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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第二章 すくいとれるモノの数
11/93

第ニ章 6:連邦王国実験第一魔法小隊

 6


 22(フタフタ)03(マルサン)

 三燕(ミツバメ)山の南東側麓より三個体の人間と思しき霊性反応を確認。登山を開始。

 22(フタフタ)27(フタナナ)

 三燕(ミツバメ)山山中より三個体の霊性反応の登山が高速移動に。おそらく以前から三燕(ミツバメ)山を往復していた、セッテフィウミ海運勤務の水夫鱗人(リト)ギィジャルガが同行者を抱えて登山したと思われる。

 22(フタフタ)34(サンヨン)

『巣穴』に三個体の霊性反応が侵入。

 23(フタサン)55(ゴーゴー)

『巣穴』より十数体の霊性反応が脱出。


「そして現在、あの有様、ですか」


 懐中時計を見れば零時ニ分。三燕(ミツバメ)山の『巣穴』付近に置かれた倒木に火が点けられ、夜闇に沈んだ山肌を赤々と照らしている。

 監視役の『目』が三個体の霊性反応を確認し、報告を受けた時点で出撃準備に入り二十三時過ぎに現場到着。そのまま望遠鏡と霊性観測を併用して監視を続けていたら、彼らは脱出と同時にあっという間に山火事を起こしてしまった。

 霊性反応七つは下山しているようだが、それはもう部下のグリッター准尉の光学系魔法観測により平人(ヒト)二名、鱗人(リト)一名=ギィジャルガ、寝人(ネト)一名=通称新月婦刃(ふじん)牙人(ガトー)の子ども三名と判明している。

 新月婦刃は裏社会で暗躍する要注意対象である。だが彼女は今回の任務において、捕縛もしくは殺害対象に入っていない。また、彼女が本気を出して逃げれば機動力や索敵に難を抱えるキリールの部隊では捕捉しきれないのは自明の理だ。放置するしかない。


 問題は山火事の方だ。樹人(ジュト)との緩衝地帯のため残党狩りを即実行に移せず【森】との交渉をしていたのだが、火がもし【森】の方へと向かえばそちらの方がよほど面倒なことになる。鎮火できる部隊が火事の起こった時刻、現場に在ったにも関わらず動かなかったのであれば樹人(ジュト)は元より軍から相応の処罰と怒りが下されるだろう。

 もちろん、相手もこの事実を知ったうえで放火したのであろうことは、そう、火を見るよりも明らかだ。

 いわば言外に牙人(ガトー)たちはキリールたちにこう宣戦布告してきたのである。


『かかって来いよ魔法使い』と。


「これより山火事鎮火を最優先目的として、実験第一魔法小隊、出撃します。牙人(ガトー)の残党狩りは鎮火活動の障害対象として認識。各自、肉体強化魔法増強度(フロア)(ツー)で起動。現場到着と同時に増強度(フロア)(スリー)から(フォー)まで各々の判断で増強を許可します。出撃、開始」

「イエッサー!」


 連邦王国の兵服に、金糸飾り付きの黒肩外套(ケープ)を羽織った兵士たちの霊脈が一斉に活性化。キリール自身も肉体強化魔法によって筋力、骨格、身体質量を増強。

 麓より走り出し、山林に突撃した。

「あなた!」

「わかっています! でもまだ魔法は使わない! 法式札だけです!」


 俺はドロテアさんと一緒にギィジャルガの肩に担がれて下山しながら、降りてきた獣道を振り返った。

 夜闇と木々の帷が降ろされた山中で、肉眼で見えるものなどほとんど無い。だが励起した他人の霊脈は物理的障害物を透過して観測可能なのだ。

 十一人分の霊脈が光の棒のように見え、山中を凄まじい高速で登山しているのが観測できた。その内一本の霊脈の輝きは一際密度が高い。


「男爵級に近い真剣(マジ)危険(やべー)奴が一人だけいます」

「それってどれくらいなんですか」

「俺百人分くらいの魔力量ですね」

「男爵でそれなんですか……」


 ドロテアさんの反応は、おそらく本質の恐ろしさを理解していない。

 だがそれに答える前に俺は腰鞄から金属環(リング)で連結させた法式札を取り出した。霊脈をわずかに視神経に絡ませて極小励起し、魔法式を読み取り目的の熱量操作法式札であることを再確認する。


