第6話。前世の知識を披瀝したら公女を嫁に勧められた。
本日2話目の投稿です。
「次に富の再分配の問題です。1つ思考実験をしてみましょう。もしも、ヴィットーリオ皇太子殿下が、これから商売を始めようと考える若い商人だったとして、大公都【モンティチェーロ】と、【ベッラ・フォンターナ】と、どちらで店を持ちたいですか?」
「まあ、大公都だろうな。いや、【ベッラ・フォンターナ】を軽んずるつもりはないのだぞ。あくまでも思考実験の話だからな」
「わかっています。当然、大都会の大公都【モンティチェーロ】で店を持ちたいと考えますよね?【ベッラ・フォンターナ】は人より家畜の数の方が多いようなド田舎ですから、俺だってそう思いますよ」
「うん……」
「何故、大公都【モンティチェーロ】で商売をした方が有利なのかは、簡単な話ですよね?単純に大公都【モンティチェーロ】は人口が多い国内最大の消費地だからです。もちろん大公都【モンティチェーロ】では商売の競合相手も多いですが、新規参入し易い業態や商材を選べば商機は幾らでもあります。例えば【モンティチェーロ】の全人口の1%に需要がある商材を売れば、人口が多い大公都の1%は膨大な人数ですから商機があります。しかし、【ベッラ・フォンターナ】の全人口の1%にしか需要がない商材では、仮に全員に売れても、余程高価か利幅が大きな商材でない限り商売にはなりません。必然的に、人口が少ない【ベッラ・フォンターナ】では、全人口の相当数が欲しがる商材を売るしか商売は成立しません。しかし、そういうメジャーな商材を扱う店は既にあります。大概そういう店は昔ながらの老舗で固定客を掴んでいます。既に競合相手が信用を確立している商圏では、新参者は商売がやり難い。特に田舎は、保守的な傾向があり人間関係も濃いですからね。こういう新規参入障壁は、人口が少ない田舎程、相対的に高くなります。一方で、人口が多い大公都【モンティチェーロ】ならば、割合としては需要が少ないニッチな業態や商材でも全体の母数が大きいので商売が可能です。つまり、都会程、新規参入障壁は相対的に低くなりますよね?おそらく、ヴィットーリオ皇太子殿下が大公都【モンティチェーロ】で商売を始めたいと考えた理由も、同じような事を考慮したからではありませんか?」
「そうだ」
「つまり、人口が多い都会は消費も大きいのです。消費が大きければ、それを狙って人・物・金・サービスが集まります。当然、税収も大公都【モンティチェーロ】の方が、【ベッラ・フォンターナ】より多いですよね?」
「そうだな」
「しかし、ド田舎の【ベッラ・フォンターナ】は、如何なるでしょうか?」
「如何なるとは?」
「【ベッラ・フォンターナ】で生まれた人が商売をしようと考えたら、ヴィットーリオ皇太子殿下と同じように、大公都【モンティチェーロ】に向かうのではありませんか?」
「そういう者もいるだろうな?」
「すると、ド田舎の【ベッラ・フォンターナ】からは若者がドンドン流出して人口が益々少なくなりますよね?」
「まあ、一般論としては、そういう傾向があるだろうな」
「【ベッラ・フォンターナ】の税収は、益々少なくなりますよね?」
「うん」
「しかし、最低限のインフラのメンテナンスやライフ・ラインの維持などは、地域の人口に関係なく必要です。税収が少ないから、【ベッラ・フォンターナ】では衛士隊や診療所や学校や上下水道やゴミの収集などの行政サービスを全てなくしてしまえ……という訳にはいきませんねよ?」
「ああ……。ジョヴァンニ、お前は我が大公家が……地方を蔑ろにしている……と言いたいのか?」
「いいえ、とんでもない。そういう地域格差を是正する為に、【リーシア大公国】では地域毎の税収に関係なく、なるべく公平に予算が割り振られていますよね?」
