第5話。皇太子が来たら世界共通通貨の問題点を訊ねられた。
俺は、第1公女ウィレミーナと側妃フローラ様から、お菓子とお茶を頂いている。
さすがは【公城】。
高級感がある、お菓子とお茶だ。
この小さなカップ・ケーキみたいなカヌレとかいうお菓子が馬鹿みたいに美味い。
この2cm大の小さなお菓子1つが、5銅貨もするそうだ。
俺の感覚では1銅貨は日本円換算で100円くらいだから、500円相当……これ1個で?
24個入箱詰めで1万2千円……。
高っ!
普段【ベッラ・フォンターナ】で俺が食べている菓子類は手作りの素朴なモノだが、【公城】のお菓子類は、大公家御用達の【パスティッチェリーア・ルクレツィア】から購入しているのだとか。
【パスティッチェリーア・ルクレツィア】とは、世に名高い高級ホテル・レストラン・グループである【ガストロノミア】系列のパティスリー・ブランドだ。
【ガストロノミア】……?
如何かで聞いた事があるような?
う〜む、思い出せない。
まあ、良いか。
ジョヴァンナ公女殿下は、俺の【盟約の妖精】ティントレットと大喜びで遊んでいるが、時々テーブルに戻って来てパクッとカヌレを口に入れて、モグモグしながら再びティントレットを追い掛けに行く。
フローラ妃に……お行儀が悪いですよ……と注意されているが、無邪気な様子で微笑ましい。
前回ここに来た時には、俺はティントレットと【盟約】を結んでいなかった。
ジョヴァンナ公女殿下に会うと、大体お人形遊びなどの相手をやらされる。
今回はティントレットという新しい玩具があるので、ジョヴァンナ公女の遊び相手をティントレットに押し付けられて、ありがたい。
因みに、【盟約の妖精】のティントレットという名前は俺が考えた。
ティンは、妖精と言えばピーターパンに出て来る妖精のティカーベルからの由来。
そして何故だか……〇〇レット……という語感が妖精の名前としてピンと来た。
ティカーベルのティンと〇〇レットという語感。
↓
ティンとレット
↓
ティントレット。
……という訳だ。
すると扉の方が何やら騒がしい。
来客みたいだ。
「皇太子殿下、公子殿下……」
フローラ妃が言う。
男性殿下2人が現れた。
「ジョヴァンニが来ているんだって?」
背が高い方のイケメンが言う。
「ヴィットーリオ皇太子殿下、ウェゲリウス公子殿下。お久しぶりでございます。お邪魔しております」
「お〜、丁度良かった。ジョヴァンニに訊ねたい事があったのだ」
背が高い方のイケメン……ヴィットーリオ皇太子が言った。
「ヴィットーリオ。ジョヴァンニへの相談事は、私が先約よ」
ウィレミーナが、ピシャリと言う。
「あ、姉上もいたのですか?」
ヴィットーリオ皇太子は気不味そうに言った。
「ほら。今は姉上がいるから、後にした方が良いって言ったじゃないですか?」
第2公子は苦笑いする。
ヴィットーリオ・リーシア。
【リーシア大公国】の皇太子。
御歳16歳。
ウェゲリウス・リーシア。
第2公子。
御歳14歳。
「あっ?2人共、私がいたら何か問題がある訳?」
ウィレミーナが弟殿下達を睨め付けた。
「「いえ、そんな事はありません」」
弟殿下2人はピンッと直立して言う。
弟というモノは、姉には頭が上がらないモノだ。
皇太子殿下と公子殿下の気持ちは良くわかる。
今世の俺は一人っ子だが、何故だか姉を持つ弟の気持ちが察せてしまうのだ。
もしかしたら、前世の日本人だった時に姉がいたのかもしれない。
「皇太子殿下、公子殿下。御2人の御用件は何ですか?」
俺は訊ねた。
「実はな……」
ヴィットーリオ皇太子は言う。
「ヴィットーリオ。私の用事が先約だと言ったじゃない?」
ウィレミーナが言った。
「あ……すみません……」
「構いませんよ。ヴィットーリオ皇太子殿下は、御公務がお忙しい中態々いらしたのですから、先に御用件を承ります」
ウィレミーナも成年公族として何かしら公務はあるのだろうが、既に立太式を終えて正式に【リーシア大公国】の国家元首である大公の後継者に決まっている皇太子よりは暇だろう。
「いや、しかし姉上が……」
ヴィットーリオ皇太子は、恐姉ウィレミーナの顔色を伺いながら言った。
「まあ、良いわ。先にどうぞ。その代わり早く用件を片付けて」
ウィレミーナが許可を出す。
「ありがとう、姉上」
ヴィットーリオ皇太子は礼を言った。
ヴィットーリオ皇太子とウェゲリウス公子は椅子に座る。
すると女官達がテキパキと、2人の男性殿下達にお茶を給仕した。
「で、御用件とは?」
