好き
「やっぱり、翔くんはモテるなぁ……」
ブランコに腰掛けた少女、薄田華恋(7)はそう溜め息をつく。
彼女の視線の先には、幼いながら既に整った顔立ちの端正な美少年がいる。クラスメートと共にサッカーに興じる彼は、文武両道——といっても小学1年生なのでたかが知れているが——で優しく、華恋の言う通り女子児童から絶大な人気を誇っている。華恋もまた、芽生えたばかりの恋心を胸にしまう少女たちの1人だ。
「人間よ、お前の願いを聞き届けてやろう……」
その言葉と共に、私——悪魔ダメストフェレスは華恋の隣に音もなく、すっと姿を現す。
……今回は女子児童が相手なので、今まで不評だった硫黄臭はなしだ。しかし華恋を驚かすには十分だったらしく、彼女は弾かれたようにブランコから立ち上がると「誰!?」と私に問いかけてくる。
「私は偉大なる悪魔・ダメストフェレスだ。死後のお前の魂と引き替えに、お前の願いをなんでも叶えてやろう」
「どこかのゴスロリ服着た、チョコレートの魔法が使える女の子みたいなもの?」
「……まぁな」
あれは悪魔と契約してる側だが、と思いつつ私はゆっくりと華恋に話しかける。
「私と契約すれば、どんな男もたちまち虜にできるようにしてやるぞ。あの少年ももちろん、好きなようにできる。死した後にお前の魂をもらうが、それはこれからいずれ後の話だ。お前はその間、数多の男を弄ぶことができるぞ……」
華恋が、ごくりと唾を飲み込むのがわかる。
古今東西、色恋に纏わる欲求は私のような邪悪な存在と切ってもきれないものだ。男も女も、その情念に惑わされ幾多もの過ちを犯す。まして、目の前にいるのはほんの幼い少女だ。悪魔と契約することの重大さがわからず、簡単に頷くに決まっている……
「やだ」
「は?」
「い・や・だ」
華恋は短くそう告げると歳に合わない、妙に大人ぶった目つきで私に話し始める。
「翔くんはカッコイイけど、その分ライバルがお多いから苦労しそうだもの。結婚するならちょっとぐらい不細工でもいいから誠実な人を選びなさい、ってママが言ってたし。それにあたしはまだ子どもだから、どんな男と会うかわからないもの。だから悪魔と契約するなんて、絶対やだ」
「っ待て! 今、契約すれば一生男に不自由しないぞ? 顔がいい男も、金のある男もみんな服従させることができる! 大人になればそれが如何に素晴らしいか、理解できるはずだ! だから……」
「モテればいいってもんじゃないでしょ。最終的に選ぶのは1人なんだから、遊べればいいわけじゃないもん。っていうかオジサン、すごく怪しいよ? まだあたしに何か言うなら、大人の人を呼んでくるからね?」
完全に不審者を見つめる目になった華恋。まずい、私は悪魔だが警察だの何だのを呼ばれたら非常に面倒なことになる。こんな、少女にすら負けるなんて……と敗北感を味わいながら大人しく消えていくが、華恋はもう私から興味を失ったようだ。
「翔くんもいいけど、潤くんもイケメンなんだよね。今度の席替え、2人のどっちかに座れたらいいなぁ」
華恋は大人のそれにも負けないぐらい冷静な口調でそう呟くと、また同年代の美少年たちをじっくり品定めするのだった……。