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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第三章 ストレイ・シープは夜空を見上げる
16/93

第三章 3:魔改転生

 3


 ぼくらが宿泊しているホテルには、もう一室貸してくれるようお願いした。

 魔人のぼくが連邦王国の通貨を使わずにそれをすると、必要以上にホテルの従業員の皆さんを怯えさせる結果になるとソーニャが教えてくれたので、ぼくは目の前の平人(ヒト)のご婦人にちょっと手を貸してもらった。


「まずは、ご挨拶。ぼくは見ての通り魔人のマリー・リー・ユニカ。レディ、宿泊料金の立替えと、お金の両替をしてくれてありがとね。お礼として、あと一個お願いを聞いてくれたら施術代は半額にしてあげるよ」

「それは……有り難いお話です」


 うーん、笑顔はなんとか取り繕っているけど、心拍数は高いし汗腺は活発だし、ぼくを直視しないよう部屋のあちこちに視線が散っているし、一言で済ませるとものすごい緊張している。

 ぼくは見た目が髪と角だけで威圧感がある――らしい――ので、気楽(カジュアル)な白シャツにロングスカートで無害さを強調してみたつもりだったのだけれど、全然意味が無いみたいだ。

 後ろでは白衣に着替えたソーニャが白い清潔なシーツをベッドに張り、それっぽい演出をしてくれている。

 ぼくとご婦人はテーブルを挟んで向かい合わせに座り、お話をしている。ソーニャが見える位置で準備をしているのは、ほとんど相手の緊張をほぐす儀礼(パフォーマンス)だ。

 だからこれは毎回相手に念を押すことにしている。


「レディ。ぼくは怖くない魔人だよ? できるだけ心を開いて、信用して、自然に普通にしてくれないと、お互い不本意な『失敗』という結果になっちゃう。最低でも『嫌だ』『こんなことされるくらいなら』みたいなことは考えないでほしいな。無理矢理できなくもないけど、危険なんだよ。本当に」

「もちろん……」

「嘘ついてもぼくにはわかるからね? 『怖くてやっぱり()めます』は正直に言ってくれた方が助かる。大丈夫、立替金や両替の手間賃はちゃんと支払うから。ぼくは怖くない魔人だよ?」

「マリー」

「ん? 何? ソーニャ」

「半額にするっていうお話の最後の条件、話し忘れている」

「あ」


 うっかりしていた。ちゃんと対等な立場に近いよう見せかけないと、警戒心は解きにくいと教えてくれたのもソーニャだ。本当にソーニャは頼りになる。今すぐ撫で回したいけど、以前何回かそれをやったら『それも相手を混乱させる』と照れ顔で言われたので止めている。実に惜しいけどお金を稼ぐお仕事って我慢の積み重ねだ。

 ぼくはこの際だから、ということでこの前ソーニャに見せたアルバムの中に差し込んでいた、お兄ちゃんの写真をハンカチに載せてテーブルの上に置く。


「ぼくはこの男の平人(ヒト)を探しているんだ。七、八年くらい前の写真で、もう成人済みだから顔は面影程度に参考にして。名前はヘルマート」

「もちろん、お探しすることに協力は……」

「それ以上のことはするなよババア」


 後ろからソーニャの低い声が聞こえた。

 可哀想に、ご婦人は怯えて椅子から転げ落ちそうになっちゃっているじゃないか。


「お前たち平人(ヒト)は金とか権力とかつまらないモノで私たちの役に立つだけの家畜だ。言われただけのことをすればいいだけの脳みそは持っているはずなんだから、絶対に余計なことはするな。変なことをしたらマリーが許しても私がお前たち一族郎党皆殺しにする」


 ソーニャが口にしているのは共和国語であって連邦王国語ではないのだけれど、ぼくの所に来るくらいの資産家は両方嗜んでいることが多く、ちゃんと意味が通じているようでご婦人はガタガタと震えてしまっている。


「ソーニャ、やめたげなよ。怖がっているじゃないか」

「ごめんなさい」

「レディ、失礼をお詫びするよ。大丈夫大丈夫、情報収集するだけでいいんだから。変に気を利かせなくていいってだけのお話だから」

「私たちに取り入って、媚売ってとか考えるなよ、猿が」

「ソーニャ~。もう困った娘だなぁ」


 ぼくは苦笑して振り返り、剃刀のように金色の目を鋭く細くしたソーニャに注意をする。

 でもまぁ、人間を疑うのは苦手だって言ったのはつい最近のことで、そのあたりをソーニャに任せたのはぼくだ。ソーニャはぼくが()()()()そうな芽を摘み取っているだけなのだろう。

 お仕事の場じゃなければ抱っこしていい子いい子したいくらい、いじらしい姿なんだけど、そういうわけにもいかないんだよなぁ。


「ソーニャのことはもうこの際怖がっていいから、レディ、話の続きをしようか? 施術の注文はもうざっと書面で見たけど、実行する前にちゃんと聞いておきたいこともあるし、そっちも質問とか細かい所色々あるでしょ? 何言ってもぼくは怒らないから正直にお話してね?」

「は、はい……。それでは、まず、施術後に問題などは……」

「レディ程度の注文だと問題ないよ。身長を大きく伸び縮みさせろとか、性別を変えろとか、髪とか爪とか肌の色とか頻繁に新陳代謝する部位を変えろとか言われたらぼくも経過観察して調整しないとダメだけど」

