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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第六章 太陽も狂う帝国で
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第六章 太陽も狂う帝国で

 1


 蒼々とした草原に、畑や牧場が広がるのどかな光景が眼下に広がっていた。

 帝国庶民の主食であるイモの収穫期であり、せっせと女子供も関わらずに働いている。

 表情は距離があるのでわからないが、活気が溢れ時折笑い声のような人々の声が風に乗って耳元まで運ばれてくる。


 帝国ラガーフォイア子爵領。

 もう二度と足を踏み入れるまいと自棄(やけ)になって六年前に逃げ出した故郷は、相変わらず平和そのものだった。


「お兄ちゃん。ここで降りたらいいんだよね?」

「ええ、お願いしますお嬢様」


 俺は髪の毛を鳥の翼状に身体構造変化させたマリー様の細腕に抱かれていた。大の男が今年で十六歳になられる伯爵令嬢に文字通りの意味とはいえ抱かれるなど、あらゆる意味でありえない事態なのだが飛行魔術を使えるのはマリー様だけなので仕方ない。

 改めて、マリー様は大きく変わり大きく成長した。もうこちらも色んな意味で。


 まず髪の毛の色も質も、挙句の果てに家の象徴たる角まで変えている時点で、初見時はほぼ別人に見えた。今は羊のような髪と角を持つマリー様だが、元々は青白い直毛に額に一本角を生やしていたはずである。

 共和国でマリー様の行方を探すついでに、現在の彼女の特徴を調べておかなければ連邦王国のポール都に到着した時、別人だと勘違いした可能性も十分ある。

 大体、そうでなくとも十歳児の童女と十六歳の少女では身体も成長していてしかるべきなわけで、まぁご立派にお育ちになられた。


「俺は先に降ります」

「あ、そういうことするんだ」


 正直早い所降ろしてもらいたかった俺は、マリー様の腕を振りほどいて自由落下した。

 上昇気流を魔法で発生させて、外套で揚力を受けて軟着地。マリー様も翼を一度畳んで降り、俺の上昇気流魔法を受けて一度はばたき、こちらも軟着地。

 風やはばたきの音で、働いている農民たちの視線が俺たちに集まるのを感じる。マリー様は笑顔で、元気な声を気流制御魔法に乗せて彼らに声をかけた。


「みんなー! ごくろうさまー! 美味しいおイモ作ってくれてありがとうねー!」


 今のマリー様の姿は目立つ。明らかに魔法を使った声の届き方や遠目に見てもわかる角などから、農民たちの多くは膝をついて頭を垂れ、中には平伏するものまでいる。

 まぁ、帝国では日常的な光景ではある。魔人は帝国において絶対権力と武力を兼ね備え、この永久凍土と氷床に覆われていたはずの島を人間が住める環境に維持してくれている貴族たちだ。あらゆる意味で彼らは魔人によって生かされている。


 ただ、俺はもう少し情報収集がしたかった。マリー様に視線を投げかける。


「申し訳ないですが、魔人の威光をお借りしてもよろしいですか? 俺は実も(てい)もマリーお嬢様の従者に過ぎないので、彼らから話を聞くには――」

「うんいいよ。はい到着(つい)た」


 俺が喋っているうちに電気操作移動魔法【路雷(リニ・ラウル)】の電磁力反発を生かした低空浮遊で、頭を垂れる農民たちの前にマリー様はご来訪されてしまった。ああ! 今まで膝をついていただけの連中まで地面に額をつけてしまっている。


「み、皆さん、勤勉に働いているところ、闖入申し訳ありません。こちら御名(ごめい)はわけあって伏せますが、魔人の令嬢様でございます。他領の視察と別件の用があり、来訪された次第です。

 お嬢様は皆さんの日常を見たいとのことで、勤勉なる労働をお邪魔することは本意ではありません。代表者と一人お話させていただければ良いので、普段通りにしてください。それをお嬢様も望んでいます」


 魔人本人と会話するより、従者である俺の方が彼らも打ち解けやすいのだろう。皆おずおずと立ち上がり、誰を代表者とするか少し話した後で、すぐに顎鬚を生やした壮年の男が俺の前に出てきて、他の者たちは言われたとおり作業に戻っていく。

