8
3日後。
始まりの白いもやの中。
みんな、ちいさいのと一緒に立っている。
私は相変わらず一人。
私の番…。
そう言わなければいけないのに、何の番で、どうしたらいいのか、判らない。
みんなも判ってる。
私が、ちいさいのを連れていないのも。
訳も判らずに参戦しているのも。
「じゃあ、行くね」
ルージュの剣がもやを切った。
真っ暗。
どこにも敵はいない。
何の攻撃もない。
しばらく待っていても、何も起こらない。
「…これで5回、終わり、ね」
ジョーヌが言った。
「みなさん、ありがとう」
そして、消えた。ドゥエも一緒に。
「何もないんじゃね…。何もできないわよね。それじゃあ」
そう言って、ルージュも消えた。トレが少し振り返って、私をじっと見つめて消えた。
「お大事にね」
ヴェールも消えた。クァトロは最後までヴェールの肩にいて、目を閉じていた。
「…諦めないでね」
ブルーも消えた。ウノも私を見て、ゆっくりと手を振って去って行った。
私はどこにも行かない。
目も覚めない。
この暗闇の中、一人取り残される。
手には何もない。
でも、出し方は知っている。
「シャイニング!」
決め言葉で出てきたステッキを握る。
腹が立つ。
ちょっと憧れていた魔法少女になれるなんて、嬉しかった。
コスチュームもかわいい。自分専用のオリジナル。
ステッキも素敵。
コスプレでもここまで完璧にはできない。
でも、どうして私が魔法少女になった?
みんな判っているのに、私だけ判らないなんて。
最後まで、私の目的がこんな真っ暗なままなんて。
腹の立つまま、振ったステッキの泡は、いつもより大きな粒だった。
真っ暗な世界を走る。
「出てこい、キツネもどき! 何逃げ回ってるんだ!」
オレンジ色の泡が、光りながら、真っ暗な世界ではじけて、消えていく。
「私に何をさせたかったんだよ! 言わなきゃわかんないよ!」
走っても、走っても、続く闇。
振っても、振っても、変えられない闇。
足が絡んで、こけた。
膝が痛い。顔が痛い。もう立ち上がれない。
「わあああああああん」
うつ伏せたまま、声が枯れそうなくらい大きな声で泣いた。
こんな泣き方、いつからしてないか、判らない。
真っ暗な世界で、自分の声だけが響いて、耳よりも、心が痛い。
「もう目覚めてよ。もう5回終わったじゃないよ!
みんなだっていなくなったじゃない!
ステッキだって、こんな真っ暗な世界で、何の役にも立たないじゃない!
私は、魔法少女なんかじゃない。
ただの、普通の、高校生なんだから!」
「…泣くなよ」
いつの間にか、頭元にキツネもどきが立っていた。
「巻き込んで悪かったよ」
うつ伏せて泣いたままの格好でそおっと手を伸ばし、素早く尻尾を掴んで、起き上がった。
宙ぶらりんになったキツネもどきは、慌てはしていたけれど、暴れることもなく、だらりと逆さにぶら下がったままこっちを見ていた。
「何よ。何で私を呼んだのよ」
「1人足りないから…」
キツネもどきはこっちの隙を突いて尻尾を大きく振ると、私の手から離れ、妙にかっこよく着地した。
そこを逃してなるか、と両手で脇を掴んだ。少々ジタバタしようが、離しはしない。
「1人足りないって、どういうことよ」
「1人につき1人、5人の戦士が揃ったら、チャンスをやるって死神が言ったんだよ」
死神…?
「あのちっちゃいのはみんなそう言われた奴らだ。別に死ぬとは限らなくったって、チャンスをやるなんて言われたら、みんな助かりたいって思うさ。」
ちっさいのは、助かりたがっている…
魔法少女は、助かりたがっているちいさいのを助けるために戦う戦士。
死神が言ったってことは…
「…病気?」
キツネもどきから力が抜けた。
「あんたは、何の病気なの」
「…」
「他のみんなは、知ってたんだよね、自分のパートナーの病気。何で私だけ知らないの? 何で知らない私が戦うの?」
「…」
この暗闇は、もしかして、私が敵を知らないせいで、戦う相手が出てこないのかも。
「人を巻き込んでおいて、何も教えないで終われると思ってないよね」
ぷい、っと顔を背けたキツネもどきの態度が腹立つ。
片手で床に押さえつけ、脇の下を思いっきりくすぐってやった。
「吐け。何の病気だ! こら、言え! これでもか! 言わないならもっとやってやる」
「や…やめろ… が、な、…何… やめっ…」
くそ、脇こちょで効かないなら、足の裏も攻めてやる。
「吐け。とっとと吐け!」
「ははははは、やめ、 や…、わ」
「なにい?」
「や… わ、…わかった。わかったから! やめろ!」
キツネもどきを解放すると、笑いすぎでゼエゼエと上がった息を整えながら、あぐらを掻いた。
あの短い足で、どうやってるんだろう。
「…手術すんだよ」
目を合わせずに、吐き捨てるように言われた。
「変な腫瘍がまた出てきて、肺に転移する前にとれば大丈夫だって…。大丈夫だって言われたって、痛いんだよ。もう痛いの嫌なんだよ!!」
手術…、また?
「とったってまた出るかもしれないのに、嫌だって言うこともできない。やるしかないって、やって当然だって。みんなそう言うんだよ。何だよ…」
そうか。
他の4人は、助かりたい、と思ってる。
なのに、このキツネもどきは、助かる手術を嫌がっている。
「痛い思いしたって、またできるかもしれないのに、何回こんなの繰り返せばいいんだよ!」
拗ねるままに、こっちには何も話さず、戦いの場にも来ず、自分の番になっても出てこなかった。
でも、呼んだ。
魔法少女を、呼んだ。
5人目になった。
助かりたくないわけじゃない…。
腹立つ。ほんっと、腹立つ。
ちいさいのの首根っこをひっつかんで持ち上げ、目の前に持ってきた。
「相沢君」
キツネもどきがびびった顔をした。
当たり、だ。
病気と聞いたらすぐに判った。
私の周りに病人はあんただけだ。
「私は怒っている」
ステッキを出した。
「名前も、武器の出し方も教えてもらえず、戦いの意義もわからず、これでどうやって魔法少女やれって言うんだよ」
ステッキを軽く振ると、シュワシュワな泡が出てくる。
シュワシュワを頭からシャワーのようにぶつけまくってやった。自分の手にもかかったけど、別に痛くもなんともない。ただの嫌がらせ。
「数合わせでも5番目に選ばれておいて、運が悪いわけないよ」
拗ねた顔をする。でも何も言わない。
『奇跡が起こるのを待つだけの人間など、我が敵ではない』
アレク様。あなたの言葉が身にしみる。
私は、本当は魔法少女じゃない。
悪の王、アレクシオン様の手下だ。
見てろ。