6:騎士様との再会
「予約がこれだけ取れれば上出来だ。王姉殿下に気に入られたのが大きかったな」
イーリス様と私は夜会での宣伝活動を一度中断して、会場の隅で一息ついた。
貴族たちに囲まれ、なるべくオドオドしないように、妖しい魔女になったつもりで接していると思っていたよりも普通に振舞えた。
そういえば、あれこれと新作について質問され、露出が多いことや派手な装飾をそこまで気にしていなかったことが不思議だった。
「皆さんがすんなり新作ファッションを受け入れてくださっていたのが驚きでした。いつも母に恥知らず、と言われていたのでてっきりもっと拒絶されるものだと思っていました。」
「元々、貴族たちの上の世代の価値観が今のファッションの流行を形作っているだけだったからな。実際にレベルの高い、新しいファッションを提示すれば若い貴族たちは食いつくと想定していたよ。」
「私たちの親世代あたりが、代々続く貞淑さを求めるスタイルを作っていると」
「ああ、現に今回予約をせず日和見していた者や、抵抗があってこちらに話しかけてこなかった者もいる」
たしかに声をかけてくれた人々以外の、様子を窺っているのは年配の貴族たちが多かった。
価値観が根本的に違うかもしれないが、中には王姉殿下のようなオシャレを我慢している人もいるかもしれない。
そうした人たちにもっとオシャレを楽しんでもらえるようになにかしたい、と私は思った。
「その点に関しては、今後の課題です。王姉殿下へのドレスを含めて年配向けのデザインも増やしていく必要がありそうです」
「そのとおり。次回作の方針が決まってなによりだ」
今後の方針もできたし、宣伝も成功したしそろそろ帰ろうという話になり振り向きかけて私はドンッと誰かにぶつかってしまった。
「あっ! 申し訳ありません! お怪我……は……」
ぶつかった相手に向き合ったところでお互いに「あっ」と声をあげた。
そこには先日酔っ払いから私を救ってくれたあの美しい騎士様がいた。
ただし、ドレス姿で。
「あ……あのときの!!」
つい大きめの声を出すと、騎士様がしまった、という表情で私の手を引いてツカツカとものすごいスピードで連れ去ろうとする。
「は?……ちょっと待て! エリザベートをどこに連れて行く気だ!」
慌てて後ろからイーリス様が追いかけてくるが、私の手を引く騎士様?はすごいスピードで私を連れ去り、夜会の会場から離れた物陰に私を引きずり込んだ。
なれた仕草で私の口を抑えて、イーリス様が通り過ぎるのをやり過ごす。
私はというと、突然のことに悲鳴をあげるのも忘れて唖然としてしまった。
何故あのカッコいい騎士様が女装をして夜会に?何故私を連れ去ったの?
チラッと私を抑えている後ろの騎士様を盗み見ると、バッチリお化粧されていてバサバサとしたまつ毛が女性らしく瞳を大きく見せている。ピンクのチークにベージュのツヤツヤとしたリップで綺麗な女性らしさを演出して……
なんだかすごく洗練されている女装だ……。騎士の姿を知っていなければ綺麗な女性だと思ってしまうだろう。
「行ったか……女性にこのような仕打ち、申し訳ありません。しかし私にも事情がありまして」
騎士様は私から手を離して、深々と礼をした。お化粧とドレスで女性に見えるが、動作は男性らしく頭が混乱してしまう。声はハスキーボイスで男とも女ともとれるし本当に男性なのかというほど女性らしく感じる。
「あのとき私を助けてくれた騎士様ですよね? 一体なにがどうなって……」
「驚かせてしまいましたね。私はオスカー。騎士として、現在潜入捜査をしていたところなんです」
「私はエリザベートと申します。潜入捜査ですか? それで女装を?」
「いや、女装というか……とにかくここでは私が周囲に騎士だと分かるのは困ります。どうか今後は女性の姿の私に会っても知らないふりをしていただきたく」
ハキハキと話すオスカーはなんとも騎士らしい。
王宮で潜入捜査なんて大役、きっと騎士団のなかでも高い位のお方なのだろう。完璧な女装の手配などもしてもらえるような……
そこまで考えて急に思い出した。そういえばイーリス様はお化粧のスペシャリストを探したいと言っていたっけ。
このクオリティの高いお化粧をした人なら当てはまるんじゃない?
