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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第二章 すくいとれるモノの数
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第ニ章 7:追撃魔法兵戦

 7


『巣』のあった地点を何度か振り返りって、状況をおぼろげに観察しながら下山していた俺とドロテアさんは、登山していた十一人分の霊脈と、待ち構えていた七人分の霊脈が著しく活性化したのを確認した。

 ドロテアさんは法式札を手近な木の枝に突き刺し、俺に話しかけてくる。


「戦闘が始まりましたね」

「――いや、俺たちにとっては()()()()()どうでもいいです! 一人だけ隊から別れてこっちに向かってきています」

「それを見越してちゃっかり準備をしておいたんですよね? ならきちんと歓迎しないと失礼ですよ、あなた」

「ドロテアさんのそういう所好きですよ!」


 普段はおっかないドロテアさんのぶっ壊れた危機感(センス)だが、鉄火場に至った時には頼りになる。

 俺も自分の能力を隠し続けて下山するのはもう諦めて、霊脈を活性化させて熱源観測魔法【捜母(サーモ)】を起動させた。光る霊脈に沿うように、赤や橙色で構成された人型が見えるようになる。肉体強化魔法によって体温が上昇している証拠だ。


「ドロテアさんは先に下りてください! 前衛は俺が務めます」

「わかりました――ところで、殺しちゃっていいんですか?」

「駄目に決まっているでしょう! 実戦投入できる魔法兵一人育てるのに金と時間いくらかかるんだか! 無駄な恨みを買う必要は()ーですよ」

「それを聞いて安心しました。平和が一番ですよね」


 本当に平穏平和を愛する人間は、馬鹿な夫が勝手に受けた武装組織の投降代理交渉に付き合った挙句、撤退の殿(しんがり)までやるとは思えないのだが、経験上ドロテアさんは本気で言っているのだということは知っている。

 一方で、話し合いをしている内に肉体強化魔法の精度や強度がこちらより上なのか、木々を縫うように下山してくる人型の移動速度はかなり速い。追いつかれるのは時間の問題だ。

 だが樹上に登り、高く跳躍して一気に木々の上を跳び越してしまえばはるかに速く俺たちに追いつけるはずだ。

 それをしないということは、空中で俺たちに狙撃されることを警戒しているか、接地していなければまともに戦闘ができない属性の魔法兵か、あるいは両方が理由なのか。

 見極めるか。


 俺は着ているジャケットの裏にベルトで固定していたホルスターから、グリップを掴み、拳銃のような形状に檜を削った魔法杖を取り出すと魔法式の精密照準を合わせた。

 狙うは三点、類焼が及ばないように熱量上昇点は極小に、しかし設定温度は高温に調整し、魔法杖から投射した式に魔力点火を行う。

 肉体強化魔法で夜闇がある程度視えるようになった今、通過してきた地点に設置していた発煙筒の導火線に火が付き、追っ手の魔法兵の予想通過ルートを遮るように煙がもうもうと立ち込めはじめたのが見えた。


 魔法兵の足が止まる。迷った。当然だ。肉体強化魔法に頼って俺たちの姿だけでなく、匂いも使っていたのなら嗅覚強化もされているはずだ。

 その点、この獣撃退用に市販購入できる発煙筒は人間にも利いてしまう。煙は目を燻し、悪臭で鼻をひん曲がらせる。普通の人間には耐えきれるように調整されているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、発煙筒の妨害を突っ切るには感覚強化系魔法の一部を切って、暗中模索をしなければいけない。


 俺は後ろ向きに跳ねて木々にぶつからないよう気流制御魔法を使って姿勢制御しつつ、魔法兵を視界に入れながら下山している。先行するドロテアさんは法式札による肉体強化に頼って斜面を滑るように下りている。

