ダメストフェレスがダメな理由
「メフィストフェレス先ぱぁぁぁいっ! また人間の魂取り損ねましだぁぁぁっ!」
半べそをかきながら泣きつく私に、メフィストフェレス先輩はやれやれといった調子で肩をすくめる。
「どいつもこいつも『別に悪魔と契約しなくていい』って言って私の言うことをちっとも聞いでぐれないんですぅっ! しかも『どこかのアイツみたいな奴?』とか似たような奴と比べてきますし、もう悪魔なんで嫌だぁぁぁっ! 堕天使になりだぁぁぁいっ!」
「落ち着け、ダメストフェレス。とりあえず堕天使は天使じゃないとなれないんだから無理だろう?まぁ、飲めよ」
メフィストフェレス先輩はそう言いながら私に火の酒が注がれたグラスを渡す。地獄の業火をそのまま閉じ込めた特製のそれを一気に飲み干すと、私はぶはぁっと息を吐いた。
メフィストフェレス先輩はその昔、ファウストという人間と契約したことで人間の歴史に名を残した著名なカリスマ悪魔だ。そんな彼が私をただ「名前が似ている」というだけで可愛がってくれるのだから、その辺の人間よりよっぽど面倒見がいい相手だと思う。
今日も私はそんな彼の好意に甘え、地獄の酒場でダラダラと愚痴をこぼしていた。
「大人も子どももみんな私の誘惑を突っぱねて……ヒック、ここ数十年ずっと人間の魂を取れないでいます……近頃の人間どもはみんな、悪魔の言うことなんて聞かないです……」
「まぁ、確かにな。俺たち悪魔にとっちゃ、生きづらい時代だよな」
悪魔に生きづらいも生きやすいもないかもしれないけどさ。そう呟くとメフィストフェレス先輩は自分もブラッディマリーを呷る。
「人間どもは自分の欲望を叶えるために、あらゆる技術を発展させた。アザゼル様やバラクエル様に教えられた知識から成り上がったんだから、大したものだよ。でもそのせいで、大概の願いは俺たち悪魔の力に頼らなくても何とかなるようになってしまった。富も名誉も、情欲もエゴイズムも。どれもスマホやパソコンで、簡単に手に入れることができちまう。おかげで悪魔が集められる魂の数は年々減少中だ。嘆いているのは、お前だけじゃないよ」
「そうでしょう! そうですよねメフィストフェレス先輩ぃぃぃっ!」
私が涙混じりにそう泣きつけば、メフィストフェレス先輩はそれを軽くいなしつつ「けどよ」と口を挟む。
「お前も悪いんだぞ。まず、トーク力が足りない。欲望に揺れる人間を上手く誘惑して、地獄に引きずり込むのが俺たち悪魔の腕の見せ所だろ? お前はそれが不十分なんだよ。人間に反論されたらすぐ『うっ……』って言葉に詰まっちゃうだろ? その時点でもう、人間に負けてるんだよ」
メフィストフェレス先輩の言葉はぐさり、と私の心に突き刺さる。それでもメフィストフェレス先輩はやめることなく、私に向かってさらに容赦ない言葉を突きつける。
「それと、毎回ターゲットが悪い。人間は限界まで追い詰められると、判断力が鈍る時と吹っ切れて大胆になる時がある。お前はその見極めが下手だから、弱みに付け込むことができねぇんだよ。だから、契約してもらえねぇんだ」
「っでもでもでも! 普通、悪魔が出てきたら人間はそれだけで恐怖とか畏敬の念を抱くじゃないですか! それじゃ、ダメだっていうんですか!?」
食ってかかる私に、メフィストフェレス先輩は一度哀れむような目線を投げる。だけどそれは一瞬のことで、呆れたように溜め息をつくとまた酒を呷った。
「そりゃ、昔の連中は『悪魔』だってだけで無条件に人間以上の存在だってことを信じてくれたさ。実際、それぐらい俺たちの影響がデカかったし俺も人間どもの歴史に名を残してるからな。けど今は悪魔以外にも色んなものが出てくるし、情報も溢れてる。だから俺たちが出たところで人間も『なんか出てきたぞ』ぐらいにしか思わねぇんだよ」
実際、俺も最近じゃ鳴かず飛ばずでファウストのことを知らない連中も増えてきてるしな。
そう語り終えると、メフィストフェレス先輩も溜め息をつく。
「全く、人間どもも面倒な時代になったな……」
「っ本当ですよメフィストフェレス先輩……悪魔も人間もダメダメですよ……」
メフィストフェレス先輩と私は互いに酒を飲みながら、ただただ嘆息するのだった……。