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黒髪王女の憂い  作者: 綴喜
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ピンク髪男爵令嬢は流されやすい

イメルダ・グラントは人に流されやすい性格だった。


ピンクブロンドの髪を腰まで伸ばした美しい男爵令嬢の彼女は、両親や使用人に蝶よ花よと育てられた。この国に数年に1人産まれるピンクブロンドの髪の持ち主は女神からの祝福を受けていると言われ、平民にとって憧れの存在であった。

彼女の幼少期からの美しさから裕福な商家からの縁談は多数持ち上がったが、彼女が親からの合図で首を横に振れば両親はニンマリと笑い成立させなかった。

先妻の子であるくすんだ金髪の2人の姉達は大したことのない商家と短期間イメルダのマナー講師をしていた厳しいご婦人の息子に嫁がされる予定だ。嫡男たる先妻の息子も厳しい全寮制の寄宿学校に入れられて、滅多に帰って来ない。イメルダだけは優秀な家庭教師を付けられ、選ばれた者だけが入学出来る王立の学院へと入ることになった。


12歳から入学し、6年間。学院で高位な令嬢と友好を結び、令息と仲を深めてゆくゆくは男爵令嬢から高位貴族夫人になる。

それが金に糸目を付けずに育てられた彼女の使命であった。


しかし、イメルダの目論見は上手くいっていない。

何故なら彼女のクラスにいるのは優秀ではあるが男爵・子爵の子供たちか平民だけであった。

高位貴族の子息達は全く別の棟で学ぶらしい。

周りの会話からぼんやりと理解したイメルダは教室に移動する途中の大階段を見た瞬間、激しい頭痛に倒れ込んだ。

保健室で目を覚ました彼女は思い出した。自分が転生者であることを。



イメルダはこの世界に産まれ落ちて目をパッチリ開けたその時から、転生者としての意識があった。何なら前世で乙女ゲームやラノベを愛し育ったため、ヤバい、私。転生しちゃった!などと考えていた。自分の外見や世界を鑑みて乙女ゲームの世界だと判断した彼女は僅か3歳で『王子様を攻略して王妃になる!』と決意した。そのまま6歳まで過ごしたある日、彼女はふいに思い立った。

王子にはきっと婚約者がいる。何か破棄する理由を作らねばと。

「ド定番は階段から突き落とすよね。」

1人でブツブツと呟きながら自宅のエントランスにある階段を見た彼女は突き落とされる演技をしようと転がってみた。

(大丈夫大丈夫。俳優さん達だってやってるし、まだ6歳で体だって柔らかいし。)

その結果、頭を打って転生者としての記憶を失っていたのだ。


「だから勉強は出来るのに、ダンスとマナーが苦手だったのね。」

ベッドから起き上がったイメルダは1人考えた。どうしたら王子様まで辿り着けるかと。既に出会いイベントの定番、入学式は済んでしまった。後は廊下でぶつかる位しか思いつかない。

「目覚めたか?」

腕組みをして考え込んでいると、仕切られたカーテンの向こうから男性の声がした。

ふわりと開けられた先には年上のブラウン短髪端正な顔立ちの青年。ハリウッドにでも居そうだ。けれど。

(王子じゃ無かったか。)

この国の王子は金髪でサラサラなThe王子。そんな事を思いながら見つめていると、徐々に顔を赤らめていくのに気づいた。

(そうだ、私はヒロイン。絶世の美少女だ。)

「ここまで運んでくださったのは、あなたなのですか?ありがとうございます。」

可憐に控えめにとはにかんで見せれば、顔は真っ赤に。体は緊張してか動かない。

「自分は騎士団長マリク公爵の長男でフレイという。令嬢が倒れたので運んだのだが触れてしまい、申し訳ない。」

(次期公爵キター!!!!なんて出したらダメだ。絶対堅物系攻略キャラだ。逃がしてなるものか。ここから王子までコネを紡いで見せる!)

こう考えてから自分の中の女優魂で頬を染めてみせる。

「フレイ様、お恥ずかしいところを助けていただき、ありがとうございます。私はグラント男爵の3女、イメルダと申します。」

上目遣いでシーツを胸元まで引き寄せて、微笑む。緩む表情でこの堅物フレイ様を落としたと確信した。(1日で1人落とせるなんて、どんなハイペース。ゲームバランス大丈夫かしら)心の中ではガッツポーズをしている彼女は、これが世に言う一目惚れだということに気づいていない。



(これは乙女ゲームじゃなかったのかしら。)