「そこまでのことを……」

「でも無理のない範囲で欲張らないのを、ぼく的にはオススメするよ。例えば二、三十歳くらい全身若返らせたら、誰だかわからなくなっちゃうでしょ? それが目的とか、そこまでしてとかなら別にいいけど」

「……それは後々考えさせていただきますわ」

「あ、一応言っておくけど寿命は延びないよ。むしろ身体に色々と()()()()わけだから欲張れば欲張るほど寿命は縮むと考えておいて」

「……悪魔との契約らしいですわね」

「アハハ! よく言われるよ。んーじゃ、まっ、お肌のたるみ改善、染み取り、抜け毛予防、髪質改善、ウエストを絞って……どのくらい絞ればいいのコレ?」

「その、魔人様がご無理のない範囲と判断していただきたく……」

「ん、ぼくに一存と。身体全体のバランスも見たいし、悪いけど服脱いでベッドに寝転がってもらえる?」


 見るからに資産家のご婦人が、従者も連れずにこの部屋に入ってきたのは大体こういう理由である。


 ユニカ家の系統属性である寄生干渉魔法は、端的に表現すれば他者が持つ肉体と魔力と同化して好きなように()()()()回す属性だ。

 本来、生物の身体はあらゆる面で外部からの干渉に対して抗体を持つ。これが正常に機能しないとあっという間に病気に罹って死んでしまう。逆に、抗体反応が強すぎて自分自身の肉体を攻撃してしまうこともある。

 寄生干渉属性は、その抗体に干渉して「やあこんにちわ! ぼくは君の身体の一部だよ!」と嘘をついて仲良くして色々都合をつけることができる。


 これは肉体だけに限ったことではなく、魔力面での抗体にも作用する。というか、より正確に表現すると魔力抗体に対して欺瞞、寄生、同化してから肉体に移る。魔法ではあるので、結局は魔力のぶつかり合いがモノを言うのだ。

 だから平人(ヒト)程度の魔力でも、できるだけ警戒心を解き受け入れてくれないと困るのだ。感情に従って霊脈の抵抗が激しくなると、こちらも力づくで言うことを聞いてもらうことになる。その際に霊脈を傷つけることだってある。霊脈の治療は正直ぼくの手に余る領域だ。


 魔法は自然を不自然に捻じ曲げるのが基本だけど、あえてそのうえで「自然が一番」であることは揺るぎない事実ではあるのだ。

 それでもこの寄生干渉属性が重視されるのは、医療と治癒に直結しているからである。とくに気絶してしまうほどの重傷者や重病人は、もう抵抗する余力が無いのである意味()()()()放題だ。ソーニャと初めて会った時、彼女が気絶してくれていたのはある意味では幸運だった。ソーニャほどの魔女が本気でぼくの寄生干渉に抵抗すると、かなり面倒なことになるので。


「さて――」


 裸体になったご婦人には仰向けに寝てもらうことにして、ぼくはそのうなじのあたりに指を当てる。

 ぼくの霊脈が活性化し、ご婦人の霊脈に寄生干渉を行い始める。魔人と平人(ヒト)では魔力量が比べ物にならないので、あっというまに侵略完了。

 肉体状況の精査をして、内臓にも色々負担がかかっていたり、将来起こりそうな病気の片鱗が見えたりするけど、そこは要望されていないので触らない。注意して追加治療とお金をいただくことも多いけど。

 身体の状態は把握したので、無理が出ない程度に要望通りに()()()()回し始める。加齢によってたるんでしまった肌を引き締まらせ、ついでに頬の小皺取りくらいはサービスでやっちゃおう。骨や内臓に比べると、肌はまだ抵抗が少なくて()()()()()()()()


 ソーニャが横手に出してくれた要望メモを見つつ、肉眼で綺麗に術式が進行しているか確認して、全ての施術が終わるまでは三分程度だった。父上や妹のメルセリーナなら十秒くらいで済ませるかもしれないけど、ぼくは自分の未熟さと適性の低さを自覚しているので慎重に慎重を重ねて、これくらいだ。


 ぼくがご婦人のうなじから手を離すと、ソーニャは無造作にガウンを彼女の身体に掛けた。

 汚物を見るような目をしている。というか、ソーニャ自身の口から『そうじゃない?』と聞いている。

 ぼくとしては、こうして色々な人間の身体状況に触れ、()()()()のは実施勉強も兼ねているのだけれど、こういった感覚は寄生干渉属性の魔法使いでなければ得にくいモノだ。そんな能力も持っていないのに、金属刃で強引に肉を裂いて解剖とか手術とかいう危険で気持ちの悪い行為をできる人間の方がぼくはちょっと嫌である。


「レディ、終わったよ。姿見で確認してくれるかな?」


 さんざん裸を見ておいてなんだけど、一応相手の諸々を尊重して、姿見はカーテンで覆い隠せる場所に設置してある。

 ぼくが指差したカーテンの向こうから感嘆の声が上がるのを聞きつつ、ソーニャに確認した。


「今日あと何()待っているんだっけ」

「三()

「可愛いなぁソーニャは」


 やっとソーニャを抱き寄せて思う存分撫で撫でできる。

 仕事中に凶相となっているソーニャも可愛いけれど、やっぱりぼくの腕の中で照れて嬉しそうにして微笑むソーニャが一番可愛いものだ。

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