欲しい
「あーっ、惜しい!」
星井鳥太(21)はクレーンゲームを前にして、空振りしたアームを恨めしそうに見つめる。
彼の視線の先には人気アニメの美少女フィギュアがある。そのキャラクターは何度もフィギュア化されているのでグッズとして珍しいわけではないが、今彼が狙っているのはこのゲームセンターのプライズ限定。即ち、そうそう手に入らないレアな品というわけだ。
「人間よ、お前の願いを聞き届けてやろう……」
今回は人が多い場所ということもあり、煙を上げずに私——悪魔ダメストフェレスは星井の前に姿を現す。
「な、なんだお前!?」
「私は地獄の悪魔・ダメストフェレスだ。お前は、そのキャラクターのフィギュアとやらが欲しいのだろうだろう? 私と契約すれば死後のお前の魂を引き替えに、そのフィギュアを手に入れることができるぞ」
「どこかの『自分と契約して魔法少女になってほしい』って口にする白いマスコットみたいなものか?」
「……まぁな」
一応「契約」「魂」という時点では合っているので、否定はしない。だが、今は目の前の男の魂だ、と私は気を取り直し星井に妖しく語りかける。
「私と契約すれば、そのフィギュアだけでなくどんなキャラクターのグッズも欲しいままに手にすることができるようになるぞ。お前の魂をもらうが、それは死した後の話。お前には好きな漫画アニメが多いだろう? そのグッズを無限に手にし、今の人生を謳歌したらどうだ?」
人間の欲求の中でも、物欲はほぼ永遠に湧き出てくる深いもの。そんな欲求にまみれた魂を手にすれば、悪魔としてかなりのランクアップが見込める。幸い、この男は目の前のフィギュアに五千円以上つぎ込むほどにはかっとなりやすい性格のようだ。きっと上質な魂を得ることが……
「いや、ただ手に入ればいいってもんじゃないから」
「は?」
星井は冷めた目で私を見ると、はんと鼻で笑ってみせる。
「俺は実際にグッズをこの目で見て、手に入れる『まで』を楽しみたいんだよ。つまりグッズそのものだけじゃなく、そのグッズを手に入れる過程とかロマンを重視してるわけ」
やたらドヤ顔で語る星井は、私の反論を待つことなく早口でまくし立てる。
「だいたい、ただグッズを手に入れるだけならフリマアプリとかネットでいくらでも買えるし。だけどそれじゃあ面白みがないし、転売ヤーを増長させるのも良くないだろう? だから俺はそういうの使わない、って決めてる派だから。それと悪魔とか厨二なの俺はあんま好きじゃねぇし。っていうかその硫黄臭? 周りの迷惑になるんでやめてくださいよ。悪魔が登場する時の効果音みたいなもの、ってのはわかるけど普通にキモいんで。とっとと帰ってください」
押しつけるような熱意を前に、私は仕方なくその場を去ることにする。……硫黄臭がそんなにダメだろうか、と悩みながら。
私がしょぼくれていることなど露知らず、星井はまた100円玉をゲーム機に投入するのだった……。