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オセロ賭博伝ブラックアンドホワイト

作者: 雄野ひよこ

この小説は正しいオセロ知識によって書かれていません。ご容赦ください。

 黒田(くろだ)という男は5歳の頃からオセロを始めた。

 最初は父と遊んでいた。父から一番外側の辺を取るよう意識しておくのがセオリーで隅を取ったら勝てると教わった。その通りに置いていたら、小学生の間は向かうところ敵なしだった。

 オセロが強いと評判になると市内の学校のオセロ自慢達が道場破りのごとくこぞって勝負を挑んできた。それを迎え撃つ中で腕を磨いた。その頃には教師などの大人にも交じってオセロをするようになった。

 そんな黒田にも中々勝てない相手がいた。それが彼のオセロの師でもある父だった。休日はいつも対戦していたが父は容赦(ようしゃ)しなかった。そんな父に勝てるようになった頃には抜群の読み力を身につけていた。

 黒田が20歳の時、オセロ賭博(とばく)の存在を知った。オセロワイヤルというSNSを通じて対戦者と出会い、金を()けてオセロをする裏の世界だった。

 自分の腕を試したくて黒田はオセロ賭博師になってからというものの連戦連勝、いつしかオセロの(キング)という異名で呼ばれるようになった。

 調子に乗った黒田は常勝無敗のオセロの幼き女王(クイーン)と呼ばれるオセロ賭博師に挑戦状を叩きつけた。相手の指定した対戦場所の渋谷の喫茶(きっさ)店に向かう。

 店に入ると黒田はテーブルにオセロ盤を並べた客を探す。見つけると、意外な相手に少し驚きつつ向かいの席に座る。


「若いとは聞いていたがこんなガキとは……」


 女王と呼ばれるオセロ賭博師は中学生くらいの、まだあどけなさの残る少女だった。


「あなたが王ね。ガキ相手だからと油断してくれるといいのだけれど」

「ガキが相手だろうとオセロでは手を抜かねぇ。金は用意してるのか?」


 黒田が言うとお互いに(かばん)から札束をチラっと(のぞ)かせる。


「賭け金50万、1回勝負でいいね?」

「ああ」


 オセロの幼き女王は賭け金10万円以上の高レート勝負しか受けないと言われている。それでも挑戦する者が後を絶たない。女王の実力がいかほどのものか、オセロ賭博師なら腕試ししたくなるのだった。


「先攻後攻を決めるぞ。じゃんけんしよう」

「いや、私は後攻の白がいい」

「まぁいいだろう。俺が先攻の黒で。並べるぞ」


 黒田は盤の中央4マスに黒と白を2個ずつ置いた。オセロワイヤルでは先攻が黒で後攻が白というローカルルールがあった。先攻と後攻とでは置き方が変わってくる。彼は女王が相手の出方を見て置くタイプだと推察した。

 喫茶店は渋谷の人通りの多いところから少し離れていて落ち着いていた。他の客はこれからオセロ盤の上で(すさ)まじい攻防が繰り広げられることを気にも留めない。


「じゃあ始めるぞ」


 黒田は黒を置いて白を1個引っくり返す。続いて女王が白を置き黒を1個引っくり返す。その繰り返しで序盤が過ぎた時、盤上を黒が埋め尽くし、白は(わず)か2個だけになっていた。


「あー白が2個しかない。どうしよー」


 こいつ、ずぶの素人だと黒田は思った。他にも置ける場所があるのに辺を取られるような置き方をしたり、彼の知るセオリーから外れていた。女王なんて言われているがアイドル的に持ち上げられていただけだと(あなど)る。

 しかし中盤、状況が一変する。白が全て黒に完全に囲われて黒田は置ける場所がなくなり、パスせざるを得なくなった。普通パスなんて終盤にならないと起きないことだから、彼にとってこんなことは初めてだった。


