ベルーガ
魚なんか眺めてなにが楽しいんだろうと昔から思っていた。薄暗い水族館。彼氏がベルーガに張り付いている。水槽にくっつけた手のひらにガラス越しに顔をあてるその白いイルカの仲間ときゃっきゃと笑いながら戯れている。イルカの方もなんかおもしろそうに彼氏の手のひらを追っかける。私は疎外感を覚える。そんなに楽しいならイルカと付き合えばいいのに。実際にそんなこと言ってみたらこのくそ間抜けな彼氏は「え、イルカとは付き合えないじゃん」って真顔で答えそう。それじゃまるでイルカの妥協で私と付き合ってるみたいだろうが。え、そうなの? ほんとうはイルカと付き合いたいけど付き合えないから仕方なく私で我慢してるの? じゃあもういいよ、妥協させちゃってごめんなさいね、別れましょ。……被害妄想だとわかっていても悪態が止まんない。普段は隠してる言うほどでもない程度の不満と文句が雪崩みたいに滑り落ちてくる。私はそれに呑まれそうになって窒息しそうになる。
「そんなに楽しいならイルカと付き合えばいいのに」
つい言ってしまう。
言ってからすぐに後悔した。
直樹くんが怪訝そうな顔で振り返る。
「は? 一緒に見てるから楽しいんじゃん」
幸もこいよ。ほら、アホみたいな顔してるぜ。私を手招いてもう片方の手でベルーガを指さす。直樹くんの指に操られて私は彼の隣に落ち着く。直樹くんの手が私の肩を抱く。そんな話をしてるとは露知らずにベルーガはうれしそうに直樹くんの指を追っかける。
やっぱ好きだなーと単純な私は思うし、なんだか急にベルーガがかわいく思えてくる。
それからアホみたいな顔してるって私のこと言ったんじゃないよね? ってほんの少しだけ不安になる。