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第3話。婚姻政策を変えたら行き遅れが増えた。

 俺は両親・祖父母と一緒に【リーシア大公国】の首都である大公都【モンティチェーロ】に出掛けた。

 年が明けて晴れて新成人になった貴族家の子息・令嬢が大公都の公城に一同に会して開かれる式典に参加する為である。


 式典が挙行されるのは、明日1月15日。

 つまり、これは日本の成人式に類するモノと考えて良い。


 また、成人式の式典後には新成人を含めた国内の独身貴族が全員参加する立食形式の晩餐会と、同じく独身貴族の男女がペアになってワルツを踊る舞踏会などが夜通し開催される。

 つまり、成人式には貴族家の子息・令嬢による……お見合いパーティ……の意味合いもあるのだ。


 貴族家の子息・令嬢は幼い頃から親や祖父や親戚、あるいは親が所属する派閥の領袖である上級貴族、はたまた君主である大公の仲介や紹介によって結婚相手が決められている場合がある。


 しかし、【リーシア大公国】は900年前のアルフレード・リーシア大公が、皇太子時代に隣国【ドラゴニーア】で遊学している際に、一般女性(歓楽街の食堂の看板娘) のクラリッサ嬢(後の大公妃)を見初(みそ)めて、親族や貴族達の猛反対に遭いながらも大恋愛の末に結婚した先例があった。

 従って、【リーシア大公国】と歴代の大公は、国内貴族の恋愛結婚について肯定的というか推奨する立場を標榜していて、意に沿わない相手と無理矢理結婚させる事を厳に(いまし)める勅令を出している。


 当事者の片方あるいは両方ともが望まない結婚をさせられそうだ……という場合には、大公に請願すれば、その婚約は大公の命令によって問題なく取り消してもらえるそうだ。

 そのルールは身分に関係なく徹底されていて、君主である大公自身が段取りした縁談や、次期大公の皇太子が民間人に求婚した場合であっても、理由があれば貴族からの求婚や縁談を民間人が拒否したからといって不利益を被る事はない。


 民間人が貴族からの求婚や縁談を断る際には……何となく嫌だから。タイプじゃない……などの漠然とした理由でも全く問題にならないのだ。

 ま、実際に貴族からの求婚や縁談があって、本当に……生理的に無理……などという理由で拒否するような非常識な民間人はいないだろう。

 無理矢理にでも、それらしい理由を考えて丁重に辞退するに違いない。


 しかし、貴族が貴族からの求婚や縁談を断る場合には少し事情が複雑になる。


 例えば、大公が自分の子供である王子や王女を臣下に嫁がせようとした場合や、王子や王女が好意を寄せる貴族に直接求婚した場合に……既に結婚したいと考えている相手がいる……などという理由で断っても、縁談を断られた大公も王子も王女も気分を害したりはしない……少なくとも公式には。

 何しろ、現在の大公家の先祖であるアルフレード大公自身が、父親である先代大公が決めた貴族令嬢との婚約を破談にして、民間からクラリッサ嬢を正妃に迎えた過去があり、その際に臣民に対して……個人の自由意思と恋愛結婚の素晴らしさ……を説いて無理を通したのだから、同じ理屈を臣民にも認めないとするなら……二重規範(ダブル・スタンダード)だ……と糾弾され、君主としての示しが付かないのだから。

 大公が持ち掛けた縁談や、王子や王女からの求婚さえ断れるのだから、同じように貴族が貴族からの求婚や縁談を断る理由にもなる。


 王子や王女、あるいは爵位が高い貴族との結婚は名誉な事であるし、様々なメリットも多いので、実際に拒否する例は稀らしいが、その場合は立場が弱い方が望んで結婚を選択するのだから自由意思の範疇だ。

 少なくとも、爵位や身分が高く立場が強い方が無理矢理に……という事は起こらない。


 ただし、貴族が貴族からの求婚や縁談を断って別の誰かと結婚するつもりである場合、その結婚相手が民間人ならば……貴族家の子息・令嬢を正式な夫や妻に、民間人は第二配偶者にすれば良いだろう……と言われるだけなので求婚や縁談を断る理由にはならないだろう。

【リーシア大公国】の貴族は合法的に重婚が認められているのだから。

 そのような場合に、どうしても一夫一妻制を選択したいのならば、本人が貴族籍を抜けるか、民間人の配偶者候補に何か功績を立てさせて1代爵位を受けさせたりしなければならないのだ。


 爵位や領地を捨てて貴族籍を離脱してまで好きな相手と結婚したいなら、それは誰にも止められない。

 実際アルフレード大公が皇太子時代にクラリッサ嬢と結婚を望み周囲から反対された際にも……あくまでも結婚が認められないなら、貴族籍を離脱する……との半ば脅迫にも似た意思を示している。