「パス? じゃあここに置くね」

「クソ、パスだ」


 まだ黒田は黒を置けない。その間にも白は着実に数を増やす。やっと1カ所置けるようになるが、そこは次の番で隅を取られる悪手だった。


「ハメたのか、俺を……まさか狙ってやったとでもいうのか?」


 女王は隅を取り、隣接する辺を一気に白に引っくり返す。そこから盤面を白で埋め尽くす。黒田はなすすべがない。

 結果は女王の見事な逆転勝利だった。黒田は自信をへし折られる。


「オセロで負けた……この俺が」

「はい50万」


 約束通り黒田は50万円を相手に渡す。少女は満足げに席を立つ。


「待ってくれ」


 黒田も席を立ち、去ろうとする女王を呼び止める。


「どんな置き方をしたらあんな真似(まね)ができる?」

「あんな真似とは?」

「中盤なのに相手がパスするしかなくなる状況を作り出すことだ。一体あんたには何が見えている?」

「あなた、オセロのセオリーは何だと思う?」

「そんなの、辺を取って隅を取ることだろ?」


 少女は首を横に振る。


「いや、最終的に数が多くなるよう置けばいい、そのためにはどんな置き方をしてもいい。今のあなたの考えでは100回やっても私には勝てない」


 それを聞いて黒田は衝撃を受けた。そんな自由な発想があったなんて。そしてこの年若いオセロ賭博師からオセロを学びたいと思った。


「頼む、女王、俺にあんたの置き方を教えてくれないか?」

「嫌よ。何の義理があってそんなこと……」


 女王が断ると、黒田はその場で土下座して頼み込んだ。


「俺に置き方を教えてください!」

「あなた何歳?」

「22歳」

「大の大人が土下座って……困ったな」


 土下座する黒田のせいで他の客の注目を集めていた。女王は溜息をついてから言う。


「わかった、わかったから土下座はやめて」

「本当か!?」


 黒田はすくっと立ち上がる。


「じゃあ今から頼む」

「今から? 明日じゃ駄目?」

「明日だとすっぽかされるかもしれない。今頼む」

「仕方ないな……」


 互いに席に戻る。女王はオセロ盤をテーブルの上に広げて先程の対戦の再現を始める。


「あなたがここに置いたから私はここに置いて……」

「どうしてそこに置く?」

「するとあなたはここを取るでしょ。私はここに置いて、後はこうなって、それで囲われる」

「魔法みたいだ……こんな置き方があるのか」

「仕掛けはわかったでしょ。じゃあ試しに私の置き方をやってみて。私が今までのあなたの置き方をするから」


 二人は再戦を始める。黒田は序盤わざと劣勢になるよう置いてみたが女王のように鮮やかに逆転することはできず、そのまま負けてしまった。


「全然わかってない。そうじゃないのよ」

「いつもと違う置き方すぎて勝手がわからないんだよ」

「もう時間も遅いし私帰るね」


 外はもう暗くなっていた。女王は再び席を立つ。すると黒田も再び土下座した。


「頼む、明日も俺と付き合ってくれ! コツを掴めるまであんたからオセロを教わりたいんだ。あんたの置き方がわかれば一段階上へ行けると思うんだ。俺は人生で真剣にやってきたことはオセロしかない、本当にオセロは強くなりたい。だから頼む!」