「この前ジョヴァンニから貰った手紙に【リーシア大公国】の構造的な経済問題は、独自通貨の発行でほぼ解決出来る……と書いてあった。あれを詳しく教えて欲しい」
「あれはマクロ経済学の基本的な話ですから、自分なんかより、経済学の専門家に訊いた方が正確ですよ」
「それが、恥ずかしいのだが、数式とかが複雑過ぎて良くわからなかった。ジョヴァンニは、そういう話を数式などを使わずに噛み砕いて説明してくれるから、ありがたいんだ。頼む、教示して欲しい」
「わかりました。なら、ザックリとした概要だけお話ししましょう。多少不正確かもしれませんが、それはご了承下さい」
「わかった」
「現行【リーシア大公国】が法定通貨として使用している世界基軸通貨【ドラゴニーア通貨】には、メリットとデメリットがあります。メリットは共通通貨を利用する事で、貿易時の売買取引そのものに掛かる様々なコストや煩雑な手続きによる時間が掛からずに済み、他国間の商品価格比較も容易になります。これによって、農業に有利な国では農業を、漁業に有利な国では漁業を、工業が有利な国では工業を、資源が豊富な国では鉱業を……という具合に各産業毎に生産性が高い国や地域に人・物・金・サービスが動き、投資の効率化・最適化が進み、世界全体として経済合理性が高まります。また、【ドラゴニーア通貨】圏は基本的に共通市場なので、外国で商売をしたり働きに行く際にも比較的コストとリソースが掛かりません」
「うん」
「しかし、世界基軸通貨【ドラゴニーア通貨】を【リーシア大公国】が使用する際のデメリットもあります。今はデメリットの話は一旦横に置いておいて、まずは自国通貨を持つメリットを考えましょう。そうすれば、対比として世界基軸通貨【ドラゴニーア通貨】を使用するデメリットも自ずから浮かび上がりますので……」
「わかった」
「自国通貨を持つメリットは、ザックリ言うと輸出競争力の問題、富の再分配の問題に帰結します」
「輸出競争力と富の再分配だな?」
ヴィットーリオ皇太子は素早くメモを走らせる。
こういう所は、ヴィットーリオ皇太子の良い点だ。
彼は、俺の話を後で自分なりに調べたり、誰か専門家に訊くなりする為にメモを取っているのだろう。
「まず、輸出競争力の話からしましょう。現在、世界では国際基軸通貨【ドラゴニーア通貨】を国内通貨として使用している国々と、独自通貨を発行して使用している国々がありますね?また、地域によってローカル通貨を流通させる場合もあります。【ベッラ・フォンターナ】も地域商品券という形でローカル通貨制を採用しています」
「ジョヴァンニが発案したんだよな?」
「私のアイデアではありませんよ。昔からローカル通貨はありました。話を戻します。ウエスト大陸の【ブリリア王国】やイースト大陸の【タカマガハラ皇国】では独自通貨を採用しています。国が独自通貨を発行する場合、貿易など国際取引を行う際に為替という概念が生まれます。【タカマガハラ皇国】が外国の品物を買う場合、当然対価として通貨が必要です。しかし、【タカマガハラ皇国】の独自通貨である【タカマガハラ通貨】で【ドラゴニーア通貨】圏の品物は買えません。なので、【タカマガハラ皇国】は貿易の際に自国の【タカマガハラ通貨】を国際基軸通貨である【ドラゴニーア通貨】に両替する必要があります。この際、【タカマガハラ通貨】と【ドラゴニーア通貨】の両替比率が為替です。【ブリリア王国】は国内通貨を無秩序に乱発した所為でハイパー・インフレを起こしているので経済政策として余り参考にはなりませんが、【タカマガハラ皇国】の経済政策は、比較的上手に国内通貨量や金利をコントロールして、為替レートにより貿易で自国が有利になるように活用しています」
「何故、独自通貨を発行すると貿易に有利になるのだ?」
「それは為替が変動するからです。例えば、このカヌレは【ドラゴニーア通貨】で5銅貨で買えます。このカヌレを作っている【パスティッチェリーア・ルクレツィア】の【モンティチェーロ】支店と、【パスティッチェリーア・ルクレツィア】の本店がある【アルバロンガ】は、同じ国際基軸通貨【ドラゴニーア通貨】圏ですので、販売価格は世界共通で5銅貨です。仮に、【タカマガハラ皇国】でも同じようなカヌレが作られていたとします。もしも、【タカマガハラ皇国】のカヌレの価格が【パスティッチェリーア・ルクレツィア】と同じ5銅貨だった場合に、【パスティッチェリーア・ルクレツィア】の方が高品質だったら、殿下はどちらかのカヌレを買いますか?」