 国民の税金で暮らして来た貴族、それも皇太子が安易に貴族籍を離脱するのは……高貴な者が(ノブレス・)果たすべき義務(オブリージュ)……を無視した無責任な振る舞いとも取れるが、そもそも論で言えば貴族も自分自身が叙爵を受けたのでないなら、貴族家に生まれる事を自由意思で選んだ訳ではないので致し方ないという解釈も出来るかもしれない。


 ともかく、基本的に【リーシア大公国】では貴族であっても自由意思に基づく身分に囚われない恋愛結婚が認められているのだ。

 それが【リーシア大公国】の国民から広く受け入れられている理由は、アルフレード大公と結婚したクラリッサ大公妃の功績が大きい。


 食堂の看板娘から大公の正妃になったクラリッサ大公妃という女性は、子供の頃から貴族の美姫達を見慣れていた筈のアルフレード皇太子(後の大公)がメロメロの骨抜きになる程の天賦の美しい容姿を持っていただけでなく、極めて有能な才媛でもあったのだとか。


 クラリッサ大公妃は、猥雑な歓楽街で営業する食堂を兼ねた実家で生まれ、成長してからは毎日家業を手伝い看板娘をしていた。

 クラリッサ大公妃の実家である食堂の客層は、お世辞にも()()()とは言い(がた)い。

 お客は気性が荒くて腕っ節が強くて喧嘩っ(ぱや)い肉体労働者や冒険者の割合が高く、彼らは酔っ払っている事も多いし、また常連客には歓楽街で働く粋筋(いきすじ)の女性客もいた。

 そういう店では、閑静な住宅街にある瀟洒(しょうしゃ)な佇まいの高級レストランなどでは考えられないようなハプニングやトラブルも日常的に起こり得る。


 そういう特殊な客層を相手にする食堂での経験から、クラリッサ大公妃は誰が相手でも巧みに(あし)らって気分良く会計を済ませて帰ってもらう高度な接客術を自然に身に付けていた。

 それに加えて、クラリッサ大公妃の民間出身らしい気さくで飾らない振る舞いが【リーシア大公国】の庶民には受け、上流階級の者達には新鮮に映り、また彼女には見目麗しい容姿も含めて生まれ付き圧倒的な魅力があったらしい。


 クラリッサ大公妃は、【リーシア大公国】で……最強の人(たら)し……としての能力を完全に覚醒させたのである。


 権力争いや陰謀が渦巻く日常に身を置く貴族や官僚や聖職者、矢弾や血肉が乱れ飛ぶ修羅場を生き抜いて来た将軍や騎士や軍人、嫉妬や足の引っ張り合いが当たり前の貴族社会の妃・令嬢達でさえも、クラリッサ大公妃には不思議と好感を持たずにはいられなかったらしい。

 こうしてクラリッサ大公妃は、【リーシア大公国】の臣民を老若男女問わず(ことごと)く味方に付けて行ったのだ。


 日本人がクラリッサ大公妃の事を知れば、こう言うだろう。

 乙女ゲームのヒロインかよ……と。


 やがてクラリッサ大公妃は、元々彼女にベタ惚れしている夫のアルフレード大公を筆頭に【リーシア大公国】の上から下まで誰からも敬愛される絶大な人気と影響力を掌握するに至った。


 歴史において【リーシア大公国】のアルフレード大公は数々の改革を断行し、現代に続く近代的で優れた国家の制度設計を行い、【リーシア大公国】を大国の一角に押し上げた名君として(ほまれ)高い。

 しかし、それらの改革は、貴族の既得権を奪って国民や民間市場に明け渡すモノであった。


 君主が臣下である貴族達から既得権益を奪おうとすれば、激しい抵抗に遭うのは必定。

 貴族達の力が強ければ君主は失脚し、幽閉されたり、亡命を余儀なくされたり、譲位を迫られるかもしれない。

 酷い場合には暗殺や謀叛や反乱によって弑逆(しいぎゃく)される可能性もある。

 反対に君主の力が強ければ、貴族に対する血生臭い粛正の嵐が吹き荒れるかもしれない。


 しかし、【リーシア大公国】の改革は一滴の血も流れず、全く抵抗を受けずに平和裏に成功した。


 改革が上手く行ったのは、(ひとえ)に大公の(かたわら)で調整役として機能していたクラリッサ大公妃の根回しによる……というのが現代の歴史家による一致した見解である。

 当時の貴族達の日記や手紙などからは……大公陛下の改革案は我々にとって受け入れ(がた)い内容だが、クラリッサ正妃陛下に()()()されたら断れない……という記述が数多く発見されているのだとか。


 クラリッサ無双。


 従って、【リーシア大公国】では貴族の結婚も民間人の結婚と同様に制約はないし、【リーシア大公国】の世論もアルフレード大公とクラリッサ大公妃によって行われた改革が国民にとって良い政策であったので、貴族が民間から妻を(めと)ったり、婿養子を迎えたりする事は国民からも好意的に受け入れられている。

 貴族が民間人と結婚する場合、一応相手がおかしな思想、信仰、政治的背景、敵性国の影響などがないか身辺調査は行われるが、結婚相手の為人(ひととなり)を確認するのは別に貴族の結婚に限った話でもない。