 相手がうんと言うまで黒田は土下座をやめないつもりでいた。少女は困り顔になる。


「明日俺の家に来てくれるかな?」

「あなたの家に行くの? わかった、わかったってば」

「そこはいいとも、だろう」

「そんなの知らないわよ!」


 少女は根負けし、黒田から住所を聞いて明日会う約束をした。ついでに電話番号も交換した。これでもう逃げられない。


「そうだ、名前を聞いてなかったな。女王て呼ぶのもなんだし……あんた名は?」

「SNSで会った人に本名を教えるのは……」

「また土下座するぞ」

「わかったわかった、白雪(しらゆき)よ」

「そうか、よろしくな白雪」


 黒田は握手を求める。しかし白雪は手を握り返さなかった。そこまで気を許したわけではなかった。


「じゃあ今度こそ帰るから」


 白雪はその場を立ち去る。今度は黒田も引き留めなかった。


「50万すっちまったが授業料としては安いものか……」


 一人になって黒田は呟いた。




 次の日の夕方、白雪は高田馬場にある黒田の住むマンションを訪れた。教えられた部屋番号の前に立ち、表札を見る。


「王、黒田っていうんだ」


 白雪はインターホンを押す。すると扉が開き黒田が出迎える。


「来てくれたのか!」

「ええ、約束通り来たわよ。王、いや黒田さんと呼ぶべきかな?」

「黒田でいいよ。上がってくれ。ちょっと散らかっているが」


 黒田に続いて白雪は中に入るが、片付けてないマンガや食べかけのお菓子が散乱している様を見て唖然(あぜん)とした。


「これがちょっと!?」

「男の一人暮らしなんてこんなもんだ。オセロができればいいだろ。まぁ座れ」


 黒田がオセロ盤の載っている高さの低いテーブルを指差すと、二人は向かい合って床に座った。


「じゃあ始める前にアドバイス。一見良手に思えて終わってみれば悪手だった、なんてことあるのよね。そんな本当は悪手を打たせる。ただわざと負けてる風に置けばいいわけじゃないの」

