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A cures  作者: 和鏥
4/10

第四章 少年と真実


  1


 どうして目前に走る女の子に追いつけないのだろう。

 マリアは部屋の構造を知っているのか、スルスルと走る。簡単に僕は彼女を見失った。

 あの大きな独り言も聞こえなくなり、僕は一番近くにあった部屋に逃げ込む。そこの部屋、真ん中に一つ人影が見えた。大きさから見るにあの食人鬼では無いらしい。

「逃げないの?」

 冷ややかな声。相手は怯えの表情一つ見せない。相変わらず人形のような顔。何かあったのだろうその洋服は汚れて見えた。

 僕は声の主の名を呼ぶが、ケイは返事の一つもせず、ただただ僕を見ている。何も語らないが、その緑目が怒っているのだろうか、僕を見透かすかのように爛々と不気味に輝いている。

「あと一人生存者がいて……」

 僕の言い訳がましい言葉に、ケイは「白髪の子?」と応える。

「知ってるの?」

「うん。……助けたいと思うならそれは間違い。助ける必要は無いと思う」

「どうして?」

 僕は思わず言葉強く彼女に聞いた。

 あまりにも冷たいケイの姿勢にカッと頭に血が上る。

 助ける必要がない? こんな状況下でよくもそんな非情な事が言えるのだろう。それでいて何も表情を見せない。ニックを助けるとか言いながら彼女は何もしなかった。

 ニックがああなっても彼女はこんな風に黙って見ていたのだろうか。その化け物のように光る緑目できっと今のように冷ややかに、僕の友達が死ぬ直前まで……。そう思うと益々胃の中がグラグラしてきた。

「君はどうしてココにいるんだ? 助けるとか言いながら何もしていないじゃないか。それに何も教えてくれない。僕がこうなってるのを笑ってるのか?」

 嗚呼、これではニックの両親と何が違うのだろうか。追われている事さえも忘れて僕は自分を抑える事も出来ず、こうも惨めに感情を爆発させる。

「吸血鬼がいると言われた。私は、真相解明を依頼されたの」

 駄々っ子のように文句を言っていると、ケイが静かに応えた。

 感情を爆発させている僕と、何も反応を見せないケイ。言っても無駄だ、自分がとても馬鹿らしく思える。

「でも、君はヴァンパイアハンターではないし、ここの吸血鬼は、吸血鬼であってそうじゃないんだろ? 僕の疑問はそこじゃない。君は何者かって事だよ。曖昧に応えてばかりで混乱させたいのか?」

 あまりに強いヒステリックな言い方に自分で驚く。ケイは真直ぐ僕を見たまま「魔女」とだけ、今にも消え入りそうな声で言った。

「は? 魔女?」

 今度こそ僕は落ち着いた。というか、呆れすぎて思わず言葉を繰り返すしかない。

「魔女の集会に入ってる。私はその一人」

 ケイは相変わらずの無表情で答える。

「だから呼ばれたの? 危険な事を君に? 君は呪いでも出来るの?」

「呪いは法律で禁止されてる。けど、それ相応の力は持っているつもり。詳しくは言えない。仲良くないし」

 ケイは吐き捨てるようにそう言って、しかも「仲良くない」をわざわざ強調しながら部屋の奥に向かった。

「あの子は、ここから逃げた。外に出られると思う」

 そう言いながら壁にかかっていた布を捲れば、そこには小さな扉があった。

「ニックさんは、残念だと……申し訳ないと思ってる。だから、一人でも助けたい。助けを呼んだから私たちは逃げるだけ」

「君も逃げるの?」

「そう。これは管轄外だから。真相が知りたいなら歩きながらでも教える」

 だから、と扉を開け僕を招くケイを断る事は出来なかった。


 2


 その古くて薄い扉の先は相変わらずの暗闇、一歩入れば異臭が鼻を突いた。

 既に暗闇には慣れている、足元を見ればネズミや虫の死骸がそこらに転がっていた。初夏、死骸の腐敗速度も速いだろう。

「抜け道……?」

「こうした道を使って密会した、と言われてる」

 ケイは僕の後に抜け道に入ると、音をしないように細心の注意を払いながら扉を閉めている。扉を閉めても先程いた場所と然程変わらない暗闇が僕たち二人を包み込んだ。

「じゃあ、ここの吸血鬼って何?」

「可哀想な人、の末裔、かな。三人、親子で住んでる。あなたは、そのうちの二人を見たはず。あの大きな男と、そして白髪の子。もう一人は見ていないと思う。私が部屋に閉じ込めたから」

