第三章 ストレイ・シープは夜空を見上げる
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魔人はこの世に産まれたその瞬間、人生のほぼ全てが決まる。
この話をぼくの大切で大事な愛する家族のソーニャにした時、彼女はとくに感情が動かなかったようで、心拍数も表情も変えずに『人間って大体そんなもんじゃない?』と返してくれた。
ソーニャのそんな所がぼくは大好きだ。好きな部分をいちいち挙げていったらお星様の数くらいになっちゃうけど、大切な人間との愛する思い出を一つ一つ心と魂に刻み込む日常が、元々赤の他人だったぼくたちを家族にしてくれる。だからぼくはソーニャ自身は何気ないつもりだったのだろう一言も、胸の奥の宝箱に入れている。
ソーニャは慧眼の魔女だ。ぼくより少し年下みたいだけど、家族の彼女に教えられることはとても多い。
人間なんて生き物は産まれた瞬間、その後の人生なんて大きく変えようがない。
生まれた種族と性別を大前提として、土地に身分や家柄、時代の流れ、周囲を取り巻く人々、そして何より本人自身が生まれ持った才能。
こういった諸々の情報を魔法式のように組み合わせていけば、起動する魔法はもう決まったも同然だ。あとは多少の調整が利く程度で、ちゃんと魔法を発動できたらそれだけで良しとすべきで不運な事故で突然死することもあり、その場合魔法式は何も成せぬまま霧散する。
『人間に限らず、生き物みんなそうかも』
ソーニャはそう投げやりな声色で、どうでもよさそうに一重瞼をさらに細めて、ぼくの持論に対する返答を結んだ。
そんな家族がたまらなく愛おしくなって抱きしめたら、危うく内臓に損傷を与えるところだったので、ソーニャ自身が放電でぼくの衝動的行動を諌めてくれた。こうなったらもう、ソーニャの一挙手一投足全てが愛らしくなってしまう。
だからこそ、ぼくはソーニャの意見を受け入れなかった。自分で言いだした持論をひっくり返して、確かぼくはこう言ったと思う。
『でも、ぼくはソーニャと出会えて人生が変わった。ソーニャも変わったって思ってくれていると、ぼくは思っている。大切な愛する家族に成り得る人間と出会えた時、人生は変わる。良い方か悪い方かなんて、今はわからないけれど』
ぼくの反論を聞き終えたソーニャは、顔を、耳まで真っ赤にして、金色の瞳を見開いて、ぽろぽろと涙をそばかすのある頬に零した。
『良いに決まっているじゃない』
ソーニャの生い立ちを考えると、その涙は寂しさが愛情に満たされたためなのか、ぼくの言葉に感涙してなのか、魔人のぼくには想像もつかない理由があってのものなのか、そんなことはわからない。
大切なのは、ぼくたち二人はお互いの意見や持論に対して反論しあって、それでもお互いが大好きで愛し続けていることだと思う。
ぼくとソーニャは違う生き物だ。ぼくは魔人の伯爵家の出来損ないの長子で、ソーニャは平人の子でありながら上位男爵級並の魔力を持って生まれてしまったがために迫害された魔女だ。でも、だから、ぼくたちはモノの見方が違うし、それでも相手を否定せずにわかりあおうとお喋りができる。
そういえば、こんな風に下等人種であるはずの平人の子でも、同族の魔人たちなんかよりずっと大好きで愛していいと教えてくれたのは、お兄ちゃんだったっけ。
お兄ちゃんに出会ったことも、ぼくの人生を変えたきっかけだ。いや、そもそもお兄ちゃんに色んなことを教えてもらわなければ、家出してソーニャに出会うことも無かった。
『マリーお嬢様の保有魔力は、確かに伯爵家の跡継ぎとして物足りないかもしれません。しかし適正属性が分割していることを卑下なさるのは間違っていると、僭越ながら進言させていただきます』
お兄ちゃんはぼくに魔法を教えた先生の一人だった。でもお兄ちゃんはとっておきの魔法式以上に、もっと大切なモノをたくさんぼくに教えてくれた大事な男性だ。
寄生干渉属性の家系たるユニカ家長子でありながら、ぼくの適正属性は純粋な寄生干渉一本のみに絞られていない。寄生干渉属性に一番適正があって、消費魔力量の負担が小さめなのは事実だけれど、純粋適正を持つ父上や母上に妹のメルセリーナと比べると、ぼくが同じ魔法を使っても二倍近くの魔力を必要とする。
元々保有魔力量が少なく生まれてきたうえに、魔力燃費が悪いのなら実質保有魔力はさらに低い。
