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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第五章 夜が降りてくる
31/93

第五章 終:アルビレオの分かれ道

 7


 ポール都は港を持つ観光都市として拓かれたのが最近で、まだ森や山は付近に残されている。砂浜のあたりなどは、とくにわかりやすい。

 そう青ざめた顔色のまま講師口調で解説しやがったヘルマートに従い、マリーの魔法で移動した私たちは森の中に潜んだ。

 野営用の道具はドロテアが用意していたらしく、今は焚き火を挟んで私たちは倒木した幹を椅子がわりに、向かい合っている。


「お腹は膨れましたか?」

「全然。イノシシでもいたら狩って食べたいくらい」


 ドロテアが持ってきた荷物の中にあった携帯食糧となる重ね焼きパン(ビスコッティ)を二人で分けて完食したけれど、マリーは不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。

 私はお腹の方は膨れたけれど、同じ重ね焼きパン(ビスコッティ)ならマリーが作ってくれるナッツや乾燥果物がたっぷり入ったヤツの方が美味しいと思った。今食べたものも入っていなくはなかったのだけれど、少ないし、何より硬い。

 口の中の水分が全部無くなるのを、携帯カップに注がれたお茶で流し込んでごまかしている状態だ。

 そんな私たちの様子を見たドロテアは、くすくすと笑って隣にいるヘルマートに声をかけた。


「お二人とも、不味そうに食べてらっしゃってましたね、あなた」

「……だからお嬢様の方が、小さい頃から熱量操作魔法を使って調理を学んだ魔法使いの方が料理人としても腕がいいって言ったんですよ。俺ァまだ学んで一年そこらですよ?」

「……もしかして、今食べた重ね焼きパン(ビスコッティ)って、お兄ちゃんが作ったの?」


 マリーは焚き火も怖がらずに身を乗り出してたずねる。私は道理で不味いはずだと納得した。


「ええ、まあ、はい。菓子専門で、これは、その、予算とか日持ちとか優先したので」

「……あのさぁ、もっとこう、初めてぼくのために作ってくれた食べ物って、胸がドキドキするような状況と場所で食べさせてくれないかな? あとお菓子職人なら手が命なんだからトカゲの尻尾みたいにポイポイ切り捨てないでよ」

「そうですよね」

「マリーの言う通り」


 憤懣(ふんまん)やるかたない様子の主人(マリー)の言葉にヘルマートはうなだれて、包帯でぐるぐる巻きにされた左手も使って顔を覆っている。マリーの寄生干渉による治療魔法のおかげで、一応指は生やし直したのだが、今まで通り動くとは限らないそうだ。

 しかし、ヘルマートは息を大きく吸ってから表情を引き締めて語り始めた。


「ともあれ、俺たちの話を聞いてくれる準備を整えてくれて、ありがとうございます。マリーお嬢様は、ご自分が殺されそうになっていたことを承知のようでしたが……寄生干渉魔法であの隊長の爺さんの記憶を読み取った、ってところですか?」

「うん。だから襲われてから知った。ソーニャが守ってくれなくちゃ死んでいた。あのお爺ちゃん、今まで出会ってきた魔法使いの中で、魔人殺しを一番良く分かっていて、手強かった」

「列強国の力を諸々使ってきて殺しにかかってきたわけですからね。ともあれ、お嬢様を守ってくれたこと、改めて礼を言います。ソーニャ様、ありがとうございました」

「別に」


 マリーごと攻撃したのを守ったと言えるのかどうかは怪しいところだ。

 おまけにドロテアは、まるで状況を読めていないかのような明るく軽い口調で夫の話を続ける。


「まぁ、あのお爺さんがなりふり構わずに魔法兵隊さんを総動員してきて、迎撃のために魔法を選ばなかったせいで、街は瓦礫の山、罪もない無辜の善良な市民の皆様の多くが巻き添えで犠牲になってとんでもないことになっちゃいましたけどね! さてこれからどうなるでしょう?」

「別に。(ゴミ)(ゴミ)に。灰は灰に。土は土に。それだけでしょ」

「いえ、街のことではなく、お二人のことですよ。魔人のマリーちゃんと魔女のソーニャちゃんのこと」


 ドロテアは、私たち二人を焚き火越しに見つめて今度は真剣な口調になる。


「列強国の一角である連邦王国で、こんな災害級の人為事故が起きて、目撃者も多数います。お二人が早晩お尋ね者になるって言ったのは、このことです。

 お二人は目立つことをためらっていなかったので、世界中あちこちで居場所なんかなくなりますよ。少なくとも豊かな列強国の街を大手を振って歩いていたら、多数犠牲者が出ると承知のうえで国は軍隊を出動させなくっちゃいけなくなります。それが無意味でも、そうしないといけないものなんです」

「……別に、降りかかる火の粉は皆殺しにすればいいだけじゃない?」

「本当に居場所がなくなっちゃいますよ? 帝国くらいしか」

「……あーあ、やっぱ家に帰らなくちゃいけないのかー」


 マリーは手足を投げ出して、夜空を見上げた。

 見るからに投げやりで、でもマリーの横顔は決意を感じる。魔人として貴族としての誇りを度々口にするマリーは、その義務を投げ出すつもりはないのだろう。


「私はマリーが家に帰るなら、ちゃんとついていって、マリーを守る」

「ありがとうソーニャ」

「……とまぁ、お二人の尊いご友情に水を差すのはとても心苦しいのですが、俺としてはいったんマリー様と俺だけで帝国に帰り、ユニカ家とラガーフォイア家、あとできれば諸々の子爵家複数くらいは抱え込んでからでないと、ソーニャ様を帝国に受け入れるのは危険だと考えています」

