第三章 5:先生の足跡を辿って
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「なんだよもー! この街瓦礫と火の海にしちゃおっかなー?」
「マリーがその気なら協力するけど」
ホテルの個室に飛び込むや否や、ぼくは溜まりに溜まった鬱憤を吐き出した。
ぼくたちが連邦王国に到着してからやってきたことは、資産家たちに『施術』する見返りにお金と情報を貰うことだった。
そうして掴んだ手がかりは「去年の夏、ポール都に数日滞在し、商家の令嬢が雇った凄腕の魔法使いは元冒険者で『ハゲタカ』と呼ばれていた」ということだった。
だからぼくはこうして、逆戻りだけど冒険者の島ツェズリ島に最速到着手段であるソーニャとの連携魔法を使って、やって来た。まぁ連携魔法は機会があるなら使ってみたいと常々思っているからそれはいいんだけど。
良くないのは『ハゲタカ』の評判だった。
「屍肉漁りで業突く張り、すごいのは口の悪さと逃げ足の速さだけ、空跳んでいっつも冒険者を見下している腐肉喰らい。なんだよこれ! 悪口ばっかじゃん! こんなのぼくの知っているお兄ちゃんじゃない!」
「マリー、二つ可能性があるって思うんだけど、聞いてくれる?」
「うん聞く」
冷静なソーニャの一言をぼくは素直に受け入れた。
そもそも、ギルド本部とやらで『ハゲタカ』の評判を聞くたび、ぼくが我慢しきれないほどに怒っているのをソーニャが察して、いったんホテルで頭を冷やそうというお話になったのだ。
ソーニャ自身、たくさんの人間がいる場所は苦手なようで、それも悪意に満ちた罵詈雑言は自分に向けられたモノでなくても耐え切れないのがあったのだと思う。何度か攻撃用魔法式が展開されかけているのが見えたのを、ぼくが止めて、お互いに諌めあった形だ。
二人揃って安心できる場所は、他人の視線が届かない所だ。慣れているはずなんだけど、なんだか寂しい。
ソーニャは三角帽子を脱いでコート掛けに引っ掛け、ぼくが寝っ転がるベッドの傍らに、いつものように腰掛けて指を一本ずつ立てて話し始めた。
「一つ。平人間違い。『お兄ちゃん』と『ハゲタカ』は別人物」
「それは無いよ」
「なんで?」
「悪口ばっかだったけど、気流制御魔法の達人だっていうのは間違いなくお兄ちゃんの証拠だ。魔力が大したことないのに、熱量を常時調整し続ける必要がある緻密で繊細な気流制御魔法が使える若い男の平人の魔法使いなんて、お兄ちゃん以外ありえない」
ぼくは断言した。お兄ちゃんのさらに先生である、今はもう死んでしまったらしいマイナードおじさんなら同じことができる。だけど、おじさんは亡くなった時点でお兄ちゃんほど若くはない。
お兄ちゃんとぼく、そしてソーニャが無駄に魔力を使うことなく精密高速できる魔法を起動できるのは、このマイナードおじさんの研究成果のおかげだ――と、お兄ちゃんが言っていた。
おじさんは、魔法式の短縮や圧縮、新たな構文を探す研究をしていたのだそうである。
「これは魔法式を盗み見たくらいじゃ、真似できない技術なんだよ、ソーニャ。ソーニャはぼくが直に教えたしぼく以外の魔人も見たことがないから自覚してないだろうけれど、ソーニャはハッキリ言って、子爵当主級なら勝てるくらいに強いよ。それくらい特別な魔法式をぼくらは使っている」
「ふうん」
ぼくの反論を聞き終えたソーニャは、少し考える素振りを見せた後ぼくの角にゆっくりと触れて質問してきた。
「その、マリーの先生の先生であるなんとかおじさんっていう方が、実は生きていてマリーが使う寄生干渉属性魔法の『施術』で若返って活動していたってことは?」
「……それは無いとは言いきれない。マイナードおじさんとお兄ちゃんは、それこそ叔父と甥だから若くしたら似ているかもしれない。証拠はないけど、一応可能性の一つとして考えておく。さすがソーニャは慧眼だね」
これだからソーニャは頼りになる。ぼくでは思いつきもしない可能性をすぐ導き出す。
帝国から逃げる末端貴族の魔法使いは多い。ぼくもそういうのを見つけてお話して協力してもらっている。そして彼らの中には、相応の支払いをして顔や姿をぼくに『施術』して変えてもらうようお願いする者も少なくない。
ソーニャは、そういった現場に何度も居合わせてきたからちゃんと考えられたのだろう。ぼくは起き上がって、ソーニャの頭を撫で撫でした。