「例えばどんな手なんだ」

「わかりやすいのは辺かな。隅取っちゃえば後でいくらでも引っくり返せるもん。それを意識して置いてみて」

「わかった、やってみよう」


 二人は対戦を始める。しかし黒田はコツが掴めずやはり白雪に大敗した。


「上手くいかん……もう一戦頼む」


 再戦したが結果は同じだった。


「何故だ……もう一戦、もう一戦頼む」

「何度やっても同じよ。もう一戦だけよ」


 黒田は白雪のような逆転勝ちを目指して置くが、結局逆転できぬまままた負けてしまう。


「じゃあ私帰るから」


 白雪は立ち上がる。すると黒田も立って通せんぼした。


「待てよ、いい時間だし飯(おご)るよ。美味(うま)いラーメン屋があるんだ」

「いい」


 だがその時白雪のお腹が鳴った。


「やっぱり食べてく」

「決まりだな」


 二人は近所のラーメン屋に向かった。黒田が豚骨ラーメンと半チャーハンのセットを、白雪が塩ラーメンを頼んだ。


「隅を取るためには隅を取らせることも時には必要なのよ」

「難しいことを簡単に言うなぁ」


 ラーメンをすすりながら二人は会話する。黒田は最初に会った時から思っていた疑問を口にする。


「白雪はどうしてオセロ賭博なんかやるんだ? しかも高レートで」


 年端(としは)も行かぬ少女がオセロ賭博師なんてただならぬ理由があるに違いないと黒田は思った。その理由が気になる。しかし白雪は答えなかった。


「プライベートには踏み込まないで」


 そっぽ向いてラーメンをすする。ラーメンを食べ終わるまで会話がなくなった。


「ごちそう様」

「それじゃあ明日も来てくれるかな?」

「まさか、毎日続ける気?」

「頼む、俺は強くなりたいんだ」

「また土下座するんじゃないでしょうね?」

「オセロのためなら土下座くらい安いものだ」

「わかった、わかったから土下座はやめて。全く、黒田のオセロへの熱意には負けるわ……」


 渋々白雪は承諾(しょうだく)する。差し出された手を嫌々ながらも握り返した。

 こうして白雪のレッスンが始まった。昼間学校に行ってる彼女は夕方に黒田の家に来て指南しつつ三戦ほどオセロをし、飯を食べて帰る日々を送った。

 しかし黒田は17年間やってきたオセロとは違う置き方のコツが掴めず悪戦苦闘していた。白雪には1回も勝てなかった。




 レッスン3日目の途中、白雪の携帯が鳴った。電話に出た彼女はたちまち顔面蒼白(そうはく)になり、慌てて立ち上がった。


「ごめん、私行かないと……」

「どこへ行くんだ? 途中だぞ」

「病院。お母さんの容体が急変したって……だからオセロなんてやってる場合じゃないの」

「どこの病院だ、教えろ、早く!」


 黒田がやけに真剣だったので、白雪は母の入院先の病院の住所を教える。


「そこだと駅から結構歩くぞ、俺のバイクで行った方がいいかもな。乗せてってやるよ」

「いいの? 悪いよ」

「急を要するだろ? いいから行こう」


 黒田は白雪を連れて部屋を出ると、駐車場に停めてあるオセロ賭博で荒稼ぎして買ったバイクに乗る。少女の小さな体をタンデムシートに乗せ、ヘルメットを付けると轟音(ごうおん)を立てて走り出す。

 不安そうに白雪は黒田にしがみつく。彼はまだ幼い少女の心を感じ取っていた。

 病院まで1時間もかからなかった。二人が白雪の母のいる病室に向かうと、部屋の前に看護師がいて母の容体を教えてくれた。それによると彼らが来た時には落ち着いたとのことだった。白雪は病室の中に飛び込み、黒田は外で待つ。

 しばらくして、白雪が病室から出てきた。黒田はどうだったかと聞く。


「とりあえずは良かったけど安心できないよ……いつまたこんなことがあるかわからないって」


 白雪の表情は暗い。


「それにまたオセロ賭博をやめろと言われた……オセロ賭博をやめたらお母さんの入院費も私の生活費も払えなくなっちゃうのに」

「お父さんはどうしたんだよ」

「知らない。あいつは私とお母さんを残して蒸発した。多分新しい女とよろしくやってるんじゃないの。だから私が稼がなきゃいけないんだ……」


 それが白雪が14歳にしてオセロ賭博師になった理由だった。黒田は同情する。


「大変なのに俺に付き合ってくれてたんだな……本当にありがとう。あんたは立派だ」


 今にも泣きだしそうな白雪の体を手繰(たぐ)り寄せ、黒田はそっと頭を()でる。


「きっと白雪のお母さんも良くなるさ」

「黒田……あなた優しいのね」


 白雪は体を黒田に預ける。しばらくそうしていた。

 白雪が帰ると言い出したので黒田は家まで送っていくと言った。断ろうと思ったがまた土下座されたらかなわないので素直に住所を教える。


「今度から俺が白雪の家に行くよ」

「なんで?」

「教えを()うている立場だし、いつも電車賃払わせて家に呼びつけているのは悪いから」

「そう」


 二人はバイクに乗って新宿にある白雪の家に向かった。ほどなくして着くと、家の前で別れた。


「黒田、今日はありがとう。また明日ね」

「ああ、また明日頼む」


 黒田はバイクに(またが)って去る。その背中を白雪は見つめていた。




 レッスン5日目になって、今までの黒田の置き方をする白雪に白雪の置き方を試す黒田が初めて勝った。


「ようやくわかってきた……あんたの置き方が」

「おめでとう。これでもう教えることはないね」

「ちょっと待ってくれ、もう少しでものにできそうなんだ、もう一戦頼む!」


 だが白雪は黒田を無視して携帯を手に取り、オセロワイヤルをチェックする。


「あ、灰谷(はいたに)から挑戦状が来てる」

「灰谷って……西のオセロ皇帝(エンペラー)の灰谷か!」


 灰谷は西のオセロ皇帝の異名を持つ関西の凄腕(すごうで)オセロ賭博師だった。

 黒田も白雪も最初はオセロワイヤルでハンドルネームを使っていたが、異名が付くとそれをハンドルネームに変えた。しかし灰谷は異名で呼ばれるようになっても本名っぽいハンドルネームを使い続けていた。


