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怪談

廃墟のマネキン

 今から15年くらい前。私が高校生だった頃の話なんですけどね。家族との折り合いが悪かった私は、よく旅に出たりしたんですよ。


 長期休みは勿論の事なんですが、たまに学校を2・3日サボって出掛けたり。


 なんとなく「出雲大社見たいな」って思ったら島根まで行ったり、「うどん食べたいな」と思ったら香川に行ったり、といった感じで。そんな時は大抵、寝袋やテントなんかのキャンプ用品一式と2日分の着替えを持って家を出るんですよ。


 キャンプ用品一式持って行く事から察すると思いますけど、割と野宿したりしましたね。高校生のお財布事情というよりは、半分趣味も入ってましたけど。普通にソロキャンプすることもありましたけど、廃墟に一泊することもそれなりにあって。


 これはそんな風にふらっと旅に出て体験した話。



 高校生になって初めての夏休み。七月の末に差し掛かったその日に、なんとなく旅に出たくなったんですよね。


 頭に思い浮かんだのは長野県にある日本有数の避暑地、軽井沢。


 埼玉の自宅から軽井沢へ向かうことに決めました。

 もっとも、在来線を乗り継いだり、歩いたりで結構な時間をかけたのだけれど。


 そんな訳で昼過ぎに自宅を出発し、到着したのは午後6時を過ぎており、夏とはいえ早々に寝場所を確保しなければ暗くなってくる時間帯になって来てました。


 夏休みの軽井沢。勿論飛び込みで宿を取れる筈もないので、人気のない、野宿出来そうなところを探した訳なんですが、中心街から離れて30分程歩いたところにとある廃墟を見つけることになりました。


 鉄筋コンクリート製で二階建のその廃墟は、おそらく前庭だったであろう荒れた草むらの背後に静かに佇んでいました。


 敷地の外から見るかぎり窓ガラスは破れていないし、落書きなんかもされていない。門扉に括り付けられた「売物件」と書かれた看板、荒れた草むらがなければ廃墟とは思えない程でした。


 少なくとも見る限りではであって、纏う空気は廃墟のそれでしたけど。


 廃墟って綺麗でも独特の気配があるんですよね。説明が難しいんですけど、無機質な空気というか、死んだ空気というか。


 敷地外から見ると廃墟の気配だったんですけど、門扉を乗り越え、荒れた草むらを掻き分けて建物に近付くと妙に、何ていうか活きている建物の気配がするんですよ。生活感というか、こまめに手入れされているような。


 振り返って通ってきた草むらを見ると、人の踏み込んだ跡は自分の物しかなく、他人の痕跡は無くて、そもそも建物に活きている気配が感じられる程手が入っているなら草むらを放置するわけなんて無いんですよね。


 とはいえ、気になったので建物の周囲を一周したのですけど、通用口等もなくて。


 ホームレスでも住み着いているのかな。なんて思いながら正面玄関まで戻ってきたのですが、入れそうな場所を探そうとしてなんとなく正面玄関の扉に手を掛けたら、開いてたんですよね。


 中に入ってみると夏とは思えないぐらいひんやりとしていて、肌寒さを感じるほどでした。


 耳鳴りがしそうな静寂の中、建物の奥から人の気配と視線を感じたので、バックパックからLEDライトを取り出し奥へと進むことにしました。


 薄闇の中LEDの灯とともに奥へと向かうと、そこは結構な広さのホールでした。学校の教室4つ分程はありそうなホールには大量のマネキンが並べて置いてあり、おそらくマネキンを人と誤認したか何かで視線と気配を感じたのだと思ったんですよね。ホール内には他に何もなく、私は他の部屋を覗き込みながら正面玄関へと戻りました。

 一階には食堂や調理室、洗濯場、大浴場等があり、どことなく不自然だったんですよね。


 正面玄関に戻り、ロビー奥の小さな管理室の中に入ると、細々とした残置物がありました。管理者の業務日誌があったので調べた結果から、ここがバブル崩壊時に潰れたアパレルメーカーの研修施設ということもわかりました。