イメルダは思う。1人攻略したら強制ルートになるゲームだったのかもとも。普通は卒業パーティーがゴールのはずなのに、イメルダの学歴は王立学院中退だ。

記憶を取り戻してから自分がいかに周りを見ずに、聞かずに育ったかイメルダは痛感した。

自分が攻略対象と思っている4歳上のグレン王子は第4王子だった。

将来結婚しようとも王妃になることは有り得ないくらいの継承権。

そして完璧淑女たる異名を持つ公爵令嬢リン・メイヤーズが婚約者だった。

婚姻後は臣下に下り次期メイヤーズ公爵として生きる予定の王子様との恋愛は危ないと判断した。というか、彼と学院内で話したのは1度きり。


「やぁ、君がフレイの心の君だね。本当に義理姉上と同じ髪色だ。」



これだけである。

彼の王子はイメルダが在学中に結婚して、義父から公爵の地位を戴くまで王子であるらしい。


下位貴族や平民と上位貴族で学ぶ棟まで違うといえど、交流する機会は用意されている。成績優秀者同士によるお茶会である。王族や次期公爵たちにとって自分の優秀な部下を見つける重要な機会であり、平民にとってもスポンサー獲得もしくは大事な就職へのコネ作りとして週に1回選ばれた者同士によるマッチングイベントとして行われている。

ここにイメルダは1度も参加出来なかった。

理由はただ『優秀でなかった』からである。

せっかく前世の記憶を取り戻しても、王立学院は選りすぐりの優秀者ばかりを集めた集団であり恐らく『ただの転生者』であったイメルダでは入学がやっとであった。

ちなみに学院は飛び級も留年も認めていない。前世での留年する成績は即ち退学。怪我病気による休学も一定の成績と登校日数と職員会議での可決がない限り、例外なく退学となる。これは過去に王子がいる学年のみ異常に在校生が増えたことによる措置であり、王からの命令であった。つまり側近や恋愛関係になろうとする輩が上から下から押し寄せたのである。


グレン王子の言った『フレイの心の君』とはイメルダに入学早々に付いた二つ名のようなものである。下位・平民用の棟に頻繁に出入りするフレイは『イメルダの騎士』と呼ばれており、入学式当日の運命の出会いから早々に健全なカップルだと認識されている。

フレイは2歳年上で次期公爵のはずなのに婚約者が居なかった。イメルダとしては悪役令嬢おいでなさいとファイティングポーズをとっていたが、待てど暮らせど来ない。寧ろ貴族平民問わず生暖かい目で見られる始末だ。

何故婚約者が居ないのかと問いかければ、頬を赤くして

「剣に生きると12歳で決めたからだ。今思えば君に会うためだったのかもしれない。」

と答えられた。12歳まではいたらしく、その令嬢は次男へと円満に婚約を変更したらしい。乙女ゲームらしい回答を頂いた。平和で何よりである。

そしてフレイは最高学年の18歳になった年の校内剣技大会において優勝した。その表彰の場でイメルダにプロポーズした。王太子のいる前で。学院内で半ば公認の仲で公爵にも許可を取ってあると言われ、観衆たちは期待の眼差しで見つめる中、お断りなど出来るはずが無かった。フラッシュモブプロポーズ断る人って凄いのねと思いつつ、公爵夫人ならと己を納得させる。おまけに教師からは学年が上がるにつれて厳しい評価を受けており、そろそろ本気で退学になるよと言われていた。退学よりも結婚のために中退の方が聞こえが良い。

サクサクと結婚に向けて準備が進み、公爵と公爵夫人とフレイの弟カインとの面会も済ませた。男爵風情と査定されるかと思ったがあっさりと認められ、息子をよろしくと握手をされた。公爵夫人よりも同い年のフレイの弟の方がジロジロと見ていたが、所謂ブラコンらしく「案外平凡な方ですね。兄をしっかり支えてくださいね。」と嫌味を言われた。


貴族にしては早い、半年後には結婚式が行われた。

想像していたよりも華やかではなかったが、ウエディングドレスを着て悦に浸るイメルダを嫁いだ姉や会う機会の少ない兄は祝ってくれた。両親はというと、せっかく高位貴族の子息と結婚したというのに顔は引き攣りイメルダを睨んでいた。元々デビュタントから両親を同伴してパーティーに行くことが多かったが、父親たちが自分を紹介していた誰よりも高い格の何が悪いのだろう。

結婚式、初夜が過ぎて2人で公爵家でのんびりと過ごした次の日、イメルダは馬車に乗っていた。新婚旅行かと思っていたが、姉たちが涙を流しながら

「あちらで辛いことがあったら、知らせるのよ。お手紙をちょうだいね。」

と抱きしめられた時点で、あれ?おかしいなとは思っていた。さすがにその場で「どういう事ですか?」なんて聞けるはずも無く、頷いて抱きしめ返す以外考えが及ばなかった。

そのままフレイと王都を出て3日、途中の宿での夫との会話から辺境伯の治める土地に向かうのは理解が出来た。


3日後、要塞のような地方都市に着いたイメルダ達はお屋敷というよりは学院で見かけた地方から来た学生が住んでいた寮のような建物の前で馬車を停めた。馭者や夫が荷物を運んでいる姿をぼんやりと眺めていると、周りにいた下町で見たことがある動きやすいワンピース姿の恰幅のいい女性たちが腕まくりをしてやってきた。