「場所は向こうが指定している。六本木のクラブ。わざわざ東京に来るとは本気だね」

「受けるのか?」

「賭け金50万、1回勝負、受けない理由がない」

「俺も一緒に行っていいか? 皇帝と対戦するなら是非見たい」

「うーん、一応聞くだけ聞いてみるけど……」


 白雪は灰谷に黒田も同席していいかというメッセージを送った。するとたった数分で返事が来た。


「何人呼んでも構わない、か。一体どんな奴なんだ? 灰谷」

「私に聞かれても……オセロは強いらしいけど」


 たとえどんな相手でも白雪は負けるつもりはなかった。自分のオセロをすれば勝てると信じているので相手には特別興味がなかった。




 日を改めて白雪と黒田は六本木へ向かった。灰谷の指定したクラブに入ると、クラブなのに音楽が聞こえず、人のざわめく声だけで異様だった。

 中にはすごい人だかりができていた。彼らは皆食い入るように特設された巨大モニターに映るオセロ盤を見ていた。そして室内中央の天井からぶら下がっているカメラの真下にテーブルとオセロ盤の本体があって、席に男が一人座っていた。そいつが灰谷だと黒田も白雪も瞬時に悟った。


「すみません、ちょっと通ります」


 黒田は白雪を守るように前に出て人ごみを()き分けていく。集団を抜けて灰谷の前に(おど)り出た。

 灰谷はでっぷりと太った(あぶら)ぎった中年の男だった。高級そうなブランド物のスーツを着ている。白雪が来たと見て話しかける。


「ようこそオセロの幼き女王。私が西のオセロ皇帝こと灰谷や」


 フロア全体に響き渡るほどの大声だった。灰谷はピンマイクを付けていた。


「これ君らのマイクな」


 灰谷は席を立ち、白雪と黒田にピンマイクを手渡す。


「来たわよ皇帝。でもこの茶番は何? この大勢の人達は?」


 一応ピンマイクを付けて白雪が問う。すると灰谷は手を広げて答えた。


「ショーだよ! そして彼らは観客や。私が女王と対決するから観戦者を(つの)ったら全国からオセロ賭博師が集まってきよった。会場を貸し切りにして正解やろ」


 観客から歓声が上がる。皇帝対女王の世紀の一戦を見ずにはいられないと彼らはここにやってきた。その気持ちは黒田には少しわかった。しかし白雪は完全に引いている。


「理解できない……オセロ賭博をこんな大々的にやるなんて」

「私にはそれなりの権力がある。楽しまな損やで、お嬢ちゃん」

「相手に揺さぶりをかけて自分の有利に試合を運ぼうという魂胆かもしれない。落ち着けよ、女王」


 黒田は注意する。


「わかってる王。私は私のオセロをするだけよ」


 白雪は静かに闘志を燃やす。


「賭け金50万、1回勝負、いいね?」

「いいや、賭け金は500万や」

「な!? どういうこと!?」


 灰谷はテーブルの傍にあったアタッシュケースを開く。すると札束がぎっしりと詰まっていた。ざっと500万はあろうかと見えた。


「話が違う! 500万なんて用意してない!」

「今すぐ現金で払わんでええ、この契約書にサインさえしてくれたら」


 灰谷は(ふところ)から一枚の紙とボールペンを取り出して見せる。


「どうかしてるぞこの男……(わな)だ、乗るな女王、帰ろう」

「わかった。サインすればいいのね?」

「おい女王!」

「勝てば500万の大金が手に入る。上等じゃない」


 その言葉に歓声が上がる。欲に目が(くら)んだんじゃと心配する黒田をよそに白雪は前に進み席に座る。灰谷も着席して契約書を渡しサインさせた。


「先攻後攻を決めようか」

「私後攻の白がいい」

「ええで。じゃあ始めるで」


 灰谷が黒、白雪が白で東西オセロ賭博師の頂上決戦が今始まる。

 序盤、白雪が劣勢に見えて逆転の仕込みをしていた。だがそれに灰谷は感付く。


「何か企んどるようだがこれならどうや」


 灰谷はバチンと音を立てて黒を置く。それが妙手で白雪の反撃を封じ込めた。次の番で悪手しか打てなくなる。


「くっ……」

「どうした女王、そんなもんかいな」


 灰谷は隅を取る。白雪の表情が険しくなる。


「苦しいな、女王……」


 黒田は予想以上に苦戦している白雪をハラハラしながら見守っていた。

 後半戦白雪は反撃して追い上げるも常に1手灰谷がリードしており、結果僅差(きんさ)で負けた。観客がどよめく。女王の常勝伝説は今終わりを告げた。


「負けた……500万の大勝負で……」


 白雪は絶望する。500万円の支払いが重くのしかかる。母のことが頭に浮かび、どうすればいいのだろうと項垂(うなだ)れる。

 灰谷はピンマイクを一旦外し、(ささや)き声で言った。


「キッチリ払ってもらうで、500万。現金で払えんようなら体で払ってもらうからな、()()()()()


