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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第四章 ハネムーンの終点
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第四章 ハネムーンの終点

 1


 汽笛の音が聞こえてきた。

 塔のように天を衝く鉄鋼の建造物が建ち並び、それらを大きな金属管が結び、煙突から煙が昇る工場を塀越しにわたしはぼんやりと見つめている。

 貨物駅近くに建造されたこの工場は、ライン連邦帝国の中でも僻地で、周りは殺風景な草原とも荒野とも言えるこの世の果てみたいな所だ。此処に勤める社員や運送、提携会社の皆さん以外が立ち寄るような場所じゃない。


 わたしはそれを承知で、工場のすぐ傍に建てられた社員寮の壁にもたれかかり、鞄を手にして夫の帰りか連絡を待っている。

 時折、社員さんが好奇の視線をわたしに送ってくるのを、微笑みだけで返しておいた。わたしは、自分が他人にどのように思われるよう振舞えばいいのか、そこそこ承知している方の人間だと自己評価している。

 というより、素のわたしというのがどうもわたし自身掴みにくい。

 いつも誰か男性の傍にいて、それを支えて生きてきたわたしは想い人の理想的な女性であるよう振舞ってきた――つもりだ。


 他人の心の中は結局覗けないものだし、覗きたいとも思わない。わたしはわたしが大事で大切な男性(ひと)に、大事に大切にされたいがために動くお人形さんである。

 女性の自由労働権と人権保護が叫ばれるようになってきた昨今の世界情勢で、わたしみたいな女は古い考えの持ち主であると、同性から厭われ疎まれるだろう。

 わたしはわたしを支えてくれる男性(ひと)を見つけたらすぐさま取っ替え引っ換えする、愛が無く利己的で、そのくせ自我の薄いお人形。

 当たり前のように最悪な人間だけど、同時にわたしは自分をただの善良な小市民だとも思っている。


「ん。やっぱり交渉決裂しちゃったか」


 待っている間、暇なので暮れ行く曇り空を眺めて無駄な思考を紡いでいたら手に握っていた法式札から霊脈反応が返って来た。

 あらかじめ、いくつか想定される状況に合わせて、反応する式を選択できるように設定しておいた連絡専用の法式札で、わたしの手作りだ。

 反応は『助力乞ウ。現場来ラレタシ』である。


「仕方ない(ひと)


 わたしはポケットの中に隠し持っていた肉体強化法式札の一枚をちぎって、舌の上に載せて口を閉じた。

 魔法式起動。筋力と骨格の強度を上げ、質量上昇式は待機状態に。

 振り向いて全身のバネを溜め、魔法式が飛び交う三階室内の一室を見上げて狙いを定める。

 全力で跳躍し、二階の窓枠に手をかけて身体を引き上げ、その窓枠を蹴りつけて目的の部屋の窓枠に手をかけて、よじ登った。

 左腕を振り抜き、あらかじめ服の袖下に装着していた篭手でガラス窓を破り部屋に潜入。


「ごめんあそばせ社長様。わたしの夫が無礼を働いたようで、妻として謝辞を申し上げに参りました」

「ドロテアさん冗談言っている場合ですか!?」


 投げつけられた灰皿を屈んで避けながら、灰色髪ぐらいしかこれといって特徴の無い面立ちをしたわたしの夫、ヘルマートさんは焦った表情で右腕を大きく払って魔法式を展開した。

 それより先に室内に投射されていた魔法式と、ヘルマートさんの魔法式が正面からぶつかり、互いが互いの物理法則書き換えを優先しようとして侵食し合い、構造が崩壊。結果として物理世界には何も起きなかった。

 同属性の魔法式がぶつかりあった時に起きる現象だ。ヘルマートさんはそれを狙って魔法式を物理世界に出力したはず。

 ただ、相手をどう説得しようかとヘルマートさんが()()()()()いる間に、今度は書斎机から少しだけ上半身を出した中年男が拳銃を構えて出てくるのが見えた。


「あらまぁ大変」


 わたしは爪先と踵に力を込め、右足を振り抜いて履いていたヒール靴を脱ぎ飛ばした。


「なぁっ!?」

「火遊びはだめですよ、社長様」


 照準を合わせる前に拳銃は、飛ばした靴に弾き飛ばされ、天井にぶつかった。

 弾丸を発射するために使われる雷管は、衝撃を与えると暴発する危険があるので、これ以上おかしくなことにならないよう距離を詰めて拳銃を空中で掴み取りながら、わたしは社長と思しき中年男の襟首を掴んで机の影から引きずり出した。


「立派な社長室ではありませんか。これ以上壁や床の修理代を嵩ませ調度品や備品を傷つけガラクタにするのは、わたしも夫も本意ではありません。何があったのかわかりませんが、乱暴事は()めませんか?」