 顎鬚の男は俺に向かって一礼し、膝をついて見上げる姿勢を取って口を開いた。


「して、他領の視察とは如何なる要件でございましょうか」

「――率直に、正直におっしゃってください。魔人に虚言は通用しません。本領地を統べるヒリアス・ラガーフォイア子爵様は皆さんにとってどのような領主でしょうか?」

「良きご領主様と皆喜んでいます」


 即答だった。まぁそれが一番の能なのだから、失われてしまったら俺だって困る。


「実際にご自身の御足で領地各地を頻繁に視察なさり、病や怪我をした者がおれば人間家畜畑関わらず、直ぐに医療魔法を扱えるお方を派遣してくださります。

 集落同士で揉め事が起きたことも何度かありましたが、双方の言い分をよく聞いてくださったうえで納得いく采配をなさってくださいました。

 移民の扱いも大変に上手く――魔人の恐ろしさを知らぬ者に制裁を与える冷徹な心もお持ちです。正に熱量操作魔法家系にふさわしく、暖かさと冷たさを巧みに使い分ける我々にはもったいないほどの御領主様でございます」


 ……俺が知っている時よりすんげぇ仕事の量増やしている。六年前はまだ跡継ぎだったので、正式に領主となった以上より一層働くことにしたのだろう。

 勤勉なのはいい。領民たちは本当に満足しているのだから何も文句は無いのだが、兄貴にはもう子供がいるはずだ。領主としては満点でも父親として駄目とかそういう例じゃないだろうな?

 そういう懸念は顔に出していないつもりだったのだが、代表者の顎鬚の男は一瞬だけマリー様に視線をやり、俺に対して口を聞いた。


「従者様からは、何卒……」

「安心してください。では、我々は次に向かいますので」

「じゃーねー! みんなちゃんと出来てエラいってことはよくわかったよ!」


 マリー様はそう言うや否や、やはり【路雷(リニ・ラウル)】を起動してすぐに畑から距離を取り、しばらくしてから魔法を切って二本の足で普通に歩き出した。俺もその後に続く。

 程なくして、マリー様らしからぬ冷たい声色が飛び出した。


「領主として立派でも家族を大切にしない、愛さない奴なんてぼくはだいっきらいだ。魔人は血と肉と骨と想いで継承する種族のはずなのに、それを蔑ろにするんだったらただの平人(ヒト)でも領主は務まる」

「マリーお嬢様、家族を大切にしていないとは一言も証言が取れていませんよ。こればっかりは本邸に行ってみないことにはわからないことです」

「ヒリアスはお兄ちゃんもマイナードおじさんも殺したも同然じゃないか!」

「叔父さんも俺も結局一代限りたった二人で潰れた分家とも言えない分家です。これはもう家族じゃありませんよ」


 激昂するマリー様を俺は理で諌めた。もっとも、本心からそう思っている男は、その良き領主であり叔父さんを焼き殺した馬鹿兄貴に今からケジメつけさせに行こうとはしないのはわかっている。

 ただ、これは俺たちの家の問題であって、マリー様は関係ない。関係はないけど伯爵令嬢で常識埒外(めちゃくちゃ)に強く、移動手段を持っているのでご協力いただいた。たまには心に棚を持つ必要がある。


 マリー様は歩みを止めて、俺の方へと向き直った。様々な移動魔法を持つマリー様にとって、歩いて移動するというのは実際のところ、無意味に近しい行為なので俺も素直に止まる。


「お兄ちゃんはさ、人間を殺しちゃ駄目だって思う?」

「駄目に決まっているでしょう……時と場合によりますが」

「自分の身を守るためなら?」

「魔人なら正当防衛で相手を殺す必要はほぼありませんが、あのピーソーク中佐は例外でしたね。部隊全員で本気だったのなら、手加減の余地はありません」


 先日、俺がマリー様の救援に結局間に合わなかった一件は思い出すだけで震えが来る。

 魔人殺しに必要な手段をよく理解した結果、一般市民を巻き込むことを厭わない姿勢で作戦実行した時点で軍人としてはもう失格だ。さらに、どれほどの金と時間をかけて調練したかもわからない部下を十一人も投入する二段構えとは、目的のためなら手段を選ばないにもほどがある。


 マリー様がピーソーク中佐の記憶を読んだ限り、当然の如く無許可の独断作戦だったそうだ。それほどまでにマリー様を暗殺する価値があったと判断したのなら、残念ながらピーソーク中佐はお嬢様を知らなさすぎた。

 このお嬢様は、帝国の命令通り動く兵器にはなれない。あまりにも自我が強すぎ、自分勝手だ。……そんな性格にした原因の一端は俺にもあるのが。


「あの一件で、マリーお嬢様は命を捨てる行為に対して憤っておりました。正しい感情ですよ。ただ、それでも殺すことを選ぶことも間違っていません。相手は命令あれば死ぬのが仕事の兵隊です。容赦は必要ない」