 白雪はゾッとして震えた。彼女の様子がおかしいとして黒田は近づく。少女の(ほお)(つた)う涙を見て、青年オセロ賭博師は決意する。


「なぁ皇帝さんよ、俺もあんたに挑戦していいか?」

「あなたはオセロの王、私はかまへんで」


 観客がざわつく。黒田も名の知れたオセロ賭博師だったからだ。

 黒田は白雪の肩に手を置いて言い放つ。


「俺も500万を賭ける。その代わり俺が勝ったら女王の500万の支払いは取り消しだ。いいな、俺も手持ちはないから契約書にサインでもなんでもしてやるよ」

「待って! それじゃあ王にリスクしかないじゃない。どうして私のためにそこまで……」

「俺にオセロを教えてくれただろ。その借りを返すだけさ」

「その条件でええで。まぁ誰が相手でも私は負けへんがな。1回勝負や、来い!」

「交代だ女王。悪いが皇帝、勝たせてもらう」


 白雪と席を代わり、黒田はどっしりと構える。灰谷が取り出した二枚目の契約書にサインをした後、先攻後攻を決めるじゃんけんをした。

 黒田が黒、灰谷が白で第二試合が始まる。

 灰谷はすぐ黒田も白雪と同じように素人っぽい置き方のように見えて逆転勝ちを狙うタイプのプレイヤーだと見抜く。相手の思考を読み、最善となるよう置く。しかし次第に打つ手がなくなってくる。

 気が付けば黒が白で完全に囲われていた。かつて白雪が黒田相手にやってみせたのと同じものだった。灰谷はパスせざるを得ない。観客は驚く。


「嘘やろ……パスや」

「じゃあここに置く」

「クッ……パス」


 灰谷がパスしてる間に黒田は着々と黒の数を増やしていく。ようやく白が置けるようになっても、次に黒ですぐ引っくり返される場所しかなかった。

 悪手を打たされ続ける灰谷。やがて黒田は隅を取り、一気に形勢は逆転する。


「ありえへん、この私が、手玉に取られて負けるなんて……」


 終わってみれば黒田の圧勝だった。鮮やかな逆転劇に歓声が沸き起こる。白雪の表情が明るくなった。


「俺がやったのは女王の置き方だ。女王の置き方は強い。さっき女王が敗れたのは経験が足りなかったからだ、女王よりちょっと長く生きた俺ならお前にも読み勝てる」


 黒田は言い放つと席を立つ。白雪が駆け寄る。


「黒田ー!」


 白雪は感極まって黒田に抱き着く。


「ありがとう黒田、勝ってくれて」

「ちょ、マイク付けたまま本名を叫ぶな」

「ごめん」


 白雪は離れて二人してピンマイクを放り捨てる。


「あんたの置き方は1手間違えば大事故だから自信がないとできない置き方だ。内心ヒヤヒヤしたよ」

「私も最初はハラハラしたけど私以上に私のオセロができてた。見事だった。成長したね、黒田」


 師たる白雪に言われて嬉しく思う黒田。彼は一つ提案をする。


「なぁ、これからはコンビでオセロ賭博をやらないか? どっちかが負けてもどっちかが勝てば取り返せる。安定して稼げると思うんだけど」

「そうだね。黒田とならいいよ」


 白雪は頷く。ここに最強タッグが結成された。

 歓声に包まれて、黒田と白雪の二人は颯爽(さっそう)とクラブを去った。

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