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第2話。泉に行ったら従者が出来た。

 カンパネルラ伯爵家(うち)が治める領地は【ベッラ・フォンターナ】と呼ばれている。

 こちらの世界では領邦は貴族の家名で呼ばれるのが一般的だ。


 いや、因果関係が逆か……。

 正確に言うなら、地名を家名として名乗る例が多いのだろう。

 例えば、フィレンツェ共和国のヴィンチ出身のレオナルドだから、レオナルド・ダ・ヴィンチという具合だ。


 ただし、カンパネルラ家(うち)は、御先祖様が大昔の【リーシア()()】の王様から功績を認められてカンパネルラの家名を特別に賜ったという経緯から、地名を名乗ってはいない。

 御先祖様が叙爵と同時に封領された土地は、良く言えば自然豊かで風光明媚(ふうこうめいび)、悪く言えば信じられないくらいド田舎の僻地(へきち)だったそうな。

 何しろ、当時は【天文・地理ギルド】の地図に地名が記されていないような未開地だったらしい。


 森の中に此処(ここ)らの水源である湧水泉があった事から、近隣住民は便宜上その森を含めた一帯を【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】と呼んでいた。


 領主がいなかった土地に御先祖様が封領されたのだから、その時点で地名を御先祖様の家名である【カンパネルラ】に改めても良かったが、地名の由来となった【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】には太古の昔から【妖精】達が棲み着いていて地元住民達のローカルな信仰の対象となっていた為、それに配慮して御先祖様が正式な呼称として【ベッラ・フォンターナ】の地名を残したのだと言い伝えられている。


 現在も地名の由来となった【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】はカンパネルラ伯爵家(うち)が厳重に保護していて、【妖精】に関してもド田舎にありがちな真偽不明の民話や伝承やオカルトの(たぐい)ではなく、確かに存在していた。


 こちらの世界には【妖精】が実在する。

 俺も実物を見た事があるから間違いない。


【妖精】達が棲み着く【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】の周囲は、土地が肥沃になり作物の実りが良くなったり、家畜が病気に(かか)(にく)くなったりと様々な恩恵がある。


 この【妖精】達の恩恵は人種にもあった。

 人種だって動物なのだから、当然と言えば当然。


美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】の湧水は重病には効かないが、軽微な症状なら病気や痛みを癒す効能もあった。

 近隣の領地で疫病や感染症が流行っても、カンパネルラ伯爵領(うち)だけ罹患率や死亡率が低くなったりするらしい。


 なので、カンパネルラ伯爵家(うち)は、【妖精】達との取り決めによって認められている量の湧水を定期的に領地の各戸に無償供給している。


美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】の湧水には病気を癒す効果が多少は期待出来るが、【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】に棲み着いている【妖精】達は位階が低い。

美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】に棲み着く【妖精】達の【祝福(ブレッシング)】は、絶大な守護竜の【神の恩寵(ディバイン・グレイス)】などに比べれば微弱なので、あまり【祝福(ブレッシング)】の効果を過信するのは禁物だ。

 農業や畜産、あるいは人種の健康管理や疾病予防や公衆衛生も、人々の日々の努力と工夫が大切である事は基本的に変わらない。


 しかし、カンパネルラ伯爵家(うち)の領地では開拓以来凶作知らずで、それを領民達は【妖精】達の【祝福(ブレッシング)】の効果だと信じて疑っていなかった。


 また、【妖精】達の【祝福(ブレッシング)】は人々の精神にも作用すると云われている。

【妖精】達が棲み着いた場所の周囲では犯罪発生率も下がるらしい。

 これに関しては統計学的な因果関係は証明されていないものの、文献を当たると……【妖精】の【祝福(ブレッシング)】には犯罪や争い事の抑制効果がある……と確かに書かれている。


 実際【ベッラ・フォンターナ】は治安が極めて良くて、女性や子供が夜中に1人で出歩いても危ない思いをする事はないし、領民が各戸の自宅に鍵を掛ける習慣も(ほとん)どない。

