仕事探し
「チッ、また不採用か……」
リクルートスーツを着た若い男性、佐樫藤吾(28)はパソコンを前にそう吐き捨てる。
今の彼は、就職活動中。それなりにランクの高い大学を卒業したはいいが、新卒時にあまり良い就職先を見つけることができず。結局、仕事を辞めてなんとか次の仕事を見つけようと足掻いている最中だった。
「貯金も減ってきたし……クソッ、どうすりゃいいんだ……」
頭をかきむしり、一人悪態を作る佐樫。そこに、硫黄の匂いが立ちこめた。
「なんだこの匂い? 火事か?」
言いながら彼は、きょろきょろと辺りを見回す。
今、彼がいるのは彼が一人暮らしをしている安アパートの一室だ。そこで奇妙な匂いがすれば、身の危険を感じ慌てるのは最もと言える。その不安を掻き立てるように、私は低い声で語りかける。
「人間よ、お前の願いを聞き届けてやろう……」
どす黒い煙を上げて私——悪魔ダメストフェレスは佐樫の前に姿を現した。
「な、なんだお前!?」
「私は偉大なる悪魔・ダメストフェレスだ。死後のお前の魂と引き替えに、お前の望みを叶えてやろう」
「どこかの黒い服着て笑ってるセールスマンみたいなものか?」
「……そうだ」
なんとも言えない微妙な気持ちで肯定した後、私は改めて佐樫に向き直る。
「佐樫藤吾よ。お前は、大金を得ることのできる仕事に就きたいのだろう? 私がそれを叶えてやろう。その代わり、死した後にお前の魂をもらうぞ……」
人間にできないことも、悪魔なら簡単にやってのける。
他人の認識をねじ曲げ、通るはずのないものを強引に通すことなど朝飯前。もちろん、代償としてその魂をいただくが信仰心の薄れたこの世の中。自らの魂を差し出すことがどれだけ大罪なのかなどわかるはずがない。
この男はこのまま頷き、私は魂を手に入れることができるはず……
「いや、そういうのいいです」
は?
佐樫は冷めた目で俺を一瞥すると、はぁと溜め息をつく。
「ぶっちゃけどんな優良企業で高級取りでも人間関係が悪かったらどうにもならないって前の職場で学んだし……俺、そこそこ良い成績取ってて顧客からのウケも良かったんですけれど、先輩のメンヘラ女に目をつけられてそれで辞めましたから。だかは、とりあえず仕事見つかればオッケー! ってわけでもないです」
「なら、とにかくお前の望む会社とやらの内定を……」
「だから、どんな会社もとりあえず働いてみないといいところかどうかわかんないじゃないですか。その度にいちいち魂を引き替えにしてちゃきりがないでしょう?」
「っなら、大金はどうだ? 一生遊んで暮らしていけるほどの金があれば、仕事など探さなくていいだろう?」
「世の中何があるかわかんないからそれも別にいらないです。だいたい、そんな大金を手にしたらなんか犯罪に巻き込まれてヤバいことになるかもしれないし、仕事しなきゃ母ちゃんも心配するし……」
俺の説得を聞き入れず、それどころか嫌そうに顔を顰めてこちらを見つめる佐樫。それでもなんとか食い下がろうとすれば、佐樫は右手で俺を遠ざけるような仕草をしながら口を開く。
「とりあえず、帰ってくれませんか? このまま硫黄臭が部屋に染みついたら大家さんにめっちゃ怒られるんですけど」
もう既に臭くて我慢できそうにないんで。そうきっぱり言われた俺は弱々しく、佐樫の部屋から姿を消す。
……一応、匂いもちゃんと消しておいた。
「なんか変なの見ちゃったけど……まぁいいか。とりあえずまた、求人検索するか」
佐樫はそう呟くと何事もなかったようにパソコンに向き直り、就活サイトの情報を探し始めるのだった……。