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アイドル

 1人の見た目麗しい女が、スマホを前に溜め息をついている。


 真っ黒な髪をツインテールにした相戸流々(26)はアイドルとしてデビューしたものの人気が伸び悩み、落ち込んでいた。一部の人間にしか知られていない地下アイドルグループの、末席にしかすぎない立場。せめてグループとしての人気を上げようとしたメンバーの人気投票でも4位、という微妙な成績では溜め息しか出ないだろう。


 見た目はいい。ダンスや歌唱力といった、アイドルとしての実力も十分。だが、彼女は恵まれなかった。本人の気質か、運や相性といったものか。その辺りの事情は誰にもわからない。だが相戸にとってどうしようもない、という現実が横たわるばかりだった。


 そこに私は、いつものように硫黄の匂いを漂わせながら暗闇から姿を現してみせる。


「人間よ、お前の願いを聞き届けてやろう……」


「っ誰!?」


 緊張感に満ちた表情でスマホから顔を上げる相戸の前に、私——悪魔ダメストフェレスはどす黒い煙を上げながら姿を見せてやった。


「……あなた、人間じゃないわよね。一体何者?」


 思いの外、彼女は冷静なようだ。芸能界という魑魅魍魎が跋扈する世界では私のような存在が珍しくないのか、驚いた様子はあるものの私が人間であるとは思ってもいないらしい。そんな彼女に向かい、私は妖しく語りかけてみせる。


「私は偉大なる悪魔・ダメストフェレスだ。死後のお前の魂と引き替えに、お前の望みを叶えてやろう……」

「要は、外側の世界の案内人してるどこかの尖り耳の美女みたいな存在?」

「……」


 そろそろ元ネタがわかりにくくなってきたぞ。


 どこかからそんなツッコミが聞こえてきたような気がしたが、そこはスルーすることにする。とりあえず今は目の前の魂だ、と私は相戸の説得を試みる。


 だが……


「……あぁ、もうわかっているよ。どうせお前も契約しないんだろう? その目を見ればわかるよ」


 は? と問い返す相戸に私はげんなりした気持ちを抱えて項垂れる。


 あまりに契約を断られすぎて、もう「だいたいコイツはダメだろう」というのがわかるようになってきた。この相戸はその「ダメ」のパターンの顔をしているのだ。いくら悪魔とはいえ、はなから取り付く島もない人間を相手にするほど強靱な精神は持ち合わせていない。


 自分の願いは、自分の力で叶えるべき。人間たちが崇め讃えるその信条は、悪魔にとって迷惑この上ない。私たちの仕事は弱い人間の魂を奪い、少しでも地獄の活性化に貢献することなのだ。だが、今の人間は異常に強すぎる。もはや悪魔の力などなくとも願いを叶えられるほど、力強くなってしまったのだ。


 どうせ今回も硫黄臭いから帰れとか言われるのだろう。そう思って、大人しく引き下がろうとしたのだが……


「ちょっと! なんでそこで諦めちゃうのよ!」


 相戸は立ち上がり、仁王立ちすると私に向かって手を伸ばす。意外な展開に驚いていると、相戸は私に向かって捲し立てた。


「私もアイドルデビューしたのは遅かったし、正直今だってなかなか人気が出ないから焦ってるわ。でも、『諦めたらそこで試合終了』ってどこかのバスケコーチが言ってたじゃない! 私は自分が納得いくまで、努力を続けるつもりよ。あの時もっと頑張っていれば、もう少しやってみれば、って思いたくないもの。だからアンタも、ちょっとは頑張ってみなさいよ! 悪魔なら、悪魔らしく私を誘惑してみなさいよ!」


 形の良い瞳を涙で潤ませ、必死に呼びかける相戸。私はその姿に、悪魔失格かもしれないが深く感動した。


 そうだ、何事も諦めてしまったらそこで終わりなのだ。限りある人間と違って悪魔は不老不死、何度でもやり直す機会がある。だから私は、ダメダメ悪魔としての自分を不満に思いつつそれをなんとなく受け入れてしまっていた。だが、それではいけない。いつまで経っても、そのままでは変わらないのだ。


「相戸! 気に入った! 特別にお前は魂を奪わず無償で、願いを叶えてやろう! さぁ、この偉大なる悪魔・ダメストフェレスにどのような願いでも口にして——」

「それは嫌!」


 私の言葉を遮り、叫ぶ相戸に思わず私はずっこける。


「っ待て相戸! あれだけ励ましておいてなぜ私と契約しようとしない!? 今のグループのセンターでも、テレビ出演でもYoutuberでも、何にだってなることができる! 私の力が信用できないと言うのなら、今からお試しで——」

「それとこれとは別問題なのよ!」


 またも私の言葉をぶった切ると、相戸は腕を組み覚悟を決めたように口を開く。


「私はあなたを応援するけど、だからといって私が悪魔と契約しようと思わないわ。だって、どれだけアイドルとして売れてもそれが全部『悪魔の力を借りて得たもの」って考えたら虚しいだけだもの。だから私は、私なりに努力して成り上がってみせる。あなたも、別の悪魔の所に行くとか他の悪魔の真似をするとか、色々精進してみればいいのよ。そうすれば私は契約しなくても、他の人間が契約するかもしれないでしょう? だから今は、とにかく帰って。私は、私の力で人生を切り開いてみせるから」


 キッと睨みつけるその表情はアイドルに似つかわしくないが——不思議と美しく、見る者を魅了する力があるように思えた。


 ……経緯は違えど、結局ダメだったじゃないか……そう思いながら、私は相戸の前から消え失せる。ほんの少しでも仕返しに、と硫黄臭を残したが相戸は別に気にしていないようだ。代わりに目を瞑り、熟考するような素振りを見せて呟く。


「そうよ。私も、人のことを言ってられないわ。あの悪魔に負けないぐらい、もっと頑張らなくちゃ」


 自分自身を鼓舞するように一人、ガッツポーズをした相戸はそのまま体操を始める。彼女の日課であるダンスの練習をするため、準備運動を行っているらしい。


 もはや私と会ったことなど忘れたように体を動かす相戸は、清々しくすっきりとした表情を浮かべていた……。

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