 このまま相手の魔法練度が低く、追跡を諦めてくれたのなら楽なのだが。

 そんな期待は、熱源観測魔法で熱を帯びている発煙筒が、一瞬にして真っ暗になりかき消えたことで潰えた。


「鉱物干渉属性か。魔力量はざっと俺の二~三倍あるか無いか」


 ドロテアさんに聞こえるよう、分析した敵の能力を俺は口にする。

 発煙筒で足止めすることは、最初から俺もさほど期待していない。煙の()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()相手の属性を看破するのが目的だ。

 地面を盛り上げさせ、発煙筒を覆い包み地面深くに埋め込むよう指示された魔法式が観測できた。


 燃焼という現象は、大気流動が遮断された密閉空間では起こり辛い。その点、金属と土や岩を自在に操る鉱物干渉属性は、燃焼対象物を土砂で覆ってしまうことで鎮火するのに向いている。

 山火事対処にはそこそこ適した属性だ。牙人(ガトー)たちから聞いた「魔法を使う兵隊たち」の属性が統一されていることを願う。俺自身が提案した作戦であり矛盾した心境だが、本当のところ山火事の被害は最小限で済ませてもらい【森】の住民である樹人(ジュト)たちの怒りは買いたくない。


「そういうわけで、遠慮はいりません。三、六、七の札の点火、お願いします!」

「わかりました」


 ドロテアさんの法式札が起動し、周囲の熱量を急上昇させた。突き刺した枝の発火点を越え、メラメラと三本の木が燃え始める。

 発煙筒を対処し終えて走りだそうとしていた追っ手の足が再び止まり、山中に発砲音が響く。


「法式札を撃ち抜かれたみたいです」

「いい腕と銃持っているな。さすが王国軍の部隊」


 起動中の札をまず破壊し、それ以上の燃焼が広がるのを防いだのだろう。というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()、放火用の罠を張っていたのだ。

 俺たちを追跡しているのが軍人であるのならば、まず以って何が最優先されるかというと国からの命令であり、そして自国の民を守ることが義務である。


 樹人(ジュト)とどれだけ水面下では仲が悪かろうと、国民であることには変わりない。この山から採れる資源に頼っている周辺住民も少なくはないと思われるため、真面目な軍人ならば追跡より鎮火活動を優先しなければいけない。

 そんな軍人としての責務を完全放棄して、まず俺たちを捕まえることを優先できるほどまだ王国軍内部で「魔法使いの部隊」は強い立場や権利を持っていないはずだ。どれほど魔法の恩恵が大きかろうと、個人才能に依り専門知識も訓練期間もかかる魔法という技術は、調練期間と予算はできるだけ削りたい軍隊という組織においてある意味ものすごく相性が悪い。

 敵対する相手のある種の弱みや良心に付け込む最悪な発想の行為であることは自覚している。

 でも一度始めた以上は、中途半端に止めるつもりなどさらさら無い。


「十三、八の点火!」

「はい」


 法式札を狙撃し、燃焼した枝を叩き折るなりして土砂で覆い鎮火する。この一連の作業はよほど卓越した魔法使いでなければ追跡しながらできるようなものではない。相手はじりじりと歩きながら、俺が指示してドロテアさんが放火する鎮火作業に追われている。