 ただし、それが【妖精】の【祝福(ブレッシング)】の効果なのかと問われれば良くわからないところだ。


 元来ド田舎で猫の(ひたい)程の広さしかなく、観光地でもなく交通の要衝でもない【ベッラ・フォンターナ】は、領民が皆親戚同然の付き合いをしていて見知らぬ者がウロつけば目立ち、また領主であるカンパネルラ家(うち)が領地の平和と領民の安全に心を砕いて来たので、流れ者や不埒(ふらち)な輩がやって来て悪さをする外因は皆無だし、【ベッラ・フォンターナ】の領民達は15歳の成人までの義務教育が教材費や給食費なども含めて完全無償で受けられるので、領民の品行や教養や規範意識が高く犯罪を誘発する内因も少ない。


 とはいえ……【ベッラ・フォンターナ】が平和なのは【妖精】様と伯爵様のおかげ……というのが領民の皆さん達の共通認識となっていた。


 伯爵というのは【ベッラ・フォンターナ】の領主である祖父の事。

 カンパネルラ伯爵家の後継者は、家格である伯爵位を継ぐまでは男爵位を持つので、父は領民の皆さん達から男爵様と呼ばれている。


 泉に棲み着いている【妖精】達は、小さな発光体だ。

 位階が高い【妖精】達は相応に知性が高いので意思疎通も可能らしいが、【低位】の【妖精】達は音声言語を話さない。


 しかし、意思疎通は出来なくても、こちらが害意を持たなければ【妖精】達は個体識別をして人に慣れるらしく、俺が赤ん坊の時に両親が泉に連れて行って【妖精】達に紹介してあるから、【妖精】達は俺に慣れている。

 俺が泉に行くと、【妖精】達が飛んで来て肩や頭の上に乗って、御供物(おそなえもの)を寄越せと催促して来るのだ。

 意思疎通は出来ないが、持って来た御供物(おそなえもの)を渡すと飛び回り喜んでいるように見える。


 御供物(おそなえもの)は、お菓子などの甘い物だ。

 実体を持たない発光体の【妖精】達が如何(どう)やってお菓子を摂取しているのかは不明だが、日を置いて様子を見に行くと祭器に載せたお菓子が綺麗になくなっているから、たぶん【妖精】達が食べているのだろうと解釈している。


【妖精】達ではなく、森の野生動物が食べているだけかもしれないが……。


 ・・・


 新年初頭の大公謁見式を終えて大公都【モンティチェーロ】から帰って来た祖父と父は、カンパネルラ家の一族と家臣とその家族を連れて、【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】に向かった。

 年が明けて今年、俺が(かぞ)えで15歳の成人を迎えたので、カンパネルラ家代々の当主達が行って来た、とある儀式に臨む為である。


 カンパネルラ家の当主候補は【妖精】と【盟約(コベナント)】を結ばなければならない。

 その決まりは、カンパネルラ家初代の御先祖様が、【ベッラ・フォンターナ】に封領され【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】の【妖精】と【盟約(コベナント)】を結んで以来の伝統になっていた。


 つまり、父も祖父も御先祖様達もカンパネルラ家の歴代当主は皆、【妖精】と【盟約(コベナント)】を結んでいる。

 逆に言えば、【妖精】との【盟約(コベナント)】に失敗した者は、カンパネルラ家の当主の座を継げないのだ。


 こちらの世界の常識によると、原則として【妖精】は悪意や邪心を持つ者とは【盟約(コベナント)】を結ばない。


【妖精】達と【盟約(コベナント)】を結んでいるカンパネルラ家代々の当主達は、世間から善良で誠実だと判断され、大公からも厚く信頼され財務官の任を世襲している。

 やろうと思えば税の着服や横領も出来る職権を持つ財務官を信頼出来る臣下に任せるのは当然の話だ。


 従って、現在【リーシア大公国】では祖父が財務大臣で、父が財務尚書を務めている。


 祖父が務めている財務大臣とは、【リーシア大公国】国家財務の総元締(そうもとじめ)だから滅茶苦茶偉い。

 何をやるにも先立つ物……つまり金が必要だ。


 従って、何か国政に関する重要な決定が行われる場合、財務大臣の祖父は必ず話し合いの席に参加する。


 祖父は【リーシア大公国】における国家の重鎮と呼んで差し支えない立場らしい。


 祖父は伯爵に過ぎないが、国家予算は財務大臣の魔法署名(サイン)と大公の魔法署名(サイン)がなければ執行されないのだから、事実上祖父の承認がなければ【リーシア大公国】では何も出来ないのだ。