「あんた達が王都からやって来た新婚さんだね。引越し手伝ってやるよ。」

ここから、3階にある2人で暮らすには十分な2LDKに服や荷物をどんどん運ばれていった。もちろんイメルダも動かされた。

そして声をかけてくる女性たちとの会話でこれからの自分の立場を知った。


まず、フレイは次期公爵では無かった。

フレイは公爵の長男ではあったが、次男のカインの方が幼い時から騎士としての実力を発揮していた。そしてフレイが12歳の時に立場を自ら譲ると伝えたのである。王国を守る騎士としてのあるべき姿に王や各貴族たちからは称えられ、一平民として暮らすのであればと辺境伯から誘いを受けたのだ。つまり、男爵令嬢イメルダ・グラントから平民イメルダとなったのだ。

そしてここは辺境伯領地の騎士団宿舎である。独身寮は別にあり、こちらは妻帯者用だそうだ。

幸い騎士の鏡のような心を持つ夫と男爵とはいえ貴族を捨てた妻という恋愛小説のような話を辺境伯夫人が広めてくれたこともあって、今は皆好意的だ。両親のあの態度からして、2人にとって自分にはもう価値がない。

今度こそしっかり流されずにこの地で生きていこうと決意するイメルダだった。


この後やっぱり流されるまま直ぐにブラウンの髪をした女の子を産んだイメルダは、今までした事の無い家事と子育てに疲れ果て、別れる際に泣いてくれた姉達に現状を手紙にして送った。

直ぐ様駆けつけた姉はフレイに説教をして、姉の嫁ぎ先の商家に里帰りをさせてもらえた。子供を姉やメイドに看てもらい療養したイメルダにフレイから手紙が届いた。自分を支えてくれる恋人が出来たので別れて欲しいという離縁状だった。家事と子育てに加えて自分の世話を17歳の小娘が出来ないことが不満らしい。おまけに女児では一緒に剣も振るえない。憤慨する姉たちに言われるままイメルダは承諾の旨を送った。正直守ってくれない男よりも、今の生活の方が楽である。

ある日子供の世話をしながらぼんやりと前世のおとぎ話を話していると、姉の旦那からその奇抜な話を本にしないかと提案された。話自体が短いので絵を付けて、カラフルな装飾を施した。

その本はマナーを教える姉が分かりやすい教訓を教えてくれると貴族の間に広め、幼少期の成長に大きく貢献する素晴らしい教育教材だと廉価な平民用まで売られるようになった。商家は大きくなり、イメルダは子供のおとぎ話・童話の女神と持て囃された。子供が2歳になると姉の商家で働く男性と再婚した。錨のようにどっしりとした少し年上の男性で、イメルダの手をしっかりと握り流されないように掴まえている。周りも子育てと創作に集中出来ると安心している。


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王城の奥にある美しい薔薇が咲き誇る庭園で、黒髪黒目の末っ子王女14歳のエリーゼ・ランスロットは母譲りの美しい顔に似合わない舌打ちをした。

「姫様、お行儀が悪いですよ。」

侍女のメリーローズに窘められ、報告書をテーブルに放り投げる。

「今度のピンク髪は平凡て言われてたけど、何とか良い方に流れたのね。流されやすく怠惰な性格はアレだけど、絵本の第1作目が『ウサギとカメ』なんて。」

灰被りや毒リンゴを食べる話だったら、貴族から潰されていただろう。天然の中に処世術が薄ぼんやりとあったのが幸いだった。男爵令嬢の身分で、平民に落ちる予定の公爵子息の手を取るように。あれが上位貴族だったなら。彼女の命はもう無かっただろう。

怠惰な性格が仇となって学院の退学危機にはあったが、腹違いの姉を虐めなかったことで彼女たちからの支援も得られた。

彼女の髪がピンクであったことで、求婚を断られた商家に更に良い人材と見初められ、こっそりと紛れ込ませた引退した教育係の目に止まって息子であるエリート文官にと姉たちは玉の輿にのったのである。

「姉たちはさすが、あの母の子だったのね。」

男爵の愛人にピンク髪の子供が産まれたことで離縁された先妻は上位貴族からの目も止まるほどの淑女であり、交友関係は幅広い。

もっと上へと目指した男爵と後妻は王命により、嫡男に男爵の地位が移行されて領地の奥の奥に蟄居させられたらしい。もう一度ピンク髪を産もうと頑張っているとやら。

嫡男は母を呼び戻し、崩れていた領地経営を立て直す予定だ。


平民の憧れ、ピンク髪の少女は『女神の祝福』だと言われている。

しかし貴族の間では『女神の天秤』と言われ、どちらに転ぶか両極端なギャンブルである。

上位貴族は触らない。下位の者たちは見極めようとする。

商家は奇抜な発想を求めて挑むのだ。


この国に産まれるピンク髪は100%転生者であり、全てのピンク髪は王国により見張られている。このことは一部の人間しか知らない。

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