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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第三章 ストレイ・シープは夜空を見上げる
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第三章 4:冒険者たちの島へ

 4


 寄生干渉属性の魔法は、肉体強化魔法の派生系と考えられている。

 人間なら誰しも使える可能性を秘めている肉体強化魔法は、脳からの命令伝達を担う神経系と、霊脈とがほぼ重なって絡み合っているため、覚醒しやすいとされている。単純により速く、より強い力を発揮するために自分の肉体の操作を無意識だけに任せるのではなく、意識的に支配することで魔力による強化が起こりやすいわけだ。

 これが行き着く所まで行き着くと、自分自身の肉体を()()()()回すことが可能になってくる。大陸の東方、深山幽谷に住む霞と雲だけで長い時を生きるという仙人なんかはたぶんそこまで行っちゃった人間だ。


 寄生干渉属性には、ユニカ家に連綿と継がれてきた魔法式の中には、他人だけでなく自分の肉体を()()()()数々の魔法式が在る。

 ぼくは今、その魔法式を霊脈最大励起、脳内最大回転にして目前にある『壁』を掘り進む盾にして矛となるようブン回している。


「アハハ! ソーニャ、また腕が上がったね! ソーニャが出せる最高速度に付き合うと鼻血出てきそう!」

「無理しないでね、マリー。マリーが限界越えたら二人で一緒に死んじゃうから」

「アハハハハ! 最高に間抜けな死に方でそれはそれで面白いかも!」


 ぼく自身が限界まで力を振り絞らないといけないほど、教え子にして家族(ペット)であるソーニャが成長することがこんなに嬉しいなんて、想像だにしていなかった。

 ソーニャが結果的に作り出して、ぼくが必死に戦い抗い穿ち掘り進め続けている『壁』は()()である。

 ぼくたちは今、古のおとぎ話で語られた魔女のように箒に腰かけて空を飛んでいる。

 ただ、その箒は建築資材に使われる()()なのだけれど。


 根本原理は簡単。弾丸を電磁投射する電気操作攻撃魔法【砲雷(ハウ・ラウル)】で鉄筋を飛ばす。以上。終わり。

 ただ、【砲雷(ハウ・ラウル)】を移動手段として使うために、搭乗部分からは絶縁状態に設定している。結果的にこのせいで得られる速度は低下してしまっているのだけれど、それでもソーニャの練度が上がっているおかげで、空気抵抗がものすごいことになっている。


 ぼくは両腕を前に突き出して、肘から先の肉と骨を肥大、形状変化させて弾頭形状にすることでぼくたち自身を覆い守る防壁にしている。強化した肉と骨は空気抵抗によって生じる衝撃で砕け散り摩擦熱で炭化する端から再生させ続け、なんとかこの均衡を保っている。

 さらに鉄筋に腰かけたままのぼくらは本来なら超音速で飛行する『箒』から吹っ飛ばされてしまう。それをぼくとソーニャと鉄筋を髪から伸ばした触手で繋ぎ、肉体強化魔法の質量増大も併用することでぼくたちの質量を増やし、なんとか固定している状態なのだ。

 莫大な魔力を使う魔法を恒常並列起動しているこの状態はあまりにも危険だ。主人としての意地でカッコつけ続けているとコレ死んじゃうかな?


到着(つい)た」

「わぁお!」


 継続発動されていた【砲雷(ハウ・ラウル)】が切られ、慣性に従って飛び続けるぼくらは空気抵抗の制御ができず、弾頭形状にした防壁ごと空中をぐるぐる回っているのだけがわかる。外の様子をうかがうほどの余裕が、まだ戻ってきていない。


「海に着水するまでどれくらいありそう!?」

「よくわかんないけど、たぶん三十秒以上はあると思う」

「よーし、それならがんばってソーニャにもっといいとこ見せなきゃね!」


 とにかく、この十秒は深呼吸だ。過剰励起させた霊脈をいったん落ち着かせ、ひたすら同じ式を回して続けていた脳を冷却させる。


「すーはー……すーはー……」


 よし、深呼吸終了。

 肉と骨で構成された弾頭防壁を丸めて、球形に変化。強化した大きな皮革を作り、筋で繋いで解放。肉塊から落下傘(パラシュート)のように広がった皮革は、慣性移動の勢いを殺す。