「ああ、税収が足りない地方でも、大公都【モンティチェーロ】に住んでいる者と同じ行政サービスが受けられるように、国家税収の総額から補助金や地方交付金という形で地方に予算を割り振っている」
俺は、【ベッラ・フォンターナ】と大公都【モンティチェーロ】を結ぶ道の整備や、道沿いの町・村・集落に、もっと補助金や交付金が欲しいのだが……。
まあ、それは良いだろう。
「その通りです。それが富の再分配の基本的な考え方です。さて、【リーシア大公国】では予算を割り振る財政政策によって、大公都【モンティチェーロ】も、ド田舎の【ベッラ・フォンターナ】も、同じ行政サービスが受けられます。もちろん、大都会の大公都【モンティチェーロ】の方が様々なお店などがあって便利ではありますが、今は税収の分配による行政サービスの均質化に絞って話します。では、これを【ドラゴニーア通貨】圏に当てはめると如何いう事がわかるでしょうか?」
「【ドラゴニーア通貨】圏に当てはめる?良くわからないが?」
「【リーシア大公国】では、人・物・金・サービスが集まる大消費地の大公都【モンティチェーロ】が沢山の税収がありますが、格差是正の目的で、ド田舎の【ベッラ・フォンターナ】にも補助金や交付金が分配され、国内の行政サービスが均質化される政策を採っていますが、【ドラゴニーア通貨】圏では、そうした格差是正措置が行われていますか?」
「自由同盟加盟国は、経済大国の【ドラゴニーア】や【ユグドラシル連邦】などから、様々な経済援助や借款などを受けていると思うが?」
「それは、【リーシア大公国】が国家財政として地方に再分配する予算と比較して十分でしょうか?」
「細かいデータはわからないな。後で確認してみる」
「おそらく、【ドラゴニーア】などの経済大国が、【リーシア大公国】にしている経済援助など、【リーシア大公国】が国家財政として地方に再分配する予算と比較すれば微々たるモノの筈ですよ。何故なら、【リーシア大公国】の都会人と地方人は同じ【リーシア大公国】民ですが、【ドラゴニーア】にとって【リーシア大公国】は外国ですからね。どんな国も国益を鑑みて国内問題の解決を優先します。【リーシア大公国】を【ドラゴニーア通貨】圏に当てはめるなら、大公都【モンティチェーロ】が【ドラゴニーア】で、【ベッラ・フォンターナ】が途上国という構図になります。同じ国際基軸通貨の【ドラゴニーア通貨】を使用し共通市場を形成している国々では、【リーシア大公国】の実情と同じように大消費地である経済大国に人・物・金・サービスが集まりますが、その富の再分配は不十分な為、富む国は益々富み、貧する国は益々貧する状況になります。この格差を是正する為には、本来【リーシア大公国】が国内で行っているような予算の再分配をしなければならない。つまり、通貨と市場が共通ならば、完全な公平を期す為に本来各国の財政政策による富の再分配も共通で行われなければならないのです。しかし、現実は各国の財政は別々で国際経済援助なども不十分です。従って、【リーシア大公国】は輸出競争力や富の再分配で、巨大な消費力を持つ【ドラゴニーア】などの経済大国より不利を受けています」
「その不利が、自国通貨を発行する事で防げるのか?」
「はい。全て防げる訳ではありませんが、少なくとも問題を目の前にして座して死を待つのではなく、問題を小さくする方向で自立的に対応する事が可能になります。【リーシア大公国】に自国通貨があれば、対【ドラゴニーア通貨】で相対的に自国通貨の価値を下げて、【リーシア大公国】の輸出品を割安にして輸出を増やしたり、自立的な財政政策として富の再分配を行えるようになります。しかし、この場合のメリットは、あくまでも国際基軸通貨【ドラゴニーア通貨】を法定通貨として利用する場合のメリットとのトレード・オフになります。【ドラゴニーア通貨】から自国通貨に切り替えれば、当然貿易時のコストが増え、異なる通貨を使用する両国の商品価格差がわかり難くなり不便になります。投資の効率化・最適化が阻害され、経済合理性も下がります。また、【リーシア大公国】の企業や国民が【ドラゴニーア通貨】圏で商売をしたり働きに行く際にも、今よりコストとリソースが余計に掛かるでしょう。後は、どちらが現状の【リーシア大公国】にとってメリットが大きいかを考えて、政策を選択すれば良いのです」
