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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第五章 夜が降りてくる
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第五章 2:ブラッディ・マリー

 2


「ぼくが思うに、連邦王国で料理について学ぶ価値があるのはお茶菓子だけだ――って結論が割とだいぶ前から出ていたんだけど、ソーニャはどう思う?」

「同感」


 陽が暮れかけて多くの店が閉店準備を進める中、わたしとマリーは点灯夫が梯子を登り、街灯に火を灯して行くポール都を二人並んで歩いていた。

 ツェズリ島まで往復し、その後朝まで話し込み、疲れが出なかったわけがない。眠りから覚めたらもう完全に昼過ぎで、出かけるための身支度を二人で整えていたら夜が近くなっていた。


 私は出かけるなら夜の方が、人通りの少ない所の方がいい。

 でもそれはそれとして、お店の開いている時間が昼間に限られるのはかなり――真剣に困る。とくにこの連邦王国では。


「レストランは夜でも開いているけどさ。ホテルでも食事は出してくれるんだけどさ」

「不味い」

「うん」


 マリーと私はお腹がもうぺこぺこだ。まぁ私は空腹には慣れていて、丸一日くらい食事を抜いたところで辛いけど平気だ。

 けれど、マリーはそうもいかない。家出ついでに料理修行するほどのお嬢様が、美食家でないわけがない。健啖家でないわけがない。そして、連邦王国の外食は、不味い。


 以上の現実が出揃った結果、マリーはしばらく前に、私に命じて調理用具を買い揃えさせ、自分で食材を買いつけて、借りたホテルの一室で勝手に料理をして勝手に食事を摂ることになった。

 ただ、今日は出た時間が遅かったせいで店に残っている品が限られている。これでいつもより多くの量が食べたいというのだから、妥協すべき所は我慢するしかない。


「おイモはお腹に溜まるしなんとか揃えられたから、もうこれでなんとかするしかないか……」

「ソーニャ。ぼくはまだ諦めない。お魚屋さんで、なんとしても白身魚を手に入れる」

「魚は傷むのが早いからこの時間で生魚を手に入れるのは難しいんじゃないかな……それになんで白身魚限定なの」

「ぼくはね! この連邦王国で何かにつけ出てくるあの白身魚とおイモの揚げ物(フライ)が許せないんだよ! お魚さんとおイモさんがかわいそうだ!」


 一番星が見えそうな時間帯に、ものすごく目立つ雲みたいな髪の毛に羊の角を生やした魔人の少女が突然叫んだものだから、明らかに周囲に動揺が走った。

 しかし、言葉の内容でなんとも言い難い雰囲気が通りを行き交う人間たちの間に漂う。

 どうやら、あの油でギトギトでべっちゃりとした冒涜的な揚げ物(フライ)セットは内心誰もがマリーと同じ意見のようである。


「こんな機会だからぼくがちゃんとしたお魚とおイモの揚げ物(フライ)を作らなきゃいけないと思うんだよ」

「気持ちはわかるけれど、どこのお魚屋さんももう店終いしているし。そのうえで白身魚とまで限定されると……どこかのレストランと交渉して、無理矢理買い取るとかそういう手段しかないと思う」

「……今のぼくにそこまでやる気力ないなぁ。お腹空いているし」


 かなり元通りに戻ったマリーだけれど、普段ほどの元気を取り戻しているわけではない。空腹が原因なのも実際その通りなのだろう。

 そして先ほど自分で口にしたように、私が一人でレストランに乗り込んでも相手にもしてもらえない。私は三角帽子を被って魔女っぽく気取った、ただの平人(ヒト)の小娘にしか見えないので相応以上の金額を提示しても話にならないのは目に見えている。

 電撃魔法で店員も客も皆殺しにしてから買い取るという方法もあるけれど、それはマリーに命じられない限りやろうとは思わない。人間は群れると面倒くさいから。


「あ、ニシンの燻製ならある」


 マリーは雑貨屋に視線を送って呟いた。構築されている魔法式から見るに、おそらく、五感強化魔法とか諸々の観測魔法を併用してただ歩いているようでマリーは色々な店を物色しているのである。

 わたしは現実的な落とし所だと思い、主人(マリー)に提案する。


「もうそれでいいんじゃない?」

「お腹と背中がくっついちゃうからね。それじゃ、悪いけどソーニャ、おつかいお願い」

「はい――ちゃんと美味しい食事()、作ってね?」


 私は抱えていたおイモだらけの紙袋をマリーに預け、念を押すように言っておく。


「アハハ、もちろんだよー」


 マリーを置いていくのは少し――いや今この時においてはかなり不安だけれど、魔人の彼女が来店すると本当に人間というのは怯えて話にならないから、買い物をする時は私が一人で行く通例を通した。

 おそらく、今のマリーはそうやって怖がられることも傷つく原因の一つになりかねないから。

 私にできることは限られているけど、それでも出来得る限り思いつく限り最善の選択で、私は主人(マリー)を守りたい。


「いらっしゃいま――」


 雑貨屋の中に入りると、ドアベルが鳴り新聞を読んでいた店主らしき吠人(バイト)の顔つきが変わった。

 新聞紙をカウンターに置いて、正面から私を見つめる目は恐怖に見開いている。

 いつもの、見慣れた顔。


「ニシンの燻製ください」

「あ、ええ、はい。いくつ、で?」

「三本。小さければ四本で」

「い、今用意するから、待っててくれ」


 慌てた手つきで商品を紙袋に入れる店主の姿に、私は内心で舌打ちした。

 私もこの三角帽子のせいで目立っている自覚はあるけれど、吠人(バイト)なら匂いで入って来た瞬間に「最近この街に滞在している魔人の従者」だということはわかってしまったのだろう。