 相手の心理は読みきれないが、焦ってくれていることを願い、この罠を張りながら決めていた合図として俺は中指と親指を合わせ、指を弾いた。

 ドロテアさんが一瞬目を閉じ、意識を集中して魔力を法式札に送り込むのを確認する。俺は後ろ向きに降りるのを止め、ドロテアさんの身体を抱き寄せた。


「跳びます!」


 足下の腐葉土に含まれる水分を使って小規模水蒸気爆発を起こし、肉体強化による跳躍も合わせて山林の木々をはるかに飛び越える高度を稼いだ。

 眼下を見れば、今まで撒いた法式札が一斉に点火し山林のあちこちに小火が起きているのが見える。

 これを一つ一つ鎮火してくれたのなら、気流制御魔法で一気に山の麓まで自由落下し相手が追跡しきれない近隣の村まで潜り込む時間が得られるのだが。

 そんな淡い期待は、一瞬にしてかき消えた。


「おぉ――らぁっ!!」


 空中高くにいる俺たちの耳にも届くほどの声量で、追跡兵は雄叫びを上げて霊脈を過剰励起させた。

 次に続くのは、木々がいっぺんにへし折れる異様な響きと、舞い散り吹き飛ぶ数え切れない木の幹である。

 ちょっとした公園並みの広場ができるほど、山林の木々が伐り倒されてしまったのを見下ろし、俺は息を呑んだ。ドロテアさんの鼓動もより速くなり、緊張しているのが伝わる。

 追跡兵が空中にいる俺たちを見上げる。軍用ヘルメットに隠されて顔はよく見えないが、その有様は観察できた。


 兵服の上に金糸飾りが付いた黒い肩外套(ケープ)を羽織った兵士。右腕には銃身が半ばで折れた小銃が握られ、銃剣を取り付けるはずの位置にとんでもない代物があった。

 荷馬車の如き大きさと厚みを持つ、大斧。呼吸が高温になっており、よく見れば右肩からは血が流れ銃の肩当てから銃剣の挿入口にまで続いている。

 流血魔術によって、扱える金属量と肉体強化の限界を無理矢理突破して、点火した木々を一気に薙ぎ倒して吹き飛ばし、鎮火してしまったのだ。


「らぁっ!」


 再び荒くたい叫びと共に、魔法兵は折れてしまった銃身を俺たちに投げつけて来る。

 そこに込められた魔法式を読み取り、俺は気流制御魔法で自分たちを直下させ、投擲された銃身を直上させるように操作した。

 次の瞬間、銃身に巻きつけられていた金属糸(ワイヤー)が肥大化し、鋼の柱となった。その柱を肉体強化された筋力と速度に任せて、ほぼ直上に魔法兵は疾走して登る。


「小賢しい真似しやがって! いい加減投降しろ!」


 魔法兵は折れた銃身にぶら下がり、腰から抜いた拳銃を俺たちに突きつけた。だが俺も同時に、やはり腰のホルスターから拳銃を抜いている。

 互いに一瞬の躊躇による停滞が起こり、どちらが先に引き金を引いたのかは俺にもわからなかった。


 ぼぎんっ! という異様な音と共に、俺の目の前で大気が爆発した。


()()()


 その轟音の中、耳元でドロテアさんが囁き、彼女の意図に気づいた俺はすぐさま次の式を魔法兵に向かって投射する。

 俺の胸を蹴りつけ、ドロテアさんが魔法で気流制御された風に乗って短距離飛翔し、驚愕に目を開く兵士の顔面に体当たり気味の拳を見舞った。

 次の瞬間、血飛沫が飛び散り、金属と金属がぶつかる甲高い音がものすごい速度で連打される。

 ドロテアさんは右腕で魔法兵の胸ぐらを掴み馬乗りになる姿勢で、左腕の袖の下に嵌めていた白い篭手を拳甲(ブラスナックル)がわりに、ひたすらにボコボコに容赦なく兵隊の頭をヘルメットごしに殴り続けていた。

 鉱物干渉の魔法式が一瞬だけ構築されようとして、すぐさま砕け散る様が見える。魔法兵の手足が動こうとするが、俺は手にした拳銃――型のただの水鉄砲で水を発射し、関節を氷漬けにして動けなくさせた。


 魔法式は脳内で構築するため、脳震盪を起こすとまともに組めなくなる。肉体治癒魔法で治そうにも、治す前にもう一度頭を殴られて脳震盪が起きると一方的に殴られ続ける。

 そんなことが、自由落下する兵隊と俺の奥様の間で起き続け、わずかな抵抗の手段も俺の凍結魔法で封じてしまい、そして、地面に落下する時が来た。

 あらかじめナイフで左手の親指の付け根当たりにわずかな切り傷を刻んでいた俺は、眼下に自分の血を撒き散らし、気流制御魔法を流血魔術によって強化して三人全員が無傷で軟着地できるように自由落下の勢いを殺した。