「もちろん、【パスティッチェリーア・ルクレツィア】のカヌレだ」
「それが価格競争力です。貿易でも価格競争力の原理が働きます。価格競争力は輸出競争力と同じ意味です。わかり易くする為に、【タカマガハラ皇国】の輸出品はカヌレ1品目しかないと考えて下さい。世界基軸通貨の【ドラゴニーア通貨】でカヌレの貿易を行う場合、【パスティッチェリーア・ルクレツィア】と【タカマガハラ皇国】のカヌレが同じ価格で、【タカマガハラ皇国】のカヌレの品質が低ければ、誰も【タカマガハラ皇国】のカヌレは買いません。この時、【タカマガハラ皇国】が独自の通貨を持っていたら、カヌレ自体の品質改善を全く行わなくても、価格競争力を高める方法があります」
「品質はそのままか?一体如何やるのだ?」
「【タカマガハラ通貨】の価値を【ドラゴニーア通貨】の価値より相対的に下げてしまえば良いのです。【タカマガハラ通貨】の価値が下がれば、為替レートによって【タカマガハラ皇国】のカヌレの輸出価格も相対的に押し下げられます。もしも、【タカマガハラ皇国】製のカヌレが【ドラゴニーア通貨】換算で3銅貨で買えるようになれば、5銅貨の【パスティッチェリーア・ルクレツィア】のカヌレより多少品質が低くても買いたいと考えるお客がいるかもしれませんよね?」
「うん。しかし、如何やって【タカマガハラ通貨】の価値を下げるのだ?」
「政策金利……つまり国債の金利を下げるか、【タカマガハラ通貨】の発行量を増やせば良いのです。【タカマガハラ皇国】の金利が低く、【ドラゴニーア通貨】圏の金利が高い場合、金利が高い【ドラゴニーア通貨】圏で預金や資産運用をした方が利回りが良いので得ですよね?結果的に、国際金融市場では需要と供給のバランスで【ドラゴニーア通貨】の価値は上がり、反対に【タカマガハラ通貨】の価値は下がります。また、単純に通貨発行量を増やすという手もあります。【タカマガハラ通貨】の発行量が増え、【ドラゴニーア通貨】の発行量が以前と同じなら、相対的に【タカマガハラ通貨】の価値は下がります。こうして為替レートが変動すれば、【タカマガハラ皇国】製のカヌレは相対的に割安になって買ってもらえる可能性が高まる訳です。このように自国独自の通貨を持っていれば、自国の輸出品の売れ行きが悪い時に金利を下げたり通貨発行量を増やして自国通貨を意図的に安くして輸出を増やす事が出来ます。国際基軸通貨【ドラゴニーア通貨】を使っていると、それが出来ません」
「だが、それでは【タカマガハラ皇国】は一方的に損をするだけなのではないか?」
「いいえ。同じ価格で品質が低くければ、カヌレは売れません。仮に【パスティッチェリーア・ルクレツィア】が、お客の需要に対して必要なカヌレを供給すれば、同価格低品質の【タカマガハラ皇国】製カヌレは全く売れないのです。しかし、【タカマガハラ皇国】製カヌレが【パスティッチェリーア・ルクレツィア】より低価格ならば、低価格低品質のカヌレを求めるお客の需要は一定程度あります。確かに【ドラゴニーア通貨】立てで考えれば、【タカマガハラ皇国】は2銅貨分の損をしたように思いますが、全く売れないよりはマシです。また、【タカマガハラ皇国】国内の通貨決済は【タカマガハラ通貨】で行われるので、【タカマガハラ皇国】内だけで見ればカヌレの額面価格は以前に比べて値下がりした訳ではありません。厳密には、貿易品には国際相場が形成されるので影響はありますが、国際基軸通貨の【ドラゴニーア通貨】とは異なる自国通貨を持っていれば、国内経済への影響は下がります。一般的な【タカマガハラ皇国】の消費者は、日常生活をする上で、いちいち【ドラゴニーア通貨】の為替相場の変動なんか気にしませんからね」
「ふ〜む。狐に摘まれたような話だな?」
「まあ……そういうモノだ……と飲み込んで下さい」
俺は、一口お茶を飲んだ。
「まあ、良いだろう。で、富の再分配の問題とは何だ?」
ヴィットーリオ皇太子は、続けて質問する。
まあ、そう慌てなさんなって……。
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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。
本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。
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