だからぼくは、出来損ないなのだ。父上も母上もぼくを一人の人間として、子供として愛してくれているのはわかるけれど、伯爵家の魔人としては三流だと線引きされているのは幼い頃に気づいていた。
そんな風にふて腐れていた幼い頃のぼくに、適正が一応ある程度の熱量操作属性魔法の先生として屋敷にやってきたお兄ちゃんは、分割属性魔法使い特有の強みがあることを教えてくれた。
『俺の適正である熱量操作はモノを暖めて冷やすことしかできません。応用して風を操ったり、莫大な魔力にモノを言わせれば地面を溶岩にしたり海を蒸発させることもできますが、規模と破壊力が大きくなるだけです。
……まぁ、この本来極寒の極北圏内の帝国を温暖な気候に調整なさってくださっているのが、陛下や侯爵家以上の熱量操作魔法なので、それこそあまり卑下してはいけないのですが。
ともあれ、一属性にできることは限られています。熱量操作は調理にも向いていますが、まず食材が無ければ料理もへったくれもないでしょう? その点、寄生干渉は畑や家畜の状態を良好に保ち、安定した食糧供給が可能なのです』
それに対して、ぼくはやっぱり反論した。
『そんなの、みんなそれぞれで得意なお仕事をしたら、いいだけだよ』
『見事です。その通り。マリーお嬢様は大変に聡い。ですが、人間ってみんな仲が良いわけじゃないですよね? 一人一人、やらなければいけない事も違えば好き嫌いも違う。いつだって協力できるわけでもないですし、ずっと一緒に行動できるわけでもありません。そう、あなたとわたしは違う。これが一番の問題点です。
ところが分割属性の魔法使いはこれを解決できます。例えば、寄生干渉属性魔法で腕を伸ばして触れたなら、接触した部分から直接電気操作魔法で電流を浴びせることができます。【閃雷】の制御が難しいのは、大気の機嫌に左右されるためですから、自分の腕を導体にすることで解決できるわけです。
他にも、熱量操作の気流制御と寄生干渉による身体構造変化を併用すれば、翼を生やして鳥のように飛行することも可能なのではないでしょうか。これは誰もやったことがないので絶対とは言い切れませんが。生体電流の制御と身体構造変化も非常に相性が良いでしょうね。超反応する適応力や、新たな治癒魔術の分野を切り開けるかもしれません。
俺のような魔力量では、今まで述べたことはできないでしょう。しかしマリーお嬢様ほどの魔力量があれば、適切な魔法式を知り、それらを複合併用する実力を身に着ければ。何よりお嬢様自身が自分の生まれ持った力を信じて、自分に何が出来て、何が出来ないのかを見極めて学び続ければ。おそらくマリーお嬢様は、帝国史上未曾有の魔法使いになれる素質があると、この出来損ないの俺で良ければ保証致しましょう』
お兄ちゃんはちょっとだけ寂しそうに笑って、ぼくを認めてくれた。
他の誰にもできない、ぼくにしかできないこと。
周りの誰が認めてくれなくたって、無駄な努力だって笑われても、諦めないで結果を出し、結果からさらなる境地を切り拓いて、誰も行き着くことの出来ない場所に到達すること。
それを教えてくれたのがお兄ちゃんで、行き着いた場所で出会った大切なソーニャが今、傍にいる。
でも、お兄ちゃんはぼくの傍にいない。
いつものようにふらりと国外へ任務に出たきり、帰ってこなくなってしまった。
死んでもどうでもいい使い捨ての駒だと、出生のラガーフォイア家から存在自体ほぼ忘れられていたお兄ちゃんは、誰にも省みられることが無かった。
そんなのあんまりだ。
ぼくたち魔人は血と肉と骨で想いを継承する一族じゃなかったのか。遠い異国の地で死んだとしても、骨の一片も拾われず塵になるなんて、たとえ誰がどう言おうとぼくは許さない。
確かにお兄ちゃんの魔力量は平人並みそのものだ。魔力継承価値なんて無いのは知っている。
でも、魔法の教授と思いやりで繋がったお兄ちゃんとの思い出は、ぼくの人生を、いや今のぼく自身を創り上げてくれたかけがえのない宝物だ。
それを踏み躙るのが帝国で、貴族だというのなら、ぼくはお兄ちゃんを探し出すまで家に帰らない。
たとえ生きていても死んでいても、ぼくは必ずお兄ちゃんを見つけてみせる。
ぼくはぼくの信じる貴族と魔人の誇りを胸に、お兄ちゃんが示してくれたぼくだけの道を往く。
第三章の語り部は、第一話で登場した魔人令嬢のマリーとなります。
ともあれ、よいお年を。