「閉じ込めたの?」

 ギョッとして振り返れば、ケイはやはり無表情だった。もう無表情に関しては気にもしていないけれど、その外見とは真逆の行動にはやはり僕は驚かされた。

 

 ――……呪いは法律で禁止されている。けど、それ相応の力は持っているつもり。


 確かにそうは言っていたけれど……。

「昔はね、偏見が強かった。魔女だってただの疑心で沢山の女性が火をくべられ犠牲になった。魔女は今でも呪い殺すだの祟るだの言うけど、本来は誰かを幸せにし、その知識で体を治すような事をしてた。人に会うのが苦手だから少し離れた所で住んでる。たったそれだけの理由で魔女と呼ばれる。今でいうインドアなのに。それでいて色で人間を判断するんだから酷い話だよね」

 僕はただ黙って彼女の説明に耳を傾ける。

「【先天性白皮症】を知ってる?」

 僕は首を横に振る。

「通称アルビノ。メラニン色素の欠乏で生まれつき髪も肌も白い人の事を指す。瞳孔も毛細血管が透けて見えるから赤目に見える。紫外線にとても弱いの、肌だけではなく視界もそう。少しの光でも眩しいと感じてしまうみたい」

 白い肌、白い髪、赤い目。僕はそれに該当する人物を知っている。

「マリア?」

 僕はそう言われて思い出す。


 ――……部屋に照明はなく小さな窓から漏れる太陽光だけが頼りだった。ただ、その窓も逃げられないようにする為か木板で乱雑に塞がれている。

 ――……この部屋は太陽光すら差し込まない。窓には全て遮光カーテンが閉められていた。そのカーテンの前には棚が置かれ、何が何でも暗さを保持したいという気持ちが見えた。


 牢屋、そして牢屋から出てずっと僕は太陽の光を少ししか見ていない。見る事が出来たとしても、遮光カーテンの隙間、ほんの少し差し込んだものだ。

「アルビノはその美しさから神格に扱われる。差別も受ける場合だってある。変わらない人間なのにね。……そう、それは昔々の話。あなたの友達が誇らしげに見せた日記が書かれた頃」

 ケイはそう言って声を低くボソボソと話し始めた。


 3


「昔々、あの村に一組の家族が引っ越してきた。両親はとても明るく面白い友好的な人だったけれど、一人娘は部屋から出る事も、人との交流すらも頑なにしなかった。その娘は老婆のように白髪で赤紫の瞳を持っていた。それだけではなくて、太陽光を嫌い、外に出るのは決まって雨か夜だった。

 住人たちは、そんな彼女を吸血鬼と言い出した。きっと最初は『悪魔憑き』や『魔女』だったかもしれない。とにかく、そんな理不尽な理由であそこの住人は、その一家を襲った。娘だけは、森に逃げた事が出来たけれど……」

「そんな事って……」

 思わず話を中断してしまう僕にケイは怒りもせず僕の代わりに「最低な行為ね」と続けてくれる。そして、彼女は一呼吸すると再び話をし始めた。

「閉鎖的で、思考に偏りのある場所で、一人だけ理解者がいた。あなたのお友達、……ひいおじいさんおじいさんの兄弟。弟か兄かは分からない。だけど、彼は彼女を追いかけた。恋人だったみたい、既に彼女は身籠もっていたようだったから。

 きっとその男性は誰にも言わずに彼女を追いかけたのね。村は「吸血鬼に攫われた」とパニックになった。男性を改心させる為、詮索し強引に連れ戻し教会に軟禁した。心配で見に来た女性を捕まえて磔刑に、日光の元魔女のように火で焼いた。男性はすれ違いに森へ帰って行った」

 そんな事があっていいのだろうか。同じ人間なのに、どうしてそんな酷い事が出来たのだろうか。言葉に詰まる僕を無視してケイは続ける。

「その女性は捕まる前に既に子供を産んでいた。その女の子は、男性がここの家に匿い育て上げる。食べる為に村の作物を荒らした中で、人に目撃され殺した。それだけじゃない、証拠隠滅を図って森に引きずり込み死体を隠した。それが森に殺された最初の被害」


 ――……お前、ヘンリーおじさんを覚えているか?