「なるほど……。父上に相談してみよう」
「そうしてみて下さい。でも、俺の個人的な考えですが、現状【リーシア大公国】の経済は、そう悪くないと思いますよ。国家経済の基幹を成す法定通貨を変更するとなると、デメリットも大きいので慎重に考えるべきです」
「ジョヴァンニ。お前は、手紙で……自国通貨を持て……と書いて寄越したじゃないか?そんなコロコロと意見を変えるのは無責任だろう?」
「勘違いしないで下さいよ。俺は、ヴィットーリオ皇太子殿下から……もっと輸出を増やしたい。その為に国際競争力を高めたい。しかし予算はない……という内容の手紙を貰ったので、それを解決可能な一案として……自国通貨を発行する方法がありますよ……と返信しただけです。俺の立場は……総合的に見て【リーシア大公国】は【ドラゴニーア通貨】を法定通貨として使用し続けた方が良い……という考えで以前から全く変わっていません」
「そうか……わかった。とにかく一案として大臣や学者連中に検討させよう」
ヴィットーリオ皇太子は、メモを纏めてチュニックの内ポケットに仕舞った。
「ジョヴァンニは、凄いな〜。その歳で、それだけの知識を何処で身に付けたんだい?シュエレプ先生が、ジョヴァンニの事を……私ではジョヴァンニ様の教師は務まらない……って言っていたし、あの賢老カンパネルラ伯爵も……孫の才気は凄まじい……と唸っていたからね」
ウェゲリウス公子が言う。
「本で読んだ知識ですよ」
本当は前世の知識だけれどね……。
カンパネルラ伯爵とは祖父の事で、シュエレプ先生とは祖父が大枚を叩いて雇い、一時期俺の家に来てもらっていた家庭教師だ。
何日か勉強を見てもらっていたら、シュエレプ先生は泣きながら俺の両親に謝って辞職を願い出たらしい。
現在シュエレプ先生は、ウェゲリウス公子の家庭教師になっているのだとか。
ともあれ、ヴィットーリオ皇太子の用件は済んだらしい。
「ジョヴァンニは明日の舞踏会に参加するのよね?」
ウィレミーナが訊ねた。
次はウィレミーナの用件か?
「ええ、まあ、一応は国の決まりですからね」
【リーシア大公国】の成年貴族は、独身で婚約者が居なければ、成人の儀に付随したお見合いパーティーの意味もある晩餐会と舞踏会に強制参加が義務付けられていた。
法的な手続きを踏んだ正式な婚約者が居れば、お見合いパーティーに出席する必要はないのだが、俺には婚約者がいないので、明日の晩餐会と舞踏会は出席拒否出来ない。
「ダンスに誘う意中の相手は居るの?」
明日の舞踏会でダンスに誘うという事はプロポーズを意味する。
「居ませんね。貴族家から結婚相手を貰うと、相手側の実家関係とか色々と柵が多そうですから、出来れば結婚相手は一般人の女性が良いですね」
「バカね。一般人なら柵がないなんて考えるのは思慮が浅いわよ。貴族家の嫁や婿になれば、相手やその親戚縁者は当然インセンティブを期待して、必ず利益誘導を図ろうとする。その基本的な構図に貴族も一般人も変わりはないわよ」
「そうかもしれませんね。なら、孤児院から結婚相手を見付けるのもありですね。俺も孤児院からカンパネルラ家に貰われた養子ですので」
「提案なんだけれど、大公家と姻戚になる気はないかしら?あなたの知識は大公家に必要よ。いずれ、ジョヴァンニは家督を継いで財務尚書から財務大臣になる予定だけれど、その知識は早い内から大公家の為に使ってもらいたいわ」
大公家と姻戚?
