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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第四章 ハネムーンの終点
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第四章 3:悪企みの会合

 3


 ライン連邦帝国に亡命していた帝国の魔法使い――缶詰製造会社の社長さんへの説得は、結局失敗と言える結果に終わった。

 神聖皇国で予想以上の歓待を受けたことを利用して、わたしたち夫婦はセッテフィウミ海運の船に乗せてもらうことで、世界中あちこちに亡命していた魔法使いを見つけては、帝国対世界戦争を止めるための協力、最低でもこの未来についてどう思うかという意思を聞き回る日々を送っていた。

 結果と言えば――


「さんざんね。五人だけの悪企みじゃ限界」


 ビスケット湾に面する共和国領の沿岸都市、ラプラダムでわたしたちはクラリッサちゃんと、去年の夏以来の再会と互いの活動報告会議を開いていた。

 彼女が借りたホテルの一室で、ヘルマートさん、わたし、クラリッサちゃんがテーブルに就き、鱗人のギィジャルガさんは蛇のように()()()()()部屋のドアから入り込み、今は床に座り込んでいる。

 残る最後の一人、吠人(バイト)のヴォスさんは立っていたけど、わたしたちを一人一人眼鏡の奥の目で数えた後、自分自身を指差した。


「え!? お嬢様の悪企みって、僕も入れられているんですか!?」

「ヴォス、今更気づいたの? 貴方をわたしの専属にしたのって、つまりはそういうこと」

「そんなぁ~。(ぼか)ぁ妹の晴れ着姿を見るまで死ねませんよぉ」

「兄様たちみたいなこと言わないの! ああそうそう、チェリオ兄様、元気? 恋人とか出来たかしら?」


 クラリッサちゃんは年相応の女の子らしい話題を、主にわたしの方へと視線を向けて振ってきた。


 セッテフィウミ海運にお世話になっているわたしたち夫婦は今、こうして旅に出ている時以外では本社のある港湾都市ゼナを拠点に活動……というか、本当に普通の生活を送っている。

 ヘルマートさんはお菓子職人の見習いとして働き、わたしはセッテフィウミ家の事務仕事を手伝いながら、細々と法式札を打ったり魔法具もどきを造ったりしている。

 お屋敷に住まわせてもらっていることから、セッテフィウミ家次男のチェチーリオさんとお話する機会も多い。

 それを言わずとも察しているらしく、クラリッサちゃんは楽しそうに悪そうな笑みを称えてテーブルに乗り出してきた。


「で、どうなの? ドロテアさん美人だし、チェリオ兄様と泥沼の関係になってたりしない?」

「残念ながら。わたしが見るに、チェチーリオ様は社の利益になる婚姻をすることしか頭に無いんじゃないでしょうか。互いに合意の下に政略結婚できる相手を吟味している感じですね」

「チェリオ兄様は相変わらずねぇ。ヘルマートさんも、自慢の奥様を放っておいてよく一人であちこち行けるわね」

「そのあたりは、なんと言いますか、ドロテアさんなので……」

「あーもー、あんたたち夫婦は普通に惚気るから、からかい甲斐がなくてつまんないしむしゃくしゃするわ!」


 椅子をがたがた言わせて腕を振り回すクラリッサちゃんは、年相応を通り越して年齢より下の幼子のようで本当に可愛い。

 ヘルマートさんも惚気たつもりは無くて、たぶん「わたしが浮気をしてしまったのなら、自分がそれだけ甲斐性の無い男だったというだけ』と考えているのだろう。後で叱らねば。


