悪役霊嬢は祓えない。 〜つかれた国王は、触れられない純愛を掻き抱く〜
――――つかれた。
疲れた……というか、憑かれた。
『聞いてますの!? ですから、断罪されたんですの! 辺境に追放される途中で――――』
三百年前、王都から辺境に追放される途中で行方知れずとなった世紀の悪女。
それが、国王である私に取り憑いてしまった。
そして、それが、私の耳元でわんわんと叫んでいる。
「……煩い」
「陛下? どうされました?」
「…………何でもない。独り言だ」
そして、どうやら、この世紀の悪女の姿は私にしか見えておらず、声も私にしか聞こえていないらしい。
『あっ! 目が合いましたわ! やっぱり貴方、見えてるんでしょ!』
――――チッ。
気付かれてしまった。
辺境視察からの帰り道、鬱蒼とした森を通った。
昔は大型の野獣がよく現れていたらしいが、今は人口の増加や産業の発展により馬車道の舗装がされているので、あまり野獣は出ないと記憶している。
だだの鬱蒼とした森、という印象だった。
ドリルのように見事な金髪縦ロールの美少女が、目の前をふわふわと飛んでいる。
世紀の悪女と語り継がれている彼女は、様々な物語の悪役として演出に使われている。
名前はマグダレーナ・ネティス。濁った緑色の瞳の悪女。確か断罪されたのは十八歳の時だったはずだ。
昔は、おぞましい年上の女、という印象が強かった。
自分が三十半ばになって彼女の姿や言動を見ると、わがままで精神が幼い娘だったのかもしれないなと思えた。
様々な書物に濁った緑色の瞳だとあったが、実際は宝石のように透き通った翠瞳だったことも、印象が変わった一因でもある。
『私の姿が見えて、声が聞こえる人、何年ぶりかしら!?』
彼女は非常に楽しそうに独りごちている。が、無視する。
馬車に同乗している護衛と侍女に頭が狂ったなどと思われたくはないから。
鬱蒼とした森から随分と移動したが、彼女は私に憑いてきている。ということは、マグダレーナは地縛霊ではないということだろう。
何か心残りでもあるのだろうか?
自身の死は理解しているようだが、浮遊霊の類いなのだろうか?
……まぁ、私の知ったことではないが。
『ねぇねぇ、貴方って国王陛下だったのねぇ』
王城に到着しても、マグダレーナは私に憑いたままだった。
そして、この日から私とマグダレーナの可怪しな日々が始まった。
◇◇◇◇◇
害というほど害はないが、マグダレーナは煩い。
とにかく煩い。
「陛下におかれましては――――」
『この方のクラヴァット、ものすごい柄ね。センスを疑うわ』
「ブッ、ゴホッ!」
「「陛下!?」」
ずっと思っていたが誰もツッコミを入れないから、流行っているのかもしれないと黙っていたが、やはり悪趣味だったらしい。……というのは横に置くとして。
とにかく、ヤジが煩い。
人目があるから、気軽にマグダレーナに苦情を言えなければ、怒れもしない。
国王になって実感したが、一人になることなどほぼないのだ。
唯一、主寝室で眠る時が完全に一人になれる時間。
『国王って大変ねぇ。トイレのドアの外に騎士が張り付いてるなんて、びっくりしたわ。プライベートな時間なんて、あってないようなものなのね』
「…………まあな」
お前もだ。
トイレにまで憑いてくるな。
淑女だろうが!
そう叫びたいのをグッと我慢して、気になっていたことを聞いてみる。
「お前はずっと私に憑いているが、何か心残りがあるのか?」
『心残り? んー? 別にないわよ?』
「…………」
詰んだ。
じゃあ成仏しろよと言うが、嫌だと言われた。
――――嫌!?
嫌だということは、成仏できるが成仏しない状態なのだろうか。
「これはなかなかに強い動物霊の気配がしますな……陛下の強い気に惹かれた肉食獣でしょう」
「…………まぁ、動物だな。肉食……だろうな。色んな意味で」
『ねぇねぇ? この霊能者さん、私のこと見えてないわよね? 驚くほど目線が合わないわ! 声は聞こえていらっしゃるのかしら?』
「…………参考になった、下がっていい」
マグダレーナに憑かれて半年。
謁見室で妙な気配がする……という者が数人現れた。マグダレーナの気にアテられたのだろうか?
