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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第五章 夜が降りてくる
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第五章 5:魔宵子たちは夕闇に集う

 5


 マリーに再会の挨拶をした男は、その瞬間から身体を危うくフラつかせ始め、今も出血し続けているせいで真っ赤に染まっている左手首を上げ、話を続けた。


「で――六年ぶりでいきなり悪いんですけど、俺のこの傷、治してもらえます? それ、から……俺のこの流血魔術で、動けなくなった、兵隊どもも、鎮圧して治療をして、もら、えたら」


 男は石畳に膝をつき、目つきがうつろになり、呼吸が荒くなり始めていた。

 馬鹿なのかこの男は。


 私が今まで赤い石だと思っていた物の正体が、男の左手首から血溜まりが拡がっていくのを見て理解できた。

 この外套を羽織った男は、自ら動脈を切って出血し、自分の身体の一部である血を媒介にすることで兵士たちを止めている低温魔法を起動しているのだ。


 以前、マリーに『電気操作属性とは相性が悪いし使わない方がいいけど、使われた時には警戒して』という前置きの元に教えられた流血魔術という奥の手がある。

 血液には魔力が込もっている。だから私は「相手の生体電流を高圧電流にまで引き上げて焼き殺す」といった攻撃魔法は使わない。消費魔力が多すぎて使う必要性がほぼ無い。

 あらゆる生物はこのように魔力干渉に対して抗体を持っており、血液は抗体の役目を担っている。だけど逆に、自分の血液を体外に放射することで、「自分の身体の一部」の範囲を擬似的に広げることで物理世界の法則を少ない魔力量で書き換えやすくすることができるのが、流血魔術だ。


 奥の手とはいえ必要出力次第で出血量を調整すればいいわけだから『使われる方が危険』とマリーは私に教えたのだ。自分で使う時に気をつけるべきは、出血量より傷口からの感染症の方だとマリーは私に言い聞かせたうえで『使わないのが一番だけど』と締めた。 

 そんな使わない方がいい奥の手を、この男が使わなければいけない理由は霊脈を見ればよくわかった。そこらへんに転がっているただの平人(ヒト)と、この男の霊脈の輝きは大差ない。いやそれどころか、命に関わる出血のせいで、徐々に翳り始めている。


「お兄ちゃん!?」

「連絡、一つ、寄越さず、申し訳なかった……です」

「何やってんだよお兄ちゃんの馬鹿!」


 マリーは私を抱えたまま男に駆け寄り、空いた手で流血し続けている左手首を抑え込んだ。

 指の間から漏れた血と、石畳に拡がる血だまりがマリーの手の中に戻って行く。

 私は、確認のために青ざめた顔で治療魔法を受ける男に声をかけた。


「……ヘルマート?」

「ん……? ああ、お嬢様の、従者――いや、ご友人、ですか。はい、僭越ながら……マリーお嬢様に魔法について教授した……まぁ、家名も角も無い、ただの平人(ヒト)の、ヘルマート、です」


 殺そうと思っていた相手は、私の目の前に現れたその瞬間には自分で勝手に死にそうになっていた。

 そのくせ、展開起動している魔法式に乱れが一切なく、未だに兵士たちを硬直させ続けている。というか、魔力切れを起こして気を失った兵士の周囲は常温に戻すなど、私たちと会話しながらも魔法式の調整と兵士の観察を止めていない。

 わけがわからない。昨日のアトラの方がまだマシなくらい、頭が悪いを通り越して狂っている。


「アンタ……マリーが治療してくれなかったら、どうするつもりだったの?」

「そりゃあ……死にますね」

「……マリーを殺そうとした兵士を、なんでそこまでして止めたの?」

「そりゃあ……マリーお嬢様が、殺したくなさそうにしていましたし、これ以上犠牲は、出したくないので」

「それって、命懸けてまでやる必要あるの?」

「……無いっすね。うん、冷静に考えると、マリーお嬢様の目の前で死ぬ方が、大問題でした」

「お兄ちゃん、いい加減にしてよ! なんだよ、なんにも言わずにどっか行って、いつのまにか結婚して、やっと会えたと思ったら致死級の流血魔術使うとか! ぼくそんなに悪いことしたの!?」