「で、どうスル?」


 無惨な活動報告結果を、少しでも和らげるためにクラリッサちゃんがふざけていたのをわかっていたのか、最高のタイミングで今まで黙っていたギィジャルガさんは口を開いた。


「言い忘れてイタガ、ギィジャルガの故郷の鱗人(リト)も聞く耳ヲ持たなカッタ。魔人が動カヌ限り、鱗人(リト)の戦士は戦ワヌ」

「まぁ被害が出てから後手後手で弱った方の味方になんとなく付くのが鱗人(リト)だしなぁ」

「ウム」


 種族を侮辱するようなヘルマートさんの一言にも、ギィジャルガさんは聖人の如くただ最低限の肯定を返しただけだった。


「魔人との交易交渉も、個人輸入くらいなら話を聞いてくれるんだけど、今後の国交貿易まで話を膨らませようとするとやんわり逃げられるし」

「ビビッて逃げた帝国の魔法使いは、どいつもこいつも自分のことだけで手一杯か、自分より弱い奴を好き放題できるってんで(イキ)って暴れているかのどっちかで全然ダメだな。チンピラみたいな連中は制裁(シメ)ておく価値はあったっちゃーあったんだが」


 帝国から亡命した魔法使いの一部は、犯罪に手を染めていることもあった。

 結果的にわたしたち夫婦は、いつのまにか地元の麻薬組織や人身売買組織を潰して回ることになってしまった件も三つ四つくらいはあったような気がする。

 どうせすぐに復活すると、ヘルマートさんは寂しそうに言っていた。裏社会の非合法な商いも、市場も、必要とされているのだから裏表関係なく仕事(ビジネス)の一つなのだと。

 冒険者の島、ツェズリ島の実態が限りなく()()なのだからそのとおりなのだとは思う。わたしは夫が悲しそうなのが、少し悲しいだけだ。


 ヘルマートさんは、話題を変えるように腕組みをして神妙な面持ちで話し続けた。


「そういう意味では、去年クラリッサ嬢と一緒に悪企みした一件で交戦した、連邦王国の魔法兵部隊が一番危険(ヤバ)かった。刺し違える覚悟で待ち構えていた牙人(ガトー)七人と戦って、山火事鎮火の片手間で一人も戦死者出さずに皆殺しだぞ。強靭無双(メチャクチャ)だ。

 隊長の魔法使いは間違いなく元男爵なんだろうが、それにしたって兵士の練度もヤバい。正直亡命した帝国の魔法使いのほとんどより、あの追撃してきた魔法兵の方が強かった。装備がいいのもあったけど本気(マジ)で強かった」

「あの手の軍人さんたちも、事態をややこしくしている要因だもんねぇ。困ったもんだわホント」


 クラリッサちゃんが嘆くように、魔法を軍事転用した人間たちこそ、ある意味ではわたしたちにとって最大の懸念とも言える。

 彼らは帝国と戦い、滅ぼす気満々だ。そうしなければ滅ぼされるのがわかっているから、わたしたちと同じ命を賭け札にして戦う覚悟が決まった危険人物たちである。

 困ったのは、列強国が抱える軍隊のため、最終的に無辜の民――善良な小市民さんたちの命も戦火という焚き火にくべる薪のように消費されることだ。


「とにかく、このままでは埒が空きません」


 今までの活動と現実を省みて、報告の場では喋らなかったわたしだけれど、意見表明の場では発言することにした。


「『力』が足りないんだと思います」

「……まぁ、確かに。わたしもセッテフィウミの名を借りているだけで、動かせるお金も人員も限りがあるし、そもそも武装力一つ持っていない民間運び屋は怖くもなんともないものね」


 クラリッサちゃんはわたしの言いたいことをすぐに理解した。

 口数の多いわたしの旦那様は、愚痴るかのようにその意図をヴォスさんやギィジャルガさんに理解できるよう要約を始める。


「あちこち世界各地に散らばった亡命魔法使いたちは、あえて組織を作っていない感触があった。横の繋がりは多少はあったけど、デカい力を持って魔人に嗅ぎつけられてブッ殺されたくないって感じだなありゃ。俺みたいな弱小魔法使いですら、刺客と勘違いするくらいにビビっている奴も多いし。

 だからと言ってクラリッサ嬢の家と社名の下に戦力をかき集められるほど、セッテフィウミ家は武力を持っていない。というか持っちゃ駄目だ。会社が列強国の権力と暴力で潰される。

 ……信用できる、味方の魔人が必要だな、こりゃ。それも子爵級以上を複数だ。帝国を内部から切り崩して、帝国本土を『このまんま戦うとマズくね?』って空気にさせる。結局これしかねー」


