言われなくたってわかってンだよ!」


 思わぬ――いや思った通りの反応が返って来たからこそなのだろう、俺もあっという間に頭の血が沸騰して兄の胸倉を掴んでいた。


「その様子じゃ叔父さんの価値が死んでからようやくわかったってわけか? 遅ェんだよ! 死んだ人間は生き返らない! どんなに屑の出来損ないでも俺は叔父さんに生かされたんだよ! どうせ俺の魔力量じゃ火山から噴き出す溶岩堰き止めるのなんて無理だからな!」

「せっかく北海同盟の目障りな樹人(ジュト)どもの大半を始末できる機会を、よくもまぁ潰してくれたものだよ叔父上殿は!」

「アンタ本当になんも変わってねぇな! 内政だけは立派だが外も戦もなんもわかっちゃいねぇ! いやいやここに来るまで兄上様の統治のご評判を聞いて、俺ァすっかりいじけちまっていたが、なんのこたねぇな! アンタは内政、俺は叔父さんから受け継いだ魔法式、たった一つこれっきりしか能の無い仲良しこよしの似た者兄弟だよくそったれが!!」


 二人して、罵倒し合って荒い呼吸になっていた。

 馬鹿兄貴が反省していないことなど百も承知だった。何もかも想定済みの結果と言動だった。

 それが悔しくてたまらない。叔父さんは、俺を生かすのと同時に兄の失策の責任を請け負って死んだのだから、ほんの少しでも報われてほしかった。


 何もかも想定済みの予定通りなら、やることは決まっている。

 俺は兄貴から手を離し、ポケットから取り出した手袋を嵌めた。

 そして、すぐさま右手のそれを外して兄の胸に投げつける。


「決闘だ。叔父さんの名誉と誇りを取り戻すため、弟子であるヘルマートがヒリアス・ラガーフォイア子爵に決闘を申し込む」

「……はんっ。せっかく叔父上殿に生かしてもらった命をなぜわざわざ捨てる?」

「兄貴なんか敵じゃねぇってこったよ。角も家名も()ぇ俺ァただの平人(ヒト)だ。魔法抜きで戦ってやる。ゴミクズ燃やして処分するにはいい状況だろ?」

「遂に気がふれたか。だがその通りだな。お前のような屑は焼却処分するに限る」


 ああ、本当に、なぜこうも前々から予想していた通りの形になるのだろう。

 ドロテアさんの言う通りだ。逃げ出した場所は、俺が逃げた時から何も変わってなかった。変えるためには、失ったモノを取り戻すためには結局、ちゃんと兄貴と向き合わなければいけなかった。

 逃げて罵倒していながら、俺は心のどこかで兄が過去の所業を後悔していることを願い、呪っていた。


「アハハ。じゃあお兄ちゃんたちの合意が取れたことだし、決闘の立会人をちょっと増やさせてもらったよ?」

「……マリー様、何を?」


 兄が呆然とする様を、俺は頭を抱えて見ていた。マリー様が地面に何やら霊脈を伸ばして魔法を使っていたことに気がつかなかったのか。

 俺も詳細がわからない、マリー様独自の魔法だ。だが察しはついている。おそらく遠距離通信用魔法。


「父上と母上と(メルセリーナ)も呼んだんだ! ユニカ家みんなで、お兄ちゃんたちの兄弟喧嘩を見守ったげるよ!」

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