「はぁ?」


 ヘルマートの言葉に、私は反射的に電撃魔法式を物理世界に投射してしまう。マリーが肩を叩いて、自分のやっていることに気づいて解除した。

 マリーがヘルマートの言わんとしていることを察したらしく、姿勢を戻して顎に手を当てた。


「ソーニャはぼくが大事に育てた魔女だ。保有魔力量こそ上級男爵から下級子爵くらいだけど、純粋な電気操作一本だけに絞られている分、ぼくより帝国では価値がわかりやすい。ここまで来ると、魔人として受け入れられちゃうってことをお兄ちゃんは嫌がっているんだね?」

「オマケに平人(ヒト)から生まれた、いわば始原の魔人です。もう帝国の常識で考えると、信仰対象にすらなりかねない。そのうえ実質的な戦闘能力も兼ね備えている。【砲雷(ハウ・ラウル)】を別々の方向に十重起動するとかどんな鍛え方したんですかお嬢様」

「お兄ちゃんに教わったことを、ぼくなりに噛み砕いてソーニャに全部あげた」

「やっぱ俺が原因か……」


 初対面では自殺同然の交渉をしてきて、今は何度も自分の所業に後悔して自己嫌悪しているらしいこのヘルマートという男が、私には何も理解できない。

 マリーと交わされている言葉の内容も、よくわからない。

 だからこそ、私は確認しておいた。


「ようするに、私を守るために、いったんマリーと離れた方がいいってこと?」

「ご理解が早い。さすがはマリーお嬢様のご友人だ」

家族(ペット)だよ」

「え? あー……」


 ヘルマートはマリーの反論に一瞬呆気に取られたが、帝国民同士であるためかすぐに把握して、こちらも夜空を仰いだ。


「食べる気なんですか、ソーニャ様を」

「……ソーニャとの約束だもん」

「双方合意の上で、家族(ペット)として迎え入れる。理想ではありますが、理想を現実にするとは……マリーお嬢様は、本当に、俺が想像していた以上の逸材ですね。帝国史上未曾有の魔法使いには既になっている。もうここまで来ると、新たな魔王陛下になる素質すら見えてきましたよ」

「だからさー。みんなぼくに色々期待とか勝手に怖がったりしないでよ。お兄ちゃんまでそんなこと言わないでよ」

「……それは、申し訳ないです。申し訳ないついでに、もう一つ言わせていただいてよろしいですか?」


 どうせこの男は色々と煙に巻いて言うに違いないのだろう。マリーは頷いた。


「最期に食べる気なら、なぜ魔法を教えたのですか」


 マリーの顔が歪んだ。

 私も、正直なところこの点に関しては疑問を抱いていた。ただ、それ以上に自分が強くなることと、マリーが喜ぶ姿が嬉しくて、魔法の鍛錬をやり続けていた。

 答えなんか、出さなくてもいいと私は思っている。言葉にする必要なんか無いものが、私とマリーの間にはある。

 マリーはきっぱりと断言した。


「それはお兄ちゃんにだって関係ない」

「そうですね。ただ、素晴らしいご友人です。だからこそ、帝国のあの色々と狂った常識と通例と継承の犠牲になってほしくないという俺の意見は、ご理解いただけますか」

「……だから家に帰りたくなかったんだよ」

「俺とドロテアさんは、帝国を内部から変えるために結婚したも同然の仲です。なので、既にこちらについては合意が取れています。あとはお二人の意思次第で、道を決めてください。これは、脅迫とか交渉とか抜きで、俺たちのことはいったん放り投げて、お二人の間で決めなければいけない問題です」


 言われるまでもなく、私はもう決めていた。

 私がマリーを大事に大切に思うように、マリーも私を大事に大切に想ってくれている。

 そのマリーが、帝国の実情をおそらくこの場で一番よく知っているマリーが、理屈で必要なことだと理解したのなら、私はマリーの想いを信じる。


 だから、マリーが私に抱き着いてきても、抵抗しないかわりに、いつものように顔を向けるということもしなかった。

 何かが頬を伝う顔なんて、心がいっぱいいっぱいの今のマリーには見せたくなかったから。


「ソーニャ」

「うん」

「ぼくの可愛いソーニャ」

「うん」

「ソーニャとあちこち旅したり、レストランで働いたり、魔法を教えたり、一緒に色んなものを食べたり、怖がられたり、魔法でいたずらしたりしたこの一年間は、ぼくの人生の中でも最高の宝物だよ」

「私も一緒」

「それを奪う奴らが帝国にはたくさんいるから、そいつらちょっとお兄ちゃんと()()して()()してこなくちゃいけないんだ」

「なんとなくわかってた」

「大好きだよソーニャ」

「私もマリーのことが大好き」


 マリーの口づけが、うなじに触れる感触があった。


「帰ったら、また、ソーニャの好きな蜂蜜ケーキを焼いてあげるから。いい子にして待ってるんだよ?」

「約束ね、マリー」


 腕が私から解けて、立ち上がる気配が続く。


「そういうわけだから、ぼくからお兄ちゃんを奪い取ったドロテア。ちゃんとソーニャを守ってね。じゃないと殺す」

「はい。承知しています。お任せください」


 星がまばらにしか見えない森の夜空の下で、私たち四人の合意は取れた。

 私たちは、私たちのために、それぞれに分かれた私たちの道を歩く。

 いつかまた、マリーと一緒にお喋りして、笑いあって、わかりあう、今までの毎日を取り戻すために。

 これでいったん「第一部」の区切りとさせていただき、メインキャラ四人のタッグを変更した「第二部」を開始させていただく予定です。

 明日からは「外譚」として第一部のストーリー中にあったちょっとしたお話を公開させていただいてから第二部へと移行予定です。

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