 ジャケットの裏ポケットから密閉容器に入れていた消毒綿を取り出し、今し方自分で傷つけた左親指に押し付けながら、俺は背負っていた背嚢を降ろす。


「ドロテアさん、腕、大丈夫ですか? あとそいつちゃんと気絶しています?」

「はい、両方大丈夫ですよ」


 頬に返り血を浴びたドロテアさんは、満面の笑みを浮かべていた。

 俺は背嚢から応急治療用道具を一まとめにしたケースを開き、まずは消毒綿をドロテアさんに渡した。申し訳ないが、その先の治療はドロテアさん自身に一時お任せする。

 痙攣する魔法兵に俺は近づき、喉元に手を当て脈拍を確かめた。色々申し訳ない気分が重なるが、手足を背嚢から取り出した紐で縛っておく。


「拳銃に似せた水鉄砲、思ったよりも役立ちましたね」


 ドロテアさんは血を拭き取った消毒綿を捨てて、自分の両手の指を開いたり握ったりして様子を確かめながらのんきな口調で言ってのけた。


「それよりドロテアさん、貴女は手が商売道具なんですから拳打なんて避けてください。というか、そもそも肉弾戦を選ばないでください」

「あら? わたしは何も言っていないのに、ヘルマートさんはちゃんとサポートしてくれたじゃありませんか。あなたのそういうところ、わたし、大好きですよ」


 笑顔でそう言われるとぐうの音も出ない。

 俺は魔法兵と銃を突きつけあった瞬間、魔法式が鋼柱に構築されかけているのを見逃さなかった。

 拳銃によるこれ見よがしの脅しは意識を逸れさせるためであり、魔法兵の本当の目的は柱から俺たちへと続く金属橋を繋げ、肉弾戦に持ち込むことだったと思われる。

 それを読んでいた俺は、水鉄砲でただの水を発射し、空中で凍結させ、瞬時に気化させるまで超高温に熱し、水蒸気爆発を起こした。

 結果、構築しかけた足場は破壊され、動きが読まれた動揺をどう突くかと俺が考える間もなく、ドロテアさんが『わたしが兵隊さんの頭をボコボコに殴って気絶させます』と言外に伝えてきたのを理解した。理由も理屈も何も無いが、呼びかけられた一言でなぜか俺は察することができた。

 そして、相手がやろうとしていた肉弾戦を逆に俺はドロテアさんに任せ、橋渡しの気流魔法を発動し、相手の抵抗手段も封じる補助役に徹したのである。


「それに……コレも役立ってくれましたし」


 ドロテアさんが凶器に使った白い篭手は血を拭き取られ、月光を美しく照り返し、表面の鱗が見えた。

 白大蛇という魔物を素材にして造られた胸甲を、再加工して作った篭手だ。防御力を目当てに、俺たち夫婦で一つずつ左腕に隠していたのだが、まさか武器として使うとは全く想定していなかった。

 ドロテアさんにとっては色々と因縁のある装備なのだが、だからこそ運用方法の発想に捉われなかったのだろう。

 俺はあえてこの件に関して言うことはやめ、現実問題を口にした。


「じゃ、ちゃちゃっと撤退しましょう。本隊が来たらどうしようもありません」

「そうですね。あ、きちんと抱っこしてくださいね、あなた」

「はいはいもうこの女性(ひと)はもうね!」


 さっきまで兵隊を殴りまくっていた手を伸ばして抱擁を求めてくるのだから、ドロテアさんはおっかない。

 だが彼女に俺ほどの機動力は無いのは事実なので、ドロテアさんを抱き上げた俺は気流魔法を起動し、全速力で跳んでギィジャルガと合流する予定地点の村まで移動することにした。

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