 おかしな相手と結婚したくないのは誰でも同じ事だろう。

 なので、心に決めた将来の伴侶候補がいるなら、【リーシア大公国】では基本的に誰とでも恋愛結婚が可能だった。


 しかし、【リーシア大公国】の貴族社会に広まった自由意思に基づく恋愛結婚を是とする風潮によって、貴族社会にとってあまり好ましくない問題も起きている。

 それは、晩婚化であった。


【リーシア大公都】では自由意思に基づく恋愛結婚が推奨されていて、政略結婚や親や実家が勝手に決めた婚約などが、結婚する当事者達によって比較的安易に拒否出来る為に、【リーシア大公国】は貴族制を採用する他国に比べて貴族の初婚年齢が高くなっている。

 中には30代になっても独身の貴族家の子息や令嬢などもいるらしく深刻な問題になっていた。


 現代日本では30代の未婚は珍しくもないが、この世界では基本的に15歳が結婚も可能な成人年齢である。

 まして早婚が当たり前の貴族ともなれば、30代というのは行き遅れどころの騒ぎではない。

 既に実家に結婚した兄弟姉妹がいて跡取りの心配がないとか、養子を取る事を決めて結婚する気がないならともかく、結婚する必要があったり結婚したいなら30代の独身貴族は相当な危機感を持たなければならないだろう。


 そして30代で、いざ結婚相手を見付けようとしても選択肢は少なくなっているし、また【リーシア大公国】は自由意思に基づく恋愛結婚を推奨しているので政略結婚や貴族の身分や権力を使って民間人と強引に結婚しようとしても相手から拒否されれば、それまでの事なのだ。

 素敵な運命の伴侶を見付けるまで結婚を先延ばしにして来た貴族達も、事ここに至って……貴族と結婚して貴族ブランドを利用してやろうと考えるような民間人や、配偶者と離婚したか死別した年配貴族の後婿や後妻に入るくらいなら、若い内に誰でも良いから手頃な相手と見合い結婚でもしておけば良かった……と後悔するかもしれない。

 そう気付いた時には既に手遅れなのだが……。


 その晩婚化対策として、【リーシア大公国】では新成人の式典とセットで、独身貴族達が(こぞ)って参加する晩餐会と舞踏会(お見合いパーティ)が行われるようになった訳である。

 15歳になったばかりの新成人達も、年嵩(としかさ)の独身貴族達も、事前に配られる写真付き履歴書を基に結婚相手の候補を何人か選んでおき、立食形式の晩餐会で本人と会って話してみて……これは!……という運命的な何かを感じたらアピールし、舞踏会でダンスに誘ってOKを貰えればカップル成立だ。


 合コン?


 いやいや、日本の合コンよりは大分格式が高い。

 この晩餐会と舞踏会の主催者は大公なのだから。


 誰彼構わず見境なく手当たり次第に手を出すような破廉恥(はれんち)な行動は、幾ら自由意思に基づく恋愛結婚が推奨されている【リーシア大公国】の貴族社会であっても非難と軽蔑を免れない。

 基本的に、貴族は婚前交渉を認められていないのだ。

 ま、男性貴族の場合、身分を隠して街場の娼館にコッソリ行ってゴニョゴニョ……という事はなきにしも(あら)ず……。


 ゴホンッ。


 とにかく、舞踏会でカップルが成立すれば自動的にプロポーズが成立した事になり、一旦両家に持ち帰って特段の問題がなければ、そのまま正式に婚約という流れになる。


 この晩餐会と舞踏会の際には、参加する独身貴族の家格や爵位や年齢などに関係なく無礼講だ。

 この晩餐会と舞踏会に限っては、格上の貴族からのダンスの誘いを断わっても失礼にはならないし、ダンスの誘いを断られた者が他の者をダンスに誘っても無節操などとは言われない事が、大公から認められている。


 俺は如何(どう)するかって?


 いやいや、勘弁して下さいよ。


 俺は、つい先日15歳になったばかり。

 日本人の感覚なら中3だ。


 さすがに中3で一生の伴侶となる結婚相手が決まってしまうのは、日本人的な感性では少し抵抗がある。


 貴族という連中は、基本的に良い遺伝形質を取り入れ後代に優秀な子孫を遺そうとする意識が強いから、もちろん容姿が整った美形率が高い。

 なので、とりあえず彼女を見付けて、お付き合いをしてみる……というだけなら満更でもないが、この大公主催の晩餐会と舞踏会は結婚を前提とした、お見合いパーティなのだ。

 お付き合いをしてからの婚約破棄は余程の理由がなければ出来ないし、離婚は認められているが貴族の離婚は色々と制約が多い。


 つまり、俺は、お見合いで結婚相手を決めるにしても、今年じゃないと考えている訳だ。


 あ……こういう考えが【リーシア大公国】貴族の晩婚化に拍車(はくしゃ)を掛けているのかもしれないな。

お読み頂き、ありがとうございます。

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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。

本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。


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