 結構長い間放置されてるんだ、と考えながらロビーにある階段を上り始めました。


 階段を上り終えて二階へと至ると、びっくりする程埃っぽかったんです。


 そこで思い至ったんです。一階の不自然さの原因に。


 一階、綺麗過ぎたんですよね。廃墟とは思えない程に。二階の廊下は歩くと足跡がつくほどにホコリが溜まっているのに、一階ではそんな事無かったんです。それに、妙に整頓されてたんですよ。


 ここで夜を明かすか他の場所を探すかと悩んだんですけど、午後7時を過ぎ、外も暗くなってきているので諦めてここで一夜を過ごすことに決めました。


 埃っぽい二階の各部屋を回り、奥の方に、他の部屋よりは幾分マシな部屋を見つけたのでその部屋に入る事に。


 そこは他の部屋と同じで、フローリングの床にはホコリが溜まっていたのだけれど、ドアもしっかり施錠できたし、なによりも、何かあった際に窓に付いた手すりがあるので、そこからロープを使って外に逃げ出し易かったんです。


 寝てる時に誰かが入ってこないようにドアに鍵を掛けて、更にその前に置いてあった一人がけのソファーを置いて。


 ようやく少し落ち着いた私はLEDライトを頼りに夕食を食べて早々に寝ることにしました。持参した古新聞を拡げて、その上に寝袋を置いて。


 もしかしたら誰か来て、或いは何事かあって夜中に起こされるかもと考えていたのですが、そんなことはなく早朝にセットしていたアラームの音で目覚めました。


 寝ぼけ眼でアラームを止めて目を開けた私の視界に入ってきたのは、自分の顔を覗き込む数体のマネキンでした。


 枕元に立って、腰を曲げてこちらの顔を覗き込むマネキン。


 割と怪現象で動じない私でしたが、流石に寝起きでこれは驚きで頭が真っ白になったんだと思いますね。しばらく硬直状態になりました。


 しばらくして、ようやく思考が戻った私が起き上がると、自分を囲むように十数体のマネキンが立っていました。


 なんとなくそうした方が良いような気がして、そろそろと寝袋やらライトやらを片付けマネキンの間をすり抜けバックパックを背負う。背後から視線を感じる。なんとなく、振り返ったら全部のマネキンがこっちを見てそうな予感がする。


 ドアへと向かおうとして気が付く。ドアの前にはソファーが置いてある。移動した様子はない。溜まったホコリにも変化は無い。


 改めて床を見る。ドアから自分の居る場所へと伸びる一組の足跡がある。自分の付けた足跡。


 マネキンはどうやってここに来た?思わず振り返ってしまう。


 マネキンは全てこちらを向いていたんですよ。顔を覗き込んでいたマネキンは体勢を変えず首だけをこちらに向けて。自分を囲んでいたマネキンは身体全体をこちらに向けて。


 顔をドアの方に戻しゆっくりと歩き出す。刺激しないように。


 ソファーを退けて鍵を開ける。廊下にはこちらを監視するように所々にマネキンが立っている。


 こいつらも通り過ぎた後に振り返ったらこっちを向いているんだろうな、と頭の片隅で考えながら歩く。階段を下り、そのまま正面玄関へと向かう。


 施錠されていない扉を抜けると同時に背後から、ガチャン、と鍵の閉まる音。反射的に振り返るとガラス一枚隔てた向こう側にマネキンが立っていたんですよね。


 そこから草むらを通って門扉を乗り越えるまで、ずっと背後から突き刺さるような視線を浴びてましたね。


 軽井沢駅に着いて、なんとなく気になってベルトに括り付けてあるサイドポーチから御守を取り出してみると、真っ黒になっていて焦げ臭かったんですよ。


 それを眺めつつ電車を待ちながら、ふと思ったんですよね。


 鍵、開いてたのって、多分私招かれていたんだろうなって。


 御守無かったら行方不明になって、あそこのマネキンが一体増えてたとか。

 もしくはマネキンの一体と入れ替わりなのかもしれないですけど。

 或いは、中身だけ入れ替わるなんてこともあったかもしれない。


 まあ、何れにしても御守のお陰で助かったんのでしょうけどね。


 次の目的地は、長野県一宮だし諏訪大社に行くことにしました。


 宿はちゃんと取ることを心に決めて。


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