 マリーは魔人で、恒常的に色々な五感強化系魔法を使っている。店内の様子をうかがっているであろうことは間違いなく、主人(マリー)の心がどう揺れ動いているか、考えるだけでもうすぐに店から飛び出して駆けつけたい。

 私は財布から王国の一番高い通貨紙幣を五、六枚ほど出して、カウンターに叩きつけて用意された紙袋を奪うように抱えた。


「お釣りはいらない。目障りなんでしょ」

「いや……」


 返事を聞く間も惜しく、私は店から飛び出して主人(マリー)の下に走って戻った。

 やっぱり寂しげに笑って、マリーは私のおつかいを待っていた。


「ソーニャは優しいね」

「ううん、勝手に無駄遣いしてごめんなさい」

「いいよ。ぼくはそういう気遣いができないから、ソーニャは優しいって」


 マリーの視線が、一瞬、会話をしているというのに私から外れた。

 ()()()()()()()()()()()


 霊脈最大励起。

 魔法式を脳内でいっぺんに六つまで構築し、マリーに腕を伸ばそうとした瞬間。


 マリーの胸から、血飛沫と鉄の刃が夕暮れに赤く染まって突き出した。


 思考はいらない。

 私は脳内構築していた魔法式のうち【閃雷(センライ)】を選択、()()()()()()()()()()()即座に起動した。


 銃声が鳴り響き、マリーのお腹からさらに鮮血が噴き出し、そこでやっと通りが騒然とした。

 瞬きするほどの一瞬で血まみれになったマリーから人々が距離を取る。

 霊脈を視神経に絡ませた私は、マリーの後ろから剣を突き刺す体勢の人型の霊脈を透視し、脳が沸騰する勢いに任せて、自分の靴裏と石畳の間に【反電(バウンド)】を起動。勢いよく跳ねて、マリーの側面に回り、剣を持つ人間に直接【閃雷(センライ)】を浴びせようとした。


「ソーニャ」


 口の端から血の雫を垂らしたマリーの髪の毛が急速に伸び、私の額に触れ、皮膚の内側に潜り込もうとしてきた。

 私は霊脈を最大励起させたまま、マリーの髪の毛を受け入れた。自分の身体が勝手に動き、脳が処理しきれないほどの莫大な情報が氾濫する川のよう侵入する中、(はっき)りとした声が聞こえた。


 ――照準(ヴィゼ)した。撃って


 マリーの寄生干渉属性魔法により、今の私の身体はマリーの操り人形と化している。頭を埋め尽くす様々な情報も『マリーが魔法で見ている世界』だ。その中で、霊脈の励起反応と共に凄まじい速さでマリーに殺到しようとしてくる十の人型が、やけにくっきりと視えた。

 構築していた魔法式を全て排除。電磁弾射出攻撃魔法【砲雷(ハウ・ラウル)】を十重起動。服のボタン、硬貨、鞄の金具。そういった身に纏う金属部品を弾丸に、マリーが照準してくれた人型に魔法式砲身を向けた。

 魔力点火(フー)

 轟音が、私自身の鼓膜を震わせた。


「やってくれるじゃないか……老紳士(ジェントルメン)。ソーニャがいなくちゃ、死んでいたよ」


 私が十方向に撃った【砲雷(ハウ・ラウル)】は、射線上にあった建物と人間を全て貫通し、街を瓦礫と血の海に変えていた。

 ()()()()()()()()()()()()

 マリーは右手で自分の背中に寄りかかるような体勢でいた白髪で老年の紳士の頭を掴み、左手で胸に突き刺さったままだった、柄がステッキになっている剣を無造作に抜く。


「すごいね中佐。君の部下は全員ソーニャの【砲雷(ハウ・ラウル)】をなんとか致命傷で避けたよ。殺すつもりで照準したんだけど、さすがに本職の兵隊さんには敵わないや。まぁ戦闘不能だからいいとして――ん? まだいたの」


 どこか遠くから爆発音が聞こえた。

 マリーが頭を掴む白髪の紳士は白目を剥いており、口からは涎を垂らして完全に気を失っている。そんなこともお構いなしに、マリーの指は紳士の頭蓋に食い込み、埋没して行く。


「なんだ、ぼくなんかのためにこんな吃驚(サプライズ)を一年もかけて用意してくれていたの? でもその一年で、ぼくの愛する家族(ペット)のソーニャは強くなって、中佐が十年以上もかけて選別して訓練した兵隊をやっつけちゃった。ああ、ぼくの立場上、君はこう呼んだ方が正しいかな?」


 お腹の中に埋め込まれたままの弾丸をつまみ出し、血まみれのマリーは紳士に語りかけた。


「キリール・ピーソーク男爵。へえ? 亡命して三十年。どうりですっかり紳士(ジェントルメン)になって、見抜けなかったはずだよ。さあ、出来損ないと言えど、伯爵家長子のぼくを殺そうとしたことについて、弁明してもらおうかな。

 口ではなく、魔の法に依って」

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