「い、一体、あんたら何者なんだ」

()()()


 交渉失敗の原因は、一人で()()()()に行ったヘルマートさんに全責任がある。

 だからわたしは必要最低限の単語で夫に呼びかけ、にっこりと笑いかけるよう表情筋を支配した。

 ヘルマートさんは唇の端をひきつらせ、少し眼を泳がせてから害意がないことを強調するかのように両腕を広げて、社長に柔らかい口調で話しかけた。


「ええと、ですから、同じ帝国から亡命した魔法使いとして、まずは情報共有をですね……」

「わ、私を、こ、こ、ころ、殺しにっ」

「とんでもない。社長殿は一代にしてこれほどまでに大規模な缶詰製造工場を建て、ライン連邦帝国に大きな国益を成している人民の鑑ではありませんか。あなたの功績のおかげで、飢え死にせずとも済んだ人間の数はとても多いはずです。それほど把握しきれないほどに」

「だ、だからっ」

「いや、ですから、俺は帝国の魔法使いではなく、在野の、同じく帝国を見限った同志として社長殿と穏便にお話をしたいだけなのです」

「なら、この女はなんなんだ!」


 社長に指差されたわたしは、書斎机の傍に転がっていた椅子を元通りに起き上がらせて、そこに中年男を座らせた。


「妻です」

「……妻です」

「なんなんだあんたらは!?」


 このままヘルマートさんにだけ任せていると、会話がいつまでたってもぐるぐる同じ所を回りそうだったので、わたしは微笑んで小首を傾げて相手を()()()()()()


「ただの善良な小市民です」

「何を言っているのかね君は?」

「社長様も同じではありませんか? どうしようもない故郷の帝国を見限って、魔法技術を使い、他国に国益を成す。そうすれば助かる人民も数多く、貴方個人も貴方のご家族も、このライン連邦帝国も助かります。得をします。立派な善良な小市民です。――帝国の裏切り者という一点を除けば」

「私に選択の余地は無い……ということか?」

「信用していただかなければ、まずお話もできませんので、そのあたりは夫にお任せします」


 苦労多い人生を歩んできたことを思わせる、側頭部にしか毛髪が残っていない禿げた頭に消えない眉間の皺が刻まれた中年の社長は、震えた肩と手で顔を覆う。

 かわいそうなことをしているという自覚はあるけれど、罪悪感はあまり無い。

 わたしの愛する夫は、少し――いやすごく甘い。同じ境遇の者同士、誠意を尽くして話し合えばわかり合えると信じている……わけではないのだろうけれど、そう在って欲しいと願い、それを前提としてまず行動に移す。


 なので、相手が怯えて勝手に不必要な攻撃をしてきた場合に備えて妻のわたしが社長室から確認できない位置で待機していた。

 そして甘い同郷の魔法使いより、正体不明で笑顔のまま暴力を振るう女の方がはるかに恐ろしいという状況を作り上げて、()()()()()()()()心理状態に誘導した。


「社長! 何か、窓が割れるような音がしたのですが大丈夫ですか!?」


 部屋の外から男性の声が聞こえてきた。ちょっとわたしが派手にやりすぎたのがいけなかったみたい。

 社長はわたしとヘルマートさん二人に、まるで許可を求めるよう目配せをする。


「その、適当に嘘をついて密談できる他の部屋を提供していただいた方が、双方のためかと」


 夫のヘルマートさんは、困ったように愛想笑いを浮かべて提案し、社長はぎゅっと目をつむった。


「あ、ああ。少し私がふざけて年甲斐もなく若い頃の勢いでな、間違って窓をやってしまった。すまんが片付けと、修理を頼む」


 自分から立ち上がった社長は鍵を開け、慌てた様子の部下を迎え入れた。

 脱いだ靴を履き直したわたしは自然体で夫の腕に寄り添い、社長さんについていく。


「それでは、もう少しお話があるので、申し訳ありませんが、後はお願い致します」

「へ、部屋は移動するが、気を遣う必要は無い。すまんな、仕事を増やして」

「は、はぁ……」


 男性陣の話し合いをわたしは黙って後ろからうかがい、何事も無く部屋から出てついていくことにした。

 わたしがこの部屋にいつ侵入していたかなど、とにかく自然体で振舞っていれば相手は違和感を抱いてもさして深く追及することはないだろう。

 それが善良な小市民というものだから。

 改めておけましておめでとうございました。

 第四章の語り部はハゲタカ改めヘルマートの妻、ドロテア視点となります。


 また連載開始時は一話あたりの文字量が多いので一章ごとに二日ほどのインターバルを置く形式にしていましたが、予定変更して毎日1エピソード掲載形式になりました。

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