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第7話。皇太子が張り切ったら父が頭を抱えた。

 俺は、ジョヴァンナ第2公女を不用意な発言で怒らせてしまい、その機嫌を直させる為に四苦八苦した結果、ウィレミーナから提案された……ジョヴァンナ公女と結婚しないか……という縁談話を有耶無耶(うやむや)に出来た。


 しめしめ。

 地雷を踏んでたまるか。


 あ、いや、決してジョヴァンナ公女が地雷だという訳ではない。

 昔から俺に懐いているジョヴァンナ公女は可愛い。

 ただし、妹みたいな意味の可愛さだ。

 妹みたいなジョヴァンナ公女を、恋愛対象や結婚相手としては見れない。


 あくまでも俺は、主筋である大公家の姫君をお嫁に貰う事が、地雷だと言っているのだ。


 しかし、気を抜いてはいけない。


 ()()ウィレミーナの事だから、自分の望み(俺をジョヴァンナ公女と結婚させる事)を実現する為なら、相当卑怯な策略を仕掛けてくるに違いない。

 ウィレミーナは、有名な物語に登場する……黒衣の魔女ノワール・グリム……みたいに奸計(かんけい)に長けている。


 幼馴染だから、俺はウィレミーナの過去の悪行を色々と知っていた。


 とある侯爵家の性格が悪い御令嬢が、父親(侯爵)の派閥に所属する男爵家の御令嬢を(いじ)めているのを知ったウィレミーナは、その侯爵令嬢を成人式とお見合いパーティを兼ねた例の晩餐会の場で、盛大に()()()()()らしい。

 ウィレミーナは、侯爵令嬢が行っていた数々の(いじ)めの証拠を突き付けて、ラノベにありがちな……悪役侯爵令嬢断罪イベント……をやりやがったのだ。


 おかげで、あの侯爵令嬢の評判はガタ落ち。

 あの時まで社交界で相当ブイブイ言わせていた彼女の勢いも、あれで終わりだろう。


 貴族が自分の派閥を形成する際に取る常套手段は、昔から政略結婚が相場だと決まっている。

 (くだん)の侯爵派閥も、その例に漏れず派閥の貴族家同士で姻戚関係になっていた。


 ただし、【リーシア大公国】は貴族社会も恋愛結婚を是とする伝統がある。

 自分の娘が、派閥のリーダーである侯爵の御令嬢から苛められるかもしれない……と思えば、侯爵派閥には参加するのを躊躇するかもしれない。

 親は……(いじ)めくらい……などと軽く考えるかもしれないが、結婚する当事者である娘の方は……親が侯爵派閥に入ったら、自分も性格が悪い侯爵令嬢から酷い(いじ)めに遭うかもしれない……と考えれば、侯爵派閥から持ち込まれた政略結婚には絶対に応じないだろう。


 親が子供の結婚相手を決めても、【リーシア大公国】では子供が拒否すれば結婚を強制出来ない。

【リーシア大公国】は貴族であっても恋愛結婚を是とするのだから。


 あの(いじ)めっ子の侯爵令嬢がいる限り、侯爵派閥には新規参加する貴族は出ないと予想される。

 特に娘がいる貴族家は……。


 ウィレミーナは正義感がある公女殿下……【リーシア大公国】の白百合……として立場が弱い下級貴族家や国民から大人気だ。

 しかし、ウィレミーナは、意地悪な悪役侯爵令嬢を断罪して恥を掻かせマウント取りたかった訳でも、正義感ぶって悦に入りたかった訳でも、立場が弱い者達を助けたかった訳でもない。


 ウィレミーナの目的は、侯爵令嬢の(いじ)めをネタに侯爵派閥の政略結婚を妨害して、侯爵派閥の影響力を削ごうとしたのだ。

 大公家の求心力を高める為に。


 そういうふうに、ウィレミーナは貴族の子息・令嬢達の様々なスキャンダルを利用して、大公家に有利になるような影響力工作を繰り返しているのだ。

【リーシア大公国】の白百合なんて呼ばれているウィレミーナは、実際には恐ろしい食虫植物なのである。


 ただし、ウィレミーナに純粋な正義感がない事もない。

 彼女の卑怯な策略は、立場が弱い者や無辜の人々には向かないのだから。


 俺は、ご機嫌が斜めになったジョヴァンナ公女を必死に(なだ)(すか)して機嫌を取り、何とか大公家の私的領域から辞去する。


 ・・・


 カンパネルラ伯爵邸に戻ると、祖父と父が先に帰っていた。

 俺がウィレミーナに捕まってロイヤル・ファミリーの相手をしていた事は、俺の供回り達から伝えられていたので別に心配はされていない。


「只今戻りました。お祖父様、お父様、先程ヴィットーリオ皇太子殿下に……自国通貨導入のメリットとデメリット……を、ご説明して来ました。なので、後日その話が皇太子殿下から提案されるかもしれません」