 ニヤニヤ顔をどうにか殺しながらニックは言う。

 ――……うん。畑いじりの好きな人だよね」

 ――……先々週、森の付近で死んでたんだ。こっそり聞いたら頭をブン殴られてたみたいでさ。警察は、転んで頭を打ったんだって言ってるが、ここいらでは『森にやられた』って言ってんだ。

 ヘンリーおじさんは知っている。去年、僕がこっそり森を覗こうとした際に注意してきた人だ。畑の作物が一部荒らされていて怒っていたのを覚えている。

 ――『また』だって言ってるヤツもいるから、これが初めてじゃねぇんだ。


 酷い頭痛がする。それは決してここの湿気と気温や異臭からではない。

「村人は吸血鬼がまだ生きていると思い込み、恐怖のあまり吸血鬼が苦手とするバラを育て始める。……人間にバラの囲いを、塀を作っても意味がないのにね。

 その男性は恋人を火炙りにした主犯、そして彼女を捕まえた人を殺していった。冷害があって作物が荒らせなくなった時、森に隠していた死体に手を出した。人を食べたのね。そのせいで彼らは殺人鬼じゃなくて食人鬼にもなってしまった」

 目前に、上から差し込む日光が見えた。

 暫くの無言、その間歩き続ければようやく外に出られた。やはりここの道にも血は、死体を引きずった様はこうもくっきりと残っている。古い扉を開けて僕たちは家から少し離れた森に出た。

「アルビノの女性が産んだ子は、女の子だった。偶然ここに探索した人間と恋に落ち、そして子供を宿すけれど、父親に見つかり男性は殺される。

 女の子は知らないまま、親の言いつけを守って彼の迎えを待っていた、そして産んだ男の子を二人が育て、繰り返す。その頃には既に人肉を食べるのが普通になっていたのかもしれない。村の人間をあまり襲わないのは足がつくからね。

 学がついて村の人たちも外部には漏らせない恥だと事件はここまで隠される」

 再び沈黙が僕たちを包む。あまりにも酷くむごい話に何と言えばいいか分からない。それでも僕はこの静けさを畏れて尋ねてしまう。

「あの大男は?」

「人食いと近親婚の繰り返しで生まれた子。あなたかあなたのお友達はマリアのお婿さんでしょうね」

 もう我慢が出来なかった。

 気持ち悪さに僕は地面に膝をつき吐くのを堪える。それでも、空の筈の胃が締め付けられ、涎が口から垂れていく。気持ち悪い、それしか言葉が出てこない。

「彼らは確かに理不尽に追い詰められた、けど、これはあまりにも酷い。彼らは法で裁かれるべきだし、彼らを追い詰めた人たちはそれを恥だと知らさないと」

 ケイはそう言ってしゃがむとポケットから白いハンカチを貸してくれた。僕はそれを受け取りはしたが、どうしても汚してしまう申し訳ない気持ちが邪魔をして口を押さえる事は出来ない。

「立てる?」

 ケイの問いに僕は首を横に振る。彼女は恐怖の為に震える情けない僕の両足に気が付いたのだろう、僕の背中をポンと叩いた。突然、足の震えが止まる。

 手を引かれ、僕はすんなり立つ事が出来る。気持ち悪さこそ抜けてはいないが、動けるだけでもありがたい。どうして急に立てるようになったのか、僕にはさっぱり分からない。

「魔法?」

「全部魔法にしないで」

 ケイが初めて冗談っぽくそう言った時、怒号が、そして僕とケイのすぐ隣で大きなノコギリが振り落とされた。目を血走らせフーフーと荒く呼吸をする、おそらく三人目の食人鬼だろう、そんな中年の男が立っていた。