 わたしたちが新婚旅行の最後に行く場所は、夫の実家と決めていた。

 一年近く寄り道をしたけれど、やっぱり行き着く先はそこだ。わたしとしては、やっと来るべき時が来たと少し高揚している。

 ただ、ヘルマートさんの言葉にクラリッサちゃんはレモンでも齧ったかのような顔をしていた。


「……一人、心当たりがある。連絡も取れる。接触できる場も用意できる」

「ああ……そういやクラリッサ嬢とギィジャルガは子爵家総領を倒したんだっけか。よく勝ったな」

「あれは勝ったというより、詐欺にかけた感じでしたよ」


 黙ってわたしたちの会合を聞いていたヴォスさんは呆れたような声で発言した。まぁクラリッサちゃんのやることだし。

 そのクラリッサちゃんはヘルマートさんに上目遣いで問いかける。


「ジラルド・アールベルク。知っている?」

「もう裏は取っているからとっくの昔に知っている。帝国で個人的に会ったことはないが、同じ熱量操作家系でラガーフォイアとは遠縁だ。同じ子爵位ってーのもあって、家同士の繋がりは深い」

「本人自身の人柄は知らないってことね」

「ああ」

「どうかな、会わせて大丈夫かな? ギィ。帝国の貴族って、上下関係が絶対だからヘルマート危ないと思うんだけど」

「奥方がいレバ、大丈夫だロウ」


 ギィジャルガさんはよくわかっている。

 クラリッサちゃんはその一言で決意を固めたらしく、テーブルに手を付いた。


「わかった。ジラルドに連絡を取る。待ち合わせ場所は、わたしの家にするからお二人は帰ってイチャイチャしておいて」

「いいのか? いやその、惚気る方じゃなくて、嬢の家を巻き込むことになるぞ。相手は本気を出せばゼナを火の海にできる化け物だぞ」


 ヘルマートさんはいちいち余計な気を回しすぎる。


「ジラルドはそういう奴じゃないわ。大丈夫。それに、わたしはもう家族も使用人も社員たちも、全部巻き込む覚悟でいる。ジラルドとヘルマートの話を聞いたら、そっちの方がまだマシってくらい、帝国は狂っているから手段を選ぶ余地は……無い」


 相変わらず、レモンを噛み潰すような表情でクラリッサちゃんは言い切った。

 だから、わたしはあえてさらにクラリッサちゃんの隠し持っているカードを開かせることにした。


「それ、嘘だよね?」

「本気よ……犠牲が出たら、わたしが殺したってこと」

「違うよ。セッテフィウミ海運が()()()()()()()()()()鱗人(リト)を、()()()()()()()()ってこと。言ってないよね?」


 クラリッサちゃんは顔をテーブルに突っ伏し、ギィジャルガさんは天井を仰ぎ、ヴォスさんとヘルマートさんはわたしを怖いものを見るような目で見ていた。


「セッテフィウミ海運は、砂漠の国、南方の大河王国――鱗人(リト)が多く棲むあの国とも貿易して長いから、純朴な鱗人(リト)を上手く言いくるめて水夫として多く雇っている。それがクラリッサちゃんの家が大きくなった原因の一つ。違う?」

「……ドロテアさんは、こういう女性(ひと)だったのね」

「あ……はい。俺の奥さん、すごく怖いです」


 そういう風に見られるよう努力しているだけで、本当はこんなこと言いたくないのだけれど、誰も言わないのだからわたしが言うしかないだけだ。

 ただ、鱗人(リト)のギィジャルガさんには聞いておかなければいけない。


「同僚の水夫の皆さん、戦ってくれますか?」

「水夫の仕事ハ学ビの一つ。鱗人(リト)の本領タル戦場が正統ナル理由ヲ……でっちアゲレバ、戦士とシテ立ち上ガルだロウ」

「すごいですね。まるで平人(ヒト)みたいな意見です。それを聞いて安心しました」


 わたしはこの場にいるわたし以外の、淀んで暗い目つきになった四人を見つめて、この会合を締めくくる一言を口にした。


「目的のために手段を選ばないのであれば、選択肢の一つとして情報共有できて良かったですね」

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