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成金

「金が……金がほしい……!」


 成田金時(45)は虚ろな目で、ブツブツとそう呟いている。


 彼は生活に困窮しているわけではない。むしろ自分が立ち起こした事業が悉く成功し、世間一般の人間から十分「金持ち」と言えるような人間だ。今だって豪邸と言えるほどの自宅で高級なソファに座り、ブランド物の服を身に纏っている。


 だが、彼の欲望が満たされることはなかった。

 人間の欲望が尽きることはない。食欲・色欲には限度があるが、物欲は永遠に無限なのだ。いくらあっても、ほしいと願ってしまう。少し手に入れれば、もっとほしくなる。だからこの男も、ずっと「金がほしい」と呟いているのだ。


「人間よ、お前の願いを聞き届けてやろう……」

「っ誰だ!?」


 弾かれたように立ち上がる成田の前で、私は黒い煙の中から姿を現す。もちろん、硫黄臭を充満させることを忘れずにだ。驚愕に目を見開く成田の前で、私は口を開く。


「私は地獄の悪魔・ダメストフェレスだ。私と契約すれば死後のお前の魂を引き替えに、無限の富を約束してやろう……」

「つまり、どこかの『鬼ヤバ』とか言ってる悪魔系ユーチューバー……」

「だから、『悪魔』だと言ってるだろう!」


 同業他社の名前を出されるのはさすがに困る。というか、既に「悪魔」だと十分わかっているじゃないか。そう溜め息をつきたいのをグッと堪え、私はこほんと咳払いをする。


 考えてみれば私は今まで「金銭」という、おそらく地球上の全ての人間が欲しがるであろうものターゲットにするという悪魔の基本を忘れていた。だから今回、私が提案したのは至ってシンプル。ひたすら金、金、金。とにかく金があれば人間の世界はだいたいどうにかなるのだ。ましてこの男はその一念に取り憑かれ、完全に病気の域に達している。こういう人間なら簡単に、「うん」と頷くはずだ……


 だが。そこに私のものでも成田のものでもない、しゃがれた声が響く。


「——同業者なら、既に我が輩が居る」


 途端に、私をも越える強烈な硫黄臭が漂い——現れたのは、小さな袋を大事そうに抱えた小男だった。しかし、私はその姿を嫌というほど知っている。なぜなら彼もまた、私の「同業者」なのだから。

「マモン様……!」

「その名を呼ぶな、ダメダメ悪魔」


 ギロリと鋭い眼光で睨まれた私は人間の前であることも忘れ、「ひっ!」と尻餅をつく。そこにさして驚いた様子もない成田が脳天気な声で割って入ってきた。


「なんだ、お前ら知り合いか?」

「この我が輩を、そこの低俗な悪魔と一緒にするな。我が輩は七つの大罪が一つ、『強欲』を司る悪魔・マモンである。悪魔としての能力も、格も、そこにいる小僧とは桁違いじゃ」


 そう、その通り。


 悪魔の世界は序列に関わらず、「先に人間と契約した方が優先」というルールがある。例えマモン様が人間の著書『失楽園』にも名を残している歴史の古い悪魔であろうと、吝嗇を広める物欲の権化として長い悪魔召喚術の歴史の中でも常にトップクラスを走り続ける人気悪魔であろうと、そのルールからは逃れられない。


 しかし、成田が悪魔である私を見ても大して驚かなかったこと。さらに今までの素振りから見て成田は既に何度かマモンと顔を合わせたことがある。その状況が、指し示す事実は……


「そうだ、この男は我が輩が先に契約したのだ。ダメストフェレス、お前はそれを知らずにうかうかと手を出し、この我が輩から魂をかすめ取るところであったのだぞ」


 しゃがれた老人の声、だがそこにある確かな威厳。その冷静な態度がかえって、私の恐怖を煽る。

 そうだ、私は知らずとはいえマモン様が目をつけた獲物に手を出そうとしてしまった。とんでもない失態だ。マモン様の悪魔としての強大な力と影響力を考えれば、私は悪魔としての存在そのものを抹消されこの世から消えてしまうかもしれない。いや、そうなった方がマシだと思うぐらいの目に遭うかもしれない。曲がりも何も私たちは悪魔だ、このままサタン様と地獄の三大支配悪魔ルシファー様・ベルゼブブ様・アスタロト様の前に連れ出されたら一体どんな目に遭わされるかわからない。あぁ、私としたことがなんて失態を。せっかく目にかけてくれたメフィストフェレス先輩に、顔向けができない……


「そう、怯えるでない。今回はまだ、この成田という男が契約を飲む前であった。よって不問にしよう。ただし慰謝料はいただくから、覚悟しておけよ」


 それだけ言うとマモン様はしっしっと犬を追い払うように、手を振る。見方によっては横柄な態度だが、今の私にはありがたい言葉だ。すぐさま頭を垂れると迅速に硫黄臭を消し、その場から素早く立ち去る。


 ……悪魔の私が言うのも何だが、命あっての物種だ。今回は運が良かった、次回からは気をつけよう……


 そう素直に反省し、とぼとぼと地獄へ帰る私だったが——後日、マモン様から「慰謝料」として請求された金額に危うく卒倒するところだった。


「さすがは強欲を司る悪魔だ……」


 悪魔の大御所に対する畏敬の念と、呆れ。それがない交ぜになった私は、乾いた笑みを浮かべることしかできないのだった……。


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