 爵位で祖父を優越する公爵や侯爵などが、推進・周旋した政策ですら、祖父が予算承認しなかった為に廃案になったモノが山程ある。


 爵位で上回る公爵や侯爵も、財布の紐を握っている財務大臣の祖父を……伯爵(ごと)き……などと軽んじる者はいない。


 父が務めている財務尚書とは、大公直属の諮問機関である枢密院のメンバーで財務を担当し、国家の財政政策に関して君主の大公に助言する役割だ。


 従って、現在祖父も父も普段は大公都【モンティチェーロ】の大公城で職務に就いている。


 カンパネルラ伯爵家(うち)の領地【ベッラ・フォンターナ】は主要街道から外れた片田舎にあるものの、大公都を含む大公直轄領に隣接していた。

 なので、祖父も父も休暇には領地に戻って来るが、2人共基本的に単身赴任をしている。


 父が財務尚書になったのは9年前の事。


 それ以前の父は、まだ若かったし子供の俺が幼かったので、育休替わりに祖父の代理で領地【ベッラ・フォンターナ】の経営をしていた。

 現在【ベッラ・フォンターナ】の経営は、家宰が実務を執っていて、祖父と父が帰って来る度に決裁をしている。


【妖精】との【盟約(コベナント)】は呆気ない程簡単に成立した。


 祖父が泉の周囲を飛び回る【妖精】達に向かって……我が孫ジョヴァンニと【盟約(コベナント)】を結んで下さい……という主旨の祈りを捧げると、【妖精】達の中から1個体の発光体が近付いて来て、俺が……【盟約(コベナント)】……を要請したら受諾されて完了。


 俺が【妖精】との【盟約(コベナント)】に成功した事は、同じく【盟約の妖精】を持つ祖父と父によって確認された。

 まあ、【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】の【妖精】達は基本的に森の外に連れ出す事が出来ないので、俺が自分の【盟約の妖精】を連れて屋敷に戻れば、【盟約(コベナント)】の成功は誰の目にも明らかにはなる。


 祖父母や両親からは、俺がカンパネルラの血を引かない養子だったので、無事【盟約(コベナント)】が成功するのか心配されていたらしい。

 カンパネルラ家では俺の以前にも養子を迎えた例もあるので、【妖精】達と【盟約(コベナント)】を結べるかどうかは血筋とは関係ないようだ。


 ただし、昔カンパネルラ家が迎えた養子は、王家の第9王子という血統が良い人物を臣籍降下させて縁組されている。

 対して、俺は神殿の孤児院から引き取られた孤児だ。


 祖父も父も、俺をカンパネルラ家の後継にする事に異存はないのだが、一族や家臣や領民の中には、孤児である俺をカンパネルラ家の後継候補にする事はもちろん、養子にする事ですら強く反対していた者が少なくないらしい。

 そういう意味で、俺が【妖精】と【盟約(コベナント)】を結べた事実は、カンパネルラ家の後継候補として一応の資格になるのだとか。


 誰でも【妖精】達と【盟約(コベナント)】を結べる訳ではない。

【妖精】は人を選ぶのだ。


【妖精】と【盟約(コベナント)】を結べるのは、(いにしえ)()()と呼ばれた強大な能力を持つ者達の他は、原則として善良で誠実な性質を持つ者に限られている……と考えられている。

 従って……【妖精】達に選ばれた者ならば、カンパネルラ家を継ぐに相応しい……という一応の理解が、一族・家臣・領民から得られる訳だ。


 先述の通り、カンパネルラ家は代々財務官を務めている。

【妖精】達に選ばれたという事実が、財務官という国民の血税を扱う職責において、何よりの信用になるのだ。


 祖父母や両親は、俺が無事【妖精】との【盟約(コベナント)】を成功させた事に安堵している。

 実は、俺が【妖精】達と【盟約(コベナント)】を結べるかどうかは、俺の今後の立場を決める大切な資金石だったらしい。


 もしも、俺が【妖精】との【盟約(コベナント)】に失敗したら、カンパネルラ家の後継候補から廃嫡されていたそうだ。

 そもそも、母が子供が出来ない体質であると判明して両親が神殿から孤児を引き取る事を決めた際に重視したのは、【妖精】と【盟約(コベナント)】を結べる可能性が高いかどうかなのである。