「先に逃げて」

 ケイは僕を押して男との間に立つとベルトに挟んだ銃を抜く。そして銃口を空に向けると引き金を引いた。

「合図。助けはすぐそこまで来てる。私はちゃんと話をした、信頼してくれるでしょう?」

 迷いはあった。置き去りにしていいのだろうか、被害者であるマリアの事も心配だった。けれど、意志強い緑の目に気圧され僕は頷いて走り出した。

 走り出した先すぐあの大きな男が立っていた。男は、涙や鼻水で汚れている顔を益々クシャリと憤怒に歪め、そして僕に向けて包丁を振りかぶる。

「おにいちゃん!」

 と、同時に僕の元へ、丁度僕と大男の間に入るように、現状に気が付いていないであろう笑顔のマリアが割って入った。


 4


 それは一瞬の出来事だった。

 恐怖のあまり笑いそうになる。今、自分がどんな顔をし、彼女を見ているのか分からない。男の一撃はマリアの肩に直撃し、彼女は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。

 飛び込んできたマリアの表情は笑顔からそして不意に背後からきた強烈な痛みに驚き、そして苦痛に歪み、大きな瞳から涙が零れる、そんな一連の動きを僕は目の前で見るしかなかった。

 ドサリと彼女が倒れたあと悲鳴は2つあがった。痛みに泣き叫ぶマリアと、彼女を間違って傷つけてしまった大きな男。

 二人は同じように困惑しながら「どうして。どうして」と同じ台詞を吐く、片方は耐え難い痛みに、片方は予期せぬ出来事に。僕は素早くマリアの手をとり、逃げようと促したが彼女は痛いと叫ぶだけで動こうともしない。

 大男は頭を抑え唸り、不可解な言葉を何度も何度も繰り返している。

「マリア!」

 僕の背後で銃声が一つ、緊張した空気を裂く。

 その音に男は今度こそパニックに陥ったのだろう。ヨタヨタと後退し、そして弾けたように森の中を走りだしてしまう。

「マリア!」

 泣き叫ぶマリアの白い肌が血で赤に染まっていく。

 照り付ける夏の日差しが彼女の肌を焼いていく。日光に弱く普段から外に出ていないであろうその肌はより敏感に太陽の日差しを受け取ってしまう。

「マリア!」

 こう何度も彼女を呼ぶのは、彼女を宥める為か、自分か落ち着きたいのか分からない。名前を幾度となく呼びながら、涙で歪む視界の中僕は止血を試みる。

 Tシャツの裾を引きちぎろうとするが、ひ弱な僕の力では手が赤くなるだけでシャツは裂けそうにない。恐怖もあるのだろう、手も、足もこんなに情けなく震えている。

「パパ」

 マリアは泣きながらようやく一つの言葉を発した。涙で、汗で、鼻水でグシャグシャの顔のまま彼女は一点を見つける。

 その先には、ケイが足止めしていた筈の中年の男が立っていた。

 呼吸が荒いのは、撃たれたのだろう。足を引きずりながら僕たちに近寄る。土で汚れた手には、しっかりとノコギリが握られている。

 彼は僕とマリアを見比べ、そして思ったのだろう。僕が彼女をここまで傷つけたのだろうと。

 雄叫びが、森に響く。

 相当怒り狂っているのだろう、目は血走り、歯を食い縛りすぎたのか、口からは血が、ツバと共に吐き出される。

 僕の隣でマリアが怯えた目で父親を見ている。けれど、彼は気が付かない。もはや言語など無くしたかのように男は叫び、怒りを露わに突進し――……。


 再度、銃声が響いた。

「ケイ?」

 一拍遅れて、どうと男が前のめりに倒れる。横から頭を撃たれたらしく破壊された脳がボタボタと散っていく。

 吐き気を堪えながらも音がした方を見る。

 そこにいたのはケイではなくFBIのジャケットを着た男だった。当然といえば当然だが、男はこの惨状の中一つも動揺も、恐怖も見せることなく「見つけた。救護班を」と僕たちを見据えたまま、おそらく後ろに仲間がいるのだろう声をかける。

 男は緩やかな斜面にでも身軽におり、僕とマリアの元にくる。

 ケイと同じような緑目の男は、負傷でもしたのか片目は眼帯に覆われている。そして、この白髪は――けれど、うっすら茶色が見えるあたりマリアと同じではないのだろう。素人ながらも現実逃避としてそんな余計な事を考える。

「あなたが……。ケイが呼んだ……?」

 ケイは確か助けを呼んでくると言っていたし、拳銃で場所を知らせもしていた。だが、男は一瞬だけ困ったような顔をし、その後すぐに「あぁ、それが俺だ。……ノア・アッシュホードだ」と付け加えた。