 俺は書斎にいた祖父と父に一応報告をした。


 カンパネルラ伯爵家(うち)は代々財務畑の家柄だから、この手の話は(あらかじ)め祖父と父の耳に入れておいた方が良い。


「この間の商品先物市場の開設提案に続いて、今度は自国通貨か……」

 父が頭を抱えた。


 商品先物市場についても、以前俺がヴィットーリオ皇太子に説明した話である。


「一応、俺は……【ドラゴニーア通貨】を使い続けた方が良い……って意見を伝えてありますからね。俺が焚き付けた訳じゃありませんよ」


「わかっておる。ジョヴァンニは、それ程浅はかではあるまい。おおかた、皇太子殿下に……何か新しい政策のアイデアはないか?……と頼まれたのだろう?」

 祖父が言う。


「皇太子殿下が……輸出を増やす為に競争力を高めたいが、予算は1銅貨もない。何とかしろ……って無茶な事を言うんで……その条件なら自国通貨導入という方法がありますよ……と、伝えました」


「そんな事だろうと思ったよ。はあ、皇太子殿下は、【リーシア大公国】を良い国にしたいという純粋な気持ちで新しい施策を次々ご提案になるから、余計に性質(たち)が悪いんだよな〜」

 父は嘆息した。


「因みに、ジョヴァンニは何故我が国が自国通貨を導入したら不味いのか、理由がわかるか?」

 祖父が訊ねる。


「理由は3つ。まず、単純に自国通貨を発行するコストが巨額になる事。通貨というのは発行すれば直ちに富に変わる訳ではないので、通貨発行コストは短期的には国民の富の損失になります。次に、仮に自国通貨を発行しても【リーシア大公国(我が国)】は、【ドラゴニーア通貨】を使用している隣国との国境が開かれていて共通市場を形成しているから、国民は信用が高い【ドラゴニーア通貨】を使い続けて、自国通貨の普及が遅れ、通過価値も短期的には額面マイナス・アルファに下振れして国内経済に悪影響が予想される事。そして、最後が一番致命的で、【リーシア大公国(我が国)】が何の事前準備も根回しもせず、単純に【ドラゴニーア通貨】から自国通貨に切り替えれば、自由同盟の盟主である【ドラゴニーア】に喧嘩を売ったと見做されかねない事。【リーシア大公国】は安全保障を【ドラゴニーア】に依存しています。【ドラゴニーア通貨】を【リーシア大公国】が使う事で、結果的に【ドラゴニーア】が様々なインセンティブを受けている事は別に不公平な事ではなく、【リーシア大公国】が自国の安全保障を【ドラゴニーア】に肩代わりしてもらっている事の事実上の対価になっています。だから、【リーシア大公国】が自国通貨を導入するなら、安全保障を【ドラゴニーア】に頼りきりにするのではなく、ある程度自国で国防をやらなければならなくなる。しかし、その国防費は莫大になる上に、【リーシア大公国(我が国)】が軍備拡張する事によって、世界最強の超大国である【ドラゴニーア】から警戒感を持たれるリスクもある。大体そんな感じでしょうか?」


「その通りだ。愚かな大臣達の中には……【ドラゴニーア通貨】を使用すると、経済大国の【ドラゴニーア】ばかりが得をするから自国通貨を導入しよう……などと(のたま)う連中もいるが、経済と安全保障は政治の表裏だ。経済的に【ドラゴニーア】にインセンティブを与える対価で、我が国は【ドラゴニーア】に守ってもらっているのだ。それが理解出来ぬ馬鹿者が多くて困る」


「馬鹿者って、ヴィットーリオ皇太子殿下とかですか?」


「あ、いや。皇太子殿下は立派な御方だ。あの御方は、今のままの善良で純粋な皇太子殿下で()って下されば良い。政治の汚れ仕事は、我ら臣下が行えば良いのだ」


「ジョヴァンニ。皇太子殿下が、お前の事を事実上の相談役のように頼って下さる今の状況は正直言って助かっている。お前にアドバイスを受けるようになった殿下は、以前に比べて格段に御発言がマトモになった。以前の殿下は……神聖遠征軍を組織して、魔物に支配されているサウス大陸を人種の手に奪還すべし……なんて世迷言(よまいごと)を真剣に言っていたのだからな」

 父は呆れたように言った。


「それは、ヤバいですね……」


「ジョヴァンニ。やがて、皇太子殿下の御代となれば、お前は重臣として取り立てられるだろう。殿下は白絹のような清廉な御方だが、白絹に黒墨を落とすと、その(けが)れは洗っても落ちない。お前は【リーシア大公国】の民の為に、悪意を持って近付く者から殿下をお守りしなくてはならぬぞ」