【妖精】と【盟約(コベナント)】を結ぶ事が、カンパネルラ家を継ぐ条件なのだから。


 俺の種族は【ハーフリング】。


【ハーフリング】などの【小人】族は、【エルフ】や【ダーク・エルフ】などと並んで人種の中では比較的【妖精】との相性が良い種族として知られている。

 だからこそ、俺はカンパネルラ家の養子となった。


 カンパネルラ家の歴代当主は【妖精】と【盟約(コベナント)】を結んでいる。

 しかし、誰でも【妖精】と【盟約(コベナント)】を結べる訳ではない。

 場合によっては【妖精】から【抵抗(レジスト)】される事もあるそうだ。


 実際、祖父は次男だったが、長男が【妖精】との【盟約(コベナント)】に失敗した為、次男であった祖父が長幼の序を崩して繰り上がりカンパネルラ家の当主になったらしい。

 家督相続が出来なかった当時のカンパネルラ家の長男は、廃嫡されてしまった。


 廃嫡された大伯父と彼の妻子は、新当主になった祖父から資金を貰いパネッティエーレと家名を変えて隣国【ドラゴニーア】に出奔したのだとか。


【妖精】との【盟約(コベナント)】に失敗したら家督を継ぐ事が出来ないというのは、カンパネルラ家の決まりである。

 そして、カンパネルラ家の歴代当主は、善良で誠実な者でなければ【盟約(コベナント)】を結ぶ事が出来ないとされる【妖精】を連れているから世間から信用され、財務官を世襲していた。


 (ひるがえ)って、【妖精】との【盟約(コベナント)】に失敗した者は、つまり何か(よこしま)な考えを持つのではないか?と周囲から穿(うが)った見方をされかねない。

 祖父が云うには、祖父の兄……つまり大伯父は、決して悪い人ではなかったそうだ。


【妖精】との【盟約(コベナント)】は簡単ではないので、【盟約(コベナント)】に失敗したからといって必ずしも大伯父の人格に非があったとは言えない。

 人と【妖精】との【盟約(コベナント)】の成否には相性もある。

 偶々(たまたま)その時【美しい泉(ベッラ・フォンターナ)】に棲み付いていた【妖精】達の中に、大伯父と相性が良い個体が居なかっただけという可能性もあるのだ。

 その場合は、大伯父には何も問題はなく、【妖精】側の都合である。


 しかし……カンパネルラ家の当主は【盟約の妖精】を連れている……という事が【リーシア大公国】の貴族社会では有名なので、【妖精】との【盟約(コベナント)】に失敗してしまった大伯父は、世の中から……もしかしたら何か良からぬ事を考えているのではないか?……と疑心暗鬼の目を向けられてしまう可能性があった。

 カンパネルラ家としては、そういう疑念を抱かれる人物に家督と爵位を継がせるより、【妖精】との【盟約(コベナント)】を無事成功させた祖父に継がせた方が世間体が良かったのだろう。


 大伯父は気の毒だ。


 因みに、大伯父の家名であるパネッティエーレとは、パン職人を意味する。

 カンパネルラ家初代の御先祖様は、元々の家業がパン屋だったので、元来はその家名を名乗っていたらしい。


 さてと、【盟約(コベナント)】が成立した瞬間にパスが構築されて、俺は自分の【盟約の妖精】とコミュニケーションが可能になった訳だが……。


 ()()()(やかま)しくて堪らない。


 とにかく、ひたすら喋りまくるのだ。

 俺の脳内に直接思念を送り込んで来るから、耳を塞いでも無視出来ない。


 不具合を父に訴えたら……その内慣れるから我慢しろ……と言われた。

 個体差や位階による違いはあるものの、どうやら【低位】の【妖精】とは概してそういう種族らしい。


 兎にも角にも、俺は【妖精】の主人(マスター)となった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。

本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。


・・・


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[一言] ここからいろんな話に繫がっていきつつ裏設定とかが語られていくんですね!(期待)
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