 俺たちを担ぐギィジャルガはもう片方の手で牙人(ガトー)の子どもたちの手を引き、進んでいる。

 一方でビシニアははるか先に一人で先行してしまっており、おそらくもう会うこともないだろう。薄情と言えば薄情であり、怪しいと言えば怪しいのだが、暗夜こそ狩りの時間であり立体高速移動が得意な寝人(ネト)相手に何ができるわけでもないので放置するしかない。

 俺は別に肉体強化法式札――筋力や骨格増強の戦闘用札も一枚ちぎり、舌の上に乗せた。傍らで俺の動作を見たドロテアさんも同じように法式札を口に入れている。


「ギィジャルガ! 俺たちは足手まといだ! 先行して子どもたちを避難させてくれ!」

殿(しんがり)ダ。危険ダゾ。鱗人(リト)のギィジャルガの役目デハ?」

「俺たち小さくてか弱いからな! そんなド巨躯(デカ)いお子様の引率なんてできねーんだよ!」

「なるホド」


 ギィジャルガの肩が降ろされ、俺たちは鱗を滑り着地した。

 法式札の肉体強化魔法が発動し、月光のわずかな明かりと触覚で今まで真っ暗闇だった山林の中がはっきりと()()()ようになった。背後でギィジャルガが一番小さな牙人(ガトー)の子どもを小脇に抱え、もう二人を肩に担いで一気に下山するのを確認してから、俺はドロテアさんに話しかける。


「帝国本土で燻っている男爵と、世界に出て鍛え抜いた男爵級はまるで違います。魔力量の問題じゃなくて、魔法に頼らず道具も体術も人員も何もかも使って、そのうえで魔法が使えるということが大問題なんです」

「ああ、それで()()()()()()だというわけですね」

「正直、俺はそこまで武術体術は鍛えてないので軍人やっている向こうの方が魔力量うんぬん抜きに圧倒的に強いですけどね。もしこっちに向かってきたらもう何もかもかなぐり捨てて逃げるしかありません」


 子爵総領をギィジャルガは倒したというが、だからと言って格下の男爵級魔法使いに絶対勝てるという保証もない。それほどまでに、帝国の常識に浸かり強力な魔法を莫大な魔力で無造作に振るうだけで無敵と思い込んだ戦闘慣れしていない魔人と、己の弱さと強みを知り鍛えた人間は強さの性質が違う。

 だが人間は人間だ。戦いようはいくらでもある。

 俺はドロテアさん特製の熱量操作法式札の連結束から一枚ちぎり、近くの木の枝に、描きこまれた法式に作用しない部分を狙って慎重に突き刺した。


「俺が合図したら札を起動してください。この山の木のあちこち、放火します」

「……樹人(ジュト)の方々、すごく怒らせちゃいますよ?」

「その点に関しては、もう敵さんを信用します。どうしても駄目そうなら合図するので、札に自壊命令を起動してください」

「――まさか、法式札の自壊式がこんな形で役に立つなんて。人生何があるかわかりませんね」


 ドロテアさんは妖艶な自嘲の笑みを浮かべていた。

 彼女は証拠隠滅用に、法式札を自壊させる技術を持っている。犯罪のために編み出された技術(モノ)のため、ドロテアさんには苦い思い出のはずだ。それを承知のうえで俺の我儘に付き合わせてしまっている現状を苦々しく思わないわけではないが、ドロテアさん自身が頼ってほしいと言って来た以上、存分に頼らせてもらうつもりだ。