でも、まだソーニャにたずねることはある。
「それで、もう一つの可能性っていうのは?」
「単純。マリーの先生は、それだけ性格が変わってしまった」
「それってあの悪口が事実ってこと? 嫌だなぁ」
「ごめんなさい。言い方が悪かった。マリーの先生は、マリーには見せない性格もあって、それが冒険者としてのマリーの先生だったってこと」
「……それはそれで嫌だけど、たしかにお兄ちゃんならありえるなぁ」
帝国において爵位の上下関係は絶対だ。爵位――つまり角を持つことを許されていない平人のお兄ちゃんは、伯爵家の魔人息女であるぼくとは、一線を引いて接していた。それくらいは自覚している。
国外で平人の群れの中でお兄ちゃんがどのような人間として振る舞っていたのか、ぼくは知らない。
ぼくはソーニャを抱きしめた。
「ソーニャ、たぶんそれが正解だと思う」
人間は誰しも裏表があり、使い分けるものだと教えてくれたのはお兄ちゃんとソーニャ、両方だ。
「でも、ぼくにもお兄ちゃんの汚いところ、ちゃんと見せて教えてほしかったなぁ……」
お兄ちゃんがこの島で悪どい『ハゲタカ』になってしまっていたのだとしても、まだまだ幼かったあの時のぼくには何もできなかったのだとしても、少しくらい知りたかった。わかりあいたかった。
ぼくはやっぱり、それほど頼りない出来損ないなのだろうか。
ソーニャはぼくの髪に顔を埋めて、少し腕を強く握り返してきた。
「ごめん、マリー、あのね――」
「よーう!! 魔人さんが泊まっているお部屋ってここでいいのかよう!?」
ものすごい大声が部屋の外から聞こえてきた。
すっかり憂鬱な気分になって無意識に常時起動し続けている五感強化魔法が切れていたみたいで、この距離になるまで闖入者の接近に気づけなかったみたいだ。
ソーニャが部屋のドアを振り返り、攻撃魔法式が即座に展開される。うわーものすごい怒っている。
「ソーニャ、駄目だよ。殺しちゃ駄目だよ。魔人だと知っていて、こんなバカ丸出しで自分から会いに来る人間なんて、ぼく初めて見たんだから」
「わかった」
「鍵は開けたよ。入ってきなよ、命知らずのおバカさん」
ぼくは指先を構造変化させて伸ばし、ベッドに座ったままドアの鍵を開けた。
ソーニャは名残惜しそうにぼくの腕を解き、従者らしくベッドから立ち上がってかしこまった姿勢を取る。可愛いなぁ、もうさっそく撫で撫でしたい。
「じゃ、お邪魔するぜぃ、魔人さんよう」
部屋に入ってきたのは、大柄な若い男の平人だった。縮れた濃い茶髪を短く刈り込み、なんだかお仕着せられたみたいなスーツを着ている。全然似合ってない。
年頃を計算すると、今のお兄ちゃんと同世代くらいだろうか?
のんきな声色通りに、ぼくを目の前にしても朗らかな顔つきを変えない。ハッタリでもなんでもなく、心拍数を聞いても瞳孔の動きを見た感じでも、多少緊張しているけどその程度で済ませる人間なんて本当に初めて見た。
ちなみにソーニャは数に入れない。最初っからぼくに好意を抱いてくれたソーニャは特別だ。
ただ――ギルド本部とやらで見てきた平人の中で、間違いなく一番の使い手だと判断できた。
ぼくに対して警戒心も敵対心も確かに無いのだろう。だが大仰な立ち振る舞いの一切に隙が無く、ごく自然に染み付いているのだ。
「おいらの名前はアトラ。鷹の字――ああ、ハゲタカの親友」
「……ヘルマートお兄ちゃんの、友達?」
「え? 鷹の字そんな名前だったの?」
「へ? なんで名前知らないの? それで友達なの?」
「うんわかった。二人とも黙って。私が整理する。二人は私の質問に答えてくれたらいい」
ぼくとアトラという平人が互いに混乱する様子を見て、ソーニャが仲裁に入ってくれた。
ソーニャはコート掛けまで歩いていって、三角帽子を被り直し、椅子をアトラに向かって指差した。
「掛けて」
「おう」
「私は魔女のソーニャ。こちらの魔人は私の主人。マリー、名乗って」
「マリー・リー・ユニカだよ、アトラさん」
「アトラ、貴方はなぜ私たちに会いに来たの?」
アトラはちょっと難しそうな顔をした。やっぱり言いにくいことなのかな。
「……悪、魔女のお嬢ちゃんの連邦王国語、聞き取りにくい」
「そこかよ」
ソーニャがまた魔法式を展開しそうになった。ぼくはソーニャの肩に手を当てて、とにかく落ち着かせる。
「ソーニャ、少しずつ覚えていけばいいから。ええと、アトラさん、なんでぼくたちに会いに来たのかな?」
「ハゲタカのこと聞き回っている魔人が現れたってどエラい騒ぎになってっからよう。親友のおいらがちゃんと鷹の字のこと教えてやんねーと、こりゃダメだーって思って」
「マリー。この平人バカだけどただのバカじゃない。頭の良いバカ」
「すごい表現」
「……マリーも同類。ええと、友達だって話だけど、どういう関係だったのか聞き出して」
ぼくはソーニャに言われた通り、アトラに対して話しかけた。
「アトラさんはお兄ちゃんと友達だっていうけど、どういう友達なのかな?」
「おう、迷宮ってーのは危険ーとこでよう。何人かで組んで潜るもんで、おいらと鷹の字は二人組みで冒険者やってたんだけど、ずいぶん世話んなったぜぃ。危険な道を避けたり跳んで運んでくれたり、狩った獲物を上手いことでっかい金に換えてくれたり、いい感じに話持っていってくれたり」
「それ間違いなくお兄ちゃんだ」
「おおっ、やっぱあいついいヤツだよな! マリーお嬢ちゃん」
「うんうん。なんかすっごい嫌な話ばっか聞かされていて、ぼく頭に来てたとこなんだよ。どういうことなのこれ?」
「いや鷹の字って照れ屋だから。恥ずいからってわざと嫌われていただけなんだよう。悪ィ評判は、おいらと手ェ切ってからで、それも自分一人で背負い込むためだったんだろーし」
「あー」
言われてみれば、思い当たるお話だった。
そして落ち着いてみれば、事情が見えてきた。お兄ちゃんは帝国から身を隠すために、本名を名乗っておらず『ハゲタカ』という汚名をあえて名乗っていたのだろう。
ぼくの知っているお兄ちゃんと、ソーニャとアトラの話を全部すり合わせると答えが出てきた。
ソーニャはもう自由にどうぞ、という感じで目をつむって我関せずという態度になっている。なんでソーニャはぼくの都合の良いように先回りして立ち回れるのか、本当に不思議で嬉しくて、なぜだかちょっと寂しい。
でもとにかく、今は家出してからやっと初めて具体的に掴んだお兄ちゃんの手がかりなのだ。聞けることは聞き出したい。
「それで、お兄ちゃんはもうこの島にいないみたいなんだけど、アトラさんは事情を知っているの?」
「おう、結婚して新婚旅行でブラブラするって言って出て行った」
「…………結婚?」
「おう、美人でえれー頭の良い奥さん。鷹の字完全にアレ尻に敷かれているなぁ」
「お兄ちゃん結婚しちゃったの!? 名前なんてヤツ!?」
「マリーお嬢ちゃん、魔人のアンタにこれ言ったって仕方ねーのはわかるけど、一つだけ約束してくれぃ」
そんな、馬鹿な、という単語で頭の中がいっぱいになっているぼくに、アトラは突然真剣な目つきになって言った。
「鷹の字は心の底からドロテアちゃんに惚れて結婚した。だから、妹のお嬢ちゃんでも、故里に放ったらかされてキレているのはわかるけど、奥さんに手ぇ出すのは、勘弁してほしいんだよう」
「……ぼくはお兄ちゃんの妹じゃないけど、わかったよ。恋愛結婚なんて、帝国では難しいからちょっと――ううん、すごくうらやましいかな」
お兄ちゃん、すっかり大人になっちゃったんだなぁ。
生きてくれているのが確定しただけでも良かったのに、お兄ちゃんが幸せにしているならなおのこと良かったはずなのに、胸の奥がずきずきするのが止まらない。
ぼくはお兄ちゃんと結婚したかったのかというと、よくわからない。家格が違いすぎて考えもできなかった。
ただ、お兄ちゃんが色々と教えてくれるあの時間が恋しかった。
時間って、酷いものだ。
「主人に代わって聞く。ヘルマート氏がどこにいるか、お前は知っているの?」
ぼくが落ち込んで喋れなくなっているのを察したのか、つたない連邦王国語でソーニャが聞いておくべきことをたずねてくれた。
なんだろう、本当にすごく、指先まで痛い。涙が出そうだ。
「なんとか海運ってー所に世話んなっているらしいけど、おいらバカでちゃんと名前覚えてないから、おいらの事務所で話聞いてきてくれぃ。これ事務所の住所と電話番号」
滲んだ視界の中で、ソーニャがアトラから名刺を受け取るのが見えた。
アトラは椅子から立ち上がり、去り際にぼくに声をかけた。
「鷹の字もアレで大概バカだよなぁ」
「うん」