 マリーの叫びを、目を閉じて黙って聞いていたヘルマートは、腰にベルトで固定している鞄の中から紙切れを出して、握る。

 肉体強化魔法式が見えた。最近マリーに習ってばかりだけれど、たぶん治癒魔法関係だろう。

 そうしてからマリーと距離を取ったヘルマートは、改めて膝をついた姿勢のまま再びマリーに向かって頭を下げた。


「いいえ。悪いのは全て俺です。ポール都(ここ)に来るのも、遅すぎました。共和国に到着した時には俺たちは入れ違いになっちまってたらしくて、お嬢様たちが旅立った先を特定して、来るまで時間を使いすぎました。……たぶん、連邦王国の諜報工作が俺の足止めしていたと思うんですが」

「知ってる」

「お嬢様が暗殺されそうになっているのならと、できるだけ大急ぎで来たつもりなんですが……間に合いませんでしたね。こんなことになる前に、助けに来なければいけなかったのに」


 ヘルマートの応急治療は終えたからか、マリーは会話を続けながら髪の毛をそこらへんに転がっている人間や兵士に伸ばし、皮膚から侵食をして治療魔法を使い始めた。

 本当に、この男の言うように無駄な犠牲は少ないに越したことはない、というのがマリーの考えなのだろう。

 それはそれとして、マリーの声に込められた感情の温度はどんどん上がっていく。


「ソーニャが助けてくれたからもういい。でも、とにかくこれだけは教えて。なんでぼくを放って出て行ったの? 帝国から亡命するのは、まぁまだわかるけど、ぼくにはちゃんと教えてから出て行ってほしかったよ」

「……俺は、お嬢様にとって、それほど大切な人間なのだと、わかっていませんでした。あの時の俺は、自分と自分の血族のことしか頭にありませんでした。俺などは、どうでもいい人間なのだと、悦に浸って、逃げました」

「うん、わかったよ」


 マリーが立った。私は脳内で【砲雷(ハウ・ラウル)】の式を構築している。主人(マリー)の答え次第では、私はこの男を殺す。


「ラガーフォイア家を潰す。皆殺しだ。お兄ちゃんをそこまで追い詰めた子爵家如きが何様だ。ユニカ家長子マリー・リー・ユニカの名の下に、制裁を与える。肉一片、血の一滴足りとて残さない。お得意の熱量操作魔法で以って、ぼくの手で一人残らず灰燼にしてやる」

「ちょっと待ってマリー」

「はいお待ちくださいマリーお嬢様。……ですが、まずはご友人殿から発言を」


 治療を中断し、髪の毛を翼状に変化させ、気流制御魔法式が展開され始めたので私はマリーを止めた。


「別に殺すのはいいけど、食事を摂って、休憩してからじゃないと。いくらマリーでも昨日から消耗が激しすぎる」

「うんわかった。ソーニャの言うことは聞く。お兄ちゃんは?」

「俺の生家の取り潰しは、勘弁してもらえませんか」

()だ。なんで?」

「あんなんでも潰されたら、領民たちが困ります。あと個人的に兄に対して、俺は恨みがあります」

「うんわかった。お兄ちゃんが恨みを晴らしてから殺す」


 私個人としてはマリーを傷つけた、狂ったこの大馬鹿野郎は今すぐ殺してやりたいのだけれど、それはマリーの心をさらに抉る行為なので我慢した。

 いくら私でも、そこらへんに転がっているどうでもいい人間と、この馬鹿とでは悪い意味で特別なのだと理解して、自制はできる。


「あのー。それでは、街もこんなんなっちゃったので、早くここから移動しませんか? たぶん、マリーちゃんとソーニャちゃん、明日からお尋ね者になっちゃいますよ」


 場にそぐわぬのんびりとした女性の声が横手から聞こえてきた。

 私と同じ黒髪だけど、うらやましいくらいに直毛で整った顔立ちの女だった。両手には旅行用の大型荷物鞄が引きずられており、私が魔法で破壊した街並みをまるで物珍しい料理でも見るかのような面持ちで眺めている。


「誰?」

「ドロテアと申します。ヘルマートさんの妻です」

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