数人の自称霊能者を呼んでみたが、なんというか全員が酷かった。二度と頼らないと心に誓うほどに、酷かった。
主寝室のベッドに寝転び、隣を見る。
「ハァ…………マグダレーナ」
『なあに?』
ベッドにうつ伏せになり肘を立て、ニコニコとこちらを見ているマグダレーナ。
足をパタパタさせている姿は、本当に幼い。
「語り継がれているお前の話は、事実なのか?」
『私のお話? まぁ、わがままだったのは認めますけど、奥様のいる男性と関係を持ったり、陰で命令して気に入らない令嬢を襲わせたり、毒殺したり……なんてしていませんわよ? お父様の政敵に嵌められたのよね』
当時、この国は法制度の大幅改革が行われており、かなり過激な派閥争いがあったと伝え聞いたし、書物にも書いてあった。
マグダレーナの断罪を決めたのは、何代か前の国王。つまりは、私の先祖だ。
「王家を恨んでいるのか……」
『んー? 別に? そういう時代と世界だもの。仕方ないわよ。出来れば恋したり、結婚したりしてみたかったけどね?』
くすくすと笑いつつ、ドリルのような毛先を指に絡ませて遊ぶマグダレーナの姿は、可愛らしさと美しさが綯い交ぜになっており、少しドキリとした。
マグダレーナが私の横に寝そべって来るようになったのはいつからだったか。最近はそれが当たり前になっている。
早く世継ぎを! と周りが煩いが、今までなぜか妻を娶る気にはなれなかった。
唯一と言っても過言ではない一人の時間に、ベッドの横に他人がいるというのが、どうにも許容できそうになかった。が、マグダレーナで慣れてしまったのだろう。ここ最近、隣りにいる方が落ち着いて眠れることに気付いてしまった。
「まぁ、今からでも恋は出来るんじゃないか?」
『…………貴方って、悪い人ね』
「そうか?」
頬を膨らませるマグダレーナは、本当に愛らしい。
白磁のように透き通った肌、エメラルドのように輝く瞳、チェリーのように色付いた唇。
霊は人を惑わすというが、マグダレーナは生きていたときから、人を惑わせていたのだろう。男は美しさと愛らしさに傾倒し、女は嫉妬に狂う様子が手に取るようにわかる。
「お前を守れるものに出逢えていれば、未来は変わっていたのかもな」
『……私を祓おうとしている人の言葉とは思えないわね』
「輪廻に戻って、新たな生を受け、幸せになれよ」
『…………っ! 嫌よ!』
マグダレーナがこちらに背を向けてふて寝を始めた。
寝る必要もないくせに、私に合わせて眠るふりをする。
マグダレーナの頭に手を伸ばすが、触れられるはずもない。幽霊なのだから。
霊能者を呼んだ本当の理由は、彼女のことが見える者と話してみたかっただけだった。
彼女が霊体であれ、この世に実在しているのだと、実感したかったから。
愛しいこの悪役霊嬢は祓えない。私には。
「おやすみ、マグダレーナ」
『ふん。ちゃんと寝なさいよ』
「あぁ」
触れられもしないのに、後頭部にキスをする。彼女にバレないように。
帰り道に憑いてきた悪役霊嬢マグダレーナは、きっと悪霊なのだろう。
国王の私が、誰とも婚姻する気もないほどには、愛してしまっているのだから。
―― fin ――
読んでいただきありがとうございます!
こちらのタイトルは『藤也いらいち』様(https://mypage.syosetu.com/1955250/)より頂いて、妄想が大爆発した笛路が書きました!
いらいちさん、バティコンに一次通過したりと、かなり素敵な作品を書きまくっているお方ですヽ(=´▽`=)ノ
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笛路、喜びまくり小躍りします(∩´∀`)∩ワーイ