「いい夜ですね、あなた」

「貴女がそう思うなら、俺も精一杯いい夜にしてみせましょう」


 左手に連結法式札、そして右手で発煙筒を三本いっぺんに掴み、俺は粋がって笑ってみせた。

 黒煙が、月光と業火に照らされて天高く昇っていた。

 その煙と炎を背に、屈強で大柄な筋肉の塊とでも言うべきイノシシ頭の牙人(ガトー)たちが七人、広場となった『巣穴』の近くで待ち構えていた。

 折れた木の幹を肩に担いで。


「フンッ!」

「防護壁展開します! 銃列構え!」


 キリールは銃剣を地面に突き刺し、魔法式を土中に流した。

 鉱物干渉属性魔法は、その名に反し実質的には土や岩、金属などに魔法式を流して自在に形状や性質を変化させる属性系等である。

 式に則って地面が隆起し、牙人(ガトー)たちが一斉に投擲した木を弾き飛ばした。

 次の木を手に取る前に盛り上げた土塊を排除し、射線を確保。


「射撃開始!」


 十人の部下たちはキリールの命令に従い、構えた小銃の引き金を一斉に引いた。

 訓練された兵士たちは一発撃つごとに素早くボルトを引き、次弾を撃つ。だが生まれついて分厚い皮革と筋肉の鎧で覆われた牙人(ガトー)たちにとって、小銃の弾丸など内臓に届きすらしない。

 銃撃を無視して突進してくる牙人(ガトー)たちを確認し、キリールは次の命令を下した。


「散開! キャスト准尉は下山した者たちを捕縛しなさい、絶対に殺してはいけません。フォージング少尉に指揮権を一時譲渡、鎮火活動を行ってください」

「イエッサー! 中佐殿は!?」

「ここは私が一人で豚どもを屠殺します」

「サー、イエッサー! 野郎ども、中佐殿がポークステーキをご馳走してくださるようだ。我々はファイアーマンとして良い感じに火加減を調整するのが仕事だぞ!」


 散開して林の中に散ったフォージング少尉の軽口が聞こえ、キャスト准尉は「ご武運を」の一言を残し、下山した者たちの霊脈が見える方角へと走り去っていく。

 その間に、牙人(ガトー)たちはキリールとの距離を詰めきっており牙を剥いた吶喊(とっかん)が目前に殺到した。

 肉体強化魔法の増強度(フロア)(テン)まで引き上げ、跳躍。紙一重で突進を頭上を飛び越えることで回避し、着地した所に丸太を持った牙人(ガトー)が一体、待ち構えていた。


「同胞の無念、思い知れ!」


 そう言いながら、牙人(ガトー)の首は月夜に舞った。

 地を這うように姿勢を低くしたキリールが丸太の一撃を避けながら、小銃に取りつけた銃剣を振り抜いた結果である。

 銃身よりはるかに長い、古の時代に一兵卒が槍襖を作るために持たされた長槍(パイク)並に刀身が伸びた銃剣は、キリールが流した魔法式に従い元の長さに戻った。


「まずは一つ」

「魔法と武術と近代兵器を組み合わせたその手腕、見事なものだ。キリール・ピーソーク中佐殿」


 隻眼の牙人(ガトー)の吐息は、夏だというのに蒸気となっていた。それほどまでに体温を上げ、敵も無意識に肉体強化魔法を使っているのだろう。

 キリールは肉体強化魔法の増強度(フロア)(ファイブ)にまで引き下げた。この年齢で(テン)の恒常起動はさすがに応える。

 銃を片手で無造作に牙人(ガトー)の群れへと向け、語りかける。


「投降なさい」

「ほう、我々を()()()にするのではないのか、魔法使いの軍人よ」

「情報が欲しいのです。私の魔法はご覧の通り、暴力にしか使えない大変不便なもので。自主的にお話していただければ、相応の返礼も王国の礼節に則り、紳士的に考えましょう」