 祖父へ言う。


「その事なんだけれど、何かウィレミーナ公女殿下から……ジョヴァンナ公女殿下と結婚しろ……って言われたんだけれど」


(まこと)か?」


「うん」


「悪い話ではない。その話は大公陛下からも、それとなく聴いておる。ジョヴァンニの元にジョヴァンナを降嫁(こうか)させたい……と」


「えっ!?大公陛下が縁談を推して来てんの?」


「お前の気持ちは如何(どう)なんだ?」

 父が訊ねた。


「正直に言って微妙だね。別にジョヴァンナ殿下が嫌とか、そういう事ではないんだけれど、大公家と姻戚になるのが面倒そうだから」


「まあ、無理にとは言わぬが、意中の誰かが居ないのであれば、ジョヴァンナ公女殿下を伴侶とする事を前向きに考えてみては如何(どう)だ?大公陛下のお話では、ジョヴァンナ殿下が成人するまでは、ジョヴァンニに降嫁(こうか)させる前提で、殿下の婚約は決めないと仰っていた。つまり、まだ3年は考える時間がある」


「う〜ん、考えてはみるよ」


 すると、書斎に母が入室して来る。


「ジョヴァンニ、お帰り。オペラ・ハウスに大評判のサーカス・オペラというのが来ているみたいなの。出入りの商人さんから、運良く桟敷のチケットが買えたから、ジョヴァンニも一緒に観に行きましょう」

 母が言った。


「え〜、晩ご飯まで寝たいんだけれど」


「何を言っているのよ。行くわよ」


「何でさ〜。お父様と行けば良いではないですか〜」


「ジョヴァンニ。私は、この後もう一度登城して会議だ」

 父は言う。


「なら、お祖父様は?」


「儂も同じ会議に出なければならぬ」

 祖父が言った。


「ほら、ジョヴァンニ。早く着替えなさい」

 母が急かす。


 面倒臭いな〜。


 ・・・


 俺は母に無理矢理連れられて【乗り物(ビークル)】に揺られてオペラ・ハウスに向かった。

 折角【乗り物(ビークル)】酔いが治ったと思ったのに、また【乗り物(ビークル)】だよ。


乗り物(ビークル)】酔いって奴は、酷くなると【乗り物(ビークル)】を降りても、まだ揺れているように三半規管が錯覚する。

 そんな事は日本人時代には知らなかった。


 何しろ【ベッラ・フォンターナ】から大公都【モンティチェーロ】まで、3泊4日も移動するんだからね。


「ジョヴァンニ。楽しみね?」

 母がパンフレットを見ながら言った。


「サーカスなんか子供が観るモノじゃないの?」


「サーカス・オペラよ。演目は……豊かな者は金貨で暮らし、まつろわぬ民は歌で暮らす……だって。あの有名なコッペリア・フェリの作・演出で、初演された【ロムルス】を始め、【ラウレンティア】や【ドラゴニーア】でも記録的な大ヒットになっているみたいだわ」


「俺は、オペラとかミュージカルみたいな歌劇って奴が如何(どう)も苦手なんだよね。登場人物が芝居の途中で突然歌い出す所に少し引く」


「私は、歌劇が好きよ」


「え〜、何の脈絡もなく歌い出すんだよ。意味不明で感情移入出来ないよ」


「それは、キャストの演技力や歌唱力によるんじゃないかしら?ほら、年末の……ミュージック・フェスティバル……の生放送で、()()当代一のディーバであるオデッタ・スカラを向こうに回して、堂々と歌っていた大物新人のジーナ・アットリーチェって子が居たじゃない?このサーカス・オペラは、初演で、あのジーナが主役を張った演目なのよ」


「あ〜、あの【山羊足人(サテュロス)】の子ね。あの子は可愛いかったよね」


「あら?ジョヴァンニは、ああいう意志が強そうな顔の子がタイプなの?」


「別にタイプとかじゃなくて、一般論の話だよ」


「でも、残念ね。今【モンティチェーロ】に来ているのは、2号テントっていうリバイバル・キャストなのよ。ジーナ・アットリーチェは、オリジナル・キャストだから観られないわ。2号テントの主演女優は、ノリコって子みたい。でも変わった名前ね。男の名前じゃない?ノリカのミス・プリントかしら?」


 ああ、【リーシア大公国】では、一般的に語尾がOは男性名、語尾がAは女性名って常識があるからね。


「【タカマガハラ皇国】風の名前なんだよ。【タカマガハラ皇国】では、語尾が……コ……は女性に多い名前なんだ」


「ジョヴァンニは博識だわね。そんな知識、何処(どこ)で覚えたの?」


「知り合いにノリコって人が居たんだよ」


「【タカマガハラ皇国】の人?」


「いや……」

 俺は……日本の人だ……と言おうとして、言葉を飲み込んだ。


 日本人の知り合いが居るなんて言ったら、病院に連れて行かれる。

 こっちの世界では……ニホン……という地名は、何故だか神々が住まう霊験あらたかな異界という認識がされていた。


「……知り合いのノリコって人のお母さんが【タカマガハラ皇国】出身みたいだね」

 俺は取り繕う。


「ふ〜ん……着いたわね。楽しみだわ〜」


 俺達は、オペラ・ハウスに入った。

お読み頂き、ありがとうございます。

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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。

本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。


・・・


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