俺が?
それって……。
「つまり、ウィレミーナ殿下を嫁にするって事ですか?それは光栄なお話ですが、丁重にご辞退申し上げます」
主筋の姫君からの姻戚の申し出を断るなんて、普通の貴族社会なら打首モノかもしれないが、自由恋愛を是とする【リーシア大公国】ではセーフだ。
ウィレミーナは、性格がキツくて口が悪いので恋愛対象としては正直微妙。
でも、彼女は、お姫様の割に頭が良くて良識がある。
むしろウィレミーナは、竹を割ったような性格で、家来筋である俺にも身分差や立場の違いを持ち出して偉ぶったりはしないから、幼馴染みや友人としての彼女は嫌いではない。
でも、結婚相手としてはナシだ。
【リーシア大公国】の貴族家に養子に貰われた俺にとって、ウルブリヒト大公は主君である。
前世の日本人的な感覚で考えると、大公は自分が勤める会社の社長みたいなモノだ。
つまり、ウィレミーナは社長の娘。
社長の娘なんかと結婚したら、一生嫁さんに頭が上がらない。
針の筵だ。
そして、自分の実力で出世しても、同僚達からは……社長の娘と結婚したからだ……などと陰口を叩かれ、絶対に正当な評価はされないだろう。
俺は、そんな面倒を背負い込みたくない。
「わ、私じゃないわよ!それに全く考えもせずに一瞬で断るなんて失礼ね!」
ウィレミーナは声を荒らげた。
「あ〜、ウィレミーナ殿下と結婚するのは面倒そうだと思いまして」
「如何いう意味よ!?」
「大公陛下の御息女であるウィレミーナ殿下の夫という立場が面倒だと思うだけで、決してウィレミーナ殿下個人が面倒だという意味ではありませんよ」
「……まあ良いわ。私は……ジョヴァンナを妻にする気はないか?……と訊ねているのよ」
「ジョヴァンナ殿下の方ですか?でも、俺はロリコンじゃないのでお断りします」
「ロリ……って、ジョヴァンニ。あなた何歳?」
「今年成人なので15歳ですね」
「ジョヴァンナは12歳よ。3歳歳下の女性を妻に迎えるのって、別に普通じゃない?」
あ……。
俺は、前世が日本人だった自己認識があるから、経験や精神年齢的な意味で随分大人の気分でいるが、今世では15歳だった。
前世の記憶持ちだ……なんて言えば、頭がおかしいと思われる。
「あ、いや……ジョヴァンナ殿下は、まだ未成年だから……という意味ですよ」
「結婚は成人してからするにしても、12歳くらいで婚約する事は珍しくはないわよ。ジョヴァンナは昔から……ジョヴァンニと結婚する……と言っているわ。父上も母上もジョヴァンナを溺愛しているから、ジョヴァンナが望むなら、あなたに嫁がせる事を許可するわよ。カンパネルラ家の家格も第2公女のジョヴァンナの降嫁先としては丁度良いし」
「結婚したい……なんて、良くある子供の戯言ですよ。きっと、ジョヴァンナ殿下は幼いので、結婚の意味が良くわかっていないと思います」
「わかってるもん!子供扱いしないで!」
ジョヴァンナ公女が、プニプニの頬っぺを膨らませて立っていた。
あ〜、話を聞かれてしまいましたか……。
「あ、いや、その……申し訳ありません。別に他意はありません」
「ジョヴァンニなんか嫌いよっ!」
ジョヴァンナ公女は、プイッと横を向く。
どうやら、怒らせてしまいましたね……。
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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。
本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。
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