「わ、わかりました。誰にも言いません。その代わり教えて下さい。オスカー様のお化粧はどなたが担当されたのでしょう? とてもお上手なので、是非直接お話を聞きたいです。」
「えっ……お化粧?」
オスカー様は綺麗なお顔を曇らせて黙ってしまった。会わせられないような事情があるのだろうか。
「それなら私が自分でやりました。こうして潜入捜査をすることもありますし、趣味のようなものです」
「!!……オスカー様がこのお化粧を?」
驚いて大きな声を出しそうになり、気をつけて小さな声で尋ねた。
「えぇ、他の騎士の変装にも役立ちますし」
「あの、いきなりこんなこと頼んでお困りになるかもしれませんが私の職場、ファッションブランドのお化粧担当になっていただけませんか! 高い技術力の方を探していたんです!」
「えぇっそんな、私には騎士としての仕事がありますし……」
シルクの手袋に包まれたオスカー様の手を取ってお願いする。お化粧の技術が高いのに加えて、私にとって紳士服のインスピレーションのためにも是非ブランドのお化粧担当になってもらいたかった。
あのカッコいい騎士様が間近で頻繁に拝める!
このチャンスを逃すわけにはいかない!
「オスカー様、私この件ちゃんと黙っていますから。どうかご協力をお願いします」
「僕を脅そうっていうのかい?」
オスカー様は突然素が出てしまったような驚いた姿を見せる。
「いえ、無理にとは言いません。しかしオスカー様の魔法のようなお化粧があれば、私が着ているこのドレス姿も一層輝けると感じました。」
「このドレス、君が作ったのかい?」
「はい。私がデザインを担当しているブランドの新作です。今までにないファッションの流行を作り出すのが目標なんです」
オスカー様は私のドレスを見て興味深そうに頷いている。
「なんだか面白そうだね。……わかった。僕で良かったら協力させてくれ」
「あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」
これで創作意欲を刺激する、素敵な騎士様を毎日拝める!
予想外に大きな収穫にニマニマと笑顔が溢れる。
そこに遠くからイーリス様が私を呼ぶ声が聞こえた。見失って戻ってきてくれたらしい。
「君のパートナーが戻ってきたようだから、僕は任務に戻るよ。なにか手伝えることがあれば連絡をしてくれ」
そう言うとスッと女性に見えるように姿勢を直して会場へと戻っていった。
「すごい人を仲間に引き入れてしまった……」
「誰がすごいって?」
怒りを含んだ声に振り向くと息を切らしたイーリス様が近くまで来ていた。
「イーリス様! ご心配おかけして申し訳ありません!」
「無事ならいいが……あのご令嬢はなんだったんだ?いきなり君を連れ去って」
騎士団の潜入捜査だということは秘密だと言われていたので、それらしく誤魔化すことにした。
「人違いだったみたいです。私を誰かと間違えて連れてきてしまったようで」
「人違い? 人騒がせな。うちの大事なデザイナーを人攫いしたのかと思って焦ったぞ」
イーリス様はようやく息を落ち着かせてため息をついた。大事なデザイナー、と言われてなんだかこそばゆい。
「それにしてもあのご令嬢、どこかで見たような……」
騎士としてのオスカー様と会ったことがあるのだろうかと思い、急いで話題を変えた。
「そうだ、イーリス様。ブランドのお化粧担当の話ですが心当たりがあるのを思い出したんです。とてもお化粧の技術が高くて条件にピッタリなので、次回の宣伝活動には協力してもらおうかと思います」
「なんだ、そんな人がいたのか。誰なんだ?」
「それは秘密です。イーリス様が喜ぶ人物かもしれないですよ」
イーリス様はオスカーの話を聞いて美しい男性に興味を持っていたから、もしかしたらオスカー様に会えたら喜ぶかもしれない。
「俺の知っている相手……?まぁ技術が高いのであれば誰でもいいが、楽しみにしておこう」