「くれるものは鉛玉か? 鋼鉄の刃か? それとも糞尿を舐めさせられる憩いの寝床か?」

「貴方方にも親族友人はいらっしゃるでしょう。相応の便宜を謀らせていただきます」

「は、ハハハハッ! こいつは傑作だなキリール殿よ!」


 隻眼の牙人(ガトー)だけならず、他の牙人(ガトー)たちの皮膚からも蒸気が立ち上り始めた。

 怒りを引き金に、潜在魔力を全て引き出して肉体強化に回したか。平人(ヒト)では安易に到達できない領域に、牙人(ガトー)鱗人(リト)凍人(トド)たちは容易に踏み込むことができる。人種の差というものは如何ともし難く大きく深い。


「オレの息女(むすめ)は孕み袋と呼ばれたのだ! 扱われたのだ! 息子はお偉いお貴族様の狩猟(ゲーム)の的になって、ありがたくも頭蓋骨を屋敷に飾られているそうだよ! 父として誇り高い話だとは思わないか! なあ、一度お前たちも()()()()()に逢ってみなければ不公平だとは思わないか!?」

「思いません。貴方方自身が言ったはずですが? 強き者こそ正しく、弱者は踏み躙られる者だと」

「応! ならば、牙人(ガトー)の力、とくと思い知れ!」

「残念ですね」


 会話中に練っていた魔法式に、キリールは魔力を点火した。


「ガッ!?」

「オ……ゴァ……」


 五人の牙人(ガトー)の頭蓋から、細く長い針が無数に突き出していた。

 先ほど部下たちに撃ちこませた銃弾は、皮膚と筋肉に阻まれて、身体に埋め込まれて、そのままだった。

 だから、鉱物干渉魔法によって銃弾の形状を変化させ、脳と脊髄をズタズタに突き刺す無数の細い針にしただけのことである。

 だが、隻眼の牙人(ガトー)は唯一銃弾を全て避けていた。そして、仲間たちの犠牲を引き換えに、瞬時にキリールの胸に牙を突き立てた。

 宙へと浮かび上がるキリールは、しかし、そのまま空中で姿勢を正し、小銃を構えて引き金を絞った。


「……()()()が、妙に硬いと思ったが、盾の魔法は最初に見せられていたな」


 隻眼の牙人(ガトー)は、自らの肩に降り立ち頭蓋に銃剣の切っ先を突きつけるキリールを見上げていた。

 牙の接触の瞬間、キリールは自ら空中に跳びつつ兵服の下に着込んでいる金属鎧を流体状にして、突進の威力の大半を殺したのだ。

 さすがに無傷とはいかないため、肉体治癒魔法を起動中ではあるが、致命傷ではない。


「もう一度言います。貴方の体にはもう銃弾が埋め込まれています。このように剣も突きつけています。投降なさい」

「拒否する」

「ではこうです」


 魔法式によって金属鎧が蛇のようにのたうち、服の下から隻眼の牙人(ガトー)へと巻きつき、四肢と頭蓋を固定する金属拘束具となった。


「無理矢理にでも、監獄へご招待するしかありませんね」

「それも、拒否する!」

「――なに?」


 頭蓋には口中に金属片を差込み、舌を噛み切り自決するのを防いでいたはずだった。

 だが隻眼の牙人(ガトー)の肉体が一瞬赤く染まったかと思うと、霊脈が燦然と輝いた次の一瞬には、牙人(ガトー)は拘束具を力づくで引きちぎってしまった。

 そして、赤い血煙が牙人(ガトー)の背骨と頭蓋から立ち上り、一つだけ残っている眼球も白濁化している。脳髄など、この様子では自ら発した超高温の体温で完全に凝固してしまっているだろう。


「限界を越えた肉体強化魔法を行使して、自決した――というところですか。牙人(ガトー)の底力、この年齢(とし)になっても見切れぬ私は未熟ですね」


 情報の引き出しは不可能になった。後はもう、山火事の鎮火を優先するのがキリールに残された仕事である。

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