「じゃあさ、ぼくが手を汚したんじゃなくて、ソーニャの魔法でそこらへんの普通の人間たちを巻き添えでたくさん殺しちゃったのは?」


 俺は言葉に詰まった。その一瞬で、マリー様はうなだれて呟き出す。


「あの時は()()が一番確実だって思った。それしか考えていなかった。ぼくは生命維持しつつ刺して来たお爺ちゃんを制圧するのでほとんど手一杯だったから。ソーニャの力を借りて、迎撃するのが一番だって。……魔法が実際に発射されてから、さっきまで綺麗な市街地だったのが瓦礫と血でいっぱいになったのを見て、()()()。ぼくはソーニャになんてことをさせてしまったんだろうって」

「……マリーお嬢様は、変わりましたね。昔はもう少し、魔人以外の人間を殺すことに躊躇いが無いお方でしたが」


 外では褒められた話では無いが、帝国の魔人はこれが普通なのだから仕方ない。

 マリー様は首を横に振った。


「ううん、違うんだ。ソーニャに悪いことさせちゃったってだけ。ぼくが自分自身で殺したんなら、巻き添えで下等人種がどれだけ死のうと……まぁちょっと気にする程度かな?」

「……本当にソーニャ様のことは大事にされておられるようですね」


 別れる時に少々過剰なくらいにマリー様とソーニャ様が仲睦まじくしていた光景は、ちょっと眩暈がした。家族(ペット)を大切に飼う魔人は確かに珍しくないが、マリー様とソーニャ様の場合、度を越えている気がする。

 まぁそのあたりはマリー様のご自由だ。俺がどうのこうの嘴を挟む余地はない。

 マリー様は微笑んで、なんとも半端な夕焼けとも藍色ともつかない帝国の空を眺めた。


「ぼくはね。ソーニャと出会って変わったよ。あの子は本物の魔女だ。ぼくはどうやらソーニャにおかしくさせられる魔法をかけられちゃったみたいだ」

「はぁ……」


 マリー様も年頃の女の子だ。死体漁りを平気で何年もやっていた朴念仁の俺には理解できない感性を持っていらっしゃる。


「なんだよお兄ちゃんその生返事。ぼくはさ、ソーニャから本当にたくさん数え切れないくらいのものを貰ったし教えてもらったよ。こんなこと主人である立場上ソーニャには言えないけど、ぼくはもうソーニャがいないと生きていけない」

「……ソーニャ様が、人間を殺したということに全く罪悪感も重みも感じていないのが救いと言えるか心配と言うべきか、というところですね」

「まぁそうなんだけど。ソーニャは人間が嫌いなんだ。ぼく以外のことはどうでもいいってすぐ言う。でもそう言うソーニャに『それはどうかな?』って言っているうちに人間はあんまり殺しちゃ駄目だなって。ぼくはできればソーニャに色んなもの大好きになってほしい」


 麗しき友情、で済まされていたのが暗殺未遂事件までのお話だ。

 ともあれソーニャ様は自分自身の意志で、マリー様を守るために大勢を殺した。それを全くなんとも感じていないし思ってもいない。マリー様が、そんなソーニャ様の傍に居られない今不安に思うのも仕方ないだろう。

 ただ


「ドロテアさんが、そのあたりなんとかしてくれるかと」

「……お兄ちゃん、奥さんのこと大好きすぎるよね」

「いやあの。あの女性(ひと)何事にも物怖じしないですし、世間に溶け込む手段には俺より長けています。ソーニャ様のことは本当に命懸けで守ってくださるでしょうし、たぶんいいようにしてくれます」

「そうお願いしたの?」

「いえドロテアさんはそういう女性(ひと)です。彼女は、ソーニャ様とは逆に人殺しの重みで失ったモノをよく知っています……ちょっと壊れるくらいに」


 俺もドロテアさんの前では言えないことを、マリーお嬢様には漏らした。

 あの女性(ひと)は怖い。危険人物だ。間違いない。けれど、そこまで性格がイカれてしまった原因は、知らずに大勢の人間を――それも自分と同じような苦しみを味わう人間を――間接的に殺してしまったことにあると、俺は思っている。

 結局、ドロテアさんと俺は互いに喪ったモノを埋め合わせるために結婚しただけとも言える。これを夫婦と呼んでいいのか、もっとおぞましい別の何かではないかと常々考えている。

 マリー様たちにはそんな風になってほしくない。


「まぁ早い所済ませて帰りましょう。俺たちの帰る場所は、もう帝国(ここ)じゃなくて大切な人の傍です」

「そだね」


 まさかマリー様とこんな形で意気投合する日が来るとは、教師として接したあの時には想像すらしなかった。

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