 ちぎれそうになる筋と、穴が空きそうな皮革をやっぱりその端から再生維持し、球形防壁の外側に触覚を発生させ、目玉を二十四個ほど作って上下前後左右全方向を確認。


「ソーニャ、おいで」

「うん」


 慣性速度が安全圏になり、海面までの距離と上下感覚全てを把握したところで、ぼくは黒いワンピースにやっぱり黒の肩外套(ケープ)を羽織ったソーニャを右腕で抱き寄せた。

 肉塊防壁を維持していた左腕も元の形状に戻し、生の両目で眼下に広がるは青い海に浮かぶ、緑と山脈が点在する島だ。V型の運河の接続点付近からは街が見える。

 あれが冒険者の島、ツェズリ島。迷宮と遺跡が眠るお宝の山、だそうである。


 でも、ぼくにとってそんなことはどうでもいい。髪の毛を形状変化させて鳥の翼のようにして、熱量操作魔法で気流制御して揚力を得る。

 少しはばたいて、ゆるやかに自由落下しつつ適当な着地地点を探す。


「どこ降りたらいいかな?」

「確か、冒険者ギルド本部って所が、冒険者の管理をしていたはず」

「どれだろ?」

「迷宮の入り口近くに建てられているんだって」

「迷宮って言っても、遺跡みたいなのは見えるけど都心部からは離れているし、そんな所に本部建てないよね?」

「……確か、大迷宮を中心にして、人間が集まって、街が建設されていったはず。街の真ん中あたりにそれっぽいの、無い?」

「うん、見ィーつけた。ありがとソーニャ、頼りになるよ」


 ソーニャの黒髪を撫で撫でしていると、ソーニャもぼくにぎゅっと抱きついてきた。心拍数から高揚しているのはわかる。

 たぶん、ぼくも同じようにソーニャに思われているはずだ。さっきまでのちょっとした命がけの移動手段の名残と、お兄ちゃんの新たな手がかりが得られそうなことの二つで心臓がドキドキしている。

 大穴のような異様に広く造られた地下への階段と、そのすぐ傍に建てられた大きな建物の直上あたりまで来て、ぼくは気流制御魔法をいったん解除して鳥の翼を畳み、自由落下するに任せた。

 地表近くまで来て、翼と気流制御魔法を展開し直し、軟着地する。


「やっほー。ここ、冒険者ギルド本部で間違ってないかな?」


 建物近くで地図を覗き込んであれこれお話をしている集団や、地下から汚れまみれで這い上がってくる集団が周りにいるので、ぼくは遠慮なく連邦王国語で話しかけてみた。

 みんな、人種は色々いるけれど、武装している人間ばかりだけれど、例外なくぼくを丸く開いた目で見て硬直している。

 飽きるくらいのいつもの様子だ。ぼくは一目見てわかるように、羊のような無害で怖くない魔人なのに、どうしていつもこう怖がられてしまうのか。帝国から飛び出してぼくを見て怖がらなかったのは、まだ腕に抱えているソーニャくらいである。

 そのソーニャはため息をついて目を細めると、鞄の中に入れていた三角帽子を被って、最近覚え始めたたどたどしい連邦王国語で、周りにいる方々に話しかけた。


「はい、いいえ。どっち?」

「…………え? あ、はい。そうです」


 垂れ耳の吠人(バイト)がそう答えてくれた。間違ってなかった!

 でもソーニャは機嫌が悪いらしく、ぼくの手を引いてギルド本部という建物に向かって歩いていく。


「マリー、行こ」

「ありがとうソーニャ。ぼくだけじゃ、こうはいかなかったよ」

「人間は、自分より強い奴は怖いだけ。私は魔女だから舐められているだけ」

「いや、ソーニャも十分怖がられてたと思うよアレは」


 恐怖という点で言えば、むしろソーニャの方が向けられる表情から見れば正しい気がする。ぼくの場合は呆気に取られて、まずぼく自身が認識されていない感覚がある。

 ソーニャは少し寂しそうにして、唇を吊り上げた。


「そうかも。魔人のマリーっていう『びっくり』を魔女の私で『怖い』にして話ができるようにしたの」

「『楽しそう』とか『面白い』になんでならないのかなぁ。ソーニャもこんなに可愛いのに」

「私はわざと怖がられるようにしているから。魔女の私はそうじゃないとダメだから」

「むぅ……」


 こう、自分が魔女だと頑なに言い張っている時のソーニャは、ぼくもうっかり触れちゃいけない部分なのだということだけはわかる。

 お喋りして、笑いあって、わかりあう。ぼくがそう在りたいと願う人間同士の在り方だ。

 でも、ソーニャが自分を魔女だと言って譲らないのは、どう考えても笑って話せる話題じゃない。ぼくはソーニャのそういう所も包み隠さず教えてほしいのだけれど、言葉にするのは難しい。

 だからぼくは、いつもこういう時はソーニャに口づけして寂しさを紛らわせることにしている。

 頬に唇を寄せると、その感触に気づいたソーニャはぼくを振り返って、顔を赤くしてうつむいた。


「うん、ぼくの可愛いソーニャだ」

「……こういうのは、あまり人間のたくさんいる所でやってほしくない」


 ソーニャの頭を撫で撫でしていたら、すっかりギルド本部とかいう建物の奥深くまで入り込んでいることに気づいた。

『受付』の文字が連邦王国語で大きく書かれたカウンターがあって、そこにいる眼鏡の女性の平人(ヒト)は口元を手で抑え、周りの人間たちも唖然とした様子で固まっている。

 うーん、毎回のことだけどここからまともにお話するのが面倒くさい。

 そう思っていたぼくに気づいたのかいないのか、ソーニャは受付嬢らしき眼鏡の平人(ヒト)に近づいて、低い声で言った。


「主人の質問に答えろ」

「え……? あ、その……魔人様が、登録、ですか?」


 ばぢぃっ! と轟音と衝撃を放つ放電魔法がソーニャの右手から出力された。あくまで脅しのためだけだったようで、誰も、物一つ傷つけてはいない。精密操作もできるようになったようで、教えたぼくとしては誇らしい気持ちで胸が熱くなる。


「答えろ」

「ソーニャー。泣いちゃってるじゃないか。可哀そうだよ」

「私はマリー以外どうでもいいから。話、これでたぶんできるようになったと思う」


 しゃっくりしながら涙を零す眼鏡の受付嬢から離れていくソーニャと替わって、ぼくは彼女に近づいて精一杯親しみを込めた笑顔を浮かべて質問する。


「ハゲタカって冒険者、知っているかな?」

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