 あの躊躇いは、どういう意味だろうか……。それに同じアッシュホードという事は身内なのだろうか、と考えあぐねている僕をよそに、その男は意識の無いマリアの脈を確認している。

 この短時間でも彼女の出血は酷かった。黄色の汚れたシャツが見る見るうちに赤く汚れ、そして黒ずんでいく。

 すぐに救護班が駆けつけ、男の代わりにマリアの様態を見ている。彼女は助かるのだろうかと顔を窺っているが、どうも分からない。

「あの子は……、ケイはいるか?」

 不意に声をかけられ僕の意識は、マリアからアッシュホードさんに移った。それは僕も聞きたい、あの男が生きているのにケイがいないという事は……。

「います」

 息を切らせながらケイが駆けてくる。

 服はボロボロ、髪はボサボサだったが、どこも怪我はしていないようだった。アッシュホードさんは、すぐケイに駆け寄り何かを話した後、他の救護班を呼んでいる。

「どこか痛みは?」

「無いです。……マリアは?」

 救護班に声をかけられながら、僕は動かないマリアを見る。担架を持ってきて運ぼうとしているが、山道に四苦八苦しているようだった。

「死んだ、の……?」

 僕の問いにきっと何か答えてくれたのだろう。けれど、周囲の音が、声がすべて他人ごとに、まるで違う世界のようにぼんやりと霞んで、そして視界も徐々に暗くなっていく。

 気絶するんだ、とボクは知る。

 狭い視界の中、アッシュホードという姓を持つ彼、彼女の緑色の目が僕を捉えていた。


 5


 引き取り先のないマリアの死体は誰も来ないような場所に葬られたという。

 マリアに重傷を負わせ逃げた大男は酷く錯乱しており、駆けつけた特殊捜査官に襲い掛かり警告後規定通り射殺。

 彼らの住み処を探索すれば、冷凍保存された人間の死体と食べる為加工された人肉、そして骨が大量に転がっていた。

 三世代にわたり食人を続けていた。被害は多い。狙っていたのは浮浪者だった為、今まで通報も行方不明も扱われることは無かった……ということだ。

「通報はあったかもしれないのにね」

 マリアの墓に見立てた簡素で粗末な木の十字架を前に僕は隣にいるケイに言う。

 あれから僕は気絶し、翌日、目が覚めた。

 祖母の号泣と警官の質問攻めに半日を費やした。ケイが帰るというので、適当に理由を付け、こうして二人きり話す時間を設けてもらった。

「『かも』の話して楽しい?」

 相変わらず食いつくようにケイが言う。正論だが一々彼女の言葉は心に刺さる。

「マリアは……、最後まで被害者だったんだね」

「世間が全部ハッピーエンドで終わるわけじゃない、と思う。理不尽だってあるし」

 言葉を選んでいてくれているのだろう。ポツリポツリと言葉を紡いでいく。

「魔女の人たちに説明するの?」

「いいえ。魔法の要素は無かったから」

「僕たち、また……」

「もう会わないと思う。そっちの方がお互い良い筈でしょう?」

 冷たい言葉だった。けれど、ケイとまた会うというのは、こういった事件絡みでしか逢えないのだろう。彼女は僕が理解したのを確認するかのように見た後、クルリと背を向けた。

「帰る。ヘリを待たせているの」

 視線の先にはヘリが一機とケイと同じ緑目で隻眼の男性が立っている。

 アッシュホードさんは僕を見て一度エシャクをするとケイに向かって何やら話しかけ背中を叩かれていた。轟音と強い風と共にケイを乗せたヘリは空にあがっていく。


「理不尽か」

 僕は十字架に触れる。マリアの先祖が追いやられたのも、僕が、ニックが襲われたのも突然であまりにも理不尽だった。

 十字架を撫でる僕の指に痛みが走る。見ればトゲが刺さっていた。みるみるうちに血はぷっくりと玉をつくり、そして玉は崩壊され、血は指を伝う。

 この痛みは、血の温かさは僕が生きていると教えてくれる。

 致命傷を負った時のマリアの表情が忘れられない。

 彼女もきっと、まだ生きていたかっただろう。もし、彼女が生きていたら……。

 その気持ちが、僕の心の隅に残り、そしてそれが半年後怪奇を引き起こす原因となる。何